7話
よろしくお願いします
逃げ惑っていたコーギーが倒された。カイラとかいうあの女が執拗に狙っていたが、なぜなのかはわからない。正直、見ず知らずの犬がどうなろうが知ったこっちゃないのだが・・なぜか腹がたった
「お待たせしてしまったかしら?」
にこやかにこちらを見るカイラを正義は睨みつける
自分を無視してあの犬を優先したこと、なんの力もなさそうな犬を殺したこと。そのいずれもが正義の苛立ちを加速させた
「別にいいさ。お前が死なずに済む時間が延びただけだしな」
正義は自身の力を解放させる。普段魔法を使う際は属性に応じてそれぞれの蓋を開ける感覚だった。だが、目の前のカイラには最初から全ての蓋を開けた。
圧倒的な力でねじ伏せてやる
「死ね」
手を振りかぶり、風の刃をカイラに投げつける。だが、黒い霧に包まれカイラには届かない。それは想定済みだった
その隙に後ろへ回り込むと、地面を隆起させカイラにぶつける。おそらくこれも避けられるだろう
(少しびっくりさせてやるか)
突き出された土の塊は空を切った。次の瞬間、先端から無数の土の棘が全方向に飛び出す
——ッジャキン!
カイラの驚いた顔を見て正義は口元を緩めると、間を開けずに攻撃を叩き込む
カイラに向かって飛び上がると、土の塊ごしに殴りつける。四方に飛び散る土で視界が阻まれる。正義は攻撃の手を緩めることはなく飛び散った土を操りカイラ目掛けて打ち込んだ
怒涛の攻撃に手も足も出ない様子のカイラに止めとばかりに飛びかかる
高く舞い上がった正義はその身を炎に包み、——カイラを貫いた
「他愛もない……」
「あら? 帰ってしまうの?」
背を向けた正義は驚きのあまりに振り返る
「お楽しみの時間はこれからよ?」
なぜ? という疑問が正義に襲い掛かる。先ほどの攻撃は全て手応えがあった。確実に仕留めたはずなのだ。ましてや無傷などはあり得ない
だが、カイラは何事もなかったかのようにそこに漂っていた
実際には無傷ではなかった。むしろ瀕死に近い。だが、カイラはそれを見破られないように平然を装う
戦いの場では流れやターンというものが存在する。攻撃をしようとする意思を持っている時間。その意思が押し通せれば自身のターンになる。その時間は長くは続かないが、戦いはその断続的な意思の応酬でもある
お互いが同時にその意思を持てばぶつかり合い、意思を押し通した方がターンを支配できる
相手が攻撃をする意思をもっている最中に、自身の意思を確実に押し通すには圧倒的な力の差がなければできない
だからこそカイラはあえて正義のターンを受け入れ、その意思が途切れるのを待っていた。受け入れる覚悟をもっていればそれ相応の対処はできる
一方の正義は意思が途切れ手を休めた。そしてその意思が無駄だとでも言うかのように振る舞われたのだ
(効いてないわけがない。どっかで手加減したんだ……)
ならば、次こそはと正義は意思を持つ
だが、カイラがそうはさせない。正義が攻撃する意思を持つ前に自分の意思を見せつける。カイラは自分のターンを主張するように無数の死者の騎士を呼び出した
正義は力の差を自負していた。自分の意思が押し通せるのだと思っていたのだ。事実、無数の死者の騎士達は為す術もなく、打ち倒されていく。だが、一向に正義の意思は押し通せない——数が多いのだ。それも圧倒的に
次から次へと湧き出る水のように蘇る死者達に正義はこの世界にきて初めてとある感情を抱いた
——俺が押されてる?
意思のぶつかり合いの勝者は流れを掴む。カイラは流れを掴んだ
もし、ステータス的なものがあり、数値的なもので二人を比べれば正義が勝っていた。それほどまでに勇者の力はチートなのだ。だが、それでも正義はカイラに押される
経験の差がそれを許したのだ。その流れは更にカイラに味方した
勇者である自分が押されるなどあり得ない。無限に沸き続ける死者を打ち倒しながら正義は焦り始めた
その時だった。聞こえるはずもない声が正義の耳に届く
「……お兄ちゃん?」
目を見開き声のする方を見る。そこにはかつて助けた少女の姿があった
(なんで……)
正義の疑問に戦いの流れは待ってはくれない。少女の存在に気づいた騎士が少女を取り囲む
(くそが!)
予想外の展開に正義の頭は真っ白になる。敵を倒すだけなら、広範囲にわたって魔法を使えばいい。だが、そうすれば少女までも巻き込む
「あら? 迷い込んでしまったのかしら?」
その言葉と共にカイラが少女に向けて魔法を放つ。なぜ? どうして?——そんな疑問を持つ正義と少女を置き去りにして現実だけが歩みを進める。そして同時に思い浮かべる最悪の未来
——少女の死
考えるよりも前に体が動いた
正義は何よりも早く動き、そして少女を庇うように抱きかかえる
迫り来る現実に打ちのめされるようにその場で固まった
「アンディ!!」
「任せろ!!」
——ッドォン!
大きな爆発音とは裏腹に自身が無傷であると気がつく
ふと顔を上げた正義の目に飛び込んできたのは、かつてこの世界に一緒に来た仲間だった
「アンディ? ジェニファー?」
「ははっ! やっと見つけたぜ!」
「ちょっと! なんで私の事はジェニーって呼んでくれないの!?」
「なんでここに?」
「うん? お前を探してたからに決まってるじゃないか。正義だって家族がいなくなれば探すだろ?」
「あんたねぇ! いろんなところに迷惑かけてばっかでしょ! 噂になってるわよ!」
正義の頭は現実に追いついていかない。なぜここにジェニファーとアンドレがいるのか。なぜ自分を助けてくれるのか
これがもし同じ日本人であれば見限られていたかもしれない。異国の文化、人間だからこそ、呆れよりも心配が先に来たのだ
アンドレとジェニファーはまるで出来の悪い弟の世話をしている感覚だった
「話は後だ! まずはあいつを黙らせよう!」
「正義! 後で説教だからね!」
二人はカイラに向き直り敵意をむき出しにする。だが、正義はそんな二人の姿を見る事が出来なかった。目には大粒の涙が溜まり視界がぼやけていた




