24 ニアミス
ジュリアンさんの馬車で王都へ向かう道中は、非常に快適だった。
シロの張ってくれた『絶対隠蔽結界』のおかげで、魔物に遭遇することは一切ない。
馬車は順調に街道を進んでいく。
しかし、結界が隠せるのはあくまで「魔力や気配」だけだ。
物理的に目視で狙ってくる輩までは、完全には防ぎきれない。
「ヒャッハー! 身ぐるみ置いていきなァ!」
街道の茂みから、突如として十人ほどのガラの悪い山賊たちが飛び出してきた。
抜身の剣を振りかざし、弓矢を番えてこちらを威嚇している。
「ひぃぃっ! 山賊か!? 私の最高級シルクに血飛沫一つ、矢傷一つでもつけたら大赤字だ! ユフィ君、頼む、商品を死守してくれたまえ!」
「お任せください。商品に傷はつけさせません!」
私は馬車の御者台から身を乗り出し、山賊たちがこちらに向かって一斉に飛びかかってきた――その瞬間に、指を鳴らした。
「【待機】!」
ピタリ、と。
世界が静止した。
山賊たちは空中で不自然なポーズのまま固まり、私たちに向かって放たれた数本の矢も、馬車の数センチ手前でピタッと空中に留まっている。
「さてと」
私は静止した山賊たちの元へトコトコと歩み寄ると、ローブのポケットから魔女の『睡眠の粉』が入った小袋を取り出した。
(煙玉を丸ごと一個使うのは、もったいないからね)
前世のゲーマー精神……つまりアイテムを温存しすぎる癖が発動した私は、粉をほんの指先でひとつまみだけすくい取ると、空中で固まっている山賊たちの鼻の穴に、ちょんちょんと直接擦りつけて回った。
これなら使用量は最小限で済む。
圧倒的な節約でどうだ!
「よし、全員完了。解除!」
時間を動かした直後。
ずざあー……と地面に着地した山賊たちは、次の一歩を踏み出す前に白目を剥き、一斉にイビキをかいてその場に倒れ伏した。
空中で止まっていた矢も、ポトリと力なく地面に落ちる。
「素晴らしい……!!」
ジュリアンさんが、馬車の上でスタンディングオベーションをしていた。
「武器の損耗ゼロ、商品の被害ゼロ、おまけにアイテムの消費量まで極限まで抑えるとは! なんという圧倒的な投資利益率! ユフィ君、君を我が商会の幹部に迎えたい!」
「いえいえ、これも経費削減の基本ですよ」
山賊を縛り上げて街道脇に転がした私たちは、お互いのビジネスセンスを讃え合いながら、再び馬車を出発させた。
★
その日の夜。
中継地点となる大きめの宿場町に到着した私たちは、安い宿に部屋を取った。
私は部屋の窓枠に肘をつき、夜空に浮かぶ月をぼんやりと見上げていた。
王都までは、まだ何日もかかる。
(レオンさん……今頃、何してるのかな)
彼は王族。
おまけに、息を呑むほど綺麗でかっこいい。
王位継承争いの真っ只中とはいえ、あんなに素敵な人なのだから、王宮で綺麗なお姫様たちとお見合いとかさせられていてもおかしくない。
(他の女の人が、あの大きな背中に触れたりしてるのかな……)
そう想像しただけで、胸の奥がちくりと痛んだ。
ヤキモキして、会いたい気持ちばかりが募っていく。
『きゅるん。主よ、また湿気った顔をしておるぞ』
「……ごめんね、シロ。早く王都に着かないかなって、ちょっと考えちゃって」
私はシロの温かい黒鉄の鱗を撫でながら、レオンさんの不器用で優しい笑顔を思い浮かべていた。
★
翌朝は、まだ空が暗いうちから、私たちは宿を出発した。
「夜明け前に出発すれば、宿で朝食代を追加徴収されずに済みますからね」
「最高だユフィ君! 時は金なり、さっさと出発しよう!」
朝食代を浮かすため、意気揚々と馬車を走らせる私たち。
――しかし。
私たちが宿場町を出発した、ほんの数時間後に事件は起きていたらしい。
「ひ、ひぃぃ……っ!?」
宿場町の朝の穏やかな空気は、突如として現れた黒い軍馬の群れと、世界を凍りつかせるような凄まじい『殺気』によって完全に制圧されていた。
先頭に立つのは、一切の感情を排した翡翠色の瞳を持つ、死神のような騎士。
「……探せ。必ずこの町のどこかにいるはずだ」
第二王子レオンティウスの絶対零度の声に、私兵の騎士たちが一斉に町中へ散っていく。
レオンティウスは、震え上がっている宿の主人を冷たく見下ろした。
「肩に、黒いトカゲを乗せた少女を見なかったか」
「ひっ! み、見ました! 今朝まで、うちに泊まっておりまして……!」
「本当か!」
レオンティウスの表情が一瞬にして狂喜に染まる。
「どっちへ行った! ユフィは無事なのか!」
「は、はい……あの、金髪の、すごく顔の良い商人風の男の人と、楽しそうに笑いながら、暗いうちに馬車で出発を……」
宿のカウンターが、一瞬で凍りつく。
「……男と、だと?」
レオンティウスから立ち上る吹雪が、先ほどとは比べ物にならない終末のレベルへと跳ね上がる。
背後で精神からくる頭痛でこめかみを押さえていたシオンが「ああっ! 殿下の嫉妬で町が凍りつく!」と悲鳴を上げた。
「追え。その商人の馬車を、氷の粒一つ残さず粉砕しろ……!!」
レオンティウスは、血走った目で馬を反転させた。
だがしかし――シロの『絶対隠蔽結界』が完璧に機能しているせいで、魔力による追跡の足取りは全く掴めない。
こうして、究極のニアミスを果たした二人のすれ違いは、さらに拍車をかけていくのだった。




