閑話 ミルファの想い
閑話二話目になります
ポテアムと貴族達は荒野と変わり果てた一帯を前に開いた口が塞がらなかった
レオンからの早馬で、暗殺団襲撃の報を受けたポテアムは顔を青褪めさせたが、怪我人はいないという報告を聞き胸を撫で下ろした
翌日になると月一回の視察を繰り上げて、手勢を引き連れて旧バルミルス邸へと来たのである
着いた早々にレオンから事情を聞き、その現実を目の当たりにしたのだ
「こ、これは……」
掠れるような声でポテアムが言う
「カール様のお力です」
当たり前のように言うレオン。その場にいる全員が驚きの顔で見つめた
「カール様は暗殺団達の目に余る行為にお怒りになられたのです」
その結果がこれだとばかりに荒野へと目を移す
「これほどまでとは……」
聖獣の存在は崇高なものと言う認知はあるが、その実力を見たものは数少ない。聖獣という存在がなんなのかを突きつけられたのだ
それと同時にポテアムはかつての自分の対応に間違いはなかったと確信した
一方では数人の貴族が俯き顔を青褪めさせていた。以前、謁見の場でシャールと言い争った貴族とその取り巻きだった
「皇帝陛下」
若い女性が声をかける。振り向くとシャールとエルロッテが立っていた
「おお、シャール殿か。此度は災難であったな。皆が無事と聞き胸を撫で下ろしていたところだ」
「お心遣いありがとうございます。一時はどうなるかと思いましたが、皇国軍の優秀な兵士様達のおかげで大事には至りませんでした」
「はっはっはっ。世辞は良い」
「陛下、何をおっしゃっているのですか、事は重大ですぞ」
一人の貴族が声を上げた
「聖獣がいるとなればヨルーダが黙ってはおりませぬ」
もはや誰もがカールを聖獣として見ていた。聖獣の力は人知を凌駕する。皇国にとってはこの上なく心強い存在だが、他国にとっては驚異でしかない
「既に皇都ではこの話で持ちきりです。いずれは隣国にも伝わるでしょう。そうなった時、ヨルーダ、ノルベリン大陸から反発がありましょう」
「わかっておる。早急に今後の事について話し合う必要があるな」
ポテアムは顎に手を当て思案する
「申し訳ございません」
その様子を見てシャールは恐縮した
「む? いや、そなたらが気に病む必要はない。確かに他の大陸との軋轢は生じるが、それ以上にカール殿がもたらしてくれる恩恵は大きいのだ」
皇国が聖獣を保護しているとなれば、いずれは多くの人がその姿を一目見ようと訪れる。そうなったときの経済効果は莫大な物になる。だが、一方で他大陸との関係や、良からぬ考えを持った者も出てくる事は容易に想像できる
「本来であればレオンの様子を見に来たのだが、そうも言ってはおられぬな。今回はひとまず皇都へと戻る。近いうちにまた来よう」
「わかりました。父上」
「お待ちしておりますわ」
ポテアムは今後の対策を取るために皇都へと引き返した
友達が成長する姿を横目で見ながらミルファは一人焦っていた
元々役に立てていなかった自分がこうしてここにいる事が果たして良いのだろうかと悩んでいたのだ。皇帝陛下との面談後、旧バルミルス邸に行く事になったシャールがカールのお世話をして欲しいとミルファを指名してきたのだ
突然の指名とカール本人たっての希望という事を聞いたミルファは素直に喜んだ。こんな自分でも必要としてくれるという事が嬉しかった
だが、旧バルミルス邸に着いてからというものの、これといった力になれていない事に焦りも感じていた
焦りを加速させる要因はシグル、リプシー、オミロにあった
特にオミロの成長は目まぐるしいものだった。シャールから習った魔法を駆使し、サポートする様はシグルとリプシーも認めている。もちろん、シグルとリプシーも変わった。普段の佇まいも落ち着きが出てきたのか、どことなく頼もしくさえ見える
一方の自分はなにも変わっていないのだ。聖獣のお世話をする役をもらったのは良いが、それだけだ。もはや自分でなくてもいいのではとさえ考えてしまっていた
事実、言葉が通じるシャールはカールにとってはなくてはならない存在だ。また、マニーズは言葉こそ通じないが、見ていてお互いを信頼しているように見える。恐らくは自分の知らない二人の過去がそうさせているのだろう
自分がカールにしてあげられる事はなにかを考えれば考えるほど、自分がカールにしてあげられる事は他の誰かがしてくれているのではないか
だとすれば自分がいる意味はなんなのだろうか
ミルファの幼い胸がキュッと締まり苦しくなる
「聞いてる? ミルファ?」
突然の問いかけに飛び上がりそうになりながら声のした方をみる。マニーズが不思議そうな顔でこちらを見ていた。ミルファはマニーズと一緒にリビングで夕食の下準備をしていた
「考え事してたのかな?」
「ご、ごめんなさい」
「たまにはスープだけじゃなくて、お肉を蒸した物も出そうかと思ってるの。物置から蒸し器を持ってきて欲しいんだけれど……」
「あ、うん。持ってくるね」
「うん、お願いできる?」
ミルファは頷くと浴室前にある物置へと向かった。物置の中は昼間でも薄暗く、扉を閉めてしまえばほぼ視界はゼロになってしまうほどだった。いつもは誰かとくる物置だったので、さほど気にならなかったが一人だと寒気を感じた
早々に言われた物を持って出ようと考えたミルファは入り口から物置の中を見渡す。奥まった所にマニーズの言っていた調理器具を見つけると、足早に近づきそれを手に取った
その時だった
——……ギギィ……バタン! ガンッ!
目の前が真っ暗になる。慌てて振り返り、扉があったであろう方向を見るが、真っ暗でなにも見えない。真っ暗な場所に一人でいる事の恐怖に焦りを覚えつつも辺りを探りながら壁へと近づく
壁を手で探ると、取っ手らしき物が掴め一安心する。ぐっと力を込め一刻もこの真っ暗な場所から逃げ出したかった ——だが、扉が開く事はなかった
どうしよう……
「マニーズお姉ちゃん! 誰か!」
誰かが気づいてくれないかと壁を叩くが、一向に返事はない。どうしたものかと悩みふと気がつく、この奥にはセイファルの祭壇があるのだ。そこまで行けば少しは光がある
ここから出るという事の解決にはまったく関係ないのだが、暗闇から逃げ出したいという一心でミルファは奥へと進んだ
通路の先に淡い輝きを放つ祭壇が見える。一切の光がないこの空間でその輝きは神秘的で、ミルファはほっと胸を撫で下ろす
祭壇の前へと辿り着きそして途方に暮れる。どうしたらいいのかがまったくわからないのだ。かといってまたあの暗闇には戻りたくなかった。ミルファはその場に座り込み祭壇を見上げた
誰からの信仰も得られず、ひっそりとここで佇んでいた闇の女神の気持ちを考えた。誰からも必要とされず、誰にも見てもらえなかった闇の女神はここで何を思っていたのだろうかと
「私は誰かから必要とされてるのかな……」
一筋の涙が頬を伝った
今日は朝からマニーズとミルファに体を洗われ、身も心もリフレッシュした俺は一人で屋敷を散策していた。体を洗ってもらった後、マニーズとミルファは夕食の準備をする為にリビングに行ってしまった
普段ならその後をついていくのだが、なんとなくで一人こうして西館へと歩いているのだ
普段から生活している東館ではなく、いまだ廃墟となっている西館を散策してみたかったのだが、特筆して見る物もなければ、そもそも扉を開けられないので奥へと行けないのだ。ため息をつきながら、仕方なく東館へと戻る
『なんじゃ、一人か? お主が一人なのは珍しいのぅ』
どこからともなく現れたセイファルが声をかけてきた
(みんな忙しいらしくてね)
とはいえ、宛てはあった。ミルファなら構ってくれると思ってリビングに向かおうとしていたのだ
(あれ?)
ミルファがいると期待してリビングを覗き込むが誰もいなかった。マニーズもいない
『どうした?』
(いや、ミルファがいると思ってたんだけど)
『ふむ、期待が外れたか』
(どこ行ったんだろ?)
『うん? 妾の祭壇の前に誰かおるな』
ミルファだろうか? セイファルの言葉にひとまず物置へと向かうが扉は閉まっていた。鼻先で扉を押してみるがビクともしない。物置の扉には鍵はない、押せば開くはずだ
『困っているようじゃのぅ』
人を呼びに行こうと考えていると、セイファルがなにやら含みのあるような口調で言う
(見りゃわかんだろ。開かないっぽいから人を呼びに行くんだよ)
『くっくっく……かっかっかっ……あーっはっは!』
セイファルが壊れた
(なにが可笑しいんだよ)
『よくぞ聞いてくれた!』
いや、なにも聞いてない
『ついに妾の力を見せる時が来たようじゃ』
はい?
『祭壇も生まれ変わり、少量ながらも魔素が回復してきておる。今ならば妾の魔法でなんとかしてやれるじゃろう』
(おお、なんか良い方法あんの?)
『任せておくがよい!』
胸を突き出し踏ん反り返っていたセイファルは俺の首を後ろから抱きしめる
(なにやってんの? 人に乗っかってる場合じゃないだろ)
『馬鹿者! こうして体を密着させねば意味がないのじゃ!』
なんの事だろうか? と、考えていると視界がゆっくりと下へと落ちる
(え!? ちょっ!?)
『大人しくしておれ!』
まるで底なし沼に落ちるように、俺の体は影の中へと飲まれていった
気がつくと見覚えのある景色が広がっていた。多少埃っぽい棚に物が無造作に並べられている。夜中のような暗さだが見えなくはないといったような状況だった
(ここは物置の中か?)
『ふっふっふ。これはな、シャドウウォークと言うのじゃ。影から影へと移動できる魔法じゃ! どうじゃ!? すごいじゃろう?』
ドヤ顔で踏ん反り返るセイファル
(そりゃいいんだけどさ。移動できても開けられなかったら意味なくね?)
そう言い扉に向かって鼻をクイっと向ける。どうやら部屋の隅に立てかけていた長い棒が取っ手のところに絡むように倒れていたせいで開かなかったのだ
あの高さでは俺は開けられない
『なるほどっ』
セイファルは手のひらを拳でポンと叩きながら納得する。なるほどじゃねぇよ
(まあ、最悪、今の魔法でまた出してもらえればいいか)
扉かあの棒は壊れてしまうだろうが、シュナイダーとかに無理やり開けてもらえればいいのだ
『む? 今日はもう使えんぞ?』
(使えないのかよ!!!)
『魔素が補充されるようになってまだ日も浅いんじゃ! 無茶を言うな!』
逆ギレされた。納得がいかない
『細かい事をグチグチ言っとらんでさっさと祭壇へと向かうぞ! ミルファとやらに開けてもらえばいいじゃろう!』
(セイファルは開けらんないの?)
『他に干渉するにはそれなりの魔素がないと無理じゃ』
(えー、俺には触れてんじゃん)
『お主が特別なだけじゃ』
なんの事かさっぱりわからん。単に面倒臭がって言い訳してるだけのようにしか聞こえない。とはいえ特別とか言われるとちょっと胸がキュンとしちゃう。くやしい
(まあ、いいや。とりあえずミルファを迎えに行こう)
そもそも奥にいるのがミルファかどうかもわからないのだが、不安を抱きつつも祭壇前へと向かった
祭壇前にはうずくまるようにミルファが倒れていた
(え!? おい!)
なにかあったのかと思わず駆け寄る。顔に鼻先を近づけると小さな寝息を立てていたのでホッとする
『寝てしまったのか、無理もない』
どういう事だとセイファルを見る
『見よ! この神々しいまでの神印の輝きを! このような場に居ては心も安らかになり寝てしまうのも無理はないというもの。そうは思わんか?』
……ほっとこう
視線をミルファに戻す。寝息を立てて眠るミルファの頬には涙が流れた後があった。こんな真っ暗な所に閉じ込められて不安だったのだろう
寝ているミルファを起こすのも忍びないと思いつつ、さてどうしたものかと考える。漠然と眺めていると気がついた事があった
うずくまって眠るミルファの腕と足の間にちょうど良い隙間があるのだ。あそこに埋もれたら気持ちよさそうだ。いや、気持ち良いのだ。気持ち良くないはずがない
ちょっと失礼とばかりに、のそのそと入り込む。この太腿が枕に丁度良さそうだ。若干、お尻回りが狭いか?
ミルファの腕の下にお尻を潜り込ませるように腰を振る
太腿に顎を乗せると、幼い卵肌が吸い付くように体を包み込む・・素晴らしい。体全体にフィットする肌の感触が癖になりそうだ。まるで俺の為に用意されたスペースと言っても過言ではない
『何をやっておる』
(え? いや……ちょっと……)
呆れたような顔で見るセイファルを他所に目を瞑る。少しだけこの感触を楽しんでから誰かを呼びに行けば良いだろう
気がつくと地面が見えた。徐々に鮮明になっていく頭で現状を思い出す
(物置に入ったら扉が開かなくなって……祭壇の所に来て……寝ちゃったんだ)
言いようのない寂しさと不安から寝てしまっていたのだ。目が覚めれば寂しさも不安もどこかに行ってくれるのではないかという期待もあった。もしかしたら誰かが探しに来てくれるかもしれない
だが、そんな当ては外れてしまった。誰も自分がいなくなった事には気づいていないのだろう。その程度の存在なのだ。忘れていた感情が沸き起こる
ふと腕から伝わる柔らかい感触と心地よい暖かさに気づき、なんだろうと顔を上げる
そこには寄り添うようにうずくまるカールがいた
まさかの存在に飛び起きる。同時にミルファの太腿を枕にしていたカールも飛び起きた
カールは何事だと回りをキョロキョロ見回している
「カール? どうしてここに?」
ミルファが話しかけるとカールはキョトンとした顔でミルファを見つめる。なにも喋らないその聖獣はじっとミルファを見つめていた
「私の事を探してくれていたの?」
カールはその言葉を肯定するように口を緩ませ息を荒くする
ミルファの心が暖かい何かで満たされる。カールは自分を見てくれていた。傍にいてくれた
両手を広げ、小さな胸にカールを抱き寄せる。誰かに必要とされるようになるのではない。カールにとって、カールに必要とされるようにならなければいけないのだ
決意が自然と体に現れ、抱きしめる力が強くなる。それでもカールはじっとそれを受け止めていてくれた。先ほどまでの寂しさと不安は消えていた
「ミルファ。ごめんね……怖かったよね」
リビングではマニーズがミルファを膝に乗せ抱きしめていた
閉じ込められたミルファと俺だったが、扉を壊す事も魔法を使う事もなく物置から出れた。なんてことはない、俺が吠えたらみんなが駆けつけてくれたのだ。シャールが来てくれたので、通訳してもらい、扉を固定していた棒をミルファに外してもらった
閉じ込められていた事をしったマニーズが自分のせいだと、先ほどから謝り続けているのだ
「私も一緒について行ってれば、こんな事にはならなかったのに」
「お姉ちゃん。大丈夫だよ? 私にはカールがいるもん」
ミルファが俺をみてにっこりと笑う。屈託のないその笑顔は何かが吹っ切れたような印象を受けた
俺は寝ている間にミルファの太ももを舐めたのがバレたのではないかと目を逸らした
長くなってしまいました・・
次回、新章の予定です




