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異世界冒犬譚  作者: さくら
交わる旅路
56/126

7話

よろしくお願いします

匂いがした。保護欲を掻き立てるような香りが鼻から心臓へと巡り、ぎゅっと締め付けられるような気持ちがする


「ただいまー!」


元気な声でシグル達が帰って来た。その声でシグルの機嫌の良さが伺い知れる。シグルは良い意味でも悪い意味でも感情がすぐに表にでるのだ


この声のトーンは相当機嫌がいいのだろう


今回はリプシーだけでなくオミロも同行しての出稼ぎだ。二人に格好良い所を見せる事でもできたのだろう


リビングで夕食の準備をしていた俺達の所へと駆けてくる音が聞こえる。今、リビングではシャールとマニーズ、それにミルファが夕食の準備している最中だ


「ただいま!」


リビングの扉を開けて二度目の挨拶をする。「おかえりなさい」


途端にリビングが心地よい喧騒に包まれた


「シャールお姉ちゃん! 後でもう一回魔法教えて!」


オミロが一目散にシャールに近づく


「どうしたの?」


その真剣な眼差しにシャールが若干後ずさる


「ここぞという時に魔法外してるんじゃあ、まだまだだよねー」


リプシーがわざとらしく鼻に付く言い方をする


「っ! 次はうまくやるよ!」


「私達がお膳立てしてあげたのに獲物逃しちゃうんだよ?」


なるほど、それであの剣幕なのか


「ほらほら、埃を落としてから!」


子供達はリビングに来るなり椅子に腰掛けるが、それをマニーズが甲斐甲斐しく世話をする。やはり大家族の中で育ってきたせいもあってか、マニーズは子供達の扱いが上手い


「はーい! マニーズお姉ちゃんも一緒にはいろ!」


リプシーはそういうとマニーズと一緒にリビングから出て行く


俺は先ほどから気になっている匂いの元へと歩み寄った。その匂いがなんなのかは頭では分かっていた。だが、なぜその匂いをシグルが放っているのかが疑問だった


セレナと同じ匂いをシグルの体から感じたのだ


ふんふんと鼻をシグルの膝の辺りに押し付ける


「怪我したの?」


俺の行動を見ていたエルロッテがシグルの元へとやって来る


「ちょっと転んじゃって。でもいいんだ。そのおかげであんなに綺麗な人から心配してもらえたんだし」


どこか遠くを見つめ始めるシグルはなんかちょっと気持ち悪い。手には何かを握りしめているようだった


「また会えないかなぁ」


そう言いながらシグルが見つめるのはまぎれもなくセレナのハンカチだった








突然現れた森の妖精にセレナは戸惑い、声を出せずにいた


だがよく見れば同じ人間だと気づく。あまりにも自然に溶け込みそうな佇まいに思わず人ならざるものかと勘違いしてしまった


「あ、申し訳ありません。あまりにも美しいお庭だったので勝手に入ってしまいました」


不思議な存在感に圧倒されていたセレナだが思い出したかのように慌ててスカートを持ち上げ挨拶をする


だが、少女からは何も返ってくることはなかった。機嫌を損ねてしまったのだろうかと考えるが、その表情からはなにも感情を察することができなかった


「お嬢様! アイリスお嬢様!」


少女の更に奥から年老いた女性の声が聞こえる。アイリスと言ったのだろうか? その言葉にセレナはクレドの言葉を思い出した。声を失った皇女。それ故にその存在を隠された皇女の話を。だが、なぜこんな所にいるのだろうか?


「おお、皇女様! ここにおられましたかっ!?」


現れたのは五十代を過ぎた年老いたメイドだった。メイドはセレナの存在に気付き、警戒心を露わにするが、すぐに冷静を取り戻し、深々と頭を下げた


「お見苦しい所をお見せ致しました。申し訳ありません」


「いえ、私の方こそ、勝手に入ってしまい申し訳ありません。申し遅れました。私はセレナ・オーチュアと申します」


「お話は伺っております。ですが、なぜこのような所においでなのでしょうか?」


「恥ずかしいお話なのですが、迷ってしまいまして……」


「左様でございましたか。それではそちらの扉を出て左に真っ直ぐ進みますと、階段が御座います。そちらを上がって頂き直進すると再度階段が見えますので、そちらをを下って頂ければ正面玄関となります」


「ありがとう。もう部屋に戻れないかと不安に思っていた所です」


「いえ、こちらは別館となりまして初めてのお客様は迷いやすい構造となっております。それではお気をつけてお戻りになられてください。 ……お嬢様。冷えてまいりましたのでお部屋へお戻りください」


メイドは再び頭を下げると、隣に立つアイリスの手を取った。だが、アイリスは眉ひとつ動かさずにそれを振り払うと近くの花を覗き込むように座り込んでしまった


「お嬢様……」


その様子をみたセレナは言い難い感情に胸がチクリと痛む。思わず口を開きそうになるがぐっと堪えた。誰かの行動を咎められるほど立派な人間でないことは自分が一番知っていた


来た道を引き返そうと振り返り、歩みを進めそして立ち止まった。再び振り返ると真っ直ぐにアイリスの側へと向かう


「アイリス様。辛い過去をご経験され心を痛めるお気持ちはきっと私のような者では推し量れないほどの物なのでしょう。貴方様のお気持ちがわかるなどとは思っておりません。ですが、貴方様を想い心を痛めている者達の心ならば少しは理解できるつもりです」


矢継ぎ早に言い放ち、大きく息を吸い込む。冷静になろうと思いながらも止まらない


「甘えないでください。貴方が思う以上に貴方を想う方は大勢いるのです。どうかその方達をこれ以上傷つけないで下さい」


言い終えるや否や、踵を返し逃げるように部屋を出て行く。言いようのない怒りと、感情のままに行動してしまった恥ずかしさ。二つの入り混じった負の感情で胸が痛くなり、ぎゅっと手で押さえた。そして気づく、これは同族嫌悪だと


かつての自分を見せられているような気がして居ても立ってもいられなかった。拒否反応から思わず体が動きそして口に出してしまった


穴があったら入りたい。今しがた起きた過去から逃げ出したい一心で歩く速度を速めるが、それとは裏腹に視界は滲む。遂に足を止めその場に座り込み両手で顔を覆ってしまった


「どうして私はいつもこうなの……」


傷つけることしかできない自分自身が嫌で嫌でたまらなかった。母の様に優しく、父の様に強く、そして自分を救ってくれたノクトのように誰かを守れる存在になりたかった。だが、結局は何も変わっていないのだと気づかされた。それが悔しくて仕方なかった








年老いたメイドは突然の出来事にその場に立ち尽くしていた


アイリスを探しに中庭へと来たが、そこにいた美しい少女が取った行動に口を開いて唖然とするだけだった


「アイリス様!」


メイドは思い出したかのようにアイリスに声をかける。今ので主の心が傷ついたのではと内心焦る。当のアイリスといえば、美しい少女が立ち去った扉を見ながら微動だにしない


「アイリス様? お戻りになりましょう」


顔を伺うもさしていつもと変わらぬ様子を受けたメイドは主を促しながら中庭を出ようとした


「今の人は誰……?」


再び聞くことは叶わないと思っていた。そんな主の声にメイドは驚いて振り返ることしかできなかった



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