12 シスコン義弟の急襲
おしゃべりマンドラゴラの大収穫騒動から数日後。
今日は待ちに待った、私のお休みの日だ!
マンドラゴラのおかげで懐もホクホクだし、今日は街へショッピングに出かけることにした。
狙うは美味しいと評判の屋台スイーツと、新調したい普段着用のワンピースである。
「いってきまーす!」
ガルドさんやグリゼルダさんたちに見送られ、ギルドを飛び出して賑わう大通りへ向かった。
青空の下、石畳の通りには色とりどりの露店が立ち並び、活気に溢れている。
焼きたてのパンの甘い匂いや、商人たちの威勢のいい声。
ただ歩いているだけでワクワクしてくる。
のだけれど。
(気のせいかな……さっきから、ものすごく強烈な視線を感じるような……)
ふと振り返る。
果物屋の陰に、何か黒い物体がサッと隠れた。
気のせいだと思いたい。
歩き出す。
今度は、噴水の陰から、大柄な男の人が、でかい籠を両手に抱えながら、チラチラとこちらを見ている。
「……あの、レオンさん」
私が深いため息をつきながら声をかけると、籠がビクッと跳ねた。
ゆっくりと籠が下がり、中から漆黒のマントを目深に被った、彫刻のように美しい顔が覗く。
「……奇遇だな、ユフィ。君も買い物か」
「奇遇って……ギルドの裏庭からついて来ていませんでしたか? ものすごい殺気を周囲に撒き散らしながら」
そう。
さっきから街のチンピラやスリが私に近づこうとするたび、背後から放たれる見えない氷の刃のような殺気に当てられ、次々と白目を剥いて路地裏に倒れ伏していたのだ。
治安維持には貢献しているかもしれないけれど、完全に不審者である。
「気のせいだ。俺はただ、休日の散歩をしていたら、偶然にも君の可憐な姿が目に入り、偶然にも足が同じ方向へ向いてしまっただけで……つまり偶然だ」
必死に取り繕うとする最強の騎士様が、なんだか言い訳をする大型犬みたいで可愛く見えてくるから不思議だ。
「もう、それなら一緒に行きませんか? あっちに美味しいクレープの屋台があるんです」
「……! いいのか!?」
パァァッ! と、レオンさんの背景に目に見えるような幻の薔薇が咲き乱れた。
レオンさんは私の歩幅に合わせてゆっくりと歩き、人混みで私がぶつからないよう、さりげなく肩を抱くように守ってくれている。
その優しさが少しだけこそばゆくて、嬉しい。
洋服屋のウィンドウの前で足を止めた、その時だった。
「姉上!!」
突然、背後からドラマチックな叫び声が辺りに響いた。
振り返ると、眩しいほどの金髪を揺らし、炎のような赤い瞳を感動に潤ませた――カイルが、息を切らして立っていた。
「カイル!? どうしてここに!?」
「聞きましたよ、姉上! 数万のマンドラゴラを同時に空中で静止させたとか! やはり姉上のスキルはゴミなんかじゃなかった。父上は見る目がなかったんです!!」
カイルはズンズンと歩み寄り、私の両手をがっしりと握りしめた。
「姉上、さあ、僕と一緒に帰りましょう! 姉上の素晴らしい力があれば、エーデルガルト家はさらに安泰です! 僕が全力で姉上をお守りし、最高の環境をご用意しますから!」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってカイル。数万じゃなくて百八体だったし」
迫り来るカイルの手が、バシィッ! と弾き飛ばされた。
見れば、レオンさんが私の前に立ち塞がり、カイルを見下ろして地獄の底のような冷気を放っている。
「……気安く触れるな。俺の至宝に」
「あなたはあの時の冒険者……いや、ただの冒険者ではないですね。その身のこなし、そしてこの魔力……」
カイルも負けじと、優秀な魔法剣士としての闘気を立ち上らせる。
大通りの真ん中で、金髪の美青年と銀髪の超絶美形騎士が、バチバチと激しい火花を散らして睨み合っている。
周囲の通行人たちが「なんだなんだ、美形同士の痴話喧嘩か!?」と遠巻きにヒソヒソと騒ぎ始めた。
「姉上は僕の家族です! 一緒に帰りたいというのは、僕の当然の権利だ」
「彼女はもう、その息の詰まる鳥籠には戻らないと言ったはずだ。ユフィの意思を尊重できないのなら、たとえ義弟であろうと容赦はしない」
レオンさんの手が、腰の剣の柄に掛かる。
「ストーーーップ!!!」
私は慌てて二人の間に割って入った。
このままじゃ街の中心で大乱闘が始まってしまう!
「カイル、わざわざ来てくれてありがとう。でも、私、家には戻らないわ。ここでの生活が気に入っているの。今日だって、こうしてお休みを満喫してるんだから」
「姉上……でも……!」
カイルは食い下がろうとしたが、私がキッと睨むと、しゅんと項垂れる。
「……わかりました。姉上がそうおっしゃるなら、今日は引き下がります。ですが、諦めたわけではありませんからね。姉上の素晴らしさを一番理解しているのは、家族である僕なんですから!」
カイルは負け惜しみのようにそう叫ぶと、チラリとレオンさんを睨みつけ、足早に去っていった。
「ふう……嵐みたいだった……」
私は大きくため息をついた。
てか、あの子学校どうしてるんだろう。
姉としては少し心配。
「ユフィ。やはり家族の元に帰りたいか」
ふと見上げると、レオンさんがひどく拗ねたような、それでいて不安げな翡翠色の瞳で私を見下ろしていた。
「え? いや、カイルは昔からちょっと大げさなところがある可愛い弟ですし……」
「君の力も、その笑顔も……俺にとって唯一無二の至宝だ。あの男なんかに、絶対に渡す気はない」
真顔で。
しかも、往来のど真ん中で。
サラリととんでもない発言。
(……あ、なるほど!)
私はポンと手を打った。
この数日で、私の【待機】や【接続】が戦闘において規格外のサポート能力を発揮することは実証済みだ。
前世で読んだライトノベルにもよく書いてあったあれだ。
『高ランクの冒険者ほど、有能な支援職やアイテム係を独占して囲い込みたがる』と。
つまりレオンさんは、私という超絶便利なサポーターをカイルに引き抜かれるのが嫌で、必死に引き止めてくれているのだ。
仮初の姿とはいえ、なんて仕事熱心な冒険者なんだろう。
「わかってますよ、レオンさん!」
「ユフィ……! ならば、俺の想いを……」
パァァッ、とレオンさんの顔に希望の光が差した。
「はい! 私のスキル、回復薬の保留とか色々できて便利ですもんね。これからもレオンさんの『優秀なサポート役』として、依頼があった時には付き合いますから安心して雇ってください!」
私が自信満々にドンッと胸を叩くと。
「……サポ、ート役……?」
レオンさんはポカンと口を開け、その後、全ての生気を失ったようにガクリと膝から崩れ落ちた。
「レ、レオンさん!? どうしたんですか急に! もしかしてマンドラゴラの呪い!?」
「いや……俺の熱烈な想いが、君の斜め上の解釈によって完全に【待機】させられただけだ……。そうか……専属サポーター……俺は、有能なSクラス冒険者……」
ブツブツと呪文のように呟きながら、レオンさんはなぜか遠い目をしている。
「よくわかりませんが、ほら、あそこの屋台のクレープ美味しいらしいですよ。並びましょう!」
「……ああ。君が傍にいてくれるなら、今はその名目でもいい……」
どこか哀愁を漂わせる最強の騎士さんの大きな背中を押しなら、私は甘いクレープの屋台へと向かうのだった。
遠くの屋根の上から、密かに護衛任務についていたシオンさんが「殿下……不憫すぎる……っ!」と男泣きしていることには、まだ誰も気づいていなかった。




