8話
よろしくお願いします
セレナは冷静を保とうと目の前に注がれたお茶を口へと運んだ
居ても立っても居られなくなり、立ち上がると部屋の中を少し歩き、また椅子に座る。そして再びお茶へと手を伸ばす。同じ部屋にいるメイドのエイムも主人の行動に首を傾げていた
先日、部屋に涙目で戻って来た。何事かと思い問いただすが、なんでもないと返されてしまった。内心疑問に思いつつもその場はそっとしておいたのだが、翌日起きると先ほどからずっとこの調子なのだ
今日は皇帝陛下との面会がある。きっと普段慣れない事に緊張しているのだろうとエイムは考えた。少しでも気が落ち着かせられるようにと、本日四杯目となるお茶を注いだ
一方、セレナと言えば、先日の出来事を思い出し内心焦っていた
よくよく考えればとんでもない事をしてしまったのではないだろうかと。あろうことか皇女様にとんでもない暴言を吐いてしまったのだ
この事実が知れ渡れば、捕まるかもしれない。最悪、お家取り潰しもある
考えれば考えるほど、自分がした事は浅はかな事だったのだと自己嫌悪になっていた
——ッコンコン
扉をノックする音に心臓が飛び出しそうになる
「セレナさん。準備はよろしいでしょうか?」
トリウムの声に首を傾げる。準備とはなんのことだろうか
「皇帝陛下との御面会の事です」
表情を一切変える事なくエイムが教えてくれる
セレナは思い出したかのように椅子を立ち上がり顔を蒼褪めさせた
「その為に朝からご準備させて頂きましたが、お嬢様は上の空でごさいました」
ため息まじりにエイムが言い
「御面会の時は気を引き締めて頂かないと困ります」
と、続けた
「ご、ごめんなさい」
「トリウム様をお待たせするわけには行きませんので参りましょう」
セレナはバツが悪そうに扉の前まで進み、大きく深呼吸をすると扉を開けた
謁見の間に居た全ての人間がその少女に目を奪われていた
まるで物語で聞いたような美しい少女。そんな美しい少女の佇まいに貴族達はため息を漏らす
その隣に立つ青年も引けを取らない美形なのだが、少女の前では霞んでしまう
二人は玉座に座るポテアムの前まで来ると頭を下げ膝をつく
既にこの時点でセレナの頭の中は真っ白だった。勿論、家ではマナーや作法に関して教わっているのだが、先日の件も重なり考えがまとまらない
隣に立つトリウムの動きについていくので精一杯だった
そのトリウムと言えば、流石と言うべきだろう。謁見という重圧の中でも淡々と処世術を披露している
罪を問われるのではないかという不安、心の準備が出来ていないままの謁見、そして先ほどから話が全く頭に入ってこない。次から次へと耳を襲う言葉の波にセレナは戸惑い足が震えそうになっていた
「時にそちらの美しい女性はセレナと申したか」
自分の名前が突然出た驚きで飛び上がりそうになるが、辛うじて堪える
「は、はい」
名乗るべき所を返事だけで終わらせてしまうというミスを犯し、更にパニックになる
「ははは、そんなに固くならずとも良い」
先日の件について問われたらどうしようかと思い嫌な汗が背中を伝うのがわかる
「貴族の娘か?」
「はい、マーチン・オーチュアの娘です」
「そうであったか」
だが、焦るセレナの思いとは裏腹に他愛のない話だけが進んでいく
「これ程までに美しい娘を知らなかったとは余もまだまだということか。知っておればすぐにでも宮廷入りさせたのだが」
皇帝の言葉に貴族から笑いが起きる
宮廷入りとは、そのままの意味で宮廷に入り働く事だ。宮廷勤めは大きく二つに分けられる。掃除や身の回りの世話などの雑務を行うメイドや執事をする者。もう一つはその能力を買われ、宮廷で働く有力貴族の相談役やその子供の家庭教師などを行う者だ
後者でいえばシュナイダーがそれに当たる
前者、後者共に言える事はどちらにせよ、宮廷入りをした者はその後、成功の道が用意されているのだ。メイドのような者は宮廷で働いていたというだけで仕事に事欠かない。また、可能性は低いが貴族に目をかけられ妾にしてもらえる可能性もある
後者は貴族の子息から選ばれやすい。当然宮廷入りしたとなれば、周りからの評価も上がる。若い女性では婚期を逃すと思われがちだが、実態は逆だ。宮廷入りした娘となれば引く手数多になり、また皇国からの斡旋もありより良い婚姻が結べる。勿論皇族とだって夢ではない。宮廷入りはそれだけで一つのステータスなのだ
「勿体無いお言葉です」
「うむ。して、今日の本題は?」
数分のやりとりだったのだが、セレナは一日中パーティに出ていたかのような疲労感を覚えた
横でトリウムが皇帝と話し始める。それを見てセレナは内心で胸を撫で下ろした
「大変、お疲れ様でございました」
椅子に座るセレナをエイムが気遣う
「へとへとよ」
「今後はお嬢様もこういった機会が多くなりますので、慣れて頂きませんと……」
「慣れたくないわ……」
——ッコンコン
不意にノックがされる。誰だろうかと二人は顔を見合わせる。この後の予定は特にないはずだ
「失礼致します。セレナ・オーチュア様はいらっしゃいますか」
聞き覚えのない老いた女性の声。エイムは首を傾げるがセレナは声の主に覚えがあった
エイムが扉を開けると老いたメイドと兵士が姿を現わす
「セレナ様。ご同行願えますでしょうか?」
その言葉にエイムは振り返ると、椅子から立ち上がり青ざめた表情のセレナがいた




