18 無意味な陰謀 ①
古竜と心臓を共有したおかげか、私の目覚めはかつてないほど爽快だった。
身体の隅々まで力がみなぎり、前世で徹夜でゲームをした翌日のような気怠さが一切ない。
「おはようございます、レオンさん!」
「ああ、おはようユフィ。……今日も君は、朝露に濡れる一輪の花のように美しい。だが」
テントを出ると、レオンさんが般若のような顔で私の胸元を睨みつけていた。
私の首元には、マフラーのようにくるりと巻き付いた黒鉄の子竜――昨日『シロ』と名付けた古竜――が、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。
黒いからシロ。
中々ネーミングセンスとしては良いのでは?え、安直?
『むニャ……主よ、今日も良い魔力だ……ぴゅい』
「小賢しいトカゲめ。寝込みを狙って丸焼きにしてやろうとしたのに、全く焦げ跡すらつかないとは」
物騒なことを呟いているレオンさんをスルーして、私はシオンさんたちが集まる作戦会議のテーブルへと向かった。
「さて、シオンさん。今日のお仕事は何ですか?」
「あ、ああ、ユフィ殿。本日はこの周辺の『地形調査および索敵』です。何せ未開の魔境ですからな。まずは先遣隊を五方面に放ち、三日ほどかけて安全なルートと魔物の巣を図式化作業する予定で――」
「それ、私に試させてもらっても良いですか? ちょっと【接続】実験もしたいと思っていたので。それに、サポーターの基本はマップ埋めですからね。マッピング楽しそうですし」
「えっと……? まっぴんぐ?」
ぽかんとするシオンさんをよそに、私は地面に広げられた白紙の大きな羊皮紙の上に両手をついた。
(ええと、昨日の応用ね。地面の下に張り巡らされている木の根っこや魔力溜まりを、この羊皮紙と【接続】して……情報を可視化させる、イメージで)
私の魔力が、羊皮紙を通じて大地へと一気に広がっていく。
シロと心臓を共有したおかげで魔力キャパシティが爆増しているため、処理落ちする感覚は全くない。
「よしっ。……ええと、北の谷底には巨大な『毒沼』のトラップがありますね。それから東の洞窟には……うわ、オークの群れが五十匹くらい寝てます。あ、西の山肌には……これ、『ミスリル鉱石』の大規模鉱脈ですね! ギルドに報告したらボーナス案件ですよ」
私がスラスラと地形や危険箇所、レアアイテムの場所を口にするたび、白紙だった羊皮紙に、まるで印刷されるように精密な等高線やアイコンが自動で描かれていく。
「な、ななな……」
「お見事です女神!」
「どうなっているんだ!? ユフィ殿は精霊の加護でも受けているのか!?」
騎士たちが騒然となる中、シオンさんが震える指で完成した地図を指差した。
「ゆ、ユフィ殿!? この『魔物の数』から『トラップの位置』『レア鉱石の場所』まで……これはいったい、どういう高等魔術なのですか!? 王宮の筆頭宮廷魔術師ですら、これほど広範囲の透視は不可能ですが!」
「高等魔術というか、私の【接続】スキルで、大地の地脈ネットワークと羊皮紙を繋いで、情報を流し込んでみたんです。使えますか?」
「情報を! 流し込んだ!? いやいや、人間が莫大な情報量を処理すれば、普通は発狂しますよ!?」
シオンさんが頭を抱えて叫ぶと、私の首元のシロがパチリと目を開け、得意げに胸を張った。
『ふはは! くそおっさんめおどろいておる。我があるじは、この古竜たるわれと心臓を共有しておるのだぞ? 脳の処理能力も耐久力も、もはや神の領域! この程度の索敵など、瞬きするより容易いんだわー! ぴゅいい』
「古竜……それはもう戦略兵器じゃないですか?」
眩暈を覚えたように儚くふらつくシオンさんの横で、レオンさんだけが「さすが俺の至宝だ。その知性も神々しい」と、一人でウンウンと誇らしげに頷いていた。
「まあ、この地図が正確かどうかの実証実験もしながら、行ってみるのはいかがですか? 危険な場所はなんとなくわかったので」
こうして、私が作成したマッピングを頼りに、進軍が始まった。
それはもう、調査というよりピクニックだった。
「あ、レオンさん。そこから三歩先、踏むと爆発する地雷草があるっぽいです」
「わかった」
「シオンさん、右の茂みに擬態したスライムがいるので注意してください。あと、その岩の下に珍しい回復薬の素材があるので拾っておきますね! 【接続】でとれるかな?」
私が魔法の杖ならぬその辺でひろった棒切れを振り回すと、まるでとりもちのようにぺたっと素材が棒にくっつく。
めちゃくちゃ便利。
トラップは全て事前に回避。
レアアイテムは歩きながらピンポイントで回収。
不意打ちは一切成立せず、魔物と遭遇したとしても、私が「あ、前方に魔物です」と言い終わる前に、レオンさんが目にも留まらぬ速さで斬り捨ててしまう。
「シオン副団長。俺たち、護衛として来ましたけど、やること全くないですね」
「言うな。俺たちの存在意義が揺らぐ」
後ろを歩く騎士たちが、暇そうに雑談を始めている。
「レオンさん、すごいです! 私が索敵した端から敵を倒してくれるから、すっごく楽です。私たち、最高のパーティですね!」
「……!」
私が満面の笑みで親指を立てると、レオンさんは顔を真っ赤にして口元を覆い、バタッとその場に膝をついた。
「だ、団長!? 敵の攻撃ですか!?」
「いや、ユフィの『最高のパーティ』という言葉が、俺の心臓を貫いただけだ……ああ、彼女の笑顔を守るためなら、俺はこの森の木を全て切り倒して平地にしてもいい……」
「やめてください自然破壊だめです。あと、シロを睨みつけるのもやめてくださいね」
シロへのジェラシーを力に変え、レオンさんはその後も凄まじいペースで魔物を殲滅していった。
――そして。
お昼休憩も挟みつつ、順調に森の奥へと進んでいた時だった。
「……ん?」
大地の脈絡に【接続】し続けていた私の脳内に、強烈な何かが走った。
チクチクと肌を刺すような、おぞましく淀んだ魔力の気配。
「ユフィ、どうした?」
私の足が止まったことに気づき、レオンさんが瞬時に真剣な騎士団長の顔に戻る。
「レオンさん……この先です。この先の谷底で、大地の魔力がおかしくなっています。何者かが、無理やり魔物を集めてるみたいな……」
私が指差した先。
鬱蒼と茂る木々の間から見える断崖下。
黒い靄に包まれた不気味な巨大遺跡が姿を現した。
「あそこが、今回の魔物異常発生の『元凶』か」
レオンさんが剣の柄に手をかけ、シオンさんたちも一斉に表情を引き締める。
ただのギルドの受付嬢として第二の人生をスタートさせた私が、ついに国――といっても隣国のだけど――を脅かす陰謀の渦中へと足を踏み入れた瞬間だった。




