10話
よろしくお願いします
地下の屋敷から出るとそこは丁度宮廷の真裏にある崖だった
町へと戻ってきた俺達は倒れたミルファを宮廷内の一室で休ませた後、一室を借りて今回の出来事について話をしていた
依り代と呼ばれる者が稀に存在する。そもそも神が実体を持って人の世に現れるには膨大な魔素を必要とするのだ。なのでおいそれと姿を現すことはできない。もちろん例外はある。例えば自身が司る存在に囲まれた場所。ユグラシル達にとっては森だ。それ以外の場所となるとその力は抑制され、本来の力は発揮できない。そこで必要となるのが依り代と呼ばれる存在だ。依り代は神と神が司る存在の魔素をつなぐパイプ役のようなもので、依り代がいれば神は一時的ではあるがその力を遺憾なく発揮できる
そもそもなぜユグラシルが使えない魔法を使えていたのかを問い詰めたところ、ミルファが依り代の素質を持っていたためだと言っていた
倒れたのも慣れない依り代としての仕事をした為との事で命に別状はないらしい
ユグラシルがミルファを媒体にしてあれだけの魔法を放ったのだから、相当体に負担になったのではないかと聞いたら
『わかんない』
『知らない』
と、返ってきたので、気軽に使うなと言ったら、言う事聞くから代わりに近くに置けとうるさくてしょうがない
「レオン、皇子様だったんだな……」
いつも偉そうに言うシグルだがさすがに声のトーンが沈んでいる
「ごめんよ。隠すつもりはなかったんだけど……」
「皇子様がこれ以上、私達なんかと会ってたらダメだよね」
いくらなんでも身分が違い過ぎるという事は幼い彼らでもわかっているのだろう。リプシーは目を伏せている
——ッコンコン!
「失礼します」
重苦しい空気が流れた部屋にシュナイダーが入ってきた
「皇帝陛下がお会いになられるとの事です。皆さまご一緒に来て頂けますでしょうか」
死者の女王カイラと対峙したとなれば国の一大事だ。レオンとシュナイダーは事のあらましを父親でもある皇帝に伝えたのだ
「僕達は牢屋に入れられちゃうのでしょうか……」
皇子が自らついてきたとはいえ、危険な目に合わせてしまったのだ、事と次第によっては罪を問われる事も想定できる
「それは大丈夫。そんなことは絶対に僕がさせないから。それにお父様もそんなひどいことはしないよ」
レオンは立ち上がると優しく微笑んだ
齢三十七を迎えたポテアム皇帝は目の前に現れた年若き集団を玉座の上から見下ろしていた
きつく眉を寄せ、精悍な顔をし、気高く逞しくもあり、権力を持つに相応しい雰囲気を放っていた
両脇には長い槍を掲げた兵士がその身を守りこちらの動きを見逃さないかのような鋭い眼光を向けている
俺達が膝をついている両脇には貴族のような人たちが立ち並び、皇帝と俺達の様子を伺っている
「面を上げよ」
自信に満ち溢れた低い言葉で皇帝が声をかける
もちろん俺は最初からお座り状態なので顔は上がったままだ
「レオンよ。そなた城を抜け出して町に出ていたそうだな?」
「……はい」
「市井の者達を気に掛けるその気持ちは汲もう。だが、だからと言って抜け出していい理由にはならんぞ」
「はい、申し訳ありません」
「うむ。さて、そちらの者達は?」
「はい、こちらは私を幾度となく救って頂いたシャール様とエルロッテ様です」
「お初にお目にかかります。シャール・クロスジェーダと申します。こちらは私の護衛をしておりますエルロッテです」
「クロスジェーダ? スタックフォートの守人殿のご息女か?」
「はい、守人は妹のレーナが跡を継いでおります」
シャールの言葉に周りが騒めき立つ。一応はシャールも王女様のようなものなのか
「静まれ。すまないな。そうかクロスジェーダの者であったか。リーブス殿とシェイド殿は息災かな?」
「はい、お蔭様で。失礼ですが皇帝陛下はスタックフォードにいらっしゃったのですか?」
「うむ。若かりし頃に一度訪問したことがある」
「そうでございましたか」
「して此度の件であるが、死者の女王カイラが復活していたとはまことか?」
「父上、事実でございます」
死者の女王カイラの復活。その事実に一度は静まり返った部屋が再び騒めく
「静まれ。だが、事実となればそなたらはその姿を見たのだな? よく無事に帰って来れたものだな」
「はい、私も一度は死を覚悟しました。ですが、シュナイダー、そしてここにおられるシャール様、エルロッテ様、さらにはカール様のお力もあり無事に生還できた次第です。もちろんこちらの子供達も勇敢に戦いました」
「ほう。それは見事だ。だが、カールとは?」
「こちらのお方です」
レオンはそう言うと俺の方に手を差し伸べた
「む……」
まさか犬がこんなところに居て、紹介されるなど思ってもいなかった皇帝は眉を顰める
「なんと、犬を連れてくるなど無礼にもほどがございましょう!」
取り巻きの貴族の一人が声を上げた
まあ、そうなるよな
『カールは無礼だね』
『私は知ってたよ?』
耳元でユグラシル達がからかってくる
うるせえよ。なんでだよ、俺は礼儀正しいだろうが
『僕らを傷つけたじゃん』
『傷ものにされたぁ』
え、まだそれ引っ張るの?
「失礼ですが、お言葉にはお気をつけになられた方がよろしいかと」
シャールがそういったことでその場の空気が張り詰める
「なんだと? いくらクロスジェーダ家の者と言えど皇帝陛下の面前であるぞ。そうか、エルフは確か獣と心を通わせることができるという……どうりで獣臭いと……その獣もそなたが連れてきたのであろう?」
シャールに窘められた事に腹を立てた貴族が見下すように言う
「どうやら皇国の貴族様達は礼儀と言うものを忘れてしまったようですね。私の事だけならばまだしもその発言はエルフの民すべてを侮辱すると受け取ってよろしいでしょうか?」
「ふんっ」
「先に申し上げておきますが、こちらにおられるあなた方が言う獣ですが、ユグラシル様の聖獣としてエルフの民達から愛されておられるお方です。今後はそのつもりで対応して頂けますか?」
「「「「なっ!?」」」」
ほぼ全員が、驚きの声で俺を見る
「なにを馬鹿な……聖獣が何なのかをわかっていっているのかね? ましてやこのような犬が聖獣などと……聖獣とはヨルーダ大陸におられるエーギル様の聖獣ヴェータル様のような方の事を言うのだ。そのような犬を聖獣などと……そちらこそ無礼極まりないのではないかね」
『あいつなんであんなとこに座ってんの?』
『えらそぉー』
ん? あいつ? 皇帝の事だろうか?
(そりゃ皇帝だしな。偉いんだろ)
『でもあいつエルフの裸のぞいてたよ?』
『いけないんだよねー』
ふぁっ!?
(ちょ、どういう事ですかね?)
『昔、大樹林に来た事あるって言ってたでしょ?その時にエルフの女達が水浴びしているところを覗こうとしてたんだよ?』
『覗く前にビビって逃げちゃったけどね』
皇帝……なにやってんだよ。気持ちはわからなくはないが
「そもそも聖獣であると証明できるのかね? できないのであれば侮辱罪で罪を問われることになるが?」
「っ!? あなたこそエルフを侮辱するのであればそれ相応の覚悟はできておられるのですか?」
シャールと貴族の言い争いは続いている。場の空気も悪いし、なんとかならないものだろうか
『やーい、えろえろ皇帝』
『えっちな皇帝は良くないとおもいまーす』
姿が見えない事を良いことにユグラシル達は皇帝の顔の前ではしゃぎ続けている
まてよ? その事を暗に伝えて弱みを握るって手はどうだろうか?
七代皇帝ポテアム・アラバスター
若くして皇帝になった彼は歴代もっとも優秀な皇帝として民に愛されている
大きな理由としてその外交力にある。スタックフォード、ヨルーダ、ノルベリン大陸とは歴史上幾度となく争いを繰り返してきた。だが、ポテアムが皇帝に就いてからは他の大陸との関係性が改善され様々な交流が図られている。その手腕に多くの民が信頼し敬愛しているのだ
だが、それは現皇后シータの存在によるところが大きい
シータはオストヴァイス地方出身の貴族の娘だ。才色兼備という名に相応しい彼女ではあったが、何よりも遊牧民の血を引く彼女の行動力には逸話が多い
十六歳になった折、ポテアムとの縁談が決まった際には皇国の元老院は元より、ヨルーダ、ノルベリン大陸からも反対の声が上がった
主に元老院からは身分の差、ヨルーダ、ノルベリンからはその優秀さ故に皇国の力が強まる事を恐れた為と言われている
相思相愛の仲にあった二人であったが、各方面からの反対により、ポテアムが婚姻を諦めかけるが、それに待ったを掛けたのがシータだった
シータは元老院、ヨルーダ、ノルベリン全てに自らが出向き、説得と言う名の脅迫を行い強引に婚姻の了承を得たのだ。その逸話は多くの書物に残されており、弁論学を学ぶ者であれば一度は読むべき指南書としても名高い
結婚してからもその行動力と頭の回転で夫を支えてきた。そんな史上最強ともいえる交渉手腕を持つ妻と毎日暮らしているのだから、嫌が応にもポテアムの能力は上がっていった
人を見る目、場の空気を読む能力を妻に鍛えられた彼であったが、今回ばかりは困惑するしかなかった
シャールというスタックフォードを代表する家の娘と臣下の貴族が目の前で言い争いを繰り広げている
いくら優秀なエルフの者といえどまだ年も若い、シャールを言い負かし、こちらを優位に持っていくのは簡単な話だ
彼女の言い分としてはこの場にいる犬は聖獣だと言うのだ。何を馬鹿なと言いたくなったがそこは堪える。感情で言葉を発するのは交渉の場では最大の禁忌だ。その過ちを犯したせいで何度となく妻に苦汁を飲ませられた経験を忘れてはいけない。例え相手が年端も行かない子供であっても慎重を期すべきだ
そしてそれが間違いではなかった事をポテアムは実感する
話の争点となっている犬を見れば見るほど本当に犬かと疑問が沸いてくるのだ。その動きはまるで二人の言葉を理解しているように耳を傾けているようだった
だが、時折見せるしぐさは犬そのものだ。やはり理解などしているわけがないと否定する
考えすぎかと思いつつ、そろそろこの言い争いも収めねばと考える。もちろんシャールという娘の言い分を聞き入れることはできない
そう思い口を開こうとした
「そこまで言うのなら…… え?あ、はい!」
口を開こうとした矢先にシャールが挙動不審になり独り言を始めた
「え……と? 皇帝陛下にでしょうか?」
こちらに水を向けるという事だろうか?それはそれで都合が良い。一人芝居を始める手合いは初めてだが
「皇帝陛下。カール様が皇帝陛下にお伝えしたい事があると申し上げております。よろしいでしょうか?」
なるほど、犬が言ったという体でなにか言うつもりだろう。滑稽ではあるが付き合ってみるのも面白い
「聞こう」
「ありがとうございます。えっと……『かつてお前が垣間見ようとしたエルフの花達は今も尚美しく咲き誇っている。失敗を恐れずに再び見舞える事をユグラシルは望んでいる』……だそうです。なんのことでしょうか?」
思いもよらない言葉にポテアムは首を傾げる
スタックフォードへ招待してこちらの態度を軟化させるというつもりだろうか。そうであれば回りくど過ぎる。何か言葉の裏に意味があるのかもしれない
垣間見ようとしたエルフの花とはなんの事だろうか?
エルフの花と言われ思いつくのはエルフィンリーフだ。だが、そのような物に興味はないし、わざわざ見ようとした覚えもない
かつて垣間見た……かつてというぐらいだから過去の事か? 過去に見ようとして失敗したとは?
過去に見ようとしたエルフの花。エルフの女性? 垣間見る……失敗?
「っ!?」
かつて垣間見る、エルフの花、失敗。なんの脈絡もないこの三つの点が線でつながり始め、あり得ない結論を導き出す
(馬鹿な! なぜそれを知っているのだ!!)
誰にも知られていない知られるはずもない若気の至り
そんな黒い過去を今日初めて会ったエルフの少女、いや犬の言葉によって突如掘り返された事でポテアムは気が付けば立ち上がり、顔を青褪めていた
(あり得ん! あの事は誰にも知られていない。余だけが知りうる事!)
そして冷静に考える。そんな事はあり得ないと、あり得るはずがないと自分に言い聞かせ深く深呼吸をすると二人の顔を交互に見る
シャールは何の事かもわからず、そしてポテアムが突然立ち上がった事に驚き戸惑ったような顔していた。それを見てポテアムはシャールが本当に意味も分からず言ったのだと確信し、一安心した
だが、もう一方のカールの顔を見た瞬間、青ざめた顔からより一層血の気が引いていく感覚を覚えた
大きく開かれたその目はポテアムの黒い過去を見透かすように真っすぐにこちらを見ていた
(まさか……知っていると言うのか!? 誰も知らない事実を知っている。という事はまさか……あの事も)
ポテアムはかつて幼少の頃、父に連れられてスタックフォードに訪問をしたことがあった。その時見たエルフの女性達は美しかった。いや美しすぎた。一瞬にして心を奪われたポテアムは彼女達のすべてを見たかった。だが、それは失敗に終わった。達成できない欲求は更なる欲求を生んだ。見れないのであればせめて彼女達が見につけている肌着を手に入れその温もりと香りに包まれたかった。その肌着は今も尚、青春の思い出として誰にも知られることなく、触らせることなく大切に保管してある
(それすらも見通していると言うのか……!?)
一方、カールは自身の行動は間違っていたのではないかと考え始める
人は誰しも言えない秘密を一つや二つ持っているものだ。確かに皇帝は覗きをしようとした。だが未遂だったのではないか? いや、未遂だったはずだ。ユグラシル達は覗く前にビビッて逃げたといっていた。つまり皇帝は自身の行動を恥じて、寸でのところで思いとどまったのだ
皇帝は覗きをしようとした。だがしなかった。それだけだ。そんなの若気の至り・・青春の思い出だ。男なら誰だって一度は考える
罪悪感を感じたまま皇帝を見る
所々、白髪が目立つ。三十七という若さで皇帝になって苦労したのが痛々しいほどわかる。その重圧たるや相当のものだったんだろう。それでも受け継いだ皇国という宝物を守るために必死で頑張ってきたのだ。あの白髪はその証拠に他ならない
そんな時、目の前に魅力的な女性がいたら誰だって心が揺らぐ。その誘惑を振り切るのは相応の覚悟がなければできない。皇帝は目の前の誘惑よりも受け継がれ続ける宝物を選択したのだ
それに比べて俺はどうだ? 二十六にしていまだになんの責任もないしがないプログラマーだ。十年後の俺は? 目の前の人みたいになれるか? 多くの人の幸せを願って、一時の誘惑を振り切れるか? 宝物って呼べる物を一つでも持っているか?
ちょっとユグラシルに仲良くしてもらって、周りが勘違いして、聖獣だなんだって持て囃されて、調子にのってたんじゃないのか? 自惚れるな祐一。お前はただの犬だ
俺なんかじゃ到底敵わない。自分の保身だけを考えた浅はかな俺があの人の宝物を壊しちゃいけないんだ。自分のためじゃない、多くの人の為にその身を削ってるんだ、些細な願いの一つ叶えたって良い。その権利がこの人にはあるはずだ
(なあ、シャール)
口は少し開いて舌が出ている、緩んだ口元が愛くるしい顔をしている。だがその黒い瞳は全てを見透しているのだ。ポテアムは畏怖を覚え身震いをする
今まで多くの重圧の中で人を見る目を養ってきたポテアムですら、その瞳の深遠の深さを測り切れない
「皇帝陛下」
圧倒的な重圧に押しつぶされそうになっていると、シャールが再び話しかけてきた
「カール様からのお言葉がございます」
その言葉に思わず身構えそうになるが冷静を装う。これ以上、惑わされるわけにはいかない
「申せ」
「はい。え……っと、『花は愛でるもの、恥じることはない。後悔は大切な宝物と共に大切にしまい、今を生きよう』だそうです……」
そもそもが間違いだったのだと気づく
ポテアムは駆け引きをしようとしていた。同じ土俵。いやむしろ相手をどこか見下してすらいた
だが、この犬はその聖眼ですべてを見通していた。土俵に上がれていないのは自分だったのだ
大切に保管してある存在すらも見透し、その上で言ってくれたのだ大切にしまっておけと……
一つの言葉がこみ上げる
全知全能
(余の完敗だな。いやそもそも勝負になどならなかったのだ)
「貴様。皇帝陛下に無礼な事を申し上げたのではあるまいな!」
突然のポテアムの行動に周りの者達も何事かと騒めき立ち、件の貴族が言葉を荒げた
「黙らぬか!」
全てをその聖眼で見透かされたポテアムはむしろ清々しい思いだった。これ以上、この聖獣の前で見苦しい真似はしたくなかった
「こ、皇帝陛下? し、しかし」
疑うまでもない聖獣になんと申し上げたらいいのか……だが、聖獣として認めるとなれば国として動かなければならない。いくら皇帝といえどおいそれと決めるわけにはいかない
「シャール殿。我が臣下の無礼は余の不徳と致すところだ」
「「「「っな!?」」」」
その言葉を聞いたすべての者が驚きを隠せない。皇帝自らが謝罪の言葉を示すなど本来あり得ないのだ。貴族の者達はこれ以上ないというほどに顔を青くさせている
「我々としてはカール殿が聖獣かどうかの判断がつかない。だが、このポテアム・アラバスター。全身全霊をもってそなたらを歓迎しよう」
ポテアム・アラバスターとして、一人の男としてこの者達を歓迎しよう。そう決意するのであった




