11.あなたって人は本当に
「はー。まいったね。やっぱりあの生徒会長食えない奴だなあ」
クルカンは研究室のリクライニングチェアに体を沈ませて言った。
「あの質問攻めでよく抜け出せましたわね」
フィアナの質問にあぁ、とクルカンは気怠げに答える。
「面倒だったから僕の分身置いてきたよー。適当答えてくれてると思うよぉ」
分身とは何だ。
事もなげにめちゃくちゃな事をやる教師だ。
「生徒会長はどこで寄生虫の情報を得たんだ?」
ヴィントの質問に、それなんだよねぇ、とクルカン。
「ドラグーンの君ですら視認できない物をペガサス如きで視認できるかどうか…リリー、会長からも盗聴器つけられてるんじゃないの?」
リリーはひぃと震え、ヴィントはからも、とは何だ……と突っ込みが入る。
「情報の出どころもだけど……寄生虫を公表してどうするつもりだったのかしら……」
リリーの疑問にテスト延期したかったんじゃない?とクルカンが適当に答えた。
「あの、先輩、その、刺激的すぎます……!」
リリーたちが座るソファーの横に立ちっぱなしの一年生・ミュシャが両手で目を覆いながら言った。
ミュシャの隣でアルドラも同じように目を覆いながら突っ立っている。
ん?と疑問顔のリリーにフィアナがまぁ、と言葉を続ける。
「あんまりにも日常すぎて風景かと思いましたわ。リリーさんちゃんと座りなさい」
「イラっときたら視界に入れなくていいんだよぉ。大体こんな感じだしね」
クルカンにも立て続けに突っ込まれ、リリーははっとヴィントの膝から身を起こした。
「いけない、つい吸い寄せられちゃった」
動かない、とヴィントはリリーの頭を胸元に抱き寄せると引き続きリリーの髪の毛をブラシで梳った。
「この二人はねえ、のっぴきならないとこまで盛り上がっちゃったら手頃なホテルに瞬間移動出来るくらいの魔法は使えるから、君たちもそのくらい魔法が使えるようになると良いねぇ」
「お、およそ教師の言葉とは思えませんわ……」
引き気味のフィアナをよそにミュシャは学校から手頃なホテルまで飛べる距離ことの使用魔力量……などと計算を始めている。
「手頃なホテルってどこにあるんでしょうか……?」
「そ、そんな事を調べるな!」
ペンとメモを持ったまま悩むミュシャをアルドラは慌てて止めた。
学校内に入り込まないよう防護魔法がかかっている、という話ではなかったのか。
……いる。うじゃうじゃいる。
教室の隅から窓、柱から床と至る所に寄生虫。
生徒たちはきゃあきゃあ騒ぎながら検分に余念が無く、怯えた様子もなくむしろ楽しそうだ。
「どうしたものかしら……これ……」
教師たちの授業の成果あって、視認は可能になったし魔力の弱っている人間に取り憑くという性質上生徒たちには特に被害も出ていないようだ。
問題はない。が。
増えすぎて気持ちが悪いし落ち着かない。
「リリーさん。少し良いかな?」
「……レジオン会長」
レジオンに呼ばれ、リリーは振り向いた。
いつもと変わらぬ柔和な笑みに少し違和感を覚えたのは、いつものように鳩と呼ばれなかったからだろうか。
「話があるから、一緒に来てほしいんだ」
リリーは苦笑して言う。
「……お話ならここで伺いますが」
「少しでいいんだ。フィアナさんも待ってるよ」
レジオンが生徒会室の扉を開けると、中は無人のようでしんと静まり返っている。
あはは、と廊下で誰か他の生徒の笑い声が響く対比で静かすぎる気もしてくる。
中からは確かにフィアナの魔力を感じる。
けど何か、何か胸騒ぎがする。
リリーはどきりとして、無言で足早に生徒会室に入り、フィアナの魔力を辿る。
……どうして?
「フィアナさん……!!」
リリーは倒れているフィアナに駆け寄る。
フィアナの魔力がごく僅かにしか感じられないという胸騒ぎは現実のものとなり、リリーは魔法でフィアナの体に集っていた寄生虫を薙ぎ払った。
……三匹も!どうして……
「会長、どうして……!」
どうして?
フィアナに寄生虫が集るのか。どうしてフィアナを助けなかったのか。
言葉にするよりも先にリリーはフィアナに自身の魔力を分け与える。
フィアナの氷よように冷え切った体にぞっとする。
ばたん、と扉が閉められる音がした。
「どうして?どうしたらリリーさんは、僕の話を聞いてくれたかな?」
膝をついてフィアナに魔力を分け与えるリリーの後ろにレジオンも同じように座り込んで語る。
「僕は君に、好きだと言った事も無いし、ヴィントさんと一緒に来てくれてもいいと言ったよ」
そっと後ろからリリーの髪を撫でる。
「僕たち有翼種は先細りの種だ。皆絶滅が目に見えている」
未だぴくりともしないフィアナに魔力を送り、リリーはじわりと汗をかく。
……そんな風に、触らないで欲しい。
話を聞かなかったのは、足を踏み入れて欲しくなかったからだ。
優しく指で髪を梳らないで欲しい。
「ほんの、少しでいいんだよ。子供を産んでくれたら、ヴィントさんの所に戻ってもいい」
柔らかく胴回りに腕を回され、リリーは深く目を瞑る。
「こ…………の……男、はサイテー……です、わ……」
息も絶え絶え告げる声にはっとする。
フィアナが目を覚ましたのだ。
「に……げて…………わた、くし……しんでも……あ……なた……だ……けは……」
魔力回復の為の魔法を詠唱中の為、身動きも返事も適わず、瞳から涙を溢すフィアナをリリーはただ見つめた。
「ヴィントさんには、ちゃんと了承を貰おうと思ってたよ。今から行ってくるから。大丈夫、安心して」
リリーから離れるとレジオンは立ち上がる。
リリーはレジオンの制服の裾に縋り付くように止めた。
「……ごめんね。ここで待ってて」
リリーの腕を解くとレジオンは生徒会室から立ち去った。
「リリーさん……どうして………」
はぁはぁと荒い息を繰り返し、何とか意識を取り戻したフィアナがリリーに掴まり言う。
「へ……へへへ……見て」
自身の魔力を半分以上フィアナに送ってしまい、果てしない疲労感に襲われながらもリリーは笑うと、掌を開いて先程レジオンのポケットから奪い取った物を見せた。
「リリーさん……!あなたって人は本当に、」
フィアナは身を起こしてリリーの首元に抱きついた。
「……私ね、魔力が半分以下に減っても会長に勝てる自信あったよ」
リリーは語りながらフィアナの首元に、レジオンに奪われていた首飾りを付け直す。
「あなたって人は……でもきっと、わたくしも、そう思います」
顔を見合わせて二人は疲れ切った顔で、でも晴れやかに笑った。
「……亡国オルトロイアで叙勲を受けた騎士という噂は本当のようだ」
体を横たえ天を仰いだレジオンは言った。
「……昔の話だ」
ヴィントは剣を鞘に納めながら言う。
「……リリーさんは、部下たちに故郷に連れて行くよう頼んでおいたよ。魔力が半分以下の今なら彼らでも可能だろう」
「お前が思うほど弱くはない」
「妊娠が可能であれば多少手荒でも構わないと部下には、」
「聞くに耐えない。お前はここで──」
「あー!ストップストップ!それはまずい!」
再び剣に手をかけようとしたヴィントをクルカンが止める。
「それは僕、君は?」
あっち、と示されヴィントは顔を顰めたがすぐに飛んでリリーの元へ向かった。
「さて君ィ?このオモチャ、どっからもってきた?」
クルカンは顎先で寄生虫を指し示す。
「惑星エライユに照会したが、リリーさんとヴィントさんの情報しか無かった……あなたは、本当はどこから来た教師なのかな?」
フンとクルカンは鼻で笑った。
「質問を質問で返すね?まあいいけど……」
いいもの見せてあげようか、と首を傾げてみるクルカンの笑顔は赤子のように無垢で、年老いたように老獪だ。
「人は難しい。けど虫って結構操るのは単純だよ」
ず、と寄生虫が動いた。
「まず一匹目」
クルカンの指先に沿って寄生虫が規則的に動いた。
レジオンの上にのしかかると魔力を吸い上げる。
「ぐっ…………」
「何匹いけるか。楽しいね?」
身動きの取れないレジオンの上を透明の寄生虫が何匹も何匹も、折り重なった。




