23 ステルス古竜
数週間の魔女修行を終え、私は久しぶりにルシェルシェの冒険者ギルドへと帰還した。
目的はただ一つ。
レオンさんのいるアルヴェリアの王都へ向かうための『移動手段』を探すことだ。
私は早速、ギルドの依頼掲示板の前に張り付いた。
「ええと、王都行きの馬車の護衛……ない。こっちの商隊の護衛は……行き先が逆方向かぁ」
他国王都への直行便などそうそうあるものではない。
しかも、私は魔女たちから貰った便利アイテムはあるものの、一般的な魔法の知識は未だにからっきしだ。高度な魔術を要求されるような高ランクパーティには入れないし、どうしたものか。
と、その時。
掲示板の隅っこで、ホコリを被っている一枚の古びた依頼書を見つけた。
【急募 アルヴェリア王都への荷馬車護衛】
条件:王都まで同行可能な者。
報酬:銀貨三枚(※道中の食費・宿泊費は自己負担)
「……銀貨三枚? 王都まで片道二週間はかかるのに!?」
前世の感覚で言えば「日給数百円で出張」みたいな、超絶ブラック案件である。
しかし、私にとっては『王都への交通手段』さえ確保できれば問題ない。
「あのー、この依頼、まだ生きてますか?」
私がその紙をひっぺがしてガルドさんに持っていくと、ギルドの空気がザワッとした。
そして、ホールの奥から「おおっ! ついに私の依頼を受けてくれる奇特な……いや、素晴らしい冒険者が!」という歓喜の声が響いた。
現れたのは、輝くようなプラチナブロンドの髪を持つ、王子様と見紛うほどの超絶美男子だった。
レオンさんの雰囲気とは対極にある、なんというかチャラい感じ。
最高級の絹織物を身に纏い、優雅な微笑みを浮かべている。
「初めまして、麗しきレディ。私は絹織物商のジュリアン。……して、君が私の護衛を?」
「はい、魔女見習いのユフィと申します。王都に行きたいので」
私が冒険者カードを提示しながら頷くと、ジュリアンさんは美しい顔をスッと引き締め、いきなり早口でまくしたてた。
「素晴らしい! だが事前に言っておくが、報酬の増額は一切応じられないよ。ただでさえ絹の輸送には莫大な費用がかかっている。いかに経費を削減し、利益率を最大化するかが商人の腕の見せ所だからね。道中で野盗が出ても、武器の消耗を抑えるために、なるべく経費はかけず、なんなら素手で撃退してくれるのが好ましい」
顔はめちゃくちゃ良いのに、口を開けば「コスパ」と「経費削減」しか言わない銭ゲバ野郎?
道理でレオンさんの置き土産結界が、作動しないわけだ。
周りの冒険者たちが「あいつの依頼だけは絶対受けるな」とヒソヒソ囁いている理由がよくわかった。
とはいえ、背に腹はかえられない。
「わかります。武器の耐久度の消費ってバカになりませんからね」
「おや?」
「幸い、私には魔法の知識がなくて魔力消費の概念がない上に、原価の安い『睡眠の煙玉』や『麻痺粉』を大量に持っているので、非常に安上がりに敵を無力化できますよ。たぶんですけど」
「なんと! 君のような費用対効果に優れた冒険者を待っていたんだ! ふふふ君は最高のビジネスパートナーになりそうだなユフィ君」
私とジュリアンさんは、ガッチリと熱い握手を交わした。
前世のギルド仲間と金策周回しているような気分だ。
なんだかこの人とは妙に波長が合う気がする。
「よし、ではすぐに出発しよう!」
こうして、私たちはジュリアンさんの荷馬車に乗り込み、王都への旅路についた。
★
街を出てすぐの街道。
馬車の御者台の隣で、私の首元に巻き付いている黒鉄色をした古竜シロが、誇らしげに胸を張った。
『あるじよ! 道中の安全は、この古竜たる我に任せるがよい!』
「シロ、何かしてくれるの?」
『うむ! 主の魔力の気配を、この世界から完全に隠蔽する【絶対隠蔽結界】を張ってやろうと思ってな。 これで、いかなる強力な魔物だろうと、主を魔力探知で見つけ出すことは不可能。完全に透明になったも同然だ、ぴゅい! ぴゅい!』
「エンカウント率ゼロのステルスバフだね!」
私は大喜びでシロの頭を撫でた。
これなら、対人間にはわからないけれど、道中の魔物との無駄な戦闘を極限まで減らすことができそう。
ジュリアンさんも「素晴らしい経費削減だ!」と拍手喝采である。
私は王都で待つ(?)レオンさんの顔を思い浮かべながら、ワクワクと胸を弾ませていた。
――しかし。
私はこの時、完全に失念していたのだ。
私の魔力が『世界から完全に隠蔽された』という事実が、王都にいるであろうあの激重な最強騎士に、どのような大パニックを引き起こすのかを。
★
同時刻。アルヴェリア王国、王宮。
「……で、殿下!!」
派閥争いの粛清を無慈悲に進めていた第二王子レオンティウスの執務室に、宮廷魔術師が血相を変えて転がり込んできた。
「ど、どうしようもありません! 殿下に命じられて隣国の辺境都市ルシェルシェに居られるユフィ様の魔力を遠隔探知しておりましたが……たった今、ユフィ様の魔力が、世界から完全に消失いたしました……!!」
その報告を聞いた瞬間。
レオンティウスの執務机が、一瞬にして分厚い氷に覆われ、粉々に砕け散った。
室内の気温が絶対零度まで下がり、窓ガラスが凍りついて軋む音を立てる。
「……消えた、だと?」
振り返ったレオンティウスの翡翠色の瞳には、理性の欠片も残っていなかった。
あるのは、己の半身を奪われた狂竜のような、恐ろしいまでの殺気と絶望。
「俺のユフィに手を出した愚か者がいるということか。……俺の私的な護衛騎士団を出撃させろ。国境を封鎖し、草の根を分けてでも見つけ出せ。彼女の髪の毛一本でも傷つけた者は、九族九代まで氷の地獄に沈めてやる……!!」
能天気な魔女見習いと銭ゲバ商人による『コスパ最強の珍道中』は。
こうして、未曾有の『大捜索パニック』の引き金となったのだった。




