40 シスコン義弟のブレない愛
私が女神様の塔から精神を帰還させ、一ヶ月の眠りから目覚めて数日後。
アルヴェリア王国の筆頭公爵令嬢として、そして第二王子レオンティウスの正式な婚約者として、私はかつて自分を追い出した故郷の実家――エーデルガルト伯爵邸の応接室のソファに腰を下ろしていた。
「ユ、ユフィ……? お前が、大国アルヴェリアの第二王子の妃に……?」
冷や汗をダラダラと流しながら、実の父親であるエーデルガルト伯爵が震える声で尋ねてくる。
その隣では、私を日陰者として見下し続けてきた義母が、信じられないものを見るように目を丸くして固まっていた。
「ええ、お久しぶりです。本日はアルヴェリア王家の使いとして、正式なご挨拶に伺いました」
私がにっこりと微笑むと、一応私の両親である二人はビクッと肩を跳ねさせた。
それもそのはず。
私の隣には、アルヴェリア王国が誇る『氷の狂犬』ことレオンさんが、この世の全ての親の敵を見るような絶対零度の視線で彼らを睨みつけているのだから。
彼が息をするだけで、応接室の室温が急激に下がり、窓ガラスにはピキピキと霜が張り始めている。
しかし、そんな極寒の空気など一切お構いなしに、一人だけ違った方向の熱気を放っている人物がいた。
「姉上!! ああ、やはり姉上の素晴らしさは海を越えて世界に轟いたのですね!!」
私の義理の弟、カイルである。
彼は感動に打ち震えながらズンズンと歩み寄り、私の手を取ろうとした――が。
「気安く触れるな。ユフィは俺の妻だ」
「ぐっ……相変わらず野蛮な氷の騎士め! 姉上が王族に見初められたのは当然の結果ですが、よりによって貴方のような独占欲の塊を選ぶなんて、僕はまだ一ミリも認めていませんからね!」
レオンさんに手を弾き飛ばされたカイルが、優秀な魔法剣士としての闘気をバチバチと立ち上らせる。
激重で過保護な旦那様と、重度のお姉ちゃんっ子な義弟。
ルシェルシェの街角で繰り広げられたあの時の睨み合いが、まさか実家の応接室で再現されるとは思わなかった。
「で、殿下! どうかお気を静めに……っ! カイル! お前ももう余計な事を言うな! ユフィ、お前がアルヴェリアの公爵家に迎えられたのなら、我がエーデルガルト家も……」
父が、媚びへつらうような笑みを浮かべてすり寄ってくる。
私を「ゴミスキル」と呼んで追い出したくせに、今さら都合の良いことを。
私が冷ややかな視線を向けるより早く、カイルが父親に向かって吠えた。
「父上! 貴方は本当に愚かだ! 姉上の授かったスキル【待機】と【接続】の素晴らしさを理解できず、あんなに素晴らしい至宝を自ら手放したくせに、今さら恩恵だけにあやかろうなどと虫が良すぎます!!」
「カ、カイル!? お前、親に向かって……!」
カイルの容赦ない正論の追撃に、父上は言葉を失う。
「ユフィの弟君の言う通りだ」
レオンさんが低く冷酷な声で告げる。
「彼女の才能を見る目すら持たなかった愚か者ども。彼女を不当に扱い、ろくな資金も持たせずに辺境へ放り出した貴様らの罪は、本来であれば万死に値する」
「ひっ……!」
大国の権力。
そして何より、自分たちなど足元にも及ばないほどの高位貴族である、アルヴェリアの筆頭公爵令嬢になった娘の姿に、彼らのちっぽけなプライドは完全にへし折られていた。
「というわけで、お父様。私はすでに他国の公爵家の養女となりましたので、この伯爵家とは金輪際、一切の関わりを持ちません」
私のきっぱりとした宣言に、伯爵夫妻は絶望の表情を浮かべて床に崩れ落ちた。
よし!
これで完全に、過去のしがらみとはお別れだ。
すっきりとした気分で立ち上がった私に、カイルが縋るような視線を向けてくる。
「姉上……伯爵家と縁を切るのはまあ良いですが、僕との縁は切れませんからね! 結婚式には必ず、この僕が姉上の親族代表としてアルヴェリアへ乗り込みますから!」
「ありがとう。ええ、待ってるわ。カイル」
「俺は待っていない。来なくていい」
「絶対に行きますから!!」
レオンさんとカイルが最後まで青白い火花を散らす中、私は苦笑いしながら実家を後にした。
ざまぁとしては、軽すぎるのかなとは思ったけれど、あんまり意地悪するのも、私の性に合わないしね……。
★
実家からの帰り道。
王家専用の豪華な馬車に揺られながら、私は大きく伸びをした。
「はぁー、すっきりしました! なんだか、前世でブラック企業に退職届を叩きつけてきた時みたいな爽快感です!」
「ぶらっく……お前の心が晴れたのならよかった。だが、あの義弟は結婚式でも間違いなく面倒なことをしでかしそうだ」
レオンさんは深く溜め息をつくと、私の手をすくい上げ、手の甲に恭しく口づけを落とした。
「これで、お前を縛る障害は全て無くなった。……早く王都へ帰ろう、ユフィ。お前を、世界一美しい花嫁にするための準備が待っている」
甘く蕩けるような翡翠の瞳に見つめられ、私の胸はまたしても限界突破の早鐘を打ち始める。
あの日、実家を追い出されて、ルシェルシェに辿り着いた私が、本当に、レオンさんの花嫁になるんだ……。




