15 単独指名同伴依頼
カイルという嵐が去り、ギルドに平和な日常が戻ってきた……かに見えた。
しかし、私の受付カウンターの前に立つ人物の顔色は、この世の終わりのように暗かった。
「……ユフィ殿。少し、お時間よろしいでしょうか」
アルヴェリア王国の副団長、シオンさんだ。
一応、過日の氷漬けからは完全に回復したようだけれど、その目の下には、昨日私が洗ったマッド・ボアの泥よりも濃く深い隈がくっきりと刻まれている。
「シオンさん、お疲れ様です。顔色がすごく悪いですが、上級ポーション出しましょうか? ちょっと高いですけど」
「いえ……肉体の疲労や胃痛ならポーションで治りますが、精神の摩耗は治りません。すべては、我が誇り高き騎士団の……いや、完全なポンコツと化してしまった団長のせいです」
シオンさんは、この世のすべての不幸を背負ったような顔で深々とため息をついた。
「ユフィ殿。単刀直入に申し上げます。どうか、団長を解放していただけないでしょうか」
「解放、ですか?」
「はい。我々がこの辺境に派遣された本来の目的は、『国境付近における魔物の異常発生の調査』です。しかし団長は、ユフィ殿の傍を少しでも離れたくない一心で、面倒な実地調査をすべて我々部下に丸投げし、毎日毎日ギルドの裏庭で薪割りやら芋洗いばかり……。本国の国王陛下からは『調査報告はまだか!』と矢のような催促の魔法通信が来ているというのに!」
シオンさんが血を吐くような声で訴える。
なるほど、そういうことか。
私は一人、深く深く頷いた。
これはRPGゲームなどによくある、アレだ。
本来のクエストを受けつつもサブクエストのフラグが知らない間に立ちまくって、本筋からどんどん逸れていってしまうアレ。
それにしても、国の重要任務を遅延させてまでクエスト達成のために振舞う、レオンさんのプロ冒険者意識たるや凄まじいものがある。
「シオンさん、お気持ちはよくわかりました」
「本当ですか!? では、団長に『さっさと任務に戻れ』と仰っていただけるのですね……!」
パァァッと顔を輝かせるシオンさんに、私はニッコリと微笑んで提案しようとした。
「レオンさんがそこまで本来の任務を疎かにしているならば、私が余計な仕事を――」
と言いかけた、瞬間。
ギルドのカウンターに、鈍く重い音を立てて巨大な革袋が叩きつけられた。
「ガルド。冒険者ギルドを通し、正式な依頼を出したい」
いつの間にか背後に立っていたレオンさんが、ギラギラと燃える瞳でギルドマスターのガルドさんを見据えている。
「依頼だと? おいおい王子様、こりゃあ随分な重さだが……」
「白金貨十枚だ」
ギルド中の冒険者たちが、揃いも揃って一斉に悲鳴を上げた。
白金貨十枚!?
王都の一等地に小さな家が建つレベルの莫大な金額だ。
「依頼内容は『国境調査地への同行』。対象は、冒険者ユフィへの単独指名同伴依頼だ」
「なっ……だ、団長!? 我々の危険な調査遠征に民間人を巻き込むだけでなく、王家から支給された大切な活動資金をそのような私的感情で……!」
「黙れシオン。これは必要経費だ。俺の精神と魂の安定に不可欠な、最重要投資だ」
レオンさんは真顔でシオンさんを黙らせると、スッと私の方に向き直った。
「ユフィ。俺は君の力を高く評価している。危険な目には絶対に遭わせない。だから……俺の仕事に、君の力を貸してくれないか?」
「は、はい!! 喜んでお受けします!!」
私は、あまりの金額に目がくらみつつ、カウンターから身を乗り出して即答した。
白金貨十枚!
一生分のケーキが買えるかもしれない!
それに、レオンさんがここまで破格の報酬を積んでまで私の「バフ能力」を買ってくれているのだ。
先日、冒険者デビューしたての支援職の端くれとして、これほど名誉なことはない。
「ありがとうございます、レオンさん! 報酬に見合うよう、優秀な専属サポーターとしてきっちりお仕事させていただきます」
「ああ……君が傍にいてくれるなら、どんな魔境も楽園だ」
ガッチリと両手を握り合い、完璧なビジネスパートナーとしての絆を確かめ合う私とレオンさんの横で、シオンさんが「予算が……受付嬢のお小遣いに……」と白目を剥いてついに気絶しかけていた。
「よし、商談成立だな!」
ガルドさんが豪快に笑いながら、指名依頼の受理印を書類にバンッと押した。
「シオン、気絶している暇はないぞ。すぐに遠征の準備をしろ。ユフィが乗る馬車は、最高級のクッションと魔石ヒーターを完備したものを手配するんだ。揺れで彼女の美しい髪が乱れては困るからな」
「ちょっ……調査遠征に貴族の馬車を持ち込む気ですか!? 目立って仕方ないでしょうが!」
「文句があるなら貴様が四つん這いになって馬の代わりをしろ。ユフィの乗り心地を最優先だ」
「理不尽すぎる!!!」
シオンさんの悲鳴がギルドに響き渡る。
グリゼルダさんやブロンさんたちは、「新婚旅行か?」「若いねえ」「王子様も大変だな」とゲラゲラ笑いながら見守ってくれている。
「ということで、ガルドさん。数日お休みいただきますね! 受付嬢はやめませんが、冒険者としての経験も積んでおきたいので!」
「おう、気をつけてな。おい王子様。依頼として受ける以上、ユフィはプロの冒険者扱いだ。だが、もしお前がうちの看板娘に指一本でも触れて泣かせたら……国境ごと叩き斬るからな」
「言われるまでもない。君の髪の毛一本すら、俺の命に代えても護り抜いてみせる」
レオンさんは私の首元で揺れる翡翠色のネックレスを一瞥し、酷く甘く、そして力強く宣言した。
こうして、破格の報酬を懸けた国境地帯への調査遠征が幕を開けたのだった。
そんな、私たちが国境で「とんでもない光景」を目の当たりにし、私の【待機】と【接続】が世界の理を揺るがしかねない事態を引き起こすことになるなんて、まだ誰も予想していなかった。




