10話
よろしくお願いします
エイミーは齢五十になるベテランメイドだ。十六歳の頃から母と一緒に宮廷入りした
それからずっと宮廷でメイドをしているが、メイドの中で一人だけ高齢な為、なかなか若いメイド達とも話が合わなくなってきていた
その為、四十七歳を過ぎた時に引退を考えていたのだ。そんな時にアイリス皇女の専属メイドを言い渡された
アイリスの事情を知っていたエイミーは面倒な事を押し付けられたと思いつつも、内心では他のメイドでは世話しきれなかったが私は違う、自身の能力を見せつけられる機会だと考えていた
実際にアイリスの世話をし始めるようになってそのプライドは打ち砕かれた
感情や言葉を発しない少女の世話をするのはとてつもない労力が必要だった。アイリスは決して喋れないわけでも感情がないわけでもないのだが、それが発せられるのは極稀なのだ
それでもそのわずかな感情を見逃さずに察知できたのは経験豊富なエイミーだからこそだろう
言葉を発しないアイリスにも慣れ始めたある日、事件が起きる
中庭で偶然出会った少女があろう事かアイリスに対して叱咤したのだ。驚きが勝ってしまい少女が立ち去るのを見ている事しかできなかったエイミーは憤慨しつつもアイリスの身を案じ、落ち着かせるように部屋へと案内しようとした
その時、奇跡が起きた
アイリスが言葉を発したのだ。感情はわずかではあるが、言葉を聞いたのは初めてと言っていいほど喋らなかったアイリスが喋ったのだ
そんな奇跡が起きた翌日、更に驚くべき光景をエイミーは目の当たりにする
目の前ではアイリスとその少女が会話をしている
こんな光景はアイリスに仕えてから初めて目にする光景だった。アイリスはまるで覚えたての赤子のように、まるで言葉を忘れていたかのように、拙くはあるが喋っていた
エイミーはその光景に目頭が熱くなる思いだった
「お見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ありません」
落ち着きを取り戻したセレナは出されたお茶で喉を潤すと、目の前で座るアイリスに頭をさげる
「いい……の。話して……?」
アイリスは首を振って言う。皇族に対してセレナの態度は無礼極まりない行為だった
だがアイリスにとってはそれは些細な事でしかない
それ以上になぜ目の前の美しい少女はこれほどまでに感情豊かなのか、その理由が聞きたかった
セレナは大きく深呼吸をして全てを話す
自分がいかに子供だったかという事
親の気をひきたいが為に癇癪を起こし、多くの人に迷惑をかけた事
その結果、誰からも疎ましく思われた事
新しい家族ができた事
その家族だけは自分を見捨てなかった事
その家族のおかげで素直になれた事
そしてその家族と引き離された事
行方不明になった家族を探している事
同族嫌悪は一転して親近感へと変貌した。同気相求めるとはこの事だろう。不思議とセレナはアイリスには本心を伝えていた
一方のアイリスはセレナの話をじっと聞き入っていた。まるで自分の事のように、身の上に立ってセレナの過去を体験していた
セレナの苦しみはアイリスの苦しみになり、セレナの幸せもアイリスは幸せに感じていた
熱し易いアイリスの想いが今まさに復活する
突如現れた王子は独り心を痛めていた少女を救い出す。そして少女と王子は幸せな生活を過ごすはずだったが時代の流れがそうはさせなかった。引き裂かれた王子ノクトとセレナ
こんな悲しい物語があっていいのだろうか。もう二度と悲しい想いはしたくない。私も立ち上がるんだ
目の前の少女の恋は実るべきなのだ
気がつけばアイリスまでもが大粒の涙をこぼしていた
「ア、アイリス様……?」
目の前で突如、泣き始めたアイリスにセレナは戸惑う
「辛い……想いをしていたのね……」
恋は美しいものではなかった
それを知ってからアイリスはずっと人を、恋を拒絶していた。そして目の前の美しい少女セレナもまた同じように傷ついた
それでも大切な物だけを信じている
「ノクト様を……見つけましょう」
「え……?」
「見つけ出してみせるわ……私も見たいの。貴方と貴方の想い人が手を取り、歩む姿を……」
「お、想い人ですか……?」
アイリスには見える。花の咲く丘の上で手を取り合う二人の男女。苦難の末に結ばれた二人はそこで永遠の愛を誓うのだ
——私も信じてみよう
アイリスは持っていたハンカチで涙を拭うと立ち上がる
「アイリス様、どちらへ?」
「お父様の所にいくわ……」
そう言いながらアイリスは扉を開ける
「っ!? アイリス様!? ど、どちらに!?」
扉の前で警護をしていた兵士達は部屋から出て来た主を見て驚愕する。アイリスが自らの意思で部屋を出るのは初めてだった
セレナ、エイム、エイミーはその光景を唖然と見守る事しかできなかった
「お、お待ちください! アイリス様!」
いち早く我に戻ったエイミーがアイリスの後を追いかけようとする
「あの……」
その歩みはセレナの言葉で止められた
「ノクトは犬なのですが……」
その言葉にエイミーの思考が追いつかない。「そ、その事はアイリス様にはご内密に……」
エイミーは青褪めながらそう呟いた




