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17 国境の古竜

 レオンさんが手配した、超高級サスペンション付き馬車に揺られること数日。

 私たちは無事に、国境付近の調査地帯へと到着した。


「ユフィ、疲れていないか? 足元が悪い、手を」


「大丈夫ですよレオンさん。馬車の中、フカフカで天国みたいでしたから!」


 私が元気に馬車を降りると、後ろからやつれきったシオンさんがフラフラと降りてきた。

 彼は道中、レオンさんが「ユフィに虫一匹、砂埃ひとつ当てるな」と、馬車全体に数日ぶっ通しで広域防御結界を張らせ続けたため、魔力と体力が限界なのだ。

 

 魔力回復ポーション、後でおすそ分けしておこう。


「さて! 着いたからにはサポーターのお仕事開始ですね。まずは野営地の設営からでしょうか」


 ここは魔物の気配が濃い荒野だ。

 安全な拠点の確保は絶対条件である。

 私は腕まくりをして、積荷から引っ張りだされたテントの支柱や布の山に向かってイメージする。


「【接続(コネクト)】!」


 バラバラの支柱と布が一瞬で強固に結合し、さらに地面の岩盤とテントの底を【接続】させることで、竜巻が来ても絶対に飛ばされない超頑丈な野営テントがあっという間に完成した。


「よし、次は地形の把握ですね。地下に魔物の巣穴とかがないか、折角なので【接続】スキルをつかってみたいと思います。マッピングできるかな?」


「ユフィ殿……貴女のその神の御業のようなスキルを、テント張りに使うなど……」


 シオンさんが遠い目をしているが、便利なものは使わなきゃ損である。

 私は地面に両手をつき、全神経を集中させて深く、深く【接続】の魔力を地下へと伸ばしていてみた。

 頭の中に地形図のような物が浮かび上がってくる。

 やっぱりね。

【接続】スキルの可能性。

 対象を問わないぽいなとは思っていたのだけれど、本当に問わないんだ。

 物理的なものをくっつけるのはイメージし易いけれど、見えない地中を例えば索敵しようなんて、そうそうは思いつかないと思ってたんだよね。

 今までこのスキルを授かった先人たちは、試さなかったのかもしれない。

 RPGゲームでは基本だもん。

 私なんて先に攻略本を読み込んでから、絶対安全ルートしか進まないタイプだし。


(ええと、木の根っこを伝って、地下水脈を抜けて、さらにその奥の巨大な魔力溜まりみたいなところに……ん?)


 ドクン。


 不意に、私の手のひらから胸の奥に向かって、途方もなく巨大な『鼓動』が伝わってきた。


(なに、これ。すっごく大きくて、温かい……まるで、心臓みたい)


 無意識のうちに、私の心臓の鼓動と、地下深くで眠る『何か』の鼓動の波長が合っていく。

 トクトク、という私の小さな拍動と、ドクン、という巨大な拍動が、ピタリと重なったと同時に。地面から天を衝くほどの凄まじい光の柱が立ち上り、周囲の荒野がドーム状に吹き飛んだ。


「なにこれ!」


「ユフィ、俺の背後から離れるな」


 爆風が届くより早く、レオンさんが私を抱き寄せ、マントで完全に庇い込む。

 光が収まった後、ぽっかりと開いた巨大なクレーターの底に現れたのは――。


『我が眠りを妨げ、魂の盟約を結んだのは、小さき人の子か』


 空を覆うほどの巨大な翼。

 黒鉄(くろがね)の鱗。

 神話の絵本でしか見たことのないような、圧倒的な威容を誇る『エンシェント・ドラゴン』が、そこに鎮座していたのだ。


「な、ななな……古竜!? なぜこんな辺境の地下に! だ、団長! 全軍撤退――」


 シオンさんがパニックを起こして剣を抜こうとしたが、古竜は私の方をじっと見つめると、スゥッとその巨体を眩い光で包み込んだ。

 そして。


「きゅるんっ」


 光が晴れると、そこには手のひらサイズまで縮んだ、チワワのように愛くるしい黒鉄の子竜が、パタパタと翼を羽ばたかせていた。


「ええええええっ!? ちっさ!!」


『えへん。あるじよ。たましいの接続、確かに受け入れた。われらのいのちは今より一つ。我が悠久のいのちと無敵のうろこは、なんじのものなり』


 脳内に直接、威厳ありつつもちょっと高めの可愛い声が響く。


「もしかして私、とんでもないものを釣り上げちゃったってことでしょうか」


 子竜が私の胸元に飛び込んできて、スリスリと頬ずりをしてきた。

 しなやかな鱗はつやつやしていて温かくて、すっごく可愛い!


「なんだか身体の底から力が湧いてくるみたい」


『えへん。左様~われと心臓を共有したあるじは、ぜったいぼうぎょの身体を手に入れたも同然なのだ。えへんえへん』


「最高の耐久バフじゃないですか!」


 私は大喜びで子竜を抱きしめた。

 まさか伝説の激レアペットをゲットできるなんて!

 この辺境、ガチャの排出率がバグっているのでは!?


 しかし。

 私がホクホク顔で子竜を撫でていた、その背後で。


 空気が、完全に凍りついていた。


 振り返ると、レオンさんが一切の感情を排した、氷のように冷たく美しい顔で、静かに剣を抜いていた。

 ギャグのような怒りではない。

 純粋で、圧倒的な『排除』の意志が瞳に宿っている。


「ユフィ。少し、そこを退いてくれないか。その小賢しいトカゲを、塵一つ残さず次元の彼方へ消し去る」


「ちょ、ちょっと待ってください! この子は何も悪いことしてませんよ」


「俺の至宝に気安く触れ、あろうことか『命を共有する』などという呪いをかけた罪……万死に値する」


 レオンさんの剣が、音もなく子竜に向かって振り下ろされる。

 しかし、キンッ!という甲高い音とともに、レオンさんの剣撃は子竜の放つ見えない障壁に弾き返された。


『無駄だおっさん! われは古のドラゴン。この世のいかなる物理攻撃もわれには通じぬぞお。えっへーん』


「ほう? ならば次元ごと斬り裂いて塵に還してやろう」


「やめてえぇぇ! 私たち心臓繋がったみたいなので、この子がダメージ受けたら私も死んじゃいますから!!」


 私が叫んだ瞬間。

 ピタリ、と。


 次元を斬り裂く寸前だったレオンさんの剣が、微塵のブレもなく空中で止まった。


「ユフィの命が……その小賢しいトカゲと、一蓮托生だと……?」


「そうなんです! だから攻撃しちゃダメです!」


 死なないかもしれないけど、痛いのは流石に嫌だ。

 レオンさんはゆっくりと剣を鞘に納めた。

 そして、私の腕の中にいる子竜を、絶対零度の瞳で見下ろした。


「貴様。もしユフィの身に少しでも危険を及ぼせば、その不老不死の魂ごと永遠の苦痛を刻み込んでやる。彼女の命を預かった自覚を持て」


 低く、地を這うような冷酷な声。

 伝説の古竜であるはずの子竜が「ぴっ」と小さく震え、怯えたように私の腕の奥に隠れてしまった。


 ★


 その夜。

 野営の焚き火の前で、レオンさんは私の膝の上で眠る子竜を、複雑な瞳で見つめていた。


「俺は必ず、その不遜な契約を解除する方法を見つけ出す。君の命も、運命も預けるのならば、それは俺であってほしい」


 レオンさんは私の髪にそっと触れ、ひどく切なげにそう囁いた。


「個人的にはか弱い身の耐久力アップはありがたいんですけど……」


「俺がすべて防ぐ。君が傷つくことなど、天地がひっくり返ってもあり得ない」


 ただのペットに対するレオンさんの重すぎる感情に首を傾げつつ、国境の夜は更けていく。

 そしてシオンさんはというと、魔力切れで少し離れた切り株から転がり落ちて、で死んだように眠っている。

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