9話
よろしくお願いします
ミルファは孤児である。物心ついた頃にはドナーコニスの孤児院で暮らしていた。両親の顔すら覚えていなかったが、どことなく自分が人と違う事は幼いながらも理解はしていた
耳の形が違う事と他の子供達とはかけ離れた容姿から孤児院の子供達から苛められたのだ。他の子供たちと違って自分の耳は少し尖っていたのだ。そんなミルファは孤児院でも独りぼっちだった
ある日、隠れて遊んでいるときに見たことのない大人が話しかけてくれたことがあった。なぜ一人で遊んでいるのかと。怖さもあったが話しかけてもらえて嬉しかったミルファはその大人に事情を話したところ、変性の魔法で耳をみんなと同じにする方法を教えてもらった。本来、姿を変える変性の魔法は中級魔法なのだが、ミルファは難なくそれを使いこなした。みんなと同じ耳に喜んだミルファは喜々として孤児院に戻ったが、返ってきたのは更なる苛めだった。気持ち悪いと罵られたミルファは心を閉ざし、誰にも迷惑を掛けないようにと一人でいる時間が長くなっていった
そんな中、ミルファにも里親が現れる。引き取られたミルファは義理の両親の元で家の手伝いをしたりして過ごした。里親はひどい親ではなかったが良い親とも呼べなかった
あくまでも仕方なくという感じで引き取ったのだろうか。それならば最初から引き取らないでほしかったと考えたミルファだがそれでも黙々と親の手伝いをした
里親に引き取られた後も一人でいる時間は増える一方だった
そんなある日、一人の少女に声をかけられた。リプシーと名乗った少女は遠巻きに苛められていたミルファの前に立ちふさがり、苛めっ子を追いやったのだ。その姿を見たミルファはリプシーに憧れた
2人はすぐに仲良くなり、更にはシグルとオミロとも友達になれた。生まれて初めてできた友達に囲まれミルファは幸せだった
それと同時に自分が情けなくもあった。いつも皆を引っ張るシグル。皆が知らない知識で色んな事を教えてくれるオミロ。いつも優しくて守ってくれるリプシー。皆のお兄さん的存在のレオン。そんな4人の為に何もしてあげられない自分が悔しかった
ある日、オミロとレオンが一匹の犬を連れてきた
元々、動物が好きだったミルファだが、その犬には不思議と心が惹かれた。うまく言葉には表せないが、包み込まれるような。大好きな森の中に居るような気持ちにさせてくれる犬だった
今回、洞窟にみんなで探検に行くと聞いた時、ミルファは行きたくなかったのだが、その犬が一緒にいくと聞いた瞬間についていこうと決めたのだ
今、目の前で起こっている現実にミルファは目を背けていた
物語に登場する恐ろしい死者の女王が目の前に現れ、皆を殺そうとしている。怖くて立っていられないほどの恐怖を前にシグルもリプシーも勇敢に戦っているのに何もできない自分がいた。いつも助けてくれる友達。独りぼっちだった私を仲間に入れてくれた友達。そんな友達が傷つくのを見たくない
——私も戦うんだ
『あれ? この子珍しいね』
『ほんとうだー』
決意を胸に顔を上げると、ふと聞き覚えのない、どこか懐かしい声が耳に入った
『この子、依り代じゃない?』
『すごいねー』
妖精が目の前にいる。そう思った次の瞬間、体の中心が温かくなっていった
圧倒的な絶望は圧倒的な暴力によって塵と化した
『きゃはは』
『ずるーい。私にもやらせてー』
俺は目の前ではしゃぐユグラシル達を呆然と見つめる事しかできなかった
カイラが大量の化け物を召喚し、絶体絶命かと思った矢先、先ほどまでぐったりしていたはずのユグラシル達が突然暴れだしたのだ
もはや意味が分からない
魔素が切れたといって寝込んでいたのは仮病だったのか?
いや、あの時、たしかに辛そうな表情だった
それが今では嘘だったかの様に部屋を飛び回っている
それだけでなく、かつて俺に放ったあの台風の塊みたいなのをこれでもかと放ち暴力の限りを尽くしているのだ。まさにチート。醜悪な化け物といえどあれを食らってはひとたまりもない。体を拉げられ、壁に打ち付けられていく様はまるで使い終わったボロ雑巾を捨てているかのようだ
一体相手にあれだけ苦労したのが馬鹿らしくなってしまうほどだ
それと同時に不安がよぎる。いくら広い部屋と言ってもこの乱打はやばいんじゃないだろうかと思い俺は後ろを振り返る
シャール達まで巻き込んでしまっては元も子もない。というか絶対に巻き込んでるだろ
だが、予想とは裏腹にシャール達は立ち尽くしたままこの惨状に魅入っていた。もちろんかすり傷一つない
「カ、カール? これはあなたがやっているの?」
シャール達から一歩前に出た格好で俺は立っている。つまりシャール達からはまるで俺がこの惨状を生み出しているように見えるのだろう
(いやいやいや! 俺じゃないから! ユグラシル達が急に元気になって……)
「そ、そうよね。それにしてもこの光。私達を守ってくれているのね。ユグラシル様のお力はいつも驚かされるわ」
「あ、あのぉ。一体何が起きているのでしょうか?」
俺とシャールの話にレオンが疑問を投げる。レオンからすればシャールが独り言を言っているようなものなのだが
「ご安心ください、レオン様。カールの傍におられるユグラシル様がそのお力を発揮されているようです」
「え……と? え!? ユグラシル……って!?え?」
突然の名前にレオンは目が点になってしまう
あの姿と言葉からつい勘違いしてしまうが、エルフにのみ信仰されているとはいえユグラシルは神の一人なのだ。その存在は様々な奇跡をもたらす。祈りを捧げれば恩恵を授け、時には容赦のない仕打ちを与える。アクアホルンにおける絶対的支配者の一人。いくら分身とはいえその力に陰りはない・・
いや、陰りがあるはずだったのだ。というか本人がそう言っていた。魔法は使えないと
それが嘘のように魔法を何度も放っているのはどういうことだろうか?
流石にこの状況ならカイラすら余裕なんじゃないだろうかと、目を向けるが、そこには黒い霧を身に纏った骸骨がいまだに空中に漂っていた
両手を左右に広げユグラシルの魔法に抵抗しているようだ
この場合、カイラ相手に無双しているユグラシルが凄いのか、ユグラシル相手に耐えているカイラが凄いのか
ここまで来るともう訳が分からない
『くすくす』
『頑張ってるね?』
《星と自然を司る神がなんでこんなところにいるのかしら?》
『僕らはカールと一緒だよ?』
『カールが行くところに私達はいるよ?』
《カール? そこの誰かってことかしら? まあいいわ。さすがに力が戻っていない状況で貴方のお相手をするのは苦労するわね》
『逃がさないよ?』
『もっとあそぼー』
《申し訳ないのだけれど、子供は嫌いなの》
部屋が黒い霧に包まれる。だが、霧は風によって一瞬にして晴らされた
『あれ? にげられちゃった?』
『ちぇー、つまんないのー』
先ほどまでの力の暴走による騒がしさは瞬く間に消え、静寂が部屋を支配する。はしゃぎまわるユグラシル達を尻目に誰も言葉を発することができなかった
「つ、つまり、カールはユグラシル様のご友人という事ですか?」
シャールの話を聞いたレオンがその顔を青くしながらこちらを見る
「はい、エルフの民からは聖獣として敬われ、私達はその身をお世話しています」
なんだろうか、とても体がむず痒い
「申し訳ありません! そのようなお方とは知らずにご無礼を!!」
突然、レオンが俺に向かって深々と頭を下げる
「カールってすごい犬なの?」
話についていけていないのだろう、リプシーが疑問を投げかける
「ばか! 犬が偉いわけないだろう!」
シグル、お前はもっと俺を敬え
「でも、洞窟でうんちしてましたよ?」
おい! オミロ! それは言わなくてもいいだろ! お前だってうんこぐらいするだろうが!
「なんでカールはうんちする時、切ない顔するの? 聖獣だとそうなの?」
ちげえよ! そんな顔してねえよ!
(シャール。レオンにそういうのいいからやめてって言って……)
一方では深々とお辞儀をされ、一方では俺の恥ずかしい行動を暴露するというわけのわからない状況に耐えられない
「レオン様、お顔をお上げください。カールはそのような事を望んではおられないようです」
「で、ですが! 聖獣といえば……」
アクアホルンには八人の神がいる。その存在は多くの書物に描かれているのだが、その傍らには神が従える獣が描かれていることがある。それが聖獣だ。現在ではヨルーダ大陸に聖獣がいると言われているが、その姿を見た人物は多くはない。聖獣は神の代弁者、代行者とされ、その言葉は神のそれと同義であるともされている。本来であれば聖獣は相応の場所で保護されるべきはずなのだ
レオンは目の前の聖獣らしからぬ犬を困惑した目で見つめる。姿形だけを見れば到底聖獣などとは呼べない犬なのだ。だが、目の前の犬が聖獣なのは先ほどの事から事実だと理解している。あの死者の女王すら退けたのだ
そもそも聖獣と呼ばれる存在に出会ったこともないレオン達はどのように接すればいいのかがわからない
「カールは今まで通りで良いと言っています」
「は、はあ」
「レオン様。カイラが逃げたとは言え、ここが安全とは限りません」
シュナイダーは辺りを警戒しながらもレオンに進言した
「ミルファっ!?」
突如、リプシーが叫んだ
「ミルファが! 突然倒れて!!」
ミルファはまるで糸が切れた人形のようにリプシーに抱えられていた
「急いでここから出ましょう!」
シャールが駆け寄ると、シュナイダーも駆け寄りミルファを一抱えすると、通路へと飛び出す
それに続いて全員が部屋からでたので俺もついていこうと歩き出す
『ねえ、カール』
(うん?)
少年ユグラシルがなにやら言ってきた
『あの子、傍に置こうよ』
『あの子、カールのお世話させようよ』
何言ってんだこいつら




