41 恩人の行商人
実家での顛末報告という名目の大仕事を終え、アルヴェリア王宮へ帰還した私を待っていたのは、思いがけない人物だった。
「ユフィちゃん! 探したよー!」
「えっ、ジュリアンさん!?」
王宮の豪奢な客間で満面の笑みを浮かべていたのは、私が辺境の街ルシェルシェへ向かう際、馬車に乗せてくれた恩人?の行商人ジュリアンさんだった。
「まさか君が、アルヴェリア王国の第二王子妃殿下になるなんてね! 噂を聞いて、うちの商会の総力を挙げて王都まで飛んできたんだよ!」
ジュリアンさんが親しげに駆け寄り、私の手を取ろうとした――その瞬間。
「ひっ!?」
「気安く俺のユフィに触れるな。その腕を永遠に氷漬けにされたくなければ、今すぐ下がれ」
私の背後に立っていたレオンさんが、一瞬で『氷の死神』の顔になり、ジュリアンさんの足元をガチガチに凍らせた。
「レ、レオンさん! ジュリアンさんは私がルシェルシェに行く時にお世話になった恩人なんですよ!」
慌てて私がレオンさんの前に立ち塞がると、彼はチッと舌打ちをして渋々冷気を引っ込めた。
ジュリアンさんは青ざめた顔で震えながら、命からがら十歩くらい後ろへずりずりと下がった。
「す、すごい殺気だね……。でも、君が無事で、しかもこんなに愛されているなら安心したよ。今日はね、ユフィちゃんのウェディングドレスの受注をもぎ取るために、来たんだ!」
ジュリアンさんはパチンと指を鳴らした。
すると、控え室から数人の熟練の職人たちと、見たこともないほど美しい純白の絹が運び込まれてきた。
「あの時、君の不思議な修復の力にうちの商会は何度も助けられたからね。その恩返しさ! 今回は君の力には頼らず、最高級の素材と、うちの最高の職人たちの『手作業』だけで、世界一美しい花嫁衣裳を制作してみせるよ!」
魔法の力ではなく、職人たちの技術と愛が詰まった仕立て。
その心意気に、私は胸がじんわりと温かくなった。
「ありがとうございます、ジュリアンさん。よろしくお願いします!」
★
早速、女性の職人さんたちによる採寸が始まり、ドレスのデザイン案がテーブルに並べられた。
しかし、ここからが本当の戦いだった。
「ユフィちゃんには、この背中が大きく開いた最新流行のデザインなんてどうかな? 君の華奢なラインが引き立つと思うんだけど」
「却下だ。背中など見せる必要はない」
ジュリアンさんの提案を、隣で腕を組んでいたレオンさんが即座に切り捨てる。
「じゃ、じゃあ、この鎖骨が見えるデコルテの美しいドレスは……」
「駄目だ。ユフィの美しい肌を、見ず知らずの他人の目に晒すなど言語道断。首元までしっかりと隠れるデザインにしろ」
独占欲の塊であるレオンさんから、次々と飛んでくる厳しいNG。
もはや「肌を見せるな」「露出は一ミリも許さん」という強硬姿勢に、ジュリアンさんと職人たちは冷や汗を流しながらデザイン画を修正していく。
「レオンさん、あんまり布地を増やすと重くて歩けなくなっちゃいますよ。私、動きやすくてシンプルな方が……」
「ユフィ、お前は自分がどれだけ愛らしいか自覚が足りていない。ただでさえ式当日は多くの貴族がお前を見るんだ、俺は今からそいつらの目を全て凍らせてやりたい衝動と戦っているというのに」
「ぶっそう!!」
私は全力でツッコミを入れた。
結局、レオンさんの激重な要望と、私の「動きやすさ」を両立させるため、職人たちが知恵を絞り尽くしてくれた。
完成したデザインは、首元まで繊細なレースで覆われた、上品でクラシカルな長袖のドレス。
露出は一切ないのに、体に添うような滑らかな絹のラインが女性らしさを引き立てる、息を呑むほど美しい仕上がりになった。
「うん、これなら完璧だ。ユフィ、完成を楽しみにしていてくれ」
「はいっ。ジュリアンさん、本当にありがとうございます!」
こうして、恩人と職人たちの愛、そして旦那様の限界突破した独占欲がたっぷり詰まったウェディングドレスの製作が始まった。
最高の晴れ舞台となる結婚式まで、あともう少。
そして……式の直前であるその日、ついに私は、このアルヴェリア王国の頂点に立つ人物――国王陛下とお目通りすることになった。
(ずっとセーリナ様とシベリウス様ばかりに会っていたから、国王様のお顔を見るのはこれが初めてだ……!)
緊張でガチガチになっている私を、レオンさんが優しくエスコートして謁見の間へと進む。
玉座に座っていたのは、シベリウス様の穏やかさとレオンさんの威厳を足して二で割ったような、ロマンスグレーの渋いイケメン国王陛下だった。
「よく来てくれたね、ユフィ嬢。他国の伯爵令嬢であった君を、我が国の筆頭公爵家の養女として迎え入れられたこと、嬉しく思うよ」
「は、はいっ。もったいないお言葉です」
「さて、レオン。君の要望通り、結婚を機に君の王位継承権の順位を『第二位』のまま据え置き、シベリウスを正式な王太子と決定した。……だが、完全に権利を放棄して辺境に引きこもるという案は却下だ。ご存知の通り、我が国には現在、王子が二人しかいないのだからな」
「……ユフィとルシェルシェで静かに暮らすつもりだったのに」
「舌打ちをするな。君には今まで通り将軍職も兼任してもらうし、シベリウスの手足となり骨の髄まで働いてもらうからね。覚悟しておくように」
「頼むぞレオン。僕の心の平穏を守るためにも、馬車馬のように働いてくれ」
国王陛下とシベリウス様の容赦ない言葉に、氷の狂犬も渋々といった様子で頷いた。
(ああ……私の定時退社のホワイト労働とは裏腹に、旦那様が激務の社畜コースに乗せられてしまった……)
でも、レオンさんは体力おばけだからきっと大丈夫だろう。
私は心の中でこっそり、未来の旦那様にエールを送った。




