3話
宜しくお願いします
馬車から眺める景色にセレナは目を奪われていた。シュレーダーを過ぎてから、徐々に道を新緑がさわやかに彩り始める
馬車がガラガラと進む音、脇を流れる清流の音、そして時折聞こえる小鳥のさえずりが耳に流れ込み心地よかった
山間の道を通っているが、道はそれなりに舗装されていた。恐らくは多くの貴族がここを行き交う為に整備されているのだろう
「もうすぐシャフトカンマに着きます」
御者から耳打ちされたエイミーがこちらを向き言った。この先の橋を渡れば街の入り口らしい
自然の開放感から次第に気持ちが高ぶっていたセレナは、窓に張り付くように行先を覗きこむ
「お嬢様」
こほんとエイムが咳払いをする。見れば腰が浮き上がってしまっていた。セレナは慌てて座り直した
「楽しみね……」
それをみていたアイリスがにっこりと微笑んできた
「はい、このような場所に来るのは初めてです」
セレナが住んでいたアウフヴィタも今住んでいる皇都ドナーコニスも大都市なのだ。こういった自然が近い場所に来るのは初めてに等しい
「シャフトカンマは、シュレーダーはもちろんの事、農業が盛んなダストアからも近いので、質のいい食材が豊富にあります。ですので、食事も大変美味しゅうございます」
「とても楽しみです」
エイミーの説明にセレナは微笑みながら答える
「シャフトカンマ特産の魚も美味しいと聞いております」
エイムが説明を足した
「ええ、近くの森で取れる食材も豊富ですし、とても良いところです」
エイミーとエイムの説明にセレナは一人心浮かれていた
そうこうしている内に橋を渡り、門をくぐると、木造りの家が立ち並び始める。数人の住民達が行き交っており、子供達が走る姿も見えた
町の中を馬車で進むと、家の作りが明らかに豪勢になり始めた。同じ木造りの家ではあるが、大きさ、装飾がされた家が多くなる。その中でも一際大きい家の前で馬車が止まる
「到着致しました」
エイミーが言うと同時に御者が馬車の扉を開ける。アイリスに続いて降りると数人の使用人達が出迎えるように立ち並んでいた
「素敵……」
柔らかい日差しが降り注ぎ、屋敷を照らし出す。仰々しい作りではあるが木造りということもあり、柔らかみのある屋敷だった
「お待ちしておりました」
使用人達が深々と礼をし歓迎してくれた
「素晴らしい場所ですね」
屋敷に入るとエイムがため息をつくように言った
「本当ね。こんな素敵なところに泊まれるなんて幸せよ」
部屋に案内され、ソファに座ると待っていたかのようにお茶が出される
「ありがとう」
「長旅、お疲れ様でございました。ごゆっくりお寛ぎください」
気の行き届いた対応と大自然の空気に包まれたセレナは、早くも夕食が待ちきれないでいた
少女は明日の事を考えると憂鬱で仕方がなかった
「はぁ……」
軋むベッドに腰掛け、何度目になるかもわからないため息を吐く
「どうかしたのか?」
不意に顔を上げると階段から降りてきた父がこちらを見ていた。その目はどこか睨みつける様な感覚さえ覚える
「あ、お父さん。ううん、なんでもないわ」
「わかっているだろうが、これは司祭様から直々のご命令なんだぞ?」
「もちろんわかってるわ」
「失敗は許されないぞ?」
「ええ、でも……」
「でもじゃない! お前は黙って親の言う事を聞いてればいいんだ!」
突然の怒鳴り声に少女はビクンと体を硬直させるとうつむき、膝の上に置いた拳を握り締める
「はい……」
「ちっ!」
舌打ちをしながら父親は階段を登り部屋から出て行った。いつからだろうか、優しかった父は事あるごとに母と自分に命令をし、気に入らなかったり、失敗すると暴力を振るう様になった
数ヶ月前にフレアヴォイド様の儀式を行うという集会に出てからおかしくなり始めた気がする。まるで何かに囚われるように、執着するかのような必死さが感じられた
父は司祭と名乗る人物のいう事を信じて疑わない。父だけではない、この町の何人かの大人達が司祭のいう事に服従しているかのようだった
もし司祭が自分達を求めたのであれば、父は喜んで差し出す事だろう。それも時間の問題だ
だからと言って父を見捨てるわけにはいかない。いつかは昔のように優しかった父に戻ってくれると信じ、付き従うしかないのだ
「娘さんの様子はどうでしたか?」
「はい、少し思い悩んでいるようでしたが大丈夫です」
「この事はフレアヴォイド様の為にも必ずや成し遂げなければならない事です。失敗は許されませんよ?」
「は、はい。もちろんそれはわかっております。必ずや司祭様の為に成功させます」
「私はあなたにとても期待をしています。この事が成功した暁にはあなたに聖名を与え、正式に我が組織の一員になっていただく予定です」
「そ、それでは……」
「ええ、もちろん神の雫は自由に使える裁量が与えられます」
「おぉ! か、必ず成功させます!」
「期待してますよ」
男はそう言うと席を立ち上がる。
「し、司祭様。その……」
「ふむ。今回だけ特別ですよ?」
男はテーブルの上に小さな小瓶を置く
「あ、ありがとうございます!」
飛びつくような勢いで小瓶を取り、まるで宝物のように胸元で抱える。この男はもはや自分のいいなりだ。神の雫の力を持ってすれば、すべては自分の意のままなのだ。男は扉を開け外に出ると口元を緩めた




