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異世界冒犬譚  作者: さくら
もう一つの未来
76/126

6話

よろしくお願いします

 草木をかき分けて進む足を止めると正義は来た道を振り返る


ヨルーダ大陸へ向かう為に東に続く道を歩いていたのだが、道は湖を大きく迂回していた。東に向かうだけであれば、道はないが反対岸を進めばいいのではと思い道を外れたのだ


しばらく進むとそれが間違いだった事に気づいた。湖は大きく横に広がっており、正義の進む道を阻んだのだ


戻るという発想が出なかった正義は湖が続く通りに進んでいたのだが、気がつけば森の中へと迷い込んでしまっていた


さてどうしたものかと思いふと顔上げると、こちらを見つめている女性がいた


(浮いてる?)


唖然とその光景を見つめていた正義に、その女性は突如として明確な殺意を向けてきた








 正体不明の大きな魔力を放っていたのは若い男だった。カイラは眼下でこちらを見つめる男を観察するように眺める


近づくほどに大きくなるその魔力にカイラは不快感を感じていた。自分に匹敵する、いや、それ以上の魔力を持っている人間がいるという事実が気に食わなかった


「誰であろうと妾の邪魔をするものは許さないわ」


障害になるであろうその男をこの場で殺す。カイラは相手の素性を確認するまでもなく、敵意をむき出しにした


「妾はカイラ。誰なのかは知らないけれど、ここで殺してあげましょう」









 森を歩くこと数分、いや数十分だろうか。一向に馬車へとたどり着けない俺は焦っていた


これはもしやあれか? あれなのか? いや、そんな馬鹿な。今年で二十七歳になる大の男がそんなはずはない


きっとこっちから来たはずだ。そうに違いない


そう確信するも、しばらく進むとそんなことないような気がしてくる


完全に迷子だ


どうしよう……


(おーーい! シャーールゥ! ミルファァァ!! ユグラシルゥ!! セイファルゥ!!)

「アオォ〜〜ン!!」


虚しく響く遠吠えに不安が加速する


(やべぇよ。まじでやべぇよ……)


歩みを止めるわけにはいかない。いつかはどこかに出るはずだと、森を進む


すると前方から人の臭いを感じる。この臭いはシャールでもミルファのものでもなかった。だが、ひとまず人に出会いたかった俺は臭いのする方へと走り出した


多い茂る草木が一気に開けると、そこには見たこともない男と……宙に浮かぶ女性がいた——







 正義は状況を確認するように、立ちはだかる一人の女性と突如として現れた一匹の犬に目を向ける


カイラと名乗った女性は宙に浮き、品定めするようにこちらを眺めている。いきなり敵意をむき出しにしてきたが、どういうつもりなのだろうか。まあ、自分の敵ではないだろう


一方の犬と言えば、ポカンと口を開けて間抜けな面をしていた。というか、あの姿が気になる。あれってコーギーなんじゃないだろうか? この世界にもコーギーがいるのか?


「出でよ。妾の忠実なしもべ達よ」


静寂を破ったのはカイラだった。両手を天に掲げると霧上の影がカイラを包み込む。すると地面から数え切れないほどの死者が生えてきた


正義は鼻で笑いつつ指をパチリと鳴らす


風が強さを増し、死者達を打ち倒す。そこに被せるように再度指をパチリと鳴らすと、死者達を取り巻く風に赤みが添えられた。死者の体に触れると一気に燃え上がり、連鎖する


小さな炎は次第に大きな炎の塊になり、全てを飲み込んでいった


「どういうつもりか知らないが、勇者である俺に喧嘩売るとはいい度胸じゃねえか・・喧嘩なら買うぜ?」


見下すように正義は吐き捨てる


「あらあら、この程度で図に乗るなんて、大したことなかったようね」


カイラの発言に正義は苛立ちを覚える


「背中が隙だらけよ?」


「っ!?」


背後から襲い掛かる殺気に急いで土壁を作り防ぐ


——ベチャッ! バチャッ!


正義に飛びかかるはずの何かが壁にぶつかる音だけが響く


いくら無敵な力を身につけたとしても不死身では無い。不意打ちを食らえば怪我を負うのだ。正義の背中に嫌な汗が流れる


「くだらねぇ」


それを吹き飛ばすように吐き捨て指をパチリと鳴らす


壁の向こうにいるであろう何かに向けて水の刃を浴びせさせる


「ギィィ!」

「グゲェ!」


「次はお前だ」


背後から聞こえる断末魔を背にカイラを睨みつけた


「このカイラに刃向かった事を悔やむがいいわ」


まるで無限の様に湧き出る死者の軍勢。無敵の力と無限の力がぶつかり合っていた







 この場に仲間はずれが一人いる。もしかしなくても俺だ


人がいると喜び勇んで来てみれば、突然戦闘が始まったのだ。目の前で繰り広げられる、どこぞの格闘漫画よろしくの光景をただ座って見つめていた


なにがどうなっているのかまったくわからん。というか、あいつカイラとか言ってなかったか? やばくね? なんかあいつ血色よくなってるし


みそっかすな俺はさっさと退散しようと後ろを振り向く


——ッドォン!


爆発音に驚き、二人がいる方を振り向くと大きな木が目の前にあった


はい?


どちらかの魔法に吹き飛ばされた巨木が一直線に俺へと飛んでくる


嘘でしょ!?


とっさに体を伏せる。それで避けられるかなんて知らない。どうか当たらないでと祈るだけだ



最悪な未来は、吹き荒れる風によって書き換えられた。巨木は俺へと触れることなく砕け散ったのだ


『なにやってるの?』

『楽しいの?』


おおおおお、さすがユグラシル先輩! 頼りになるぜ!


(どこいってたんだよ! お前ら!)


『それはこっちのセリフじゃ』


気がつけばセイファルも横にいた


(おお、セイファルも!)


『皆が心配しておるぞ? ん?』


セイファルの目線を追う。そこにはこちらを見ているカイラと正義が居た


『なんじゃ? あやつらは?』


『あ! あいつ、前に逃げた奴だ』

『やーい、負け犬—』


ちょっとまて、犬に失礼だろうが。負け人って言え


「貴様はユグラシル……」


顔を伏せたカイラがつぶやく


「そう。その犬がカールというわけね。いいわ、全員この場でひねり潰してくれる!」


カイラの体から弾ける様に黒い霧が溢れ出す


前言撤回、ユグラシル! 目つけられてんじゃねーか!


「よそ見してんじゃねえよ!」


こちらに襲いかかろうとするカイラに正義が横槍を入れた


『たのしそー』

『私たちもいこー』


アホか、なんであんな怪獣大戦争に好き好んで入ってかなきゃならんのだ


(いくわけないだろ! さっさと逃げるぞ!)


『えー』

『つまんなーい』


好きにしてくれ


「逃がさないわ!」


退路を無数の死者の軍団が塞ぐ。どうあっても逃してはくれないらしい。というか、こいつらはどっから呼び出してんだ


退路を断たれ迂回しようとすると、無数の死者たちが突然ぽんぽん飛び跳ねる。というか投げ飛ばされてる?


『きゃはは』

『森の中で私たちに勝てるわけないのにー』


木だ。木の枝や蔓が死者に絡みついていた


死者が埋め尽くし、至る所で爆発が起こる。まるで特撮シーンの撮影現場だ。そんな中を無我夢中で逃げ惑う一匹の犬


『まったく、とんでもないのに目をつけられたのぅ』


なんか重いと思ったら、背中にセイファルが乗っていた


『あれはカイラじゃろう? だいぶ前の出来事の気がするが生きておったのか』


(死んでたのに、どっかの馬鹿が起こしたんだよ!)


こっちはそれどころではないのだが、つい返事をしてしまう


『ふむ。お主と居ると飽きないのぅ』


むしろこっちはうんざりなんだが……


『前じゃ!』


周りを気にしすぎていて前を見ていなかった。吹き飛ばされた巨大な土の塊が俺の進行方向に落ちようとしていた。このまま行けば押しつぶされてしまう


だが、急には止まれない


『世話が焼けるのぅ』


その言葉と同時に視界が切り替わる。なぜかわからないが気がつけばそれを通り越していた


だが、もう一方のそれに俺もセイファルも気がついていなかった


まるで、土の塊に隠れる様に繰り出されていた魔法が俺へと襲いかかった


『なんとっ!?』


(くっそ……)


前足を地面に突き刺す様に急ブレーキをかける


——ッドォン!


直撃は免れたものの、その衝撃で体ごと吹き飛ばされる


『カール!?』


地面が上で空が下、いや地面が右で空が左だ


めまぐるしく切り替わる風景を眺めている。こういう時ってやけに頭が冷静になる。そもそも俺には魔法効かないんだから突っ込んでもよかったな


下手に避けたせいで衝撃を受けてしまったのだ


あ、でもセイファルに当たっちゃうから良かったのか? セイファルは無事かな?


などと、考えていると頭部に衝撃が走る


漫画でよく星が飛ぶ描写があるけど、あれってあながち間違いでもないんだな


そんなことを思いながら俺は気を失った




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