10.聞かせて、患うほどの恋
どうしてなんでしょうねぇ、とリリーは言いながらヴィントのネクタイを締めたり緩めたりした。
どうしてなんだろうなあとヴィントはリリーの頭を撫で回そうとして……丁寧に編み込まれたハーフアップを崩すのが申し訳なく、耳の下あたりに手を差し込んでぐにぐにした。
いつどこにいても誰かいる。
それはいい、学校内だからまあそういうこともあるだろう。
ただちょっとふたりで並んで座ってゆっくりしたいみたいな事が叶わない。
友人といる時はいいとして、いつどこにいてもすっと生徒会長が姿を現すのだ。
それはもう、つけられているかと疑うほど。
「ああいう手合いは逆上すると何しでかすか分からないからね、できるだけ刺激しない方がいいよぉ」
とはクルカンの言葉である。
だから手を繋ぐのもできるだけ控えめにしてきた。
結果、ストレスは溜まるわ、空き時間に隠れてこそこそ会っている為……何か、ちょっと。
いつ不純異性交遊を疑われてもおかしくない……!
リリーはぐっと背伸びをしてヴィントの顎の下に軽く口付けた。
「あぁ、ダメ、焦ってるとすぐキスしちゃう」
ヴィントの手を取って自分の唇に押し付ける。
そうじゃなくて、そうじゃなくて、肉体的な繋がりじゃなくて、もっとこう、誰が見ても唯一無二の恋人同士です、みたいな証が欲しいのに。
「……すぐしてもいいと思うが……」
ヴィントは耳から指を滑らせて親指と人差し指でリリーの頬を撫でる。
うんうん悩んでる姿はどことなく艶めかしい。
……などと言ったら怒られそうだ。
左右人の気配が無いか注意深く探りながらリリーの頭を抱き寄せた。
今朝無理やりつけた自分の練り香水の匂いはとうに飛んでしまった。
だぁめ、とまんざらでもなく怒る姿が可愛かったので毎日つけてもいいと思う。
「あれ?リリーさんは?」
さっきまでそこに居なかった?とクラスメイトの声がわりと近くで聞こえる。
図書館の本棚と窓の隙間というかなり窮屈な隙間に隠れていたリリーとヴィントは慌てた。
リリーはヴィントの首元に齧り付くように抱きついて自身の魔力を送った。
魔力切れした訳でも無い相手に魔力を送りすぎるとアルコールが回ったような酔いを感じる事があり、魔力酔いと言う。
くらくらするほど魔力を送られて、たまらず片手で額を覆ったヴィントからリリーは離れると、
「ちゃんと考えておいてね!」
と言って隙間から抜け出る。
何を?との問いにリリーは口元に手を当てて小声で言った。わたしのこと、いつも。
するりと駆け抜けていく紫がかった銀糸の髪にヴィントはほうとため息を溢した。
……一秒たりとも、考えなかった日は無いというのに。
酔ったような余韻を残すため息だった。
リリーは机に問題集を積み上げながらはぁ、とため息をついた。
「恋愛に身を入れすぎて勉強が捗らない……」
これで三十二冊目の解き終わった問題集である。
リリーは机に身を伏せた。
「あなたちょっとおかしいんじゃないですの?」
フィアナがリリーを白い目で見る。
「本当……いつもならもっとできるのに……」
「何言ってるか意味が分かりませんわ……」
そこにすっとキャンディが差し入れられる。
「患うほどの恋……聞かせて……」
私もこれで!私も!私もよ!と女生徒たちから次々にリリーの机の上にお菓子が山積みされる。
む、とリリーは身を起こす。
「祝日二人でどんなことしてたの?」
聞きたい?うんうん、と、やり取りの後。
じゃあちょっとだけ、とリリーは語り出す。
「夜の事なんだけど……」
夜!?夜の話!?いきなり夜の話で良いの!?と集まった女生徒たちの盛り上がりは最高潮、謎のプライドで机に集まれない男生徒たちは全神経を集中して聞き耳を立てた。
「二十二時ごろが一番良いの」
「……二十二時ごろが……一番良いの……」
誰かが復唱し、しんと静まり返った教室にごくり、と息を飲む音が響く。
男生徒たちは聞き耳を立てすぎて上半身ががリリーの机の方に傾きすぎている。
「庭でね……」
庭!?外で!?
ざわめく生徒たちを気にせずリリーは話を続ける。
「花壇の害虫取りをするの。日中は日光を嫌ってか出てこないし、二十時頃も数が少ないから、二十二時頃が一番。殺虫剤は幼虫に効きづらいから、綺麗な花壇を保つにはこの方法が一番」
「リリーさんの!いけず!!」
画角がブラックアウトする話は!?ちゅんちゅん鳥の鳴く朝から始まる話は!?などと詰め寄って女生徒たちは怒号を飛ばす。
「虫をつんつんする話よ。あ、これ美味しい」
チョコレートの包み紙をあけて食べ始めるリリーにだめそれ食べちゃ!組んず解れつごちゃごちゃしていると校内案内の放送が鳴り響いた。
『──全校集会を始めます。講堂に集まってください。繰り返します──……』
「全校集会?そんな予定あったかしら?」
「さぁ……?」
さっと身だしなみを整えると貢ぎが足りないのかしら、口が硬いわねなどとぶちぶち言う女生徒たちとリリーは講堂に向かった。
「南区に新しく出来た焼き菓子店、朝から六時間待ちの行列が出来るほど人気が高いらしい」
教室に残った男生徒がぼそっと呟いた。
六時間で口が割れるかどうかは、誰も知らない所である。
「──急に集まってもらってすまない。皆に話しておきたい事がある」
講堂の壇上で話す生徒会長・レジオンをリリーは見つめた。
これを見てほしい、とぱっと魔法で立体映像として映し出された物を見てリリーは息を止める。
ざわざわと困惑する生徒たちの声が講堂に響く。
「最近街中で原因不明の不調をきたし、倒れる者の噂は皆聞いていると思うが。原因はこの映像に映っている寄生虫だ」
……これは出して良い情報なのだろうか?
リリーは講堂の端に待機する教師たちを見つめる。
教師たちも落ち着きなく議論を交わしている様子を見るに、方向性が纏まっていないのだろう。
「これは皆に見やすいよう色水で色をつけたものだが……実際に視認するのは難しい」
一層困惑が広がる生徒たちを制すと、
「だが安心して欲しい。この学校内には入り込まないよう防護魔法がかかってる。来週以降の予定についてはこの後先生から話があるので聞いてくれ」
そう言うとレジオンは教師──クルカンに話を代わった。
「えーーーっと。そう言う事。再来週のテストは延期、来週以降は身を守る防護魔法と駆除魔法についての授業になるからぁ、」
よろしくね、と話を早急に切り上げたクルカンに生徒たちはくってかかる。
テストは延期?本当に学校に入ってこないんですか?何が原因で寄生される者がいるんですか?と矢継ぎ早に質問が入る。
「うーん……」
壇上を振り返ればレジオンは言うだけ言って早々に引き上げ、他の教師たちは目を合わさない。どうやら説明を代わってはくれなさそうだ。
「まいったなぁ……質問は順番だよ」
リリーはフィアナと目配せして早々に講堂を抜け出した。




