8話
よろしくお願いします
自分とした事が…… セイファルは横たわるカールの傍に急いで駆け寄った
カールの体に触れ、わずかばかりの呼吸を感じとったセイファルはほっと胸を撫で下ろす。それと同時にふつふつと怒りが沸き起こっていた
だが、それよりもカールの手当てが先だった。手当てをし、カールを安全な場所に移動させてから、あの愚か者共を制裁してやればいい——そう思ってセイファルはカールに回復魔法をかける
焦りが勝りあの事実を忘れていたまま
漁夫の利。当事者同士が争っているうちに、第三者が何の苦労もなく利益をさらう行為だ。この戦場で虎視眈々とそれを狙っていた者がいた
実際には何の苦労もなくというわけではなかった。むしろこうなる事に相応の労力を費やした。「守りながら守らない」という矛盾を行わなければいけなかったのだ
万が一にも大怪我をさせるわけにはいかない。だが、しっかりと守っていてはいつまでもその状況にならないのだ
その徒労は遂に報われる事になる
カールに襲いかかる魔法に気づいたユグラシルは咄嗟に風の壁をカールに纏わせた。その力加減も今思えば絶妙だった
吹き飛ばされ宙を舞うカールの姿を見て、もう片方の自分が焦っていた。自分も当然焦った。やっぱりちゃんと守ればよかったと
必死に耐えていたが、我慢ができずに駆け寄った——その時にそれは起きた
セイファルがカールに回復魔法をかけたのだ
このチャンスを絶対に逃すわけにはいかない
ユグラシルはカールの事が大好きだった。最初は不思議な生物で面白いから好きだった。だが、あの日の夜。あの経験をしてからユグラシルはカールに夢中になったのだ。もはや初めて恋をした少女のようなものだった
その恋を実らせる為に、いくつもの障害を乗り越えなければならなかった。慎重の上に慎重を重ねやっと巡ってきた瞬間だった
焦る気持ちを抑えながら慎重に大胆に素早く背後から近寄る
あともう一歩というところでセイファルがこちらの存在に気づき、その意味に気づく———だが、もう遅い。事はなった
セイファルの魔法に自身の魔法を重ねた時、遂に恋い焦がれた瞬間が訪れる
辺り一帯をまばゆい光が包み込んだ
『な、な、な……』
その事実と自分のミスにセイファルは声を震わせる
『『やったーーーーーー!!!!』』
一方のユグラシルは歓喜の声を上げた
『なにをやっておるんじゃ! お主らは!!!』
その見慣れない景色を共に見ながらセイファルは大声を上げる
『へへへ、じゃあ、早速……』
『早く早く!』
『ま、まて! よさんか!』
『うるさいなー。セイファルだってあの時の快感を忘れたわけじゃないでしょー?』
『私たちはもう虜だもんねー』
あの日、あの夜。カールの体に入り、力を解放させた時の快感。それは忘れられない麻薬のようなものだった。自身ではとてもではないが到達できない領域にこの体は連れて行ってくれるのだ
『む、いや! しかし! この体は危険すぎる!』
『大丈夫大丈夫。あいつら勇者とカイラでしょ?』
『本気出してもきっと大丈夫』
『バカをいうな! そんなことをしたら……』
『じゃあ、セイファルはカールの体はいらないのね?』
『出てく?』
『う……』
入りたくないといえば嘘になる。ここに来るとまるで全てから解放されたような爽快感と包み込まれるような安心感が得られる。叶う事ならいつまでもここにいたい
『あいつらをさっさと黙らせたらすぐ出るからさ』
『うんうん、あいつらがいたらカールの手当てもできないでしょ?』
『む、た、たしかにそうじゃな』
『だからさ……』
ユグラシルは声を低くする。あの経験から今までずっと考えてきた事があるのだ
『一緒にやろうよ』
基本的に魔法は単一の属性でのみ構成される。勇者である正義は複数の属性が扱えるが、あれはあくまでもそれぞれの属性に属性を乗せているだけだ
だが、この体であれば……カールという器にそれぞれの属性の頂点に立つものが混在している今ならば、それが可能になるのではないか——
『混じり合うというのか? そ、そんな事が可能なのか?』
『わかんない。でも面白そうじゃない?』
『やってみよー』
セイファルはごくりと唾を飲み込んだ
予想外の救援に驚いたカイラではあったが、勇者三人を相手に互角の戦いを繰り広げていた。だが、その攻防は徐々にではあるが、勇者優勢になりつつあった
どうしたものかと無数の死者と戦う勇者を見ながら思案していると、突如としてカイラは寒気を感じる
先ほどカールという犬を殺した場所から湧き上がる異様な気配にカイラは戦いの最中ということも忘れその一点を見つめる
気がつけば意志を持たぬ死者の軍勢も、またそれと戦う勇者達もその異質な空気を感じ取り戦う手を止めていた
——そして、その異質は現れた
まるでなにかに釣り上げられるかのように、不気味に浮き上がってくるその存在は宙に漂っていた
そしてカイラの理解を超えた力を一気に解放した
「ウオォォォォォォォォォォォォォンン!!!!」
遠吠えと共に風が体を突き抜けた。だが、それは風ではないなにかだった。意識を持っていかれそうになり、咄嗟に意識を強く持つ
その力に当てられた弱者、死者の軍団は一瞬にして塵と化した
「なんだ……アレ」
アンドレがぽつりとこぼす。勇者達は少女を守るように固まっていた
「破壊神……」
ジェニファーの言葉にアンドレは合点がいったように顔を向けた。あれが、お姫様が言っていた破壊神なのだ。その力は全てを凌駕し全てを破壊する——すでに復活していたのだ
「正義!!」
ジェニファーは後ろにいる家族に向かって叫んだ
「その子を安全な場所まで連れて行きなさい!」
「で、でも、二人は……」
「さっさとしなさい! それでさっさと戻ってきなさい!」
あんな化け物相手に二人ではきつい
「わかった!」
正義は大きく頷くと少女を抱きかかえ、その場を離れる
「アンディ。覚悟はいいわね?」
「OKって言いたいところだが……まじであんなの相手にするのかよ」
正義、アンドレ、ジェニファーは紛れもなくこの世界に置いてトップクラスの力を持っている
そんな力を手にいれた二人に今まで忘れていた感情が再び湧き起こる。かつては当たり前のように抱いていた感情
——死への恐怖だった




