28 悪逆非道な第二王妃と、秘密のお茶会
異世界基準による定時退社を果たした私は、見事、臨時女官の職を得ることができた。
そして本日も業務後に、堂々と王宮の奥深く、内宮の庭園を散策中。
レオンさんの私室がないかウロウロしていたのだけれど、王族のプライベートエリアは迷路のように広く、すっかり迷子になってしまっている。
(うーん、やっぱり護衛の騎士とかがいっぱいいて、簡単には近づけないわよね……ん?)
ふと、美しい薔薇が咲き誇る東屋から、深いため息が聞こえてきた。
そっと覗き込むと、そこには豪奢なドレスに身を包んだ、レオンさんにそっくりな美貌を持つ女性が一人で座っていた。
この宮の主であり、レオンさんのお母様――『第二王妃』だ。
(げっ、見つかったら怒られるかな……)
私がこっそり引き返そうとした、その時。
第二王妃様が、眉間を指で揉みほぐしながら、ボソッと呟いた。
「あー……疲れた。お爺さまが、また第一王子派への嫌がらせ案を持ってきたわ。本当に鬱陶しい。全部適当にやり過ごして、私の悪評に繋げないと……」
……ん?
今、なんて言った?
思わず立ち止まった私の気配に気づき、第二王妃様がハッと顔を上げた。
そして次の瞬間、彼女の顔つきが、扇を口元に当てた『絵に描いたような意地悪な毒婦』へと一変した。
「誰だい、お前は! わたくしの許可なくこの庭に入り込むなど、万死に値しますよ! どこの女官だい、すぐに首をはねて……!」
「あ、先日、新しく配属された臨時女官のユフィと申します。お初にお目にかかります、セーリナ様」
私はぺこりと頭を下げた。
「あの、首をはねる前に、もしよろしければ温かいお茶でも飲みませんか? すごくお疲れのようですし」
「え……?」
私は持参していたマイ水筒から、湯気の立つ紅茶をカップに注ぎ、スッと差し出した。
毒婦の演技で威嚇していた王妃様は、あまりの私のマイペースっぷりに完全に毒気を抜かれた顔になっている。
「お前……わたくしが誰だかわかっているの? 王宮で最も恐れられている、権力亡者の第二王妃ですよ?」
自分で、権力亡者とか言ってて、悪い人じゃ無さそう過ぎるんだけど。
「そう、仰ってますが、本当は無駄な派閥争いなんてしたくないのではないでしょうか? 聞こえてしまいました……」
私がストレートに切り込むと、王妃様は目を見開いた。
「前世……じゃなくて、以前の職場で、あなたみたいな人を見たことがあるんです。上層部の無茶な要求を躱すために、わざと嫌われ役を買って出ている、苦労人の中間管理職の方」
「ちゅ、ちゅうかんかんりしょく……?」
「あ、いえ。でも本当はセーリナ様、すごく優しい人なんじゃないかなって」
私の言葉に、王妃様はしばらくポカンとしていたものの、やがて、フッと肩の力を抜き、扇を下ろした。
「……はぁ。まさか、ぽっと出の新入りに演技を見破られるなんて。わたくしの悪役っぷりもまだまだってことですわね」
王妃様は私が差し出した紅茶を一口飲むと、憑き物が落ちたような、レオンさんによく似た穏やかな瞳で微笑んだ。
「お前の言う通りよ。わたくしの実家である宰相家は、なんとしてでも私の息子であるレオンティウスを王位につけようと血眼になっているのです。でも、この国の正統な後継者は、第一王子ただ一人」
「それは……第一王子様が、正室のお子様だからですか?」
「それもあります。でも何より……あの子の母親である正妃は、わたくしの、たった一人の大切な親友だったのですよ……あの子の忘れ形見を、蔑ろになどできますか」
王妃様は、どこか遠くを見るような、優しい声で語り始めた。
親友だった第一王妃が病で亡くなった後。
宰相家はこれを好機とばかりに、第二王妃の息子であるレオンさんを次期国王に押し上げようと暴走を始めた。
もし彼女がまともな母親として振る舞い、有能さをアピールすれば、宰相家の勢力はさらに拡大し、親友の息子の命すら危うくなる。
「だからこそ、わたくしは、強欲で愚かな『毒婦』を演じることにしたのです。わたくしが嫌われ、この身に憎悪を集めれば、我が派閥の支持は落ちるでしょう。そして第一王子の地位は盤石になり、同時に、王位になんて興味のないわたくしの息子をも、ドロドロの政争から遠ざけることができますし」
「……なんて深い、愛情なんでしょうか」
私は胸が熱くなるのを感じた。
レオンさんは「母親は権力の亡者だ」と軽蔑していたけれど、全部、彼と第一王子を守るための計算だったってことだ。
「誰にも言えなくて、ずっと胃薬が手放せなかったんです。あーあ、でも話したらすっきりしました! お前、ユフィと言いましたね? 貴女のお茶、変わった入れ物に入っているけれど、とてもおいしかったわ。ピクニックみたいで。明日から、わたくし専属のお茶汲み係として付きなさい」
「えっ、窓拭きと草むしりはしなくていいんですか?」
「この宮の女官はあえて閉鎖的にしているのです。今はあまり情勢的によろしくない時期ですしね。ああでもしないと、後から後から有象無象の方が入り込んでしまいますし。初日に意地悪な事を言われたら、自分から出て行ってくれるでしょう? ユフィ、貴女はもう合格ですよ」
こうして、私は思わぬ形で、レオンさんのお母様と『秘密のお茶友』になってしまった。
「それとも、ユフィは何か目的があって、この王宮に来たのかしら?」
「あっ、はい! 実は――」
私が「貴方のご子息である第二王子レオンティウス様を探しに」と告げようとした、その時。
「セーリナ后。いらっしゃいますか」
東屋の入り口から、穏やかで聞き覚えのある声がした。
現れたのは、銀色の仮面を外した、どこか親戚のお兄ちゃんのような朴訥とした青年。
昨日、私に紹介状を書いてくれた『第一王子』様だった。
「シベリウス……珍しい事、何しにこちらへ」
王妃様の声が急に毒婦モードに切り替わる。
「いえ……私が紹介状を書いた女官が、手違いでこちらの宮に配属されたと聞きまして。彼女を引き取りに――ん? 君は」
第一王子様は、王妃様と向かい合って優雅に紅茶を飲んでいる私を見て、目を丸くした。
「……えっと。こんにちは?」
地獄のブラック職場で泣き崩れているはずの私が、ラスボスと和気藹々とお茶会をしている。
そのカオスな光景に、第一王子様が宇宙猫のような顔で固まってしまったのは、言うまでもない。




