27 王宮のブラック職場
私は気合を入れなおして通用門前の行列に並ぶ。
セキュリティチェックの待機列といったところだろうか。
商人ぽい人や、冒険者ぽい人、老若男女が雑多に並んでいる。
自分の番が回ってきたのは、太陽がちょうど真上に差し掛かって、そろそろ日陰に入りたいなーと思っていた頃。
受付で、人の良さそうなお兄さんから貰った紹介状を提出した。
「ふむ、臨時女官の希望だな。紹介状を見せよ……ん?」
受付の役人は、紹介状に押された『紋章』を見た瞬間、ピクリと眉をひそめた。
そして、隣にいた別の役人と何やらヒソヒソと邪悪な顔で囁き合っている。
『おいおい、第一王子派の推薦だぞ』
『生意気な。殿下の宮へ配属する予定のようだが、手違いを装ってあの魔境へ放り込んでやれ』
『くくく。もって二日、いや半日と経たずに泣いて逃げ出すだろうよ』
丸聞こえである。
というか、昨日のお兄さんが、まさかの第一王子だったとは――。
私の対人運は、いったいどうなっているんだろう。
早々に当たりをひいたのか、よくわからない。
内心で驚きつつも、とりあえず営業スマイルを浮かべたまま、大人しく待つ。
どうやらお城の中は、バリオスの一件でも聞いた通り、派閥争いでギスギスしているらしい。
役人はわざとらしい咳払いをすると、私に向かって一枚の配属辞令を突きつけた。
「よし、お前の配属先は決まった。『第二王妃様』の宮だ。すぐに向かえ!」
そうして私は、お城の奥深くにある第二王妃様の宮へと連行されたのだった。
でもまって、第二王妃様ってつまり、レオンさんのお母様の宮なんじゃないの!?
運が良いのか悪いのか。
王妃様ってことは、たぶん内宮だよね?
レオンさんの部屋が近くにあればいいんだけど。
というか、私人のこと言えない位、ストーカー染みた行為しているな……。
★
「アナタが新入りの女官? 私はこの宮の女官長です」
第二王妃宮の裏手にある控室。
そこにいたのは、いかにも意地悪そうな吊り目をした、恰幅の良い女官長だった。
周囲の先輩女官たちも、新入りの私を見て「また生贄が来たわ」「可哀想に、明日の朝には泣いて逃げ出すわよ」とヒソヒソ同情している。
「よろしいですか! ここは美しく気高き第二王妃様の宮です! チリ一つ、ミス一つ許されない戦場なのです! まずは手始めに、大広間の窓ガラス百枚の拭き掃除! 次に庭の草むしり! それが終わったら、倉庫にある過去十年分の備品台帳の整理! 全部、今日の夕方までに終わらせてようやく本採用となります!」
バンッ!と目の前に積まれたのは、山のような雑巾と、崩れそうなほど高く積まれた書類の束だった。
「終わるまで、水一滴飲むことは許されません! さあ、さっさと働きなさい!」
女官長が高笑いとともに立ち去っていく。
周囲の女官たちが「あんな量、絶対に無理よ」「ひどすぎる……」と顔を覆う中。
私は、目の前の仕事の山を見つめて――パァァッと顔を輝かせていた。
(えっ!? これって、夕方までに終わらせれば帰っていいの!?)
前世のブラック企業時代。
私の仕事は『終わりの見えないクレーム対応』と『上司の尻拭い』だった。
深夜残業当たり前。
理不尽に怒鳴られ、土下座をし、それでも仕事は無限に降ってきた。
それに比べたら。
(窓拭きと草むしりって、ゴールが明確だし。しかも備品台帳の整理なんて、エクセルのマクロ組むよりずっと簡単。なんてホワイトな職場なの!)
前世の社畜根性が、嬉しさで打ち震えていた。
しかも今の私には、魔女の修行で鍛え上げた魔法グッズとスキルがあるのだ!
「よし、早速取り掛かろうっと! えーと、窓ガラスの汚れと、このバケツの中の水を――【接続】出来る気がする!」
私が指を鳴らすと、窓ガラス百枚にこびりついていた汚れが、一瞬にしてバケツの水の中へと移動した。
シュンッ!という音と共に、大広間の窓ガラスが新品のようにピカピカに輝き出す。
所要時間、わずか。
「次は草むしりね! 雑草の根っこと、そこのゴミ捨て場を【接続】とかいける?」
ポンッ!
パラパラパラ……。
庭中の雑草が自動的に引っこ抜け、ゴミ捨て場へと瞬間移動していく。
所要時間、一分。
「さて、最後は台帳整理ね。年代順に並べ替えて……これは手作業だけど、前世の事務処理スピードを見せてあげる」
私はちまちま黙々と書類を仕分け、瞬く間に整理された書棚を作り上げていった。
★
「うふふ、そろそろ新入りが泣きながら這いつくばっている頃かしらねえ」
数時間後。
女官長が様子を見に大広間へとやってきた。
しかし、彼女の目に飛び込んできたのは。
チリ一つなく磨き上げられた窓。
一本の雑草もない完璧な庭。
そして、年代別に美しくファイリングされ、インデックスまでつけられた完璧な備品台帳。
その横で、私が優雅に持参した水筒の紅茶を飲んでくつろいでいた。
「お、お、終わってる!?」
「あっ、女官長さん。お疲れ様です。指示された業務、全て完了しました。定時までまだ時間がありますが、追加の業務はありますか?」
「ば、馬鹿な!? あれは熟練の女官十人がかりでも丸三日はかかる量ですよ!? それをたった数時間で……お前、一体何者!?」
女官長が腰を抜かしてへたり込む。
周囲の先輩女官たちも「すごい……」「あの子、神様か何か!?」と拝むように私を見ていた。
(ふふん。伊達に前世で過労死するまで働いてないし)
私は胸を張り、心の中でガッツポーズを決めた。
「あの、定時上がりなら、夕方以降はお城の中を散策してもいいんですよね? 実は私、人を探してまして」
私が尋ねると、女官長はガチガチと震えながら「す、好きにおし……」と白旗を揚げたのだった。
★
一方その頃。第一王子の宮にて。
「どういうことだ! 私が紹介状を書いたお嬢さんが、こちらの宮ではなく、あの『第二王妃』の宮に配属されただと!?」
第一王子は、報告を受けて頭を抱えていた。
「あそこは誰もが逃げ出す王宮随一の魔境……あんな素直で愛らしい子が放り込まれたら、一日で心が壊れてしまう……」
お忍びの夜会で出会った少女の身を案じ、第一王子が青ざめている頃。
「……ユフィが、見つからないだと?」
国境付近の森で、第二王子レオンティウスは、周囲の木々を完全な氷の彫刻へと変えながら、絶望と狂気に満ちた声を漏らしていた。
「ならば俺が、この国境の森をすべて更地にしてでも見つけ出す……!!」
愛するユフィが、あろうことか『自分が一番嫌悪している母親の宮』を、超絶ホワイト企業扱いしてルンルン気分で無双しているなどとは夢にも思わずに。
レオンティウスの巻き起こす吹雪は、さらに激しさを増していくのだった。




