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21 看板娘のスランプ

「はぁ…………」


 冒険者ギルドの受付カウンター。

 私は今日だけで、おそらく百回目くらいになる深いため息をついた。


「ユフィ、お茶がぬるいぞ。あと、この討伐報告書の束、さっきから七回も床に落としてるぞ」


「あっ! す、すみませんガルドさん!」


 ギルドマスターのガルドさんに指摘され、私は慌てて床に散らばった羊皮紙を拾い集めた。

 レオンさんが王都へ帰還してから、数日が経過していた。

 その間、私の仕事ぶりといえば、見事なまでのポンコツっぷりだった。


(ダメだわ。全然仕事に集中できない)


 レオンさんがいなくなって、私は初めて、彼がどれだけ過保護に私の世話を焼いてくれていたのかを痛感していた。

 重い荷物は私が触れる前に移動され、歩く道の小石すら事前に排除されていたあの日々。

 物理的な快適さもさることながら、何より――あの大きく温かい背中と、私を呼ぶ甘い声がないことが、どうしようもなく寂しかった。


『あるじよ、またため息か。主の心が曇っているせいで、魔力がすっかり湿気っておるぞ。古竜たるわれの黒鉄の鱗にカビが生えたらどうするのだ、きゅるん』


 私の首元に巻き付いているシロが、呆れたように尻尾で私の頬をぺちぺちと叩く。


「ごめんね、シロ……。でも、なんだか胸の奥がぽっかり空いちゃったみたいで……」


 恋心っぽいものを自覚した途端に、遠距離恋愛。

 スマホみたいに便利な通信手段に近い魔道具はあるものの、勤労令嬢には高価すぎて手が出せない。

 しかも相手は超VIPの王族で、絶賛お家騒動の真っ只中。

 前世でも恋愛経験値がほぼゼロだった私には、この状況はハードルが高すぎる。


 おまけにギルドの周囲にはレオンさんが残していった『絶対零度結界』が健在で、男性冒険者たちは私に近づくことすらできず、カウンター業務は開店休業状態だった。


 クスクスと笑いながら近づいてきたのは、魔女のグリゼルダさんだった。


「おや、ひっどい顔してるねえ。せっかくの若い生気が台無しだよ」


「グ、グリゼルダさあん……」


 ふわりと、独特の紫煙の匂いが鼻をかすめた。

 ローブを纏った自称・女盛りの魔女、グリゼルダさんが、キセルを片手にカウンターへ寄りかかってきた。


「すっかり恋煩いだねえ、うちの可愛い看板娘は。気持ちはわかるよ。あんな見目麗しい凄腕の騎士様に、あそこまで真っ直ぐ愛を囁かれたらね。でも、ユフィ」


 グリゼルダさんは紫煙をふっと吐き出し、私の目を真っ直ぐに見つめた。


「いつ帰ってくるかもわからない王子様を、受付台に座って大人しく待ってるだけの『お姫様』でいるつもりかい?」


「……っ」


「あの子は今、自分の戦場で命懸けで戦ってる。それなのに、あんたはこの安全な場所でため息をつきながら、彼に守られているだけで一生を終えるのかい?」


 その言葉が、私の胸に深く突き刺さった。


(待っているだけの、お姫様……)


 前世ではブラック企業で身を粉にして働き、過労で倒れた。

 この世界では貴族の令嬢として生まれたけれど、役立たずと蔑まれ、実家を追放された。

 そして今。

 ギルドの受付嬢として、レオンさんという規格外の存在に守られ、愛されている。たぶん。


(ううん。私は、ただ守られるだけの存在にはなりたくない)


 レオンさんは「俺がすべて防ぐ」と言ってくれたけれど、私は彼に依存しきったお荷物にはなりたくない。

 彼の隣に立って、堂々と「私たち最高のパーティです」と胸を張れるような、そんな自分になりたいのだ。


「嫌です。私、お姫様になるために辺境に来たわけじゃありませんし」


 私はパンッ!と両手で自分の頬を叩き、気合を入れた。


「私、プロの冒険者になります! レオンさんに守られるだけじゃなくて、自分の足で立てるように……私の第三の人生を、自分の力で切り拓きたいんです!」


 私が力強く宣言すると、グリゼルダさんは口角を上げ、満足そうにニヤリと笑った。


「いい目になったねえ。アタシ好みだよ。冒険者登録証はもう持ってるんだから、あとは実戦経験と技術だ。あんたには一般的な攻撃魔法の適性がないみたいだから、少し特殊な修行が必要だね」


「特殊な修行、ですか?」


「ああ。普通の剣や魔法じゃなくて、もっとズル賢く……いや、効率的に立ち回るための技術さ」


 グリゼルダさんは一枚の古い地図を取り出し、カウンターに広げた。

 皺だらけの指が示したのは、この辺境の街からさらに奥へ進んだ、深い深い森のエリア。


「最初の修行先として、ここに行きなさい。『魔女の巣』だよ」


「魔女の、巣……?」


「アタシの古巣さ。あそこにいる可愛い後輩たちに、紹介状を書いてやる。あんたのその便利な【接続】スキルと、魔女のいかがわしい……げふん、実用的な知恵を合わせれば、大化けするかもしれないからね」


 魔女。

 ファンタジーRPGではお馴染みの、怪しげな薬や呪術を操る存在だ。

 目の前にいる美魔女の言葉には、とてつもない説得力があった。

 一般的な魔法の知識がない私でも、魔女のトリッキーな技術なら、コスパ良く戦う方法が見つかるかもしれない。


『ほほう! 魔女の巣窟か! 面白そうではないか主よ! 我も付き合ってやるぞ、ぴゅい!』


 シロがやる気満々で小さな羽をパタパタと羽ばたかせる。


「おう、嬢ちゃん! やる気になったみたいだな! 俺様が直々に稽古をつけてやっても――」


「ブロン、君の稽古じゃユフィさんが冒険者になる前にミンチになってしまうよ。気をつけて行っておいで、ユフィさん」


 いつの間にかホールにいた筋肉ダルマのブロンさんと、窓枠に座ったエルフのリュートさんも、笑って背中を押してくれた。


「ガルドさん、グリゼルダさん! 私、修行しに行ってきます!」


 自覚したての恋のモヤモヤを吹き飛ばすため。

 そして、いつかあの過保護で不器用な最強の騎士様の隣に、自分の足で堂々と立つため。


 ギルドの看板娘を一時休業し、プロの冒険者兼魔女見習いを目指す私の『第三の人生』が、今ここから始まろうとしていた。



予約するのわすれてました;;

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