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14 仁義なき洗濯対決

 翌朝、ギルドの裏庭。

 山のように積まれた血と泥だらけの衣服やエプロンを前に、私は腕まくりをした。

 今日は朝から、ブロンさんたちが巨大な『マッド・ボア(どろどろイノシシ)』の群れを狩ってきたのだ。

 解体作業を手伝ったギルドの皆の服は、凄まじい汚れっぷりである。


「よし、お洗濯頑張るぞー!」


 気合を入れた私の足元に、ガサリと茂みをかき分けて何かが這い出してきた。


「……だ、団長の……鬼……理不尽……っ」


「ヒィッ!?」


 見れば、髪の毛から甲冑まで全身真っ白な霜に覆われ、ガチガチと歯を鳴らしている副団長のシオンさんだった。


「シ、シオンさん!? なんでそんな雪山で遭難したみたいな姿に!?」


「昨日の夕方……路地裏で……絶対零度の無音結界で一晩……へっぶしゅ!!」


 シオンさんは盛大なクシャミと共に、白目を剥いて力尽きてしまった。


「だ、誰かー! シオンさんを毛布でくるんで暖炉の前に運んでー!」


 駆けつけたガルドさんたちに回収されていく可哀想な副団長を見送りながら、私は他国の精鋭騎士団の過酷な労働環境にそっと涙する。


 気を取り直して、洗濯物の山へ向き直と、またしても邪魔が。


「姉上! そんな下働きのようなこと、姉上がする必要はありません!」


 背後からどでかい声が響いた。

 振り返ると、そこにはなぜかギルドの裏庭に仁王立ちするカイルの姿が。

 彼もシオンさんと同じく肩にうっすらと霜がのっているが、ピンピンしている。


「カイル!? どうしてここに……って、まさか泊まり込んでるの?」


「姉上が王都に帰らないというのなら、僕がこの街に住み込み、姉上の専属パートナーとしての実力を証明してみせます! あの得体の知れない冒険者なんかより、僕の方がサポーターとして遥かに優れていると!」


 カイルがビシッと指差した先――裏庭の巨木の陰から、漆黒のマントを翻してレオンさんが現れた。今日も顔が良い。

 そして目が本気(マジ)だ。


「……寝言は寝て言え、小僧。……昨日氷漬けにしてやったのに、しぶとい害虫だ。だが、ユフィの専属枠は、俺のものだ」


「いいえ! 僕こそが、姉上を一番理解してますし、何と言っても家族ですからね!」


 またしても、金髪美青年と銀髪超絶美形による、凄まじい火花が散り始めた。


(なるほど……!)


 私は山積みの洗濯物を見つめながら、深く納得した。

 二人とも、よっぽど私という「優秀な支援職」を手放したくないらしい。

 高ランク冒険者にとって、有能な支援職の確保は死活問題だと本で読んだことがある。

 だからって、ギルドの雑務であるお洗濯でアピール合戦を始めようとするなんて、なんて涙ぐましい営業努力なんだろう。


「わかりましたよ。それなら、二人ともお洗濯手伝ってください!」


「「……え?」」


「パートナーを組むなら、息の合った連携が大事ですよね? ほら、この泥だらけの服、洗っていきましょう!」


 私がタライに水を張ると、二人の瞳に謎の闘志が宿った。


「見ていてください姉上! 僕の【炎魔法】の精密なコントロールを!」


 カイルがタライの水に手をかざすと、水が瞬時にお湯に変わった。

 さらに、洗い終わった服を空中に放り投げ、微弱な熱風で一瞬にしてフカフカに乾燥させていく。

 【炎魔法】さすが当たりスキルである。

 生活においても万能とは。


「ど、どうですか姉上。この温もり……僕の姉上への愛の熱さです!」


「カイルの魔法、乾燥機みたいで便利ね」


 私が拍手すると、隣から舌打ちが聞こえた。

 見れば、レオンさんが恐ろしいほどのスピードでタライの服を揉み洗いしている。


「俺は……魔法など使わずとも、この身一つで君の負担をなくしてみせる。見ろ」


 レオンさんの手は、もはや残像しか見えない。

 最強騎士団長の驚異的な身体能力と動体視力を「洗濯物の汚れをピンポイントで弾き飛ばす」という謎の技術に全振りしているのだ。

 服の繊維を一切傷つけず、あっという間に真っ白な山の出来上がりである。


「レオンさん、すごい体力! さすが前衛職ですね、頼りになります」


「……ユフィ。俺の体力は、夜も……いや、いつでも無限だ。君のためなら何でもする」


 意味深な視線を送ってくるレオンさん。

 二人の凄まじいハイペースのおかげで、山のようだった洗濯物はあっという間に片付いてしまった。


「二人とも、ありがとう! おかげで助かっ――」


 私が感謝の言葉を口にしようとした、刹那に割り込む懐かしい声。


「――見つけましたぞ、カイル坊ちゃま!!」


 裏庭の入り口に、エーデルガルト家の紋章が入った豪華な馬車が急停車した。

 降りてきたのは、顔を真っ赤にして怒り狂う、実家の老執事セバスだった。


「セ、セバス!? なぜここに!」


「なぜも何もありません! 王立学園の期末試験をすっぽかして、こんな辺境で何をしておられるのですか! 奥様が泡を吹いて倒れられましたぞ!」


「し、試験なんてどうでもいい! 僕は姉上の専属パートナーに――」


「問答無用でございます!!」


 セバスは老齢とは思えぬ恐るべき腕力でカイルの首根っこを掴むと、そのままズルズルと馬車へ引きずっていった。


「ああっ! 離せセバス! 姉上えええぇ! 僕のサポーター枠、絶対に空けておいてくださいねえええぇええ……」


 窓から身を乗り出して叫びながら、カイルを乗せた馬車は砂埃を上げて王都へと走り去っていった。

 

「試験すっぽかすなんて、相変わらず無茶するなぁ」


 私が苦笑いして振り返ると、そこには、カイルという強敵が消え去り、物理的に勝者となったレオンさんが、安堵と優越感の入り混じったドヤ顔で立っていた。


「……ユフィ。これで、君の隣は、名実ともに俺だけのものだな」


「カイルも学業がありますし、やっぱり冒険のサポートはレオンさん専属で頑張りますね」


 私の元気な返事に、レオンさんは恍惚とした表情で空を仰いだ。


 私のサポート能力をどんだけ高く評価してくれてるんだろう。

 いい人過ぎる。

 賃金も弾んでもらえるとなお嬉しい。

 レオンさんの綺麗な横顔を見ながら、そんなことを思わず考えていた。

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