19 無意味な陰謀 ②
崖下にある、黒い靄に包まれた巨大な遺跡の最深部。
私の【接続】によって地図に印が刻まれた通り、そこには巨大な魔方陣と、うやうやしく杖を構える一人の魔術師が立っていた。
「お前は、兄上の側近の魔術師バリオスか」
レオンさんが低く冷たい声で魔術師の名を呼んだ。
バリオスと呼ばれた男は、私とレオンさんを見ると、歪んだ笑みを浮かべた。
「いかにも! よくぞここまで辿り着かれましたなあ、第二王子レオンティウス殿! だが、ちと遅かったようですぞ。すでにこの国境地帯の魔物たちは、我が魔方陣によって無限に湧き出すようになっておりますからな!」
「兄上の、命令か?」
「まさか! 第一王子殿下はこのような汚いことには手を染められません! これは、殿下の王位継承を確固たるものにするため!!」
バリオスは両手を広げ、演説をぶち上げ始めた。
「貴方の母親である第二王妃は、王宮で我が物顔に振る舞う毒婦です! そして、その毒婦と瓜二つの顔を持つ貴方は、純真な第一王子殿下の王位を脅かす最大の障壁なのです! だからこそ、貴方にはこの辺境の地で、永遠に魔物退治という雑務に縛り付けられてもらいたいですなああ!!」
「だ、団長を辺境に縛り付けるためだけに、これほどの異常事態を引き起こしたというのか!?」
シオンさんが愕然として叫ぶ。
客観的に見ると、第一王子強火担の厄介ファンが、自分の推しを一位にするために、ライバルのスケジュールを嫌がらせで埋めたという感じだろうか。
なんと迷惑なオタ活である。
私はレオンさんをチラリと見上げた。
王位を狙う野心家扱いされて、さぞ怒っているかと思いきや――レオンさんは心底どうでもよさそうに、深々とため息をついていた。
「くだらん」
「なんだと?」
「俺は、王宮で権力を振りかざすあの女のことも、あの女にそっくりなこの自分の顔も、虫唾が走るほど嫌悪している。王位など、最初から欠片ほども興味はない」
レオンさんの言葉に、バリオスが目を見開いた。
「俺の居場所は、王宮の玉座などではない。俺の全ては、この愛しいユフィの隣にのみ存在する」
「えっ、私!?」
「そうだ。だからお前がわざわざ魔物を発生させずとも、俺は一生この辺境のギルドで、ユフィと共に芋を洗い、愛を語り合うつもりだった。お前の陰謀は、完全に無意味だ」
ドヤ顔で言い切る最強の騎士。
バリオスが「は……?」と間抜けな声を漏らし、シオンさんが「王位より芋洗いを選ぶ王子……終わってる……」と呻きながら蹲る。
「ふ、ふざけるな! ならばここで貴方を消すまでですぞ! いでよ、我が最高傑作『合成獣』!!」
バリオスが杖を振り下ろすと、魔方陣からおぞましい咆哮とともに、巨大なキメラが這い出ようとしてきた。
……出ようとしてきた、のだけれど。
「あ、それ出さないでください。【待機】」
私が指を鳴らした瞬間。
魔方陣から半分這い出たキメラは、ピタッと時間を止められ、見えない壁に挟まれたように静止した。
「なっ!? 私のキメラが!? 馬鹿な、どんな魔術を……!」
「【接続】!」
私は地面に手をつき、バリオスの足元にある魔方陣からの、魔力供給ラインっぽいものを、その辺に転がっていた、ただの石ころに繋ぎ変えた。
しゅーん、という音とともに、壮大な魔方陣の光が完全に消え失せる。
「魔、魔方陣が……沈黙した?」
「はい。起動用の魔力を全部その石ころに繋いでおいたので。これで魔物の異常発生もストップです」
「石ころに繋いだだと!? 私の、人生を注ぎ込んだ十年がかりの大規模魔方陣を、ただの石ころに!?」
バリオスが膝から崩れ落ちた。
だが、彼は狂乱したように立ち上がり、隠し持っていた短剣を握りしめて私に向かってきた。
「ならば、せめてその忌々しい小娘だけでも――!」
その瞬間。
世界は、完全に凍結した。
目にも留まらぬ速さで私を庇うように前に出たレオンさんが、バリオスの首筋にピタリと剣の刃を当てていた。
その翡翠色の瞳には、一切の感情がない。
あるのは、ただ絶対的な死を宣告する冷酷な光だけ。
「……俺の命に、薄汚い刃を向けたな」
地を這うような、恐ろしいほどの殺気。
バリオスはガチガチと歯の根を鳴らし、短剣を取り落とした。
レオンさんの剣が、容赦なくその首を刎ねようと動く――。
「レオンさん! だめです!」
「……ユフィ?」
私が慌ててレオンさんの腕を掴むと、あの冷酷な死神のようなオーラが一瞬で霧散し、いつもの大型犬のような顔に戻った。
ギャップが凄すぎる。
「その人、殺しちゃダメです。生け捕りにして国に突き出さないと、報酬が減っちゃうかもしれません」
「――君がそういうのなら」
レオンさんはあっさりと剣を収め、シオンさんたちに「縛り上げろ」と命じた。
「一件落着なのでしょうか?」
魔方陣の光が消えた遺跡で、私はホッと息をついた。
すると、レオンさんがどこか不安げな瞳で私を見つめてきた。
「ユフィ。すまなかったな」
「え?」
「俺は、こんな顔だ。権力に固執する愚かな女と同じ顔で……今まで、王宮の誰もが俺を恐れ、あるいは利用しようとしてきた。こんな呪われた血を引く俺が、君の傍にいる資格など――」
「何言ってるんですか。レオンさんはレオンさんですよ」
私は彼の手を両手でギュッと握りしめた。
「お母様に似てるかもしれないけど、レオンさんは権力なんて興味ないじゃないですか。それに……私、レオンさんの顔、すごく綺麗で好きですよ? 私を守ってくれるこの手も、すごく温かいですし」
偽りない本心を伝えると、レオンさんの翡翠色の瞳が見開かれた。
そして、彼の目から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「レ、レオンさん!? 泣かないで!」
「……ああ、すまない。俺は……本当に、君に出会うために生まれてきたんだな……」
私を壊れ物のように優しく抱きしめるレオンさん。
耳元で囁かれた、熱を帯びた甘い声。
背中に回された腕は、私がどこかへ消えてしまわないようにと、震えるほど強く、けれど絶対に痛くないようにと優しく――。
(あれ……?)
ドクン、と。
私の心臓が、シロとの繋がりとは全く違う理由で、大きく跳ねた。
(君に出会うため? 王位より私を選ぶ?)
今までのレオンさんの言動が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
『有象無象の虫除けに』
『俺の命』
(これって……もしかして、優秀なサポーター枠への執着じゃ、ない?)
胸元では古竜のシロが「きゅるん」と鳴いている。
しかし、私の耳には自分の激しい心音しか聞こえなくなっていた。
レオンさんの大きな体温と、抱擁の熱。
(この人もしかして……私のこと、本気で一人の女性として好きなの!?)
私にとって彼は、呪われた王族でも冷酷な死神でもなく。
そして、ただの『仕事熱心な高ランク冒険者』でもなかったのだ。
(ど、どうしよう!?)
限界突破の激重な愛を向けられていることに今更気づいてしまった私は、彼に抱きしめられたまま、一人で盛大にパニックに陥り――。




