5話
よろしくお願いします
休憩を終えた俺達は更に奥へと進んでいるが、先ほどから誰も口を開かない
というのも、休憩中にひと悶着あったのだ
ブロウガルとの戦いを終えて、レオンが帰ろうと提案したのに対してシグルが反発したのだ
レオンからすればいくら皇国軍が制圧したとはいえ、あのカイラ復活の儀式を行っていた場所なのだから気が気でない
カイラはかつて皇国に属する人間で第二皇帝テルリウの次女だった。彼女には誰もが知っている二つ名がある
その名も死者の女王
若くて美しいカイラはとある公爵の元へと嫁ぎ息子を授かる。その後第二皇帝が逝去すると同時に皇国に対して宣戦布告。自分の息子を皇帝へとのし上がらせた
そこで終わっていれば死者の女王という不名誉な名は受けない。兄弟を捕らえ幽閉、処刑し一度は皇帝の座に就いたものの、数年後は姉であるクインシィの活躍により、幽閉していたマーキュロが救い出され反乱軍を結成されてしまう。それに憤慨したカイラは討伐軍を自らが指揮し反乱軍討伐にあたる。だが、息子が敗北し捕らえられると怒り狂った民衆の手によって処刑されてしまう。その事実を知ったカイラは激怒し、死霊術を使い死者を操り大群を率いて復讐を開始するのだ。その異様な光景を見た支援者たちは恐れ慄き次々と離れていく。そして最終的には死者で構成された軍隊だけがカイラの傍にあったという
一般的には死霊術士が使役できるのは数体。近代稀に見る素質の持ち主と言われても数十体が限度だろうとされている。にも拘わらずカイラは皇国軍と引けを取らない数の死者を操っていたというのだから、その実力は人のそれを超えている
とはいえ、昔の出来事であり、残された書物でしかその片鱗は伺えないのだが……
カイラ死後に尾ひれが付き過大評価されていたとしても、恐ろしい死霊術士であることには変わりはない。そう教えられているレオンが恐れるのも無理はないと言うものだった
そのような強大で恐ろしい魂を復活させようとしていた場所に幼い子供達をいつまでも置いておくわけにはいかないと考えるのが普通なのだ
だが、先ほどの戦いで熱を帯びたシグルは聞く耳を持たずに駄々をこねた
そこはやはり幼い子供、見たことのない恐怖よりも、見たことのない好奇心が勝ってしまったのだろう
ひとまず、次に危険があった場合はすぐに帰ると言う約束でこうして探索を続ける事になった
危険な目にあってからでは遅いのではと思うのだが、最年長といってもレオンも幼いのだ、そこまでは頭が回らないのだろう
ここは俺が頑張らねばと、ユグラシル達にも今まで以上に注意してほしいとお願いした
暫く進むと開けた場所に到着する。どうやら最深部のような場所に辿り着いたようだ
岩の壁際には木の壁がくっついている。壁を掘って木の板で簡易的な部屋を作ったのだろう
「家があるよ!」
全員がそれに気づいていたがリプシーが最初に声にだした
「入ってみようよ!」
オミロが興奮したような口調で言う。先ほどまでは怖くて震えていたのだが現金なものだ
「落ち着け! 敵が待ち伏せしてるかもしれないんだから騒いだらだめだろ!」
そう言うシグルの声が一番大きかった
「僕が先に様子を伺うから合図したら来るんだ」
さすが最年長レオン、子供たちを危険な目に合わせるわけにはいかないと率先して前に出る
当然レオンにも何かあったらまずいので俺もユグラシルと一緒に前に出た
(何もいないよな?)
『いないよ?』
『いないね?』
もはや探査レーダーとして超優秀な二人に頼りっぱなしだ
中に入ると生活感あふれる部屋が視界に入る
「わぁ、すごい! 秘密基地だ!」
「違うよ! 秘密結社のアジトだって!」
レオンが合図を出すと待ちきれなかったかのように部屋へと駆けこむ子供達
「勝手に触ったらだめだよ? 罠があるかもしれないんだから!」
興味津々に部屋を見て回る子供たちにレオンは気が気でならない
とはいえ、ユグラシル達もなにも言ってこないので罠はないのだろうが・・
俺は先ほどから何も喋らないユグラシルが気になり、ふと顔を上げてみた
道中は何かにつけて俺の耳元で騒ぎ飛び回っていたのだが、今はやけに大人しい
(どうかした?)
『変なのがある』
『変なの~』
(え?)
『あれ』
『あそこ』
壁に描かれた落書きのようなものをユグラシル達が指さす
なんだろうかあれは?
一見すると落書きに見えるが文字は当然読めない
「これは?」
気になった俺が近くで見ているとレオンが気づいたようで近くへとやってきた
「どうしたの?」
「なにかあったの?」
リプシーとミルファも近づいてきた。オミロとシグルも後に続く
「これは何かの魔法のようですね」
オミロが知ったような口調で文字に触れようとする
『だめ』
『だめ』
え?
オミロが壁に触れると同時に黒い霧状のなにかがオミロを取り巻く
「え? え!?」
あっという間にオミロは霧に包まれ、そして消えてしまった
「オミロ!」
レオンは顔から血の気が引いたように慌てて壁に近寄るが今度は何も反応しない
他の子供達は目の前で起こった事実に頭が付いていないようだが、すぐに何が起きているかを理解し始める
「お、オミロ…… どこいっちゃったの?」
「ひ……ひ……っく」
泣きじゃくるミルファを抱きしめながらリプシーがようやくといった様子で口を開く
「大丈夫! 大丈夫だから……」
レオンは自分に言い聞かせるように何度も大丈夫と呟いている。シグルは相変わらず放心状態だった
(おい! 何が起きた!?)
『結界?』
『認知阻害じゃない?』
結界?
『あ、本当だ、認知阻害の魔法だね』
『でしょ?』
(分かるように言ってくれ)
『そのまんまだよ』
『なにかを隠してるの』
(オミロは無事なのか?)
『うん』
『認知阻害の対象になっただけだし』
(そうか、なら良く……はないな。助けられるのか?)
『どうだろ?』
『これ阻害しながら転移してるよ?』
二人でなにやら話し込んでいて俺では理解が追い付かないのでひとまず二人の話が終わるのを待ってみる
ユグラシルの話では、誰かが存在を周りから認識されないための認知阻害をかけ、更にはどこかに転移させているのだという。理由は分からないが、もう作動しないようだ、だがユグラシル達はなんとかできそうだと言う
(なら、なんとかしてくれ。頼むよ)
『いいよ』
『皆連れてけばいいよね?』
(え? みんなって、皆!? いやみんなはまずいだろ! って!)
俺だけでいいと言う間もなく、ユグラシル達が壁に手をかざす。すると壁の文字が歪み始め先ほどの黒い霧が部屋一面に溢れだした
「うわ!? なんだこれ」
「うわぁぁん! 怖いよぉぉ!!」
「ミルファ! 大丈夫だから! 私がついてるから!」
「く、シュナイダー……!」
一方、隠れて様子を伺っていたシュナイダーは事態が急変したことを察知する。レオンが入った部屋から黒い何かが溢れだしたのだ。レオンの身に何かが起きたと判断したシュナイダーは草葉の陰から飛び出し部屋へと駆けこんだ。だが、その時には先ほどまで漏れ出していた黒い霧は消え去り、誰もいない無人の部屋だけがあった
「くそ! 私としたことがっ!」
主が目の前で消えるという出来事にもシュナイダーは冷静に状況を分析し、次の行動を取る。本来であれば主が消え危険な状態なのだからこの場から離れるわけにはいかない。だが、状況から魔法によるなにかが発動したと判断したシュナイダーは自身では解決できないと考え、すぐさま踵を返し救援を呼びに戻った
黒い霧に覆われたのも数十秒ぐらいだろうか。さほど時間もかからずに目の前の視界が開ける
先ほどまで見えていた木の部屋が岩の通路へと変貌していた。そして通路の片隅には膝を抱え座り込んでいるオミロがいた
「オミロ!!」
レオンがいち早く気づき駆け寄ると、他の子供達も泣きながらオミロの無事を喜ぶ
「ひぐっ! ひっ!! ……? みんな!!」
「ばがやどう!!! じんばいかけやがっでぇぇ」
シグルが泣きじゃくりながらオミロの頭を叩く
「良かった。本当に良かった……」
だが、安心するのはまだ早い。ここがどこなのかがわからないのでは帰りようがないのだ
「みんな! はやくここから出よう!」
感動の再会もつかの間、レオンがすぐにここから離れようと立ち上がる
「でも、ここどこ?」
「どこかの屋敷?」
俺たちがいるのは岩壁に囲まれた洞窟のような通路なのだが、その先からは様相が変わっていた。古ぼけてはいるが、屋敷のような通路が続いているのだ
「うん、どこかの屋敷の地下室なのかもしれないね。でもそれなら出口はある」
レオンの言うのも一理ある。ここがどこかは分からないがどこかの屋敷の中なのは間違いない。屋敷であれば玄関があるはずだろう
考えられる可能性としてはあそこにいた集団が住処にしていた屋敷なのだろうが・・確証はない
だが、その謎はすぐに解ける事となった。屋敷の主の声によって
《あらあら、可愛い客人が迷いこんだようね。ようこそ、わらわの屋敷へ。わらわの名はカイラ。正当なる皇国の後継者》
その言葉にレオンの顔は見る見る青くなっていく
《偉大なるわらわの世話をする者がいないと嘆いていたのだけど、その心配はなくなったようねぇ。さあ、こちらにいらっしゃい。わらわに仕えさせてやろう。もちろん死んでからになるけれども。うふふふふふ》
その声は極めて優しい口調だった。だが、決して穏やかな気持ちにはなれない声でもあった。そこには純粋な死への導きが込められていた




