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異世界冒犬譚  作者: さくら
もう一つの未来
71/126

1話

新章となります。よろしくお願いします

 橘正義(たちばなせいぎ) 十八歳中卒フリーター、彼女いない歴=年齢の今をときめくニートだ


小学生までは近所の人からも元気があって愛想の良い少年と好評だった正義だが、中学に進学してからいじめの被害者になった


正義が通う中学校は近隣の小学校三校が合流する。正義がいた小学校はいじめなどもなく、教師と生徒も友達感覚で付き合うとても環境の良い学校だった


中学に入っても当たり前のようにその生活が続くと思っていた


だが、中学に入学して一ヶ月後、正義の人生は幕を閉じる。いつも通りに通学し、教室に入ると机がなかったのだ。周りからはクスクスと笑う声が聞こえた。頭が真っ白になった正義はこの時はそれをいじめと認識できなかった


数日も経たぬうちにそれがいじめだと嫌でも認識するようになった


何かがなくなるのは日常茶飯事、授業中はゴミ箱扱い、いじめの首謀者であるリア充達に下校時に待ち伏せされて暴力を振るわれたこともあった


正義の心を折ったのは、他でもない小学校からの友達だった


いじめを受けつつも正義は決して屈することはなかったのだ。親や先生にも相談し、少しでも改善できればと奮闘していたのだ


そんな正義に許し難い事実が突きつけられた


親友だと思っていた仲間達も加害者だったのだ。リア充達と一緒になって自分をいじめるかつての仲間達の顔を見た時、正義は全てを諦めた





 正義は机に向かいPCを一心不乱に見つめマウスを連打している。


腹がグゥとなり、時計を見ると針は午後八時を回っていた


こんな時間か。腹減ったな


正義は椅子に座ったままの状態で右足を持ち上げると、勢いをつけて床を踏みつける


——ッドン!!


いわゆる床ドンである。これで数分後には部屋の前に食事が用意されているのだ


この敵を倒す頃には食事が運ばれてくるだろう。そう思いながらマウスを握る手に力を込めた


(よし! 俺にかかればこんなもんだろ。ったく、俺がいねぇと何にもできねぇギルメンばっかだな。こんど教育してやるか)


ゲームの世界ではギルドとよばれるコミュニティがある。正義も、とあるギルドのメンバーだった。正義のキャラクターは高Lvでかつプレイヤースキルも高いことからなにかと頼られる存在なのだ


画面上に流れる賞賛の嵐に満足した正義は用意されているであろう食事を取りに部屋の窓を開けた




——そこにあるべきはずの食事はなかった


あるべきはずの食事がない、用意されていて然るべき事がされていない事実に憤りを感じた正義はあからさまに不機嫌の様子で扉を閉め。椅子へと戻る


そして憤りをぶつけるように床をなんども踏み抜いた


——ッドン!!ッドン!!


(くそが。さっさと持ってこいよ。役に立たなねぇ奴らだな)


だが、その後も食事が届く事はなかった





 正義の家庭は四人家族で父と母、そして兄がいる。父は医療系の営業をやっており、母は専業主婦だ。兄は大学生で今年卒業だと聞いた。聞いたと言っても夜中、トイレに行く時、廊下で聞こえた程度なのだが


さほど裕福でもないが貧乏でもない家庭で育った正義は、これといった不自由もなく生きてきた。家に引き篭るようになってからも欲しいものは買ってもらえたし、食事に困る事もなかった


それもつい先ほどまでの話である。今日に限って夕食がでなかったのだ。正義は仕方なく近くのコンビニへと向かっていた


コンビニを目前にして正義の足は固まった。ありえない光景に恐怖すら覚えた。コンビニの前にはクラスメートであり、自分をいじめていた集団がいたのだ


なぜここに?


冷静になろうと思考を巡らせていると、クラスメート達が正義に気がついたようだった。にやにやと笑いながらこちらに近づいてくるクラスメート達に寒気を感じ、無我夢中で来た道を引き返した


(くそ、なんであいつらが……くそっ! くそっ!)


空腹も重なり苛立つ正義は悪態をつきながら家へと戻った。冷蔵庫を漁るつもりだったのだが、ここでも正義の足が固まる事になった


家の前に見た事のない車が止まっていたのだ


家族が帰ってきたのだろうかとこっそりと玄関を開ける。リビングからは両親と兄、そして知らない男の声が聞こえた


関わり合いになりたくない、気づかれたくない一心でそぉっと階段を上ろうとした、その時、ガチャりとリビングの扉が開いた


「正義、ちょっとこっちに来い。話がある」


久しぶりに兄から自分に向けられた言葉に正義は何も言えずにいた


「早くしろ」


腕を掴まれた正義は反射的に振り払い部屋へ逃げようとするが、複数の男の手によりリビングへと引きずり込まれてしまった


「お前に話がある」


父と向かい合って話をするのは何年ぶりだろうか


「もう俺たちではお前の面倒は見切れないと判断した」


なんだ?何を言ってるんだ?


「そこで、この方に相談した」


「初めまして、正義さん。私、こういったものです」


目の前に名刺が差し出された。そこに書かれていた一つの文字が目に止まる


《○○自立支援サービス》


「我々は引きこもりや不登校のご相談、支援を行なっております。大切なご家族を一時的に我々のご用意する施設にお預かりして更生の手助けをさせて頂いております」


矢継ぎ早に言葉が正義の耳に入ってくる。施設?更生?なんだそれ


「早い話がお前を施設に預けて更生してもらうんだよ」


突き放したような兄の言葉に正義は顔を上げた


「親父もお袋も限界なんだよ。お前もいつまでも甘えてないでしっかりと更生してこい」


「……けんな」


「は?」


「ふざけんな!! なんだよ施設って!! そんな話聞いてねえぞ!!」


「当たり前だ! 馬鹿野郎! そもそも引きこもって出てきやしねぇだろうが!」


「行きたきゃお前らが行けよ! そんなところに俺は行かねえからな!!」


「いい加減にしろ!!」


兄弟喧嘩が始まると母親は顔を伏せ泣き始めた。父親は腕組みをし、目を瞑ったままだ


「まあまあ。突然の事で混乱されるのも無理はないと思います。ですが私どもの施設に来て頂ければ何も心配される事はありません。ご利用頂いたお客様からもご好評でして……」


「俺は行かないからな! 絶対に行かないからな!」


なにも考えられず拒絶するように正義は玄関に逃げる


「正義! まだ話は終わってないぞ!!」


怒鳴るように叫ぶ兄から逃げるように玄関を飛び出し、闇が落ちる道路を走りだす


逃げる場所などない。唯一安全だった家すらもはや安全ではなくなったのだ。正義は全てから逃げ出すように走る。どこに向かっているのかも自分ではわからなかった



「……い! ……!!」


後ろから未だに兄の声が聞こえる。振りほどくように無我夢中で細い路地を走る。そして、視界が開けた


——ップァーーーン!!


けたたましく鳴り響くクラクションとまぶしく照らすヘッドライト。音のする方をみると巨大なトラックが正義に向かって突進して来ていた


鈍い衝撃が体を走り抜け——そして視界は真っ暗になった






 「おぉぉ! 成功したようですな!!」


真っ暗だった視界は一転して明るくなる。正義は胡乱げに辺りを見回した


(ここはどこだ? 俺はトラックに轢かれて・・)


レンガで覆われた一室は松明の明かりで照らされていた


「我々の召喚に応じてくださいましたこと心より感謝申し上げます」


自分に話しかけてくる声に気付き前を向く。一段低くなったそこには一人の女性と数人の男性が立っていた


(だれだ? こいつら? え? なにこれ? 魔法陣?)


徐々に冷静になっていく正義は足元に描かれた魔法陣に気づく


(え? これって……いやいや。まじで?)


「ここどこだ?」


ふと後ろから声が聞こえて振り返る。そこには二人の男女が立っていた


「え、どういうこと?」

「おい! どうなってんだよ!」


全員がパニックを起こしていた。無理もない事だった


「あ、あの勇者様?」


その言葉に正義は思わず反応して顔を向ける


「俺のことか?」


「え? あ、はい」


「ここはどこだ?」


「ここはノルベリン大陸のバグダット王国の城です」


聞いた事もない地名と国。本来ではあり得ない現実にも関わらず、正義は信じられないという気持ちよりも喜びが勝っていた


どこにも逃げられなかった現実だった。どこにも居場所などなかった自分だったのだ。だが、逃げ果せたのだ。信じる信じないはどっちでもいい。あの施設に無理やり連れて行かれる事はないのだ


「俺が……勇者?」


「はい、我々の勇者召喚に応じて頂けた貴方様が勇者でなくてなんだというのでしょう」


その言葉を聞き、正義は自然と口元が釣り上がっていた




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