5話
宜しくお願いします
一つの影が森の闇を切り裂くように進んでいた。一つだった影は二つ三つと増えていき、次第に大きな波となって森を包み込む。一つの影が手で合図を送ると森を覆い尽くしていた影が一瞬にして消える。屋敷を見下ろす崖の上で一つの影だけが残されていた
「今宵、遂に暗殺団復興の悲願が達成されるのだ」
男は屋敷から送られてくる合図をじっと待っていた
全員が寝静まった夜にホグツとタウレは数時間置きに屋敷周辺を見回りしている
「そっちはどうだ?」
タウレは松明を掲げホグツの顔を照らす
「静か過ぎるな」
ホグツは辺りを見回す。「来るかもしれんな」
「ネフティ達も起こしてくる」
張り詰めた空気を感じたタウレが屋敷へと歩き出した。その時、肌を纏わりつく風が流れる。タウレとホグツは顔を見合わせると、歩み始めたその速度を上げた
慌ただしい音に気付き顔を上げる。部屋の中は明かりのない暗闇だ。シャール達は静かな寝息を立てていた
「みんな! 起きな!」
静寂を破り、マルゲーヌとネフティが部屋に入ってきた
「マルゲーヌさん? どうされたのですか?」
目をこすりながらシャールが尋ねる
「襲撃があるかもしれない。今、タウレ達が様子を探ってるけど、たぶん間違いないよ」
その言葉を聞いた全員が飛び起き、身支度をするとリビングへと駆け出した
「みなさん!」
リビングではすでに男性陣が待ち構えていた。レオンが駆け寄ってくる。「襲撃がっ!」
想定はしていた事だ。だが、やはりいざとなれば落ち着いてもいられないのだろう。レオンはかなり挙動不審だ
「落ち着いてください、レオン様。冷静を欠いては敵に利を与えてしまいますよ」
エルロッテがレオンを嗜めるとレオンは恥ずかしそうに頷く
——ッガキィン!
外から鉄と鉄がぶつかり合う音が聞こえた。ついに襲撃が始まったのだ。俺たちは玄関へと急いだ
「ホグツさん!」
庭へとでるとホグツが数人の黒づくめの連中と対峙していた。シュナイダーとエルロッテが飛び出す
「こっちはいい! タウレのところへ行ってくれ!」
ホグツが怒鳴る。「門のところだ!」
シュナイダーとエルロッテが顔を見合わせ頷くとシュナイダーが屋敷の門へ駆け抜ける。それを援護するようにエルロッテがホグツの横へと立つ
「兵士さん共は裏口と池で交戦中だ! 裏口はいい! 池のほうに救援に行ってくれ!」
ホグツが大きな声で戦況を説明してくれた
「シグル! リプシー! オミロ! 私と一緒に! ミルファはシャールさんの傍へ!」
マニーズが子供達を引き連れて走り出すと、一人の暗殺者がそれを阻もうとする
——ッゴゥ!
「今のうちに!」
そうはさせまいとシャールが放った炎の壁に暗殺者はたじろいだ
シュナイダーが門へとたどり着くと、タウレと暗殺者達が戦っていた
「援護します!」
タウレに近づくと脇から影が飛び出してくる。キラリと鈍く光る剣を左手ではたき落とし、右手で剣を抜き胴を切り裂いた
「すまん!」
タウレは背中に感じるシュナイダーの気配に一安心するが、暗殺者達は数を増していくばかりだった
「ち、数が多いな」
すでに囲まれているのは明らかだった
「このままではまずいですね。一度全員と合流したほうがいいかもしれません」
シュナイダーの言葉にタウレは頷く「よし、池の方にいる兵士さん達と合流しよう」
池の周りでは先日派遣された兵士達が暗殺者達と交戦していた
「ハミング! 無理はしないで!」
年上らしき女性兵士が声をかける
「大丈夫です! レイア先輩とエル先輩を援護します!」
ハミングと呼ばれた女兵士は弓を構えて暗殺者達を睨みつける
「エル!」
レイアと呼ばれた年上らしき女兵士は横に立つ女性に声をかける
「大丈夫! 訓練の成果を見せてやるわ!」
エルが応え終わると同時に目の前に鈍く光る塊が現れた
——ッギィン!
「くっ!」
辛うじて剣で受け止めたと言った状況だった。街灯などなく、真っ暗な中で敵を視認するのもやっとなのだ。松明の明かりが照らしてはいるが視界が悪すぎる
「チェインライトニング!」
幼い声と共に稲光が迸る。先ほどまで感じていた剣の重みは消えていた
「皆さん!」
マニーズが声をかけ、シグルとリプシーが前に飛び出す
「助かったわ。でも、子供達まで……大丈夫?」
エルは素直に礼を言うと子供達を気遣う。いくらなんでも子供達を危険な目に合わせるわけにはいかない
「無茶はしないって約束したから心配しないで! シグル! わかってるでしょうね!?」
リプシーがシグルに言うと、シグルはバツが悪そうな顔をした。「わかってるよ!」
「前!!」
一人の暗殺者がシグルの前にゆらりと現れる。それに気づいたリプシーが声を上げた
「言われなくても!!」
シグルはしっかりと見ていた。暗殺者の剣をしっかりと躱し、反撃をする
——ッヒュン!
だが、それは空振りに終わる
「振りが大きいの直せって言われてたでしょ!!!」
シグルは一撃必殺に重きを置く傾向にあるらしく、一回の振りが大きくなりがちだ。それをシュナイダーに何度も指摘されているのだ。ここ一番というところでその癖がでた事にリプシーが怒鳴る
「うっせ!!! わかってる!!」
シグル自身もわかってはいた。だからこそ図星を突かれてムキになる
——ッドス!
暗殺者が距離を取ろうとするも、足に矢が刺さり膝をつく。マニーズの矢だ
「やあっ!!」
そのチャンスを見逃さずにリプシーが剣を突くが、敵も必死だ。首に突き刺そうとした剣は肩口に刺さる
「くっ!?」
食い込んだ剣はなかなか抜けない。リプシーは剣を離し、後ろへ下がる。追撃の恐れがある。だが、暗殺者はそのまま前のめりに倒れた
「大丈夫か?」
背後からシュナイダーとタウレが現れる
「師匠!!」
シグルが嬉しそうに声を上げる
「数が多い。全員が固まったほうがいい」
タウレが提案する
「ぐあっ!!」
後ろから襲いかかろうとした暗殺者が胸に矢を受け悲鳴を上げる
矢を放ったマニーズを全員が見ると、マニーズが頷き屋敷へと走り出した
シャールとエルロッテが暗殺者に遅れをとらないであろう事は想像はついていた。だが、それよりもこのホグツというおっさんだ。なんで田舎のおっさんがこんなに強いんだと舌を捲く
「おらぁ!!」
ホグツがまた一人の暗殺者を打ちのめし吠える
「負けてられないわね」
シャールの言葉を聞いたエルロッテの表情が引き締まり、負けじと暗殺者を打ち倒す
「おおぉ! 強いな! 姉ちゃん!」
ホグツが感嘆の声を漏らした。「こっちはさすがに歳だ……息が上がっちまいそうだ」
盗賊団にいたというのは伊達ではない。昔とった杵柄だろう。だが、歳とともに来る体の衰えは如何ともし難い。ホグツは肩を揺らし息をしている。
順調に敵を倒す中、ふと気づいた。そもそもこいつらの目的は神印のはずだ。その神印を守ってる人はいるのだろうか? 先ほどから姿が見えない兵士達が守ってるとか? あ、セイファルが自分で守ってるのかも?
『おお、なかなかやるではないか』
『ふふーんだ』
『これぐらい余裕だもんねー』
ふと声がする方を見てみると、ユグラシルとセイファルが何かやってる。どうやら暗殺者の一人で遊んでるらしい。何やってんだこいつら、ちゃんと戦えよ
あれか? 神ともなると人間共の争いなんて興味ないとかそういう系? お前の事なんだが
仕方ないと、腰を上げ、ひとまず神印の様子を見に行く事にした
誰もいない屋敷の中を一人走り抜ける。リビング手前まで来ると見慣れた顔が飛び込んできた。先日来た兵士の一人だ。誰だっけこいつ?
向こうも俺に気づいたようで驚いた顔をする
神印を守るためにここに残ってくれているのかもしれない。さすが皇国軍。ぬかりはないぜ
一安心したところで、来たついでとばかりに祭壇部屋の様子を見に行ってみる事にした。一応、見とかないと心配だし
階段を降り、通路を走り抜けると、見慣れた祭壇と——見慣れない黒装束の男達が目に入る。
(おい!)
「ワンッ!!」
思わず吠えてしまった。黒装束の男達がこちらを振り返る。一人は神印に手を伸ばそうとしていた。セイファルが喜んでいた神印。長い時間一人ぼっちだったセイファルにとって、この神印は特別なものだったはずだ。それを汚い手で触らせるわけにはいかない
俺は足に力を込めスピードを上げる
(汚え手で触んじゃねぇ!!)
足に噛みつこうとするが、噛み付くべき足が消え、頭部へと剣が振り下ろされた。
——ッガキン!
間一髪で避けると剣は地面に打ち付けられる。だが、次の瞬間、俺の横腹に衝撃が走る
——ッドスン!!
「キャインっっ!!!」
俺の体は弾け飛び、壁に激突し意識が飛びそうになる。俺は受け身も取れずに地面に無様に倒れた
情けなさに涙が出そうになる。結局、俺は弱いのだ。聖獣でもなんでもない。わかっていた事だった。漫画見たいな勇者にはなれないのだ
それでも、せめて目の前の大切なものだけでも守りたかった。だが、セイファルのために何もできない自分がいた
意識が薄れ、視界が滲んでいく。ちくしょう
顔を隠した暗殺者共のニヤつく表情が見えるようだった。自分の不甲斐なさを感じながら、俺は闇に包まれた
レオンのそばにいた犬が戻ってきたのは誤算だった。必死に神印を守ろうとしたのはさすがだが相手が悪かった。意識を失い倒れる犬を見てマスタはその忠誠心に感嘆する
だが、逆にこのまま生かしておくわけにはいかないとも考える。これまでの生活の中でこの犬の頭の良さは知っていた。もし生かしておけば、自分の事もバレる可能性がある
マスタは腰の剣を抜き、倒れた犬へと近づく
(恨んでくれるなよ)
見た事のない犬。これほど賢い犬を見た事がないマスタは少し戸惑いながらも手に力を込め、剣を振りかぶろうとした
その時だった。マスタの経験、知識、そして直感的な何かが全力で警告を発した
——動いたらダメだと。
犬の傍には見知らぬ少女が寄り添っていた。決して視線を逸らしたつもりはなかった。誰かが近づいてくれば気配でわかるはずだ。だが、その少女はマスタに気付かれる事なく——そこに居た




