5話
よろしくお願いします。
今日は朝から質問攻めだった。俺が言葉を理解しているとわかったシャールとエルロッテは競い合うように俺に質問を投げかける。だが、どの質問もどうでもいいような質問ばかりで確信を突いたような質問はされない。あなたは人間ですかとかそういう質問してくれればいいのだが……
さっきから、鹿の肉は嫌いかとか、走るのは好きかとかそんな質問ばっかりだ。ああ、そういえばユグラシルの使いかと聞かれたが、誰だかわからないのでいいえと答えたらすごく残念そうな顔をされた。俺が悪いのか
結局、その後も昼すぎぐらいまで質問が続き、結局二人の中で俺はすごい賢い犬という事で落ち着いたようだ。いいのかそれで?
今後は肯定的な回答には右足を否定的な回答の時は左足を出すというのがルールになった。毎回宝石出してるのも面倒だし、それはいいと思う
朝食を食べるのも忘れていた三人は酒場へと行き、軽く食事をとった。その際に先日の報告の回答が来たと宿屋の主人から言われた。どうやら報酬は支払われるようで、なんでもその場に居合わせた人が俺達の証言を証明してくれたらしい。レオンとシュナイダーだろうか? いつかまた会えたら聞いてみよう。俺は聞けないけど
さて、この後はどうするのかと言うと、どうやら温かくなった懐事情もあり、買い物に行くようだ
そうと決まると、二人は立ち上がり店から出る。その足取りはどこか楽しげにも感じる。どの世界でも女性は買い物好きってことか
大通りに出ると、相変わらず多くの出店が出回っているので近くの店を覗く、どうやら雑貨屋のようだ
何かを指さしながらシャールとエルロッテは楽しそうに喋っているので、少し離れたところで買い物が終わるのを待つ
しばらくすると二人が店から離れるが、手には何も持っておらず次の店へと向かっていった
あれ?買い物するんじゃなかったのか?
次の店でも先ほどの店と同じような光景を繰り広げ、そして次の店へと向かう
……これは、もしやウィンドウショッピングという奴か?
特にこれを買うと言うわけでもなくしらみつぶしに店を回るのだ
まじか……
俺はどちらかと言うとこれと決めたら迷わずその店だけに行き購入するタイプだ。余計なものには目もくれない
ウィンドウショッピングはその正反対に位置する行動だ。そもそも購入する物を決めずにすべての商品を見て回る
なんという非効率的なショッピングだろうか。納得がいかない
いや、待て、こんな時こそ大人の男を見せる時なのではないだろうか。女性の楽しんでいる姿を楽しむのも一興か
「カール。どうこれ? 可愛い?」
シャールが手招きするので近づくと、どうやら布を選んでいるようだった。赤、青、黄色といった色で染められたその布は丁度手ぬぐいの様に小さくもなく大きくもなくと言った感じの布だった。どこかで見たような気がしたが…… ああ、エルロッテが体を拭く際に使っていた布と同じ大きさだ
「こっちとこっちならどっちがいいかな?」
右手には青い下地に少し刺繍が入った布を持ち、左手には薄い赤色の下地にこれまた刺繍が入っている布を持って俺に聞いてきた
来たか
自慢ではないが俺にも彼女という者が存在した。そしてかつての俺はこうした買い物にも付き合った思い出がある。その経験から踏まえるに、こうやって聞いてくる女性の中では答えは決まっているのだ。決まっているにも関わらずどっちがいいかと質問してくるのはなぜか? 決めて欲しいからか? 答えは否だ。ここで女性は自分が選んだほうを他人にも選んで欲しいのだ。そうすることで自分が選んだものが正しいことを証明した上で購入したいのだ。つまりここでは俺の意見はどうでもいいのだ。大切なのはシャールが選んだほうを選べば正解だ。
答えは二分の一だ。つまり二回に一回は正解するのだ。どういうことかというと50%の正解率なのだから、正解率は高いほうなのだ。そうか?
どっちだ? 俺的には青が好きだ。青は良い。昔から青が好きで初めて買った車も青にした。いや、俺の好みはどうでもいい。問題はシャールはどっちが好きなのかだ。女性といえばやはりピンク系が好きなのではないだろうか? そういえば赤い宝石持ってたよな。あれ? 青も持ってたな・・他の小物は…… 駄目だ、全部茶とか地味なものばっかだ。やはり染色されたものは貴重なのだろうか? いやいや、そうじゃなくて、どっちの色が正解かって話だ
むむむ…… わからん
50%ならきっと当たるだろう…… こっちだ!
俺はすっと右の前足を上げ、シャールの左手に添える様な仕草を見せた
どうだ? 正解か? 正解だろ!?
「うーん、そっちかぁ…… 私は青が好きなんだけどなぁ」
青でした! 残念!
くそっ! くそ! いや、まだだ、まだ終わってない。ここから挽回するんだ
俺は左足を上げ、手招きする様に何度も手を出す。しまいには鼻先で青い布をふんふんと持ち上げる
「あ! こら! 商品に鼻水つけたら駄目でしょ! もう、しょうがないな、青のほう買うしかないわね。こっちの方が気に入っていたし良いけど」
子供を叱るように咎めつつも、嬉しそうな顔でシャールは青の布を購入した
つ、疲れた
*********************************************
その後もまだ見るのか? と、ツッコみたくなるほどウィンドウショッピングを堪能した二人は満足げな顔で宿屋へと戻って来た
部屋の鍵は宿屋に預けてあるので、エルロッテがカウンターへ行きおばちゃんと話をしている。その間、シャールは入口の椅子に座り俺を撫でて待っていた
——ッギィ……
宿屋の玄関が開き、ローブで身を包んだ一人の冒険者らしき人物が入ってきた。らしきというのも顔を隠すように深々とローブを羽織っているので、男なのか女のかすらもわからない。たぶん男っぽい気がするが・・
その人物に全員が一瞬目を向けるがすぐに何事もなかったかのように目を反らす
「あ…… シャール様?」
ローブの人物がかすれるような声で呟いた
その名前にカウンターにいたエルロッテが反応し、すぐさまシャールの脇に立つ
「おお! お探ししました! シャール様! 私です! エルウィです!」
顔を隠していローブを剥ぎ取ると透き通るような肌をした男の顔が現れる
「え? エルウィ? 本当にエルウィなの? どうしてこんなところに!?」
エルロッテが驚いたようにエルウィと名乗った男の肩に掴みかかる
「おお、エルロッテか、久しいな」
「エルウィ。元気でしたか?」
先ほどまで座っていたシャールが立ち上がりにこやかに微笑みかけると、エルウィは膝をついて頭を垂れる
「シャール様。何卒、お戻りください!」
「え?」
突然のエルウィの言葉にシャールの動きが止まる
「と、突然どうしたの?」
「シャール様のお力が必要なのです! どうか、どうかお戻りになられて大樹林をお守りください!」
顔を上げたエルウィの眼には涙が滲んでいた。突然の出来事に何事かと野次馬もでき、周りが騒がしくなってくる。目立ち始めた事に危機感を感じたエルロッテがエルウィを抱きかかえるように起き上がらせると、シャールに目で合図をし、足早にその場を離れた
「どういうことか説明してくれますか? 突然戻れだなんて…… 森にはレーナがいるはずでしょう? それにお父様もお母様もいるのです」
部屋に戻った二人はエルウィに水を飲ませ落ち着かせると、状況の説明を求めた
「レーナ様は病に伏せており、明日をも知れぬ状態なのです」
「なっ!? レーナ様が!? なぜ!?」
またしてもエルロッテが掴みかかる勢いでエルウィに詰め寄る
「エルロッテ! 落ち着てください。エルウィ。説明してくれますね?」
そう言いエルロッテを窘めるシャールだが、顔面蒼白と言った様子だ
レーナって誰だろうか? 状況から察するに姉か妹だろうか
「はい……」
大きく深呼吸をしたエルウィは淡々と事のあらましを説明しだした
今、俺達がいるマンダス大陸から海を隔てた北にスタックフォードという大陸がある
そこは大陸のほぼ全土を覆う森があり、中央には天をも覆いつくすほどの巨木が生えている。エルフ達はそれを神木と崇め祭ってきたのだ。長い歴史の中、エルフの献身的な信仰に心を打たれたセルンの神、ユグラシルはエルフ達に加護を与えた。それによりスタックフォード大陸のエルフ達は高度な魔術と文明を手に入れたのだ
元々、国と言うしがらみを嫌っていたエルフ達だが、ユグラシルの加護を得た神木を管理する為にはとエルフの一族からもっとも優秀な人物を選出し、神木を守護する事を決めた。それがシャールの家だ。シャールには妹がおりそれが件のレーナになる
どちらも聡明で美しく、姉妹の仲は良好で行く行くは長女のシャールが家督を継ぎ、レーナはその補佐をするはずだった。両親、シャール、レーナはそれが当たり前と思っていた
だが、それを良しとしない人物がいた。レーナを狂信的に崇拝する集団だ
この世界では魔素という物が存在する。魔素はいわゆるMPのようなもので、この世界で生きている者であれば少なからず体内に魔素を有している。生まれつきであったり、食事からであったり、いわゆる空気のようなものだ
レーナはその魔素の保有量が桁外れの持ち主だった。それを知った一部のエルフがレーナを神格化し、崇拝するまでに至った。そして、レーナこそが跡継ぎに相応しいと言い始めた。それに対し長女が家督を継ぐべきという対抗勢力まで結成され、一時は内戦一歩手前という状況にまで混乱した
その状況に心を痛めたシャールとレーナは秘密裏に二人で話し合い、シャールが大陸を出ることで混乱を収める事にしたのだ
シャールはエルロッテを連れ大陸から離れ、ここマンダス大陸へとやってきた
だが、ここからシャールも知らない事実をエルウィが話し始めた
シャールが大陸を離れた後、レーナが家督を継ぐという事で混乱は収まった。だが、レーナを崇拝する集団が再度暴走したのだ。元々彼らはレーナが持つ魔素の多さから精霊王の生まれ変わりと信じていた。その結果、神木内に保管してあったユグラシルから授かったという指輪を盗み出すという暴挙に出た
精霊王の生まれ変わりであるレーナが持つべきと言いながら、その指輪をレーナに献上したのだ。レーナと両親は戸惑い、ユグラシルの怒りを買う前にそれを戻すように説得するも、レーナを神格化する彼らを止めることができなかった。このまま拒み続ければ身の危険すらあり得ると感じたレーナはそれを受け取り形だけ取り繕おうとした。彼らが去った後にすぐにでも指輪を返すつもりで……
だが、その日の夜に異変は起こった。レーナがユグラシルの指輪を受け取った事により、ユグラシルが怒り、呪いをかけたのだと言う
レーナは高熱にうなされ、立ち上がることも言葉を交わす事すらできない状態だという
「レーナ様が病に伏せている事は一部の者しか知りません。これが奴らに知れ渡ったらまた暴動が起きるやもしれません」
エルウィは悲痛な面持ちで顔を伏せた
「ところで…… なぜ、先ほどからその犬にわざわざ説明をされているのですか?」
エルウィは伏せた顔をあげ首を傾げる
そもそも、俺はシャールの家族構成も知らない。そんな俺にシャールとエルロッテが注釈を織り交ぜてエルウィの説明をわかりやすく話しかけてくれていたのだ。そんな光景を見てエルウィが怪訝な目で俺をみる
「ああ、ごめんなさい。気にしないで」
「は、はあ……」
シャールが言葉を濁すのでそれ以上聞けないエルウィは仕方なくという感じで納得した
「どうされるのですか? シャール様」
エルロッテがシャールに問いかける。どうするのかというのは帰るのかどうかという事だろう
「この状況で私が戻ったという事が知れ渡れば、いらぬ混乱を招く恐れがあります。できることならそのような事態は避けたいところです」
「し、しかし…… レーナ様が……」
シャールが戻らないという雰囲気を出したことでエルウィが焦るように言う
「わかっています。愛する妹を見捨てる事などできません。一度戻りましょう。ですが、秘密裏に…… です」
「おお! わかりました。では、私は先に戻って守人様にこの事をお伝えしましょう。他の民には会う事が叶わなかったと言っておきます」
エルウィは先に帰るらしい。守人というのはシャールの両親の事だろう
「ええ、私たちは遅れて向かいます。ですが、港には行かないほうが良いでしょうね。そうですね…… 東の集落から南に向かうとエルフィンリーフが多い茂る丘があるのを知っていますね? そこで落ち合いましょう」
「なるほど、東の集落の長は元々シャール様を支持されておりましたし、レーナ様に対してもお優しい穏健派でもあります。最悪、事が知れても大事には至らないでしょう。ご懸命な判断です」
「ええ、それでは現地で会いましょう」
「はい、シャール様もどうかご無事で。エルロッテ、シャール様を頼んだぞ」
「ええ、もちろんよ」
「カールもついてきてくれる?」
シャールが俺の目を覗き込むように顔を近づけてきた
行かないと言ったらどうなるのだろうか? こんなところで捨てられたらたまったもんじゃない
もはや選択肢はないに等しいがひとまず、俺は右足でお手をする
「ありがとう」
俺の右足を両手でキャッチしたシャールがにっこりと微笑んだ




