閑話 エイムの過去
よろしくお願いします
アクアホルンにも奴隷制度というものは存在する。奴隷には二つあり、労働奴隷と犯罪奴隷に分けられる。労働奴隷に関してはいわゆる身売りで、報酬を前払いで受け取り、報酬分の金額を稼ぐ。多くの人がこれにあたる。もちろん人権も尊重されるが、法的に守られているわけではない。対して犯罪奴隷は犯罪を犯したものが課せられるもので、こちらに関して人権はあってないようなものである
エイムも自ら身売りをした一人だ。両親は健在であったが、父親が病気になり働く事が出来なくなった。兄弟が多かったエイムの家族を支えるのは母親の稼ぎだけでは苦しかったのだ。幼い兄弟を食べさせていくには女の身では難しい所がある
だが、逆に女だからこそ高値をつけてもらえる可能性が高い。そう考え身売りを決意したのだ
決心するのは早かった。だが、いざ奴隷商の所に行ってみると足が震えてしまった。いくら自分で身売りを決意したと言っても、見ず知らずの誰かの元に行かされるのは不安でたまらなかった。労働奴隷と言っても所詮は奴隷だ。悲惨な話は何度も耳にした
実際には悲惨な話は極わずかなのだが、自分の主人が決まるまでは暗い未来しか思いつかなかったのだ
だが、悲惨な未来を想像する日々は予想より早く終わる。エイムは早々に買い手がついたのだ
エイムを買ったのは冒険者の男だった。男は髭を生やし、歳もエイムの父親より上だとすぐにわかった。自分の父親よりも高齢な男の元に行かされるとわかった時は不安でいっぱいだったが、その不安は杞憂だった
元暗殺団のメンバーだった男は暗殺団を抜け流浪の旅をしていたのだ。逃亡の生活も一人だと十分に休むこともできない。で、あれば身代わり、もしくは自分が休む間の見張りとして労働奴隷を購入したのだ
元々はなにかあれば身代わりになってもらおうと思っていたのだが、男はエイムを一目見て考えを変える。ある意味一目惚れに近かった。性的なというよりも孫のような愛情をエイムに対して抱いたのだ
男はエイムを引き取ると自分の持てる知識、技術を教えた
暗殺者が自分の技術を人に教えるのは自殺行為に等しい。だが、それでも男はエイムに自身の全てを託そうとしたのだ
男には家族がいなかった。だからせめてエイムに自分がいたという事実、歴史、証拠を残したかった
まだ幼いエイムは水を吸い取るような勢いで男の技術を吸収していった
エイムと男の流浪の旅が2年ほど過ぎたある日、旅は突如終わりを告げる。男は流行病にかかる。高齢という事もあり、そのまま息を引き取った
居場所が無くなり、途方に暮れたエイムは宛のない旅を続ける事になる。もちろん家族の元へと帰る事も考えた。だが、男との旅で幾度となく暗殺者達と闘った事で顔を覚えられてしまった可能性がある。もし家族の元へ戻って暗殺者達が襲ってきたら・・そう考えると家族の元へと帰るのは気が引けたのだ
「分が悪いわね」
簡単な依頼だったはずなのになぜという心境でエイムは手前の通路を覗き込む
とある洞窟に取り残された人物の救出、もしくは遺品を持ち帰るだけだったのだが、洞窟に入ってすぐに後をつけてくる人物に気がついた
余計な接触は避けようと身を潜めやり過ごそうとしたのだが、それは叶わないとすぐに察した
後をつけてくる男達から漂う気配は紛れもなく殺気だったのだ。殺気を向けられた以上、エイムは剣を抜くしかないと覚悟し、仕留めた。だが、新手が現れたのだ
新手は四人組だった。かなりの腕を持っているようで苦戦を強いられていた
間合いの取り方がうまいのだ。エイムが進めば引き、エイムが引けば進む。その距離は常に一定で、飛び込むには遠すぎる距離だった
更には、四人の位置も問題だった。手前の男の様子を伺うように後ろの三人が常に位置取りをしている。仮に手前の男を倒せたとしても次の瞬間には後ろの男達がエイムを殺すだろう
数の差は絶対だ。一人が複数の人間に勝つというのは現実問題としてかなり難しい。よほど圧倒的な差がなければ数の差を埋める事はできないのだ
エイムは大きく深呼吸をし、かつて自分に技を教えてくれた男の言葉を思い出す
(数で負けているのであれば必ず数を同じにする。それができないのであれば逃げろ。時間をかければかけるだけ不利になる……だっけ)
うん、と頷いたエイムは身を翻し奥へと走る
奥へと進み、身を隠して襲うしかない
メントン・オーチュアは貴族の下男が行方不明になったと聞いて、とある洞窟へと訪れた
本来であれば下男の捜索をオーチュア家の当主自らが行うなどあり得ないのだが、下男の雇い主とは昔から懇意にしている貴族だった。またその下男は仕事も早いと目をかけられていたのだ。恩を売っておいても損はあるまいとこうして捜索を買って出たのだ
洞窟に入るや否や、メントンは異様な空気を察知する。前方で戦闘が行われているのだが、その一方の動きに感嘆したのだ
合理的で無駄のない動きは洗練されていた。きっと名のある冒険者かなにかだと思い、話しかけようと思ったのだが、その者はこちらに牙をむけてきたのだ
本来であれば、無理はせずに退くのが常なのだが、権より剣が好きなメントンはどうしても顔を見て、話がしたいと思ったのだ
安易な考えは手痛いしっぺ返しが来るとメントンはこの時学んだ
冒険者は逃げるように奥へと進む。メントンは精鋭の兵士を連れその後を追うが、一人、また一人と兵士達は倒されていくのだ。唯一の救いは死者が出ていないということだろう
三人目の兵士が怪我を負ったところでメントンは考えを改め追うのを止める
罠を張ることにしたのだ
だが、罠すらもまるでなかったように回避されたメントンは最終手段として、洞窟前に大勢の兵士を配置することにする。大人気ないとはわかっていたが、これほどまでの腕を持つ冒険者がどういった人物なのかが知りたかった
正直、すでに後に引けないといった感情の方が強いというのもあった
結果、エイムは百を超える兵士達に囲まれついに捕まってしまったのだ
「まさか少女だったとは……」
メントンは目の前にいる少女を見下ろし、開いた口が塞がらなかった。訓練に耐えた精鋭揃いの兵士達を苦しめたのが年端もいかない少女となれば誰もが驚きの声をあげる
「そなたは何者だ?」
何も喋ろうともしない少女にメントンは馬を降り、目線を合わせ言葉をかけるが少女は口を開かない
仕方なく、メントンは少女を家に連れて帰ることにした
侍女達の手によって身なりを整えられたエイムは部屋の椅子に座り居心地の悪さを感じていた
かと言って出歩く事も出来ない。部屋に連れて来られる途中、何人かの兵士を見ている。数は少ないが兵士の佇まいから相応の実力があるとエイムは理解した。あれでは逃げ出すのは無理だ
手持ち無沙汰になっていると、ふと視線を感じ廊下へと続く扉に目を向ける
開き切った扉の陰から可愛らしい少女がこちらを見つめていた
あまりの可愛らしさにエイムは一瞬見惚れるが、すぐに目を逸らした
タタッ!と音がした
少女はエイムの膝に手を置き興味津々と言った様子で顔を覗き込んでくる
「お姉さんはだれ? セレナと仲良くしてくれる?」
エイムの心にザラっとした感覚が流れ込む。この子はなにか嫌だった
関わりたくないエイムは顔を逸らす。すると、諦めたのだろうか、セレナと言った少女は部屋を出て行ってくれた
暫く居心地の悪さを持て余していると、ふとまた視線に気づく。もしやと思い視線を向けると、先ほどの少女が部屋を覗き込みもじもじとしている
目が合い、思わず目を逸らしてしまった
「これあげる!」
目の前に赤い小さな花が差し出される
「お爺様が育てたお花なの。仲良くしてくれる?」
差し出された花よりも可愛らしい微笑みを差し出す少女。先ほどよりも強い嫌悪感に襲われたエイムは咄嗟に左手でその幼い手を払いのけてしまった
赤い花が床に落ち、少女は花を見つめていた
泣かせてしまっただろうか? それでもよかった。どこかに行って欲しかった。この少女は自分を嫌な気持ちにさせる
セレナは花を拾い上げると無言で部屋を飛び出して行った
翌日、居心地の悪い部屋、居心地の悪い食事に辟易していると不意に目の前に白い花が差し出された
そこには無言で花を差し出すセレナがいた
「これあげるね?」
この少女はなんなんだ。あれだけの事をしてもなぜ近づくのか
「なんなの!?」
言いようのない感覚にエイムは思わず声を荒げてしまう
「赤いのより白いのが好きなのかな……って、青もあるよ? ……青いのが好き?」
まただ。この少女は自分を不快にさせる
拒絶しようとしても不快感は心に浸透し、胸を締め付ける。この不快感は知っていた。かつて感じていた感覚だった
不快感ではないそれがエイムの心に染み渡る
「お腹痛いの?」
セレナの声で自分が涙を流している事に気づく。なぜ? どうして? と目を擦るが、涙はとめどなく溢れる
「お花いっぱいあるよ? 泣かないで?」
花が欲しくて泣いているのではない。この子はなにを言っているのだろうか
すっと背中に回された小さな手にエイムは家族を思い出した。残してきた妹達。会いたくても会えない家族
エイムは人目をはばからずに泣いた
その長い時間、セレナはずっとエイムの側に居てくれた
「エイム! はやくはやく!」
「お嬢様。あまり走り回ると転んでしまいますよ?」
「あっちの綺麗なお花のところ!」
オーチュア家のメイドになって二年。エイムはメントンの孫であるセレナの専属メイドとなっていた
庭には優しい少女がくれた、思い出の花が今年も咲き誇っている
次回、新章になります




