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11 おしゃべり野菜

「へえ……『おしゃべりマンドラゴラの収穫』。報酬、銀貨十枚!」


 ギルドの受付カウンターで依頼書の整理をしていた私は、一枚の羊皮紙に目を奪われた。

 おしゃべりマンドラゴラ。

 森に自生する珍しい根菜で、引っこ抜くと「うるせー!」「バカヤロー!」「すっとこどっこいしょ!」などと小憎らしい悪態をつきながら、猛スピードで逃げ出すらしい。

 捕まえるのが非常に困難なため、ただの野菜のくせに依頼料が高いのだ。


「面白そう! それに、ちょっとしたお小遣い稼ぎになりそうですね」


「おっ、興味あるかユフィ」


 私の呟きを聞きつけたガルドさんが、ニヤリと笑って顔を出した。


「お前のあの『ピタッと止めるスキル』、逃げ回るマンドラゴラを捕まえるのにピッタリじゃねえか? どうだ、いっちょ冒険者デビューしてみるか!」


「冒険者デビュー……!」


 なんて素敵な響き。

 王都にいた頃は、嫁入り前の娘が一人で出歩くなんてお小言の嵐だった。

 でも今は自由だ。

 自分の力でお金を稼いで、美味しいものを食べる。

 これぞ異世界ライフの醍醐味!


「やってみたい! 私、マンドラゴラ狩りに行ってきます!」


「待て」


 背後から、地を這うような低音が響いた。

 振り返ると、いつの間にか背後に立っていたレオンさんが、般若のような険しい顔で私を見下ろしている。


「レオンさん? 今日も芋洗い、終わったんですか?」


「芋の話はいい。……ユフィ、マンドラゴラの収穫など絶対に駄目だ。あいつらの鳴き声は、鼓膜を破り、精神を錯乱させる危険な呪詛だぞ。そんな危険な場所に、君を行かせるわけには――」


「でも、銀貨十枚ですよ? みちくさ亭の美味しいケーキが五個は買えちゃいます」


「…………ケーキ」


 私の言葉に、レオンさんの瞳が揺れた。

 そして、コホンと一つ咳払いをする。


「……ならば、俺が護衛につこう」


「えっ、レオンさんは一応Sランク冒険者ですよ? ただの野菜の収穫に護衛なんて……」


「野菜だろうが魔王だろうが関係ない。君に危険が及ぶ可能性が万分の一でもあるなら、俺がこの剣ですべての根菜をみじん切りにする」


「みじん切りにしたら納品できませんよ! 商品価値が下がります!」


 過保護すぎる最強騎士をなんとか宥めすかし、私たちは街外れの「囁きの森」へと向かうことになった。


 ★


「うわぁ、本当に喋ってる……」


 森の奥。

 少し開けた土の地面から、ひょっこりと生えている緑色の葉っぱたち。

 近づくと、土の中から「なんだてメー」「近寄るなスットコドッコイしょーい!」と、生意気な声が聞こえてくる。


「ユフィ、俺の背後から離れるな。奴らが口を開いた瞬間、音より早く俺が首を刎ねる」


「だから斬っちゃダメですってば!」


 私は剣を抜こうとするレオンさんを制止し、地面を観察した。

 点々と生えているマンドラゴラたち。

 一つずつ追いかけていたら日が暮れてしまう。


(効率よく収穫するために、ガルドさんが言っていたスキルを使ってみよう)


 私は地面に手をつき、土の中に広がるマンドラゴラたちの「根っこ」をイメージした。


「【接続(コネクト)】!」


 見えない魔力が地中を走り、バラバラに生えているマンドラゴラの根っこ同士を、一本の強靭な糸のように繋ぎ合わせていく。

 よし、これで準備完了。

 あとは、一番手前にある葉っぱを掴んで、一気に引っ張り上げるだけ!


「いきますよー、えいっ!」


「ババばば、バカヤローー!!!」


 しゅっぽーん!

 という小気味いい音とともに、一匹目のマンドラゴラが土から飛び出した。

 しかし――異変はそこからだった。


「え?」


「な、何だ!?」


 地面が、まるで大地震のように激しく揺れ始めた。

 私が一本目を引き抜いた力に連動して、【接続】で繋がれた二本目が飛び出し、三本目が飛び出し……。


 しゅぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ!!!!!


「ギェェェェ!」

「ウラァァァ!」

「ナンジャコリャァァ!」

「フザケンナオメー!」


 森中の地面が次々と爆発したように弾け飛び、地平線の彼方まで続く数百というマンドラゴラが、まるで一本の巨大な数珠繋ぎとなって天空へと舞い上がったのだ。


「え、ちょっと待っ……繋がりすぎ!?」


「ユフィ、危ない!!」


 空を覆い尽くすほどのマンドラゴラの大群。

 それらが一斉に息を吸い込み、鼓膜を破る絶叫を放とうとした、まさにその瞬間。

 このままでは、森どころか街まで崩壊してしまう!


「【待機(スタンバイ)】!!!」


 私が咄嗟に空へ向かって叫んだ瞬間。


 ピタリ、と。

 空を埋め尽くしていた数万のマンドラゴラたちが、口を大きく開けたまま、空中で完全に静止した。

 見た目やばい。

 完全にホラー。


「…………」


 音すらない、完全なる静寂。

 上空には、謎の引力で空中に固定された、巨大なマンドラゴラのアーチができあがっていた。


「……止まった。よかったけど、怖い」


 私がホッと胸を撫で下ろしていると、レオンさんが剣を落とし、震える手で空を見上げていた。


「ゆ、ユフィ……君は今……『数百の対象』を、同時に静止させたのか……? しかも、空中で……?」


「あ、はい。根っこを【接続】で一つにまとめていたので、たぶん『一つの大きな物体』として判定されたみたいですね!」


 前世のゲーム知識でドヤ顔をする私。

 しかし、レオンさんは頭を抱え、フラフラと膝をついた。


「規格外すぎる……。これは……大規模魔術だぞ……俺は、神を護衛しようとしていたのか……?」


「神様じゃないですよー。ただのお小遣い稼ぎに来た受付嬢です」


 私は空中のマンドラゴラたちを少しずつ降ろしながら用意していた特大の麻袋に詰めていった。

 レオンさんは無言で機械的に手伝ってくれる。

 念のため、声帯の部分だけを【待機】状態にしておいたので、彼らは口をパクパクさせるだけで、とっても静かだ。


「大豊作ですね、レオンさん! これでケーキがいっぱい食べられます!」


「……ああ。君が笑ってくれるなら、俺はもう、何も驚かないように努力するよ」


 遠い目をして微笑むレオンさん。

 ギルドに戻った私たちが、山のようなマンドラゴラを納品してガルドさんの目玉を飛び出させたのは、言うまでもない。



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