22 遅すぎる初恋の自覚
深い深い森の奥。
グリゼルダさんに教えてもらった地図を頼りに進むと、鬱蒼とした木々の合間に、キノコのような形をした奇妙な家々が立ち並ぶ集落が見えてきた。
ここが、魔女の巣。
よし、と気合を入れて足を踏み入れようとした――その瞬間。
「ひゃああっ!?」
目の前のキノコハウスが大爆発を起こし、ピンク色の煙と共に、窓から真っ黒焦げの何かがすっ飛んできた。
「ゲホッ、ゴホッ……! ああもう、また失敗! マンドラゴラの根と星屑の砂の配合比が0・1ずれただけでこれなんだから!」
地面に墜落したソレは、ボサボサの髪にススだらけの顔をした、白衣姿の若い魔女だった。
ぶつぶつと難解な数式や魔法陣の理論を早口で呟きながら、目を血走らせている。
どう見てもマッドサイエンティストです。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「おや、お客さん?」
私が恐る恐る声をかけると、背後から別の声がした。
振り返ると、そこにはフリフリの可愛らしいゴスロリドレスを着た、金髪ツインテールの美少女……いや、首元を見るとしっかり喉仏がある『男の娘』が、目をキラキラさせて立っていた。
「わあ、すっごく素材のいい子! ねえねえ、ボクのコレクション着てみない!? 絶対似合うよ、フリル増し増しのエプロンドレスとか!」
「こら、ココ。客人を困らせるんじゃないよ」
着せ替え人形を見るような目で迫ってくる男の娘魔女(ココちゃん?)を制したのは、杖をついた小さな女の子だった。
見た目は八歳くらいなのに、その口調と醸し出すオーラは完全に百戦錬磨のお婆ちゃんである。
「アタシはここの長、ミルだ。……お前さん、グリゼルダの匂いがするね」
「は、はい! グリゼルダさんから紹介状を預かってきました。ユフィと申します!」
私はロリ風?お婆ちゃん?魔女のミルさんに手紙を渡した。
手紙を読んだミルさんは、「ほう」と目を細め、ニヤリと笑った。
「なるほどねえ。魔法の知識はからっきしだが、面白い異能を持ってるから鍛えてやってくれ、と……いいだろう。今日からアタシたちが、お前さんを一人前の『戦える魔女』に仕立て上げてやるよ!」
★
ということで、私の魔女見習いとしての過酷な修行が始まった。
まずは、マッドサイエンティスト魔女のリーゼルさんによる『調合』の修行だ。
「いいかユフィ! この二つの素材を融合させるには、複雑な魔力中和の陣を描いて」
「えっと、二つの効果を反発させずにくっつければいいんですよね?」
「言うのは簡単だけどね! その二つを無理やり合わせたら大爆発――」
「【接続】」
私は足元に転がっていた二つの素材を両手に持ち、ゲームのアイテム合成の要領で、ぽんっとくっつけた。
シュンッ、という音と共に、二つの素材は光に包まれ、見事な『最高級の回復薬』へと変化した。
複雑な魔法陣も、魔力中和の理論も、私にはサッパリわからない。ただ「AとBをアイテム合成する」という結果だけを【接続】したのだ。
「な、ななな……魔法陣を無視して、事象だけを結合させただとぉぉぉ!? なんだその規格外な能力は! よーし、ならこの爆発寸前の劇薬と麻痺草ならどうだ!」
「あ、はい。【接続】」
こうして私は、リーゼルさんの無茶振りに応えながら、一瞬で『睡眠の煙玉』や『麻痺の毒粉』などのいかがわしいアイテムの製法を次々とマスターしていった。
続いて、男の娘魔女ココちゃんによる『回避と防御』の修行。
「魔女は打たれ弱いからね! 攻撃を避けるステップと、このボク特製『魔女見習いローブ』の防御結界の使い方を教えるよ!」
ココちゃんが容赦なく放ってくる魔法の弾を、私は泥だらけになりながら避け続ける。
そして。
「あっ、避けきれないかも……私の服の結界と、あの木の表面を【接続】!」
「ええっ!?」
魔法弾が当たる瞬間、私は自分の服にかかっていた防御結界の判定だけを、離れた木の幹に移動させた。
魔法弾は私をすり抜け、木に当たって弾け飛ぶ。
「すごいすごい! 空間の概念まで繋げちゃうの!? 君、天才だよ!」
――そんなこんなで。
毎日泥だらけ、ススだらけになりながら、私はスキルと魔女のトリッキーな戦術を組み合わせた『費用対効果最強のゲリラ戦法』を徹底的に体に叩き込んだ。
「こりゃあ……数百年に一人の逸材が来たもんだねえ!」
数週間の修行を終えた、最終日。
すっかり頼もしくなった私に、ミルさんが満足げに頷いた。
「見事だ。お前さんのスキルは規格外だが、それを使いこなす機転と根性は本物だよ。これで卒業だ」
「ミルさん、リーゼルさん、ココちゃん……! ありがとうございます!」
卒業のお祝い品として、ココちゃんからは、動きやすさと可愛さを兼ね備えた内ポケットがこれでもかという位ついている『魔女見習いローブ』
リーゼルさんからは、『睡眠の煙玉』や『麻痺の毒粉』などのいかがわしいアイテムを大量に。
「ひっひっひ。そして最後に、アタシからはこれをやろう」
ミルさんが取り出したのは、怪しくピンク色に光る小瓶だった。
「これはね、魔女の秘薬『惚れ薬』さ。これさえ飲ませれば、どんな高貴な男だろうと、王族だろうと、たちまちお前さんにメロメロになって跪くって寸法だよ」
「っ……!」
王族でも、ひざまずく。
その言葉を聞いて、私はピンク色の小瓶をじっと見つめた。
(……そんな薬、必要ないよね……)
だって、彼はもう、私の指先に口づけをして跪いてくれた。
王位なんて興味がない、ユフィの隣にいたいと、真っ直ぐな瞳で言ってくれたのだ。
ドクン、と。
胸の奥で、甘くて熱いものが溢れ出す。
(ああ私、レオンさんに会いたいんだ)
彼が淹れてくれるお茶が飲みたい。
不器用に私を褒めてくれる、あの低い声が聞きたい。
あの大きくて温かい手に、私から触れたい。
(好き。私、レオンさんのことが大好きなんだわ)
ピンク色の惚れ薬を見つめながら、私はついに、自分のどうしようもない恋心を完全に自覚してしまった。
顔がカァァッと熱くなる。
シロが「あるじよ、顔が茹でダコみたいだぞ」とツッコミを入れてくるが、気にならない。
「ミルさん、ありがとうございます。でも私、この薬は使いません」
「おや、なんでだい?」
「自分の足で、会いに行きたい人がいるんです」
私は惚れ薬をそっとテーブルに置き、ローブのポケットをパンッと叩いた。
魔女のアイテムと、私のスキル。
これなら、一人でもプロの冒険者として戦えるかもしれない。
「私、王都に行きます!」
力強く宣言した私に、魔女たちはパチパチと拍手喝采を送ってくれた。
――しかし。
数分後。すっかり冷静になった私は、重大な事実に気づいて頭を抱えていた。
(待って。王都って……アルヴェリアの王都だよね? 私、ただの隣国の冒険者なんですけど……どうやって国境を越えて、VIPの集まるお城に行けばいいの!?)
物理的な距離と、圧倒的な身分差の壁。
遅すぎる初恋を自覚した私に立ちはだかったのは、あまりにも巨大な『現実』だった。




