6話
よろしくお願いします
馬車とそれを取り囲むように守る兵士達は皇都ドナーコニスに向かって走っていた。アウフヴィタから出立し5日ほど立つがこれと言った問題は起きていない。実際には狼やら小規模の山賊達の襲撃はあったのだが、護衛を務める若き貴族が優秀な為にさほど大事件として捉えられていないというほうが正しかった
「トリウム様! そろそろプロケンタスが見えてくる頃です」
一人の護衛が、馬に乗った若き貴族へと話しかける
「よし、今日はプロケンタスで一泊しよう」
「はっ!!」
トリウムは他の兵士達への指示をカーナルに任せると、自身は速度を落とし、馬車の脇へと馬をつける。それに気づいたのか、馬車から一人の少女が顔を出す
「トリウム様。どうかされたのですか?」
「セレナさん。この先にプロケンタスという街があります。今日はそこで休憩をします。明日にでも皇都に入りましょう」
「わかりました」
その言葉にセレナは同意するが、顔はどこか物憂げだった
「早く皇都へ行きたいのは私も同じです。ですが、セレナさんに何かあってはマーチル様は元より、父上に顔向けできません」
「あ、申し訳ありません。つい考え事を」
「大丈夫。ノクトは必ず私が見つけ出してみせますよ」
一ヶ月前に皇都へと運ばれたノクトが消息を絶った。その報を受けたセレナは最初こそ青褪めていたものの、周りに心配をかけまいと気丈に振る舞っていた。一方で両親のマーチル、使用人のエイム、そしてクレド、トリウムはセレナの態度に心を痛めていた。本来であれば罵倒されてもおかしくないにも関わらず、セレナはそれをせずにむしろクレドとトリウムの気を使っていたのだ
トリウムは父であるクレドと協力し、数名の兵士達に捜索を指示するが、有力な情報は入ってくることはなかった。一つだけわかったのが皇都近くで荷馬車の残骸が見つかっただけだった。その報せを受けたトリウムは単身で捜索の旅にでる決意を固める。だが、セクエンティア家の後継がそんなことをしては周りの貴族に顔向けができない。後継が気ままな旅などしては良からぬ噂が立ってしまうかもしれない
そこでクレドは今回の件に関するお詫びを兼ねて皇都に訪問するという体にしたのだ。それであれば自身の息子のお披露目、また社会勉強の為とでも言えばどうとでもなる
方針が決まりオーチュア家にその旨を知らせるとセレナが一緒に行くと言い出した
若き貴族の跡取りとオーチュア家の息女が一緒に旅をするとなれば、噂好きな貴族達の格好の的になるに違いなかった。だが、クレドはむしろそれを望んでいた。この美しい少女がトリウムと結婚すれば……だが。トリウムは奥手なのか一向にアプローチをかける気配がないのだ。これを機に二人の仲が近づけばという考えもあった
一方のマーチルとカノンはそんなことなど微塵にも考えてなどいなかった
たしかに一人娘を旅に出すのが危険な事は承知している。だが、ノクトがいなくなった報せを受けてからのセレナは見るに耐えなかった。常に両親と使用人達の気を使い、気丈に振る舞う生活。最愛の家族を失った悲しみを一度たりとも表に出すことはなかった
そんな時にクレド達からの捜索の話が出た瞬間にセレナが感情を露わにしたのだ。マーチルとカノンはそれを止めようなどとは一切思わなかったのだ
また、メイドのエイムが同行するという事もあり、セレナの身の危険という考えはそもそもなかったのだ
こうして話はトントン拍子に進み、準備を終えた一行は皇都へと向かった
プロケンタスで一泊した次の日、セレナ達は皇都であるドナーコニスへと到着していた。
トリウム達は謁見の為の手続きをしているので外出中だった。宮廷の一室を借りているセレナ達だったが、基本的に出入りは自由という事でエイムを伴って皇都の町を見学しに来ていた
「すごいわね」
アウフヴィタもそれなりに大きい町だ。流通も盛んなので様々な店が立ち並ぶ。だが、ドナーコニスは店の数云々ではなく活気がすごいのだ
「相変わらずここは騒がしいですね」
セレナが活気に気押されがちになっていると、エイムがぽつりと呟いた
「エイムは来たことがあるの?」
「はい、昔に少しだけ」
エイムがセレナの世話役になってから数年は経つのだが、今になって自分はエイムの事を何も知らないと理解させられた
「エイムは……」
昔は何をしていたのか? そう聞こうとして口を噤んだ。エイムは聞けば教えてくれるかもしれない。だが、今更過去の事を聞いてどうするのだと思い言い留めた
「セレナ様!」
思い悩んでいると突如、エイムに腕を引っ張られる
前方から走って来た子供とぶつかりそうになっていたのだ
エイムの咄嗟の判断で回避できたものの、子供の方はぶつかると思っていた対象が突然いなくなった為に一人で転んでしまった
「ごめんなさい。大丈夫?」
セレナは倒れ込んでしまった子供の前で膝をつき手を差し伸べる
「何やってんのよ! 走ったら迷惑だからやめろって言ったのに!」
友達らしき一人の少女が駆け寄って来た
「申し訳ありません。お怪我はありませんでしたかっ!」
少女はセレナに深々とお辞儀をし顔あげるが、目の前にあった美しい顔に思わず言葉を失った
「イテテ……びっくりしたぁ」
倒れていた少年は膝の泥を手で払いながら立ち上がる
「ば、ばか! 謝るのが先でしょ!」
少女は慌てて少年の頭を手のひらで引っ叩いた
「あっ! す、すいませんでした!」
「くすくす。いえ、こちらこそごめんなさい。考え事をしていたので気付きませんでした」
二人が息を合わせて頭を下げる様子にセレナは思わず笑ってしまった
「うわー、すげえ美人なお姉ちゃんだ……」
セレナの笑顔に見惚れながら少年は呟くと、すかさず少女がそれを窘めた。「ばか!失礼でしょ!」
「擦りむいてしまったようですね。これを……」
セレナは持っていたハンカチで少年の膝を拭く
「そんな! 綺麗な布が汚れてしまいます!」
「いいのです。怪我をさせてしまったのですから」
少女の言葉を遮りセレナは少年の膝をハンカチで優しく包み込む
「気をつけてお帰りなさい」
セレナが二人に言葉を掛けると子供達は再びその顔に見惚れていた
「ほ、本当にすいませんでした! ほら! いくよ! シグル!」
「お姉ちゃんありがとう!」
二人の子供は頭を下げると足早にその場を立ち去って行った
「よろしかったのですか? ハンカチをお渡ししてしまって」
エイムがシャールに問いかける
「いいのよ」
「こちらにおられましたか」
呼びかけられる声に振り向くと、カーナルが立っていた
「カーナルさん、どうなさいましたか?」
「トリウム様も戻られておりますのでお探しに参りました」
「お嬢様。今日は一度戻りましょう。また後日にでもご見学なされてはいかがでしょうか?」
「そうね。そうしましょう」
カーナルとエイムに促されて宮廷へと戻る。セレナはふと後ろを振り返り、どこか懐かしい感じのした子供達の背中を探していた
宮廷に戻ったセレナ達はトリウムから今後の予定を聞いた後、夕食までの時間を思い思いに過ごしていた。皇帝は多忙な為、面談は明日行われるとの事だった。それまで宮廷内はもとより、好きに出歩いても良いとの事もあり、セレナは初めて見る宮廷の中を散策することにした。宮廷から出なければ一人でも大丈夫だという事なのでエイムとは別行動である
「どうしよう……」
来た道を振り返りどうしたものかとセレナは思い悩む
先ほどから似たような場所を通ってばかりで、一向に見覚えのある場所に出ない。今、セレナがいるのは一階だ。自分の部屋に戻るには2階に上がらなければいけないのだが、先ほど階段を上った先はまったく見覚えがなかった。仕方なく一階に戻り、降って来た階段を探しているのだが、どこを通って来たのかがまったくわからない。外の景色も見覚えがなかった
「こんなに広いとは思わなかったわ。どこかに人がいればいいのだけれど」
もはや自分の力では部屋に戻ることは無理だと悟っていた。ひとまず進んで人がいれば聞けばいいし、もしかしたら知っている場所にでるかもしれない
不安になりつつも見たことのない景色の移り変わりが楽しく、また宮廷内ということもあり、迷子になった恐怖はなかった
通路を進むとT字路へと差し掛かる。前方は曲がり角になっている。もう一方は扉が見えた。特に何も考えずに扉のある方へと向かう。ずっと歩き回っているのも飽きたというのもあった。扉を開ければ人がいるかもしれない
上品な扉を開けるとそこは中庭のような場所だった。中央にはガゼポがあり、その周りを色とりどりの花や草木が多い茂る。手入れの行き届いた庭はもはや芸術であり、一つの世界を作り上げていた
「素敵な場所……」
その空間に入った瞬間に時間の流れが止まったかのような印象を受けた。思わず中央へと足を進めながらセレナはため息をつくようにぽつりと呟いた
ガゼポに入り、椅子に腰掛ける。座った後で勝手に座っていいのだろうかと思い悩むが、歩き疲れた事もあり、立つという選択肢は思い浮かばなかった
椅子に座り視線を泳がせる。その美しい人口的な造形と暖かい自然の造形が織り混ざった空間をただただ魅ていた
——ッガササ
心地よい静寂を打ち破る音に体が跳ね上がった
そこにはまるで花から生まれたばかりというべき美しい少女の姿があった




