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異世界冒犬譚  作者: さくら
君を照らす闇
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8話

宜しくお願いします

 何もない白い空間。足元は濃い霧が漂っていた


「あれ? ここどこだ?」


たしか、セイファルの神印を守ろうとしていたはずだ。それで……ああ、結局、俺は殺されたのか? ってことは、ここは死後の世界とかなのかな?


先の見えないその場所を宛てもなく歩く


『なんじゃ、それがお主の本当の姿か』


どこかで聞き覚えのある声に気付き振り向くと、そこには美しい姿のセイファルがいた。その姿は以前の幼い姿ではなかった


「あれ? セイファル? 体、元に戻ったのか?」


『うん? ああ、これはお主の中だからじゃろう。まだ力は戻っておらん』


中? 中とはなんだ?


『あ、カールだ!』

『あれ? カールだ?』


俺の頭の周りをユグラシル達が飛び回る


「お? お前らもいたのか」


『へんなのー』

『本当に人間だったんだね』


ユグラシル達の言葉に不思議に思い、そこでふと気がついた。手だ。視界に人の手、いや自分の手が見えた


「あれ!? 人間に戻れた!? おお! マジか!!」


思わずガッツポーツを取る


『ここはお主の精神だからな。お主の認識が反映されているだけじゃ。ふむ、お主には妾はこのように見えとるのか』


「え、そうなの? ってことは俺は犬のまま?」


『そうじゃ』


『きゃはは』

『カールは犬の姿がお似合いだね!』


どういう意味だ


『さて、いい加減起きてもらわんとな』


「どういうこと?」


『こやつらがはしゃぎ過ぎて手がつけられん』


その時だった。浮遊感に襲われた俺は霧の中を真っ逆さまに落ちていく


「うわぁぁぁぁ!!! 落ちる!」


次の瞬間、目の前には荒野が広がっていた。出来立ての荒野のような景色に目をぱちくりとさせる


『終わっちゃった』

『つまんないのー』


『これ以上、暴れられてたまるか! カール、大丈夫か?』


幼女姿のセイファルが俺の鼻先に顔を近づけ心配そうな顔をしていた。俺の体は犬に戻っていた


(ここは?)

「アォン?」


『ひとまず、戻ることにしよう。みなも心配してることじゃろう』


よくわからないままセイファルに屋敷へと促される。それにしてもこの惨状はどうなっているのだろうか。以前は森が広がっていたはずの場所が何もなくなっているのだ。それどころか地面の彼方此方(あちらこちら)に穴が空いている。この惨状は見覚えがあった。かつてスタックフォードでユグラシルと戦った後の惨状そのものだったのだ


(おい、ユグラシル。お前ら暴れただろう。どうすんだよ。これ)


俺の言葉を聞いたユグラシル達はなぜか腹を抱えて笑い転げている。何が可笑しいんだとセイファルを見るとどこか困ったような顔をしていた




 聖獣の帰還にその場にいる全員が膝をつき出迎える


(えーっと)


これはあれか、ユグラシルの仕業を俺がやったと勘違いしているのだろう


「カール様。今までの非礼をお許しください」


ホーケンスが突然仰々しく話しかけてきた


(え!? いや、別にいいんだけど)


「カール様? は本当に聖獣であらせられたのですね」


タウレ達までもが余所余所しい


(えーーっと?)


助けを求めるようにシャールを見た


「皆さん。カールが困っています。どうか今まで通りに接して頂けますか?」

「いや、しかし、それは……」


ホーケンス達は困ったように顔を見合わせる。俺も困る


「まあ、カールがそう言ってるんならそれでいいだろ。俺も堅苦しいのは苦手だ」


ホグツが我先にと立ち上がった

「お前はもう少し謙虚にしとけ」

それに続いてタウレが立ち上がると、全員が立ち上がった


恭しく祭り上げられるのは嫌ではない。これが異世界転生物の鉄板であるチートを授かり、無双する人生であれば是非ともそうしていただきたい。いやそうなるべきだろう。だが、勘違い系の展開は好みではないのだ


なので、神様のお友達だから大切に扱ってあげようぐらいで十分だ。それも贅沢か?


「カール様……」


屋敷の入り口から弱々しい男の声が聞こえた


「マスタ! 無事だったか!」


マスタが玄関先に立っていた。ホーケンス達が近づき、仲間の無事を喜ぶ


そうか、マスタって言うんだったか。人が増えすぎて名前と顔が一致しない


(おお、無事だったのか、良かった)


祭壇の入り口前で見張っていたのだ、あの後に暗殺者達に襲われていてもおかしくはない。いや、もしかしたらユグラシル達の暴走に巻き込まれた可能性も考えられた。なんにせよ無事で良かった。というか、祭壇を守ってくれていて感謝だ


(マスタは祭壇を守ってくれてたんだよ。暗殺者達が居てさ。俺はやられちゃったけど)


俺の言葉をシャールが伝える


「そうだったのか!! さすがだな!」


「え? いや……」


ホーケンスがマスタの背中を勢い良く叩くのでマスタが嫌がっているようだった。これだから体育会系は


ふとマスタの視線に気づく。なんだろうか? ……ああ、俺が先走ってやられちゃったのを申し訳なく思っているのかもしれないな。自業自得なんだが。一応聖獣だしな。フォローしといてやるか


守るべきは誰かが祭り上げた偶像……俺なんかじゃなく、自分自身で信じる仲間と、仲間が守ろうとする物を守るべきなのだ








 屋敷の外から先ほどまで聞こえていた騒音はなくなり、祭壇前は静けさが支配していた。立ち尽くすマスタはようやく解放されたように膝から地面に崩れ落ちた


それと同時に自分がしたことの愚かさを思い知らされた


あの犬、カールはユグラシル様の聖獣だった。それだけではない。自分が愛すべきセイファル様の聖獣でもあったのだ。自身が崇拝する神に楯突いたという事実がマスタの心を締め付ける


この時、マスタが冷静であれば、この場から逃げ出す事は容易かった。だが、もはやそれすらも考えられないほどのショックを受けていたマスタは罪悪感に押しつぶされそうになっていた


おぼつかない足取りで通路へと戻り外へと歩くと玄関の方から声が聞こえて来る。どうやら暗殺団は全滅したのだろう。それも当たり前かとため息をつく


帰るべき場所も許される事もないのだ。聖獣にすべてを明かされ、仲間達から罵られ、そして圧倒的な力の前に屈するしかない。だが、せめてセイファル様への気持ちだけはお伝えしたい。その気持ちだけを胸にマスタはみんなが集まるところへと向かっていった




 「マスタ! 無事だったか!」


馬鹿みたいに大きな声でホーケンス達が近づき労って来る。この後の展開を想像するとマスタは胸が苦しかった


その先には聖獣であるカールがちょこんと座りこちらを見つめていた。その全てを見通す瞳を見たマスタは覚悟を決め、全てを打ち明けようとした


「祭壇を守ってくださったのですね。カールがとても感謝していますわ。本来であれば、祭壇を守るのが最優先でしたのに……目の前の敵ばかりに気を取られてしまい、申し訳ありません」


突如、シャールという美しいエルフの少女が頭を下げた。何を言っているのだろうか?


「え? はい……はい。わかりました。マスタさん、カールからのお言葉です」


ついに来たかと身構える


「えっと……『あなたが守るべき物は何か、誰かが作った偶像か? それともあなたが信じていた物か。答えは明白だ。あなたの行動は正しい』だそうです」


にっこりと笑うシャールにマスタは唖然とする。そしてカールを見つめた。屈託のない全てを見通す瞳がマスタの心を優しく包み込んだ


「ひっ……」


目頭が熱くなり、涙がこぼれ落ちる

セイファル様を信仰し、暗殺集団に入り、裏切ろうとした自分をそれでも認めてくれたのだ。セイファル様を想う気持ちは正しいと。決して褒められた行動ではないのだ。この聖獣は一時でも剣を向けた愚かな自分を許し、認めてくれたのだ


その上で、このお方は聞いているのだ。お前が信じるのはセイファルか、セイファルを担ぎ上げる暗殺団かと


そんな物は聞かれるまでもなく決まっていた事だった。自分が守るべき物はセイファル様とその眷属であるカール様なのだ


「お、おい? 大丈夫か?」


突然泣き崩れたマスタを心配するようにホーケンスが肩を叩く。マスタは涙を拭うとしっかりとした足取りで立ち上がり、そして跪く


「カール様。このマスタ、身命を賭してその御身を護る事をここに誓います」



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