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10 氷の暴君はエプロン姿でデレる

 白銀の甲冑に身を包んだアルヴェリア王国の精鋭騎士たちは、自分たちの団長の信じられない姿――私とお揃いのエプロンを身に着け、辺境の受付嬢を抱き寄せている姿――に、金魚のように口をパクパクさせていた。


 状況を整理しよう。

 私の隣で、昨日からベヒモスの肉をせっせと切り分けてくれているこの超絶美形の冒険者レオンさんは、隣国の第二王子にして最強の騎士団長だったらしい。

 そして今、私を「至宝」と呼び、国に帰りたくないがためにと私は解釈しているのだが、お迎えに出向いた自国の部下たちに本気の殺気を放っている。


 ……うん、無理。

 キャパオーバーだ。

 いくら家出の同志として謎の親しみが湧いたとはいえ、王族のゴタゴタに巻き込まれるのはご免である。


「あのですね、レオンさん」


 私はさり気なくレオンさんから距離を置きつつ、笑顔を浮かべる。


「なんだ、ユフィ。心配しなくても、君を排除しようとする奴は、俺がすべて斬り捨てる。君の平穏は俺が守ろう。だから俺の隣で笑っていてくれ」


「えっと、そういう物騒な話じゃなくてですね。レオンさん……王子様ってことは、派閥争いとか、ドロドロのお茶会とか、息の詰まるコルセットとか、毎日あるんですよね?」


「……? ああ、王宮の日常とはそういうものだが」


「絶対嫌です!!」


「なっ!?」


 私の全力の拒絶に、レオンさんが目に見えて硬直した。

 彫刻のような美貌が、ピキリと固まる。


「私、王都の貴族社会にはもううんざりなんです! ここはご飯も美味しいし、皆さんも優しいし、受付嬢の仕事も楽しいし。やっと見つけた私の居場所なんです。だから、いくらレオンさんの現実逃避のお芝居に付き合うためでも、ここから動くつもりはないですからね」


 ビシッと指を突きつけて宣言すると、レオンさんの大きな肩が、かつてないほどガクリと落ちた。

 背後に、幻の犬耳と尻尾がだらんと垂れ下がっているのが見える。

 完全に下を向いて、怒られた大型犬がシュンとしているような悲壮感が漂っていた。


「そ、そんな……俺は、君に……嫌われたのか……?」


「で、殿下!?」


 たまらず悲鳴を上げたのは、先頭に立っていた副団長のシオンさんだった。


「どうされたのですかその情けないお姿は! 『氷の暴君』『戦場の死神』と敵国から恐れられた我らがアルヴェリアの団長はどこへ行ったのですか!? だいたい、そのエプロンは何ですか! 似合ってますけど!」


「黙れシオン。ユフィに嫌われたかもしれない俺に、話しかけるな。斬るぞ」


「理不尽です!」


 シオンさんが頭を抱えて崩れ落ちる横で、ガルドさんが地響きのような大笑いを上げた。


「がっはっは! 聞いたか王子様よ! うちの可愛い受付嬢は、王宮なんかよりこのギルドの方がいいってよ! そもそもここはアルヴェリアの領地じゃないしな!」


「ふふふ。ユフィちゃんを口説き落としたいなら、まだまだ努力が足りないねえ。王族の肩書きなんて、この街じゃ何の役にも立たないよ」


「おう! 他国の王族だろうが何だろうが、ユフィを泣かせたら俺がぶっ飛ばすからな!」


 グリゼルダさんもブロンさんも、相手が他国の王子だとわかっても態度は全く変わらない。

 それが嬉しくて、私は思わず頬を緩めた。


「……なるほど」


 沈黙していたレオンさんが、ふと顔を上げた。

 その翡翠色の瞳に、再び鋭い決意の光が宿る。


「ユフィが嫌だと言うのなら、仕方ない。……シオン」


「は、はい! ようやくお戻りになられる決心――」


「俺は王族を捨てる。今日からこの街で冒険者として生きるから、帰って父上にそう伝えてくれ」


「ちょっと待ってください殿下あああ!?」


 シオンさんの絶叫が、ギルドの天井を突き抜ける勢いで響き渡った。


「馬鹿なことを言わないでください! 貴方なしで国境の魔物対策をどうするおつもりですか! 第一、国王陛下が卒倒してしまいます!」


「俺にはもう関係のないことだ。ユフィのいない国など、滅びても構わ――」


「だーめーでーすー!!」


 私は慌てて背伸びをし、レオンさんの口を両手で塞いだ。

 この人、放っておいたら本当に国を捨てかねない。

 家出のパフォーマンスだとしても、さすがに不敬罪レベルで極端すぎる!


「レオンさん、自分の国はちゃんと大事にしてください! ええと、国境の調査任務? で来てるんですよね。なら、それが終わるまではここにいてもいいですから!」


「……本当か? 俺が傍にいても、嫌ではないか?」


 私の手越しに、くぐもった声で尋ねてくるレオンさん。

 少し身を屈め、上目遣いで私を見つめるその翡翠色の瞳が、あまりにも綺麗で、反則的にズルい。


「……嫌じゃ、ないです。むしろ、いてくれた方が、その……心強い、です。魔物のお肉も持ってきてくれますし。あんなにおいしいの初めて……」


 恥ずかしくて顔を逸らすと、レオンさんの周囲にパァァッと目に見えるような幻の花が咲き誇った。

 シオンさんが「嘘だろ……あの無慈悲な団長がデレた……」と呟いて、今度こそ床に突っ伏している。


「よし、話はまとまったな!」


 ガルドさんが豪快にパンと手を叩いた。


「アルヴェリア王子様率いる騎士団ご一行。しばらくこの街に滞在するなら、タダ飯ってわけにはいかねえぞ。ギルドの雑務を手伝ってもらおうか。まずは裏庭の芋洗いからだ!」


「「「なっ、我らアルヴェリアの高潔なる精鋭騎士に向かって、泥まみれの芋洗いをしろだと!?」」」


 シオンさんをはじめとする騎士たちが一斉に色めき立ち、剣の柄に手をかける。

 しかし、彼らの怒りは、たった一言で完全に鎮圧された。


「……シオン。ユフィの居場所を汚す気か。芋でも皿でも、泥一つ残さず完璧に洗い上げろ。これは団長命令だ」


「だ、団長自ら洗うんですかぁぁ!?」


 かくして。

 辺境の小さなギルドの裏庭には、白銀のピカピカな甲冑をカチャカチャと鳴らしながら、真顔で黙々と大量の芋を洗う最強騎士団の姿ができあがった。


「ユフィ、これでいいか? 汚れ一つない完璧な仕上がりだ。どんな魔物の首を刎ねるよりも丁寧に処理したぞ」


 泥だらけになりながら、洗い立てのピカピカの芋を誇らしげに差し出してくるレオンさん。

 ……王族で、最強の騎士で、顔も良くて。

 でも、なんだかちょっと残念で、極端で、不器用で、放っておけない。


(私……この人のこと、もっと知りたいかも)


 山積みの芋と、エプロン姿で泥まみれのイケメン王子様の前で、私はこっそりと笑ったのだった。


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