7話
宜しくお願いします
一刻も早くここから逃げるべきだ——
だが男の足は地面に根付いてしまったように動かない
「ウオォォォォンン!!!」
空気を切り裂く様な唸り声と共に落雷が仲間を襲う
どうなってやがる。なんでこんな化け物がこんなところに……
男は暗殺集団を率いていた。その実力は自他共に認められ、数多くの依頼もこなして来た。その経験と知識が大音量で警告を発していた。——このままでは殺されると
「ひっ、ひぃぃいいい!!」
仲間の一人が形振り構わずといった様子で逃げ出す。決して戦闘が初めての素人なんかではない、むしろ歴戦の猛者だ。そんな仲間が恐怖に駆られて逃げ出すほどの存在。それが今、目の前にいた
男は恐怖に駆られながらも必死に考えを巡らせ、逃げ果せる為の算段をする。もはや倒すという選択肢は消え失せていた
「左右に別れろ!! 森まで退け!!」
男の言葉に仲間が一斉に動きだす。冷静さを取り戻したのであれば逃げ果せることは可能なはずだ
「ぎゃぁあ!!!」
背後から仲間の断末魔が聞こえる。だが、振り返っている暇はない。立ち止まれば自分が死ぬのだ
——ッドォォン!! 「うわぁぁ!!」
——ッバァァン!! 「ぎゃっ!!」
背後から爆発音と共に仲間の悲鳴が聞こえる。なにが起きているのか。気になるが振り向いてはダメだ
「立ち止まるな! 走り抜けろ!」
男は見えない仲間に必死に指示を出す。森へ逃げれば、森へ。あと少しだ、森まで行けば……木々に紛れて逃げ出せる!!
その時だった
——ッズバァァァン!!!
突如、巻き起こる土埃に前が見えなくなり、その風圧に吹き飛ばされそうになる。腰をかがめ、顔を手で覆い必死に耐える
そして、やがて見えてくるその景色に男は絶望した
「な……んだ? これは……なんなんだよこれはぁぁぁ!!!」
あと数歩でたどり着けたはずの森。その森が消えていた
「グルルルル……」
背後から忍び寄る唸り声に男は振り返り、そして凍りついた
欲しがっていたおもちゃを与えられた子供。まさにその様相でユグラシル達ははしゃいでいた
それも無理はない事だった。思い通り……ではない、思っている以上に「この体」は素晴らしかった
『伝導率? がすごいね!?』
『あはは! なにそれー』
自分でもなにを言っているのかわからなかった。一つだけ確かなのはこの体がすごいというだけだ。『あははは! わかんなーい』
『おい! いい加減にせぬか!』
セイファルが焦りながら咎める
『セイファルもやってみなよ! すごいよ?』
その言葉にセイファルの心が揺れ動く。ユグラシルがここまで楽しそうにしているのだ。正直気になる
『じゃあ、ちょっとだけ。あくまでも後の参考の為にな!』
もはや自分に言い訳をしていた
『ほら! 逃げちゃうよ!』
ユグラシルに言われ、前を見る。数人の逃げ惑う人がいる。物は試しと脅かす程度の魔力を放つ。闇を圧縮し弾けさせ目くらましする魔法だ。神印が祀られたとはいえ、そこまで魔素の補充もできていない。これならばそこまで魔素を消費しなくて済むし、周りの被害は考えなくて済む
そう思っていた
——ッドォォン!!
『……は?』
予想とは大幅に違う現実にセイファルは唖然とした
『おぉー。セイファル、容赦しないねー』
『恐ろしい子……』
いやいやいや、おかしいじゃろ!
あまりの驚きと想定外の結果に声が出なかった。闇を圧縮して弾けさせるはずが大爆発が起きたのだ。逃げ惑う人間は元より、周りの木々までも吹き飛んだ
『ね? 楽しいでしょ』
『次は私! 私!』
ユグラシルがはしゃぐ傍でセイファルは顔を青褪めさせる。——この体は危険すぎる。まるで増幅装置のように力が何倍も何十倍にもなるのだ
『待て! この力はマズすぎるっ!』
そんな状態でユグラシルが本気を出せばどうなるかは安易に想像できた
大陸が消滅する——
ユグラシルを止めようとするも見えていた景色の変化に驚き声を詰まらせた
『おー! 飛んだ飛んだ!』
『へへーん! すごいでしょ! もっと早く飛べるよ?』
カールの体は宙を舞い、逃げ惑う人間を容赦なく吹き飛ばす
『あ、あいつ! 森の中に逃げる気だ!』
『にがさなーい!』
「ウオォォォン!」
カールの遠吠えと共に一陣の風が吹き、そして風は勢いを増した。次の瞬間、在るべきはずの森と山は消え失せていた
『やり過ぎちゃった?』
『私達の森がぁ〜……』
シャール達は目の前で力を振るう聖獣に目が釘付けになっていた
「カール……?」
「っ!? お嬢様!! お下がりください!!」
シャールはカールの傍に近づこうとする。その腕をエルロッテが引いた
「全員下がれ!」
その様子を見ていたタウレが怒鳴った。その圧倒的な魔力を感じ取り危機感を覚える
「レオン様!」
「う、うん!」
屋敷の前まで避難した一同は聖獣とはなんなのかを見せつけられる事となった
普段の愛くるしい姿とは正反対の恐るべき力。何度もシャールからカールは聖獣だと聞かされていたのだ。だが、あどけない顔を見ているとそれを忘れてしまう。それにカール自身が力を振るう姿を見た事は一度もない。それが余計にカールを聖獣であると言う事を忘れさせる原因でもあった
目の前の現実はその考えが愚かであった事を実感させられる
紛れもなくカールは聖獣、神の代弁者なのだと
その咆哮は神の雷を呼び、その一振りは全てを飲み込む風を呼ぶ。為す術もなく倒される暗殺者達を呆然と見つめる事しかできない
「一体なにが……」
シュナイダーは驚きと恐怖が入り混じったような様子で呟いた
「あの者達は触れてはいけない物に触れてしまったのです」
全員がシャールを見る。「カール様の……そしてユグラシル様の怒りに触れてしまったのです」
「本当に聖獣だったんだな」
ホグツが呟くと、タウレ達が頷いた
「カールは可愛いからね。聖獣って言われても、どこか信じてなかったのかもしれないね」
ネフティが申し訳ないように言った
「カール。怖い……」
リプシーが怯えるように言う
「大丈夫だよ。カールは優しいもん」
自分に言い聞かせるように、リプシーの肩をマニーズが抱いた
「ですが、あの力……ユグラシル様以外の魔素を感じます」
シャールが首を傾げる。カールはユグラシルの聖獣だ。当然その力はユグラシルのそれと同じはずだ
全員がカールを見つめる。すると漆黒の闇が凝縮し、そして爆発が起きた
「うわっ!?」
「全員掴まれ!!」
「きゃああ!!」
爆発に体が吹き飛ばされそうになり、屋敷の壁に全員が捕まる
「あの力は……闇の……セイファル様の力?」
マルゲーヌはセイファルの魔素を感じ取っていた
「そんな、そんなことっ!? ユグラシル様だけでなく、闇の女神であるセイファル様の聖獣でもあるということですか!?」
二人の神の聖獣、そんなことは聞いたこともない。シャールは叫ぶように聞き返した
「わからない。けど、あの力は間違いなくセイファル様のお力。闇の魔法だよ」
「どうなんだ?」
マルゲーヌの言葉を確かめるように、タウレはネフティを見た
「紛れもなく、私達と同じ魔素だよ。セイファル様の力だね」
力強く頷くネフティを見て、全員が体を固まらせていた




