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13 業務の一環

 大通りの中央広場。

 お目当てのクレープ屋台には、すでに若い女性やカップルを中心に長い行列ができていた。


「うわあ、やっぱり並んでますね。レオンさん、甘いものは苦手じゃありませんか? 無理に付き合わなくても」


「いや、並ぼう。君が食べたいと言ったものだ、俺もぜひ味わってみたい」


 レオンさんは真剣な顔で頷き、私の後ろにピタリと並んだ。

 ……ピタリ、というか、距離が近い。

 背中から彼の大きな体温を感じる。

 しかも、周囲の客が私にぶつからないように、さりげなくマントで私のパーソナルスペースを囲ってくれている。


(さすがSクラス冒険者。人混みでの『サポーターの護衛』も完璧ね!)


 私は彼からの厚い待遇に、一人でホクホクと感動していた。


 やがて順番が来て、私は一番人気の『たっぷり苺とふわふわ生クリームのクレープ』を、レオンさんは私の勧めで同じものを注文した。


「わあ……! 美味しい!」


 一口かじると、甘酸っぱい苺と濃厚なクリームが口いっぱいに広がる。

 幸せを噛み締めていると、隣から熱い視線を感じた。

 見れば、レオンさんが自分のクレープには一切手をつけておらず、私が食べる姿を、翡翠色の瞳を細めてうっとりと見つめているではないか。


「レオンさん? 食べないんですか?」


「俺は、君が幸せそうにしている姿を見るだけで胸がいっぱいだ」


「ダメですよ、せっかくの焼きたてなんですから。ほら、一口食べてみてください」


 私が急かすと、レオンさんは「……あ、ああ」と小さく頷き、クレープをかじった。


「どうですか?」


「……甘いな。だが、君のおかげで悪くない味だ」


「ふふ、良かったです。……あ」


 笑った拍子に、私の頬にちょこんと生クリームがついてしまった。

 手で拭おうとした瞬間――。

 レオンさんの大きくて綺麗な指先がすっと伸びてきて、私の頬のクリームを優しく掬い取る。


「えっ……」


 ドクン、と心臓が跳ねる。

 さらにレオンさんは、私のクリームを拭ったその指先を、ちろりと舌で舐めとったのだ。

 色気たっぷりのその仕草に、私の顔が一気に熱くなる。


「レ、レオンさん!? ななな、何をして……っ」


「クリームがついていたからな。……甘かった」


「ハンカチありますから! わざわざそんな……!」


(な、なるほど!? 専属サポーターに無駄なアイテムを使わせないための、冒険者特有のストイックな節約術!? いや、それにしても距離感おかしい!)


 私が一人で大パニックに陥っている、まさにその時だった。


 すぐ背後にある路地裏の木箱の陰から、ものすごい物音が響いた。


「……よくも僕の姉上の、神聖なる頬に触れやがって……! 絶対に呪い殺してやる……!」


「うるさいぞシスコン義弟。お前のせいで殿下に気づかれたらどうするつもりだ。引っ込んでいろ」


「離せアルヴェリアの犬! 姉上は僕の――んぐっ!?」


 ……ん?

 なんだか今、聞き覚えのある弟の声と、メガネの苦労人騎士さんの声が聞こえたような……?


 私が振り返ろうとした瞬間、レオンさんが大きな手で私の頭を優しく包み込み、ぐいっと自分の胸元へ引き寄せた。


「レ、レオンさん?」


「見なくていい、ユフィ。ただの『害虫』だ。路地裏のネズミが騒いでいるだけだからな」


 レオンさんは私には極限まで甘い声でそう囁きながら、背後の路地裏へ向けて、氷竜もかくやというほどの『絶対零度の殺気』と『魔法の無音結界』を同時に放った。


 後から聞いた話によると、路地裏の木箱の裏で、帰ったと見せかけて執念深くストーキングしていたカイルと、屋根の上から護衛をしていたがカイルを見つけて揉み合いになっていたシオンさんが、揃って一瞬で氷像のように凍りづけにされたらしい。


「本当に? なんかすごく物騒な音がしましたけど」


「気のせいだ。それよりユフィ、あちらに君に似合いそうなワンピースの店がある。行こうか」


「あ、はい! 行きたいです!」


 レオンさんのエスコートに導かれ、私はクレープ片手に上機嫌で歩き出した。


 もちろん、背後の路地裏には、ガチガチに震えながら「で、殿下の……横暴……っ!」と涙を流す副団長と、「姉上ぇぇぇ……っ!」とハンカチを噛みちぎるシスコン義弟が、仲良く折り重なって倒れていることなど、知る由もなかった。



 洋服屋に入ると、色とりどりの可愛らしいワンピースが所狭しと並んでいた。


「ユフィ、この店にある服をすべて包ませよう」


「買いませんよ!? 私のお財布事情を知ってるでしょ!」


「いや、俺が払う。サポーターへの『装備支給』は当然の義務だからな」


「今は特に雇われていませんし、普段着のワンピースは装備じゃありません!」


 相変わらず極端すぎるレオンさんを必死に宥め、私は淡い水色のシンプルなワンピースを自腹で購入した。

 レオンさんは「俺に払わせてくれないのか……」と、また幻の犬耳を垂らして落ち込んでしまったけれど、これ以上甘えるわけにはいかない。


 店を出てしばらく歩くと、大通りの片隅でキラキラと輝く露店のアクセサリー屋さんが目に留まった。


「わあ、可愛いな……」


「……ユフィ。これなどどうだ」


 ふと、レオンさんが真剣な顔で手に取ったのは、豪奢な装飾が施された一つの指輪だった。


「えっ!? ゆ、指輪!?」


「ああ。これを君が身に付ければ……、有象無象の虫除けにもなるし、俺の……」


「ダメですダメです! そんな高そうなもの、絶対にダメです! 普段使いできませんし」


「俺の全財産を懸けても安いものだ。頼む、君にこれを贈らせてくれ」


「却下です!」


 押し問答の末、私が全力で拒否すると、レオンさんは今日一番の絶望顔で項垂れてしまった。


(いくら有能なサポーターを囲い込みたいからって、指輪をプレゼントして既成事実を作ろうとするなんて、冒険者の引き抜き工作も恐ろしいところまできているわ……!)


 とはいえ、あまりに落ち込むレオンさんを見ていると、なんだか少し可哀想になってきた。

 私は露店の端の方に並べられていた、安価なアクセサリーの山に目を向けた。


「あ、じゃあ……代わりに、これなら……」


 私が手に取ったのは、翡翠色の小さな石がついたネックレスだった。

 宝石ではなく、ただのガラス珠だ。

 値段は奇しくも『銀貨三枚』。

 この街に辿り着いた時の私が持っていた全財産と同じ。


「これ、レオンさんの瞳と同じ色で、すごく綺麗ですし。……これなら、買ってもらっても、いい、かなって……」


 私が少し躊躇しつつも尋ねると、レオンさんの瞳がカッと見開かれた。


「俺の瞳と、同じ色……。君が、俺の、色を……身につけてくれるのか」


「ええと、まあ、そういうことになりますね」


「買う。銀貨三枚と言わず、白金貨百枚出そう」


「お釣りが出なくて店主さんが泣いちゃうから、ちゃんと銀貨三枚で買ってください!!」


 渋々な態度で支払ったレオンさんは、その場で自ら私の首にそれをつけてくれた。

 そして、私の胸元で揺れる翡翠色のガラス珠を見て、彼は嬉しそうに、とろけるような笑みを浮かべている。


 最強騎士様とのお出かけ業務は、背後の修羅場を他所に、どこまでも平和に進んでいくのだった。


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