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異世界冒犬譚  作者: さくら
正義の味方
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8話

よろしくお願いします

 シグルは呆然とその光景を眺めていた。両親、大人達から散々聞かされていた恐ろしい死者の女王カイラが目の前に立ち、この世のものとは思えない醜悪な化け物を従え襲ってきているのだ。だが、怖さで動けないのではなかった。むしろ逆だった。そんな醜悪で恐ろしい化け物に臆することなく立ち向かう一匹の犬に目を奪われていた


乱暴者で手を焼くクソガキ。そういつも大人達に言われていた。そんなシグルにも友達ができた。家の前の階段で座り込み本ばかり読んでいる少年。少年はオミロと名乗り、シグルに本を勧めてくれた。最初は乗り気にならず、拒絶していたのだが、初めてできた友達に嫌われたくなかったシグルは一冊の本を借りた。火の伝承という本だった。十四英雄の一人サルジアスフレイの伝説を物語風に描いた本だった。夜中に部屋で読んだ瞬間、不思議な引力に吸い込まれるように時間を忘れて読みふけってしまった。英雄は力を得て大切な人を護りながらライバルでもあり友でもある他の十四英雄と切磋琢磨する。そして英雄であるが故の苦悩と挫折。物語の最後はそんな英雄達が死の神々であり、裏切りの神マグナスを打倒すシーンで終わるのだ。その英雄の一つ一つの描写に感動し心が震えた。いつか自分もこんな英雄になりたいと。誰かの正義の味方になりたいと心から思った


英雄になりたいと決めたシグルは早速行動に移す。オミロと二人でスターアビシオン団を作った。力と希望を司る神アビシオンから取った名前だ


だが、悪い奴らは現れることもなく、いつもと変わらない日常だけが過ぎて行った


だからこそ物語への想いはより一層募っていった。毎日のように空き地でオミロと物語について話し合ったり、英雄ごっこをして遊んだ。友達も更に増えた、リプシーとミルファだ。そんな中に舞い込んだカイラ復活の話。シグルはようやく現れた悪い奴らに期待を募らせたのだ。自分の物語が始まるのだと


現実は物語の様にはいかなかった。ブロウガルをなんとか倒したものの、物語のそれとは違い情けない戦闘だった


物語の英雄は敵の剣を軽々といなし、渾身の一撃を決め止めを刺す。実際のシグルは無我夢中で切り付けただけの無様なものだった


現実と理想に幻滅する間もなく本当の恐怖が姿を現した


死者の女王カイラは無数のブロウガルを操り襲ってきたのだ。その光景に恐怖で体が動かなかった



物語の英雄なんてなれっこない。みんなここで殺されるんだ



そう諦めかけたシグルを否定するかのように一匹の獣が闇を切り裂いた


手も足も出なかった死者の女王に勇敢に立ち向かい立ちはだかる一匹の犬に目が奪われた


大切な人を護り、死の神マグナスを倒す英雄サルジアスフレイ


そんな英雄の背中を目の前のカールの背中にシグルは見た。だが、すぐに首を振り現実を見る。犬が英雄なわけがないと


それと同時に悔しさがこみ上げる、なぜ自分はここで見ているだけなのだろう、カールは新人でしかも犬だ。犬にできて自分にできないのが悔しかった


シグルはぎゅっと手に持った剣を握りしめる。不思議と足の震えは止まっていた




*********************************************




 洞窟の部屋へとやって来たシャール達は周りをくまなく調べ、魔法の痕跡を見つけた。この世界の魔法は様々な種類があるが、大きく分けると二つある。詠唱後にすぐに発動する瞬時魔法と詠唱後に何らかのアクションを加えることで発動する設置魔法だ。設置魔法に関しては魔素の込め方や魔法陣の書き方が複雑な為、初心者では到底扱えない。簡易的な者であれば中級者でも可能ではあるが、ここで発動した魔法はそれを上回るほど精巧な魔法陣だった


「これは、凄いわね」


そんな魔法陣を目の当たりにしたシャールが感嘆の溜息をもらす


「二つの魔法を組み合わせた設置魔法なんて見たことないわ」


今回使用されたのは認知遮断と転移の魔法だ。そのいずれもが上級魔法であり、それらを組み合わせるとなると膨大な魔素とコントロールが要求される


「レオン様はここで消えてしまわれたのです」


「恐らく、どこかに転移させられたのね。方法がないわけじゃないけど……」


「本当ですか!?」


「でも危険よ?」


「危険は承知の上。レオン様をお助けに行かなければっ」


「この魔法陣はまだ生きてるわ。なので魔素を込めればもう一度使える。でもどこに飛ぶかは未知数よ。それでも行く?」


必ずしも同じ場所に行けるとは限らない。だが、レオン達がどこに行ったのかも分からない以上、賭けるしかない。シュナイダーとエルロッテは無言のまま頷く


「はぁ、私達もカールがいる以上、行かないわけにはいかないわね。わかったわ、行きましょう」


シャールが魔法陣に手をかざし魔素を流し込むと、次第に壁に掛かれた文字が怪しく光り始め、そして部屋は黒い霧に包まれた





 「ここは?」


霧が晴れると三人は地下通路のような場所に飛ばされていた


「ここは、どこかの屋敷でしょうか?」


エルロッテは剣に手を当て周りを警戒する


「あれは!?」


シュナイダーが前方へと走り出す。通路の先の壁にある紋章に見覚えがあるようだ


「これは、皇国の紋章……ここは皇都なのか?」


「皇都にこんなところがあるの?」


シャールは先日宮廷に行っているのだが、こんな古びた通路は見かけていない。広い宮廷のどこかなのだろうかと首を傾げる


「いえ。私もこんな場所は知りません」


シュナイダーは宮廷に何度も出入りしているのだが、このような場所は見たことがないと言う


「この先にカール様とレオン様がおられるのであれば、急ぎましょう」


ここがどこなのかも気になるが、カールとレオンの救出の方が優先だ。エルロッテは剣を抜き二人を見つめる


三人は頷き通路の先を目指し走り出した




*********************************************



 正直、失敗した。あの攻撃は絶対必殺の不意打ち攻撃でなければならなかったのだ。威嚇のつもりで放った一撃はカイラを激昂させ本気にさせてしまったのだ。その結果、醜悪で俊敏な化け物を召喚されてしまった。先ほどの動きを見る限り俺では到底太刀打ちできない存在なのは明白だろう。やつは壁に張り付いたままこちらの動きを品定めする様に見つめ、襲い掛かるタイミングを見計らっている


「シャァァァァァ……」


いびつな口から長い舌が蛇のようにうねりながらこちらを威嚇している


化け物の足にぐっと力が込められたのが見え、そして消える。次の瞬間には俺の鼻先に奴の顔があった



あ、これやばい。死んだ



そのスピードは何とか捉えられたものの反応まではできなかった。反応したくてもまるで金縛りにあったように体が動かない


醜い口が大きく開かれ俺の顔を丸のみにする



——ッザシュ!!



「うわああああああああ!」


幼い掛け声に硬直していた体がぴくりと反応し、金縛りが解けた


シグルが小さい体で化け物の体に切りかかったのだ



(ナイス! シグル!)



「仲間を護るんだ! 俺たちはスターアビシオンだ!!!」


シグルの絶叫にも近い声にほかの子供たちの目から絶望の色が消え始める


「チェインライトニング!」


後方から可愛らしい声でリプシーが叫ぶと申し訳ない程度の稲光が化け物に向かって(ほとばし)



(おお、リプシーも魔法使えんの!?)


「ファイアーボール!」


更にレオンが畳かけるように魔法を放つ


「たああああ!!!」


止めとばかりにシグルが切り掛かった



——ッドス!



「うわああ!?」


化け物は電撃、炎の魔法、そして斬撃を浴びせられるが、子供たちの力では傷一つ追わせることはできていなかった。その長い舌でシグルをはじき返すと不気味な挙動でこちらへとにじり寄る


(無傷かよ)


魔法が当たったところは多少黒ずんではいたのだが、徐々に血色の良い肉の塊へと戻っていく。力の差は歴然だろう。ここは倒すという考えは捨てて逃げる事を最優先にした方がいい。逃げられるのであればだが


当然、カイラも化け物も目の前の敵を逃がすつもりはないだろう。その眼光は獲物を刈り取る殺意がひしひしと伝わってきている


せめて子供達だけはなんとかしてあげたいのだが、この状況ではどうにもならない



——ッドォン!!!!



突如、爆音とともに背後の扉が吹き飛ばされる。扉は勢いをつけ俺の脇を抜けながら化け物目掛けて吹き飛ぶが、化け物は難なくそれをはじき落とした


「カール!!」

「レオン様!!」


無残に吹き飛ばされた入口から三つの影が滑り込み俺達を庇うように立ちふさがった


「シュナイダー!!」


レオンは目に涙を溜めて叫ぶ



《あらあら、随分無礼な来賓だこと……》


「こいつはっ!?」


「シャール様! お気を付けください!」


「まずはあの醜い化け物を倒しましょう」


「お任せを!」


エルロッテとシュナイダーはまるで示し合わせたように左右から化け物に切りかかる


だが、化け物はそれを難なく(かわ)し壁に再度張り付くが、その瞬間に燃え盛る炎に包まれた


レオンやリプシーの比ではない魔法に焼かれ床に落ちた化け物は火を消そうと身もだえる


その隙を逃さず、シュナイダーが剣を振りかざし首を()ねた


思わずため息が出そうになるほどの連携だった。さすがと言ったところだろうか。安心感が半端じゃない


「残るはあなただけよ」


シャールは空中を浮遊しているカイラを睨みつける


あれ? なんか怒ってる?


まあ、相手が相手だしな



《あら、素晴らしい! 驚いたわ。私の可愛いペットをこうも簡単にあしらうだなんて……私の傍で仕えさせてあげましょうか?》


自分の部下がやられたにも関わらず両手を大きく広げオーバーリアクションでそう告げるカイラからは余裕さえ感じられる


《せっかく倒したところ申し訳ないのだけど……一匹じゃないのよ?》


再び床に霧が立ち込め影が揺ぐと、無数の醜悪な絶望が現れる


その数は数えられるだけでも十体はいた。カイラはさらに呼び出そうとしている


いくらシャール達が強いといってもこの数を相手にするとなるとさすがに分が悪い


その証拠にシャールの美しい顔が歪んでいる


《折角、意気揚々と登場してくれたのにごめんなさいね? 早速だけれど死んでちょうだい? ほほほほほほほ!!》


カイラの勝ち誇った笑い声が部屋に鳴り響いた



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