1話
新章になります。よろしくお願いします。10話前後を予定していますが、未定です。
太陽が昇り始めて間もない朝方、空は今にも雨が降りそうにどんよりとしている
オーチュア家の屋敷の前では一台の荷馬車と荷造りをする男達の話し声が響いていた
「少しの間お別れをするだけだ。安心しなさい。すぐにまた会えるよ」
屋敷の主であるマーチルは愛娘であるセレナの肩をやさしくしっかりと抱き寄せる。セレナは運び込まれる木の檻を見つめ一言も喋る事はなかった。伯爵の依頼によりノクトは今日、帝都へと連れていかれる。セレナからの提案で一年経ったらノクトを返してもらう事、またセレナが帝都に訪問した際には面会を許可してもらえる事を承諾してもらった
思いの外すんなりと条件を飲んでもらえたのは嬉しかったが、それでもセレナは最愛の家族を引き離される思いで涙が溢れそうだった
一方ノクト、祐一は今更自分がどうこうしたところで事態は好転しないと判断し、我関せず、好きにしてくれとばかりに檻の中で大人しくしていた
「親方! 積み込み終わりました!」
髭面の体格の良い男が声を上げた。男達の中で一人他と風貌が異なる男が手を上げそれに応える
「伯爵様、オーチュア様、準備が整いましたようでございます」
男は積み荷が荷馬車に運ばれるのを眺めていた伯爵とマーチル達に近づいて話しかける。どうやらこの男がリーダーらしい
「うむ、荷台に乗せているのはオーチュア家にとってとても大切な家族でもある。犬だと言えど丁重に扱って欲しい」
「はい、心得ております。部下にもよく言い聞かせておきます」
「頼んだぞ」
クレドはセレナとマーチルに対して最上級の気遣いを見せながら商人へと指示を出した
「最期にもう一度ノクトを見させてもらえないかな」
マーチルはセレナの背中を押しながら商人の男に尋ねる
「もちろんでございます」
荷台へと近づくと木の檻の中で行儀よく座っているノクトがセレナを見つめている
「ノクト。向こうでも元気でいてね…… 必ずまた会いましょう」
セレナが檻にそっと手を伸ばすと、それまでジッとこちらを見つめ座っていたノクトが立ち上がり、セレナに近づく。差し出された手を愛おしそうに舐めるノクトを見てセレナはこみ上げてくる思いを抑えきれず人目をはばからずに涙を流した
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オーチュア家を出発してから数時間、祐一は檻の中で時間を持て余していた
可愛い飼い主との別れは寂しかったし、正直たらい回しにされている感は否めないので気乗りはしなかったのだが、よくよく考えてみれば、あの場にいても情が沸いていつまでたっても逃げ出せない。ならばいっそのこと新天地へと行かされた方がマニーズの元に帰るのには都合がいいのではないかと考えたのだ
正直、セレナのところに居たらずっと飼われたままだっただろう。その証拠に最期の別れと手を舐めた途端に泣き出したセレナをみてかなり心が痛んだ
やっぱり、可愛い子には甘くなっちゃうよなぁ
マニーズもかなり可愛い部類に入るのだが…… セレナと比べるとやはり霞んでしまう。などと考えている辺り最低な男だな
お世辞にも乗り心地がいいとは言えない馬車に揺られていると、なにやら外が騒がしくなっている気がした
「相手は何人です?」
「十名は居るかと」
「護衛に二名残します。残りで追い払います」
「頼みましたよ。高い金で雇ってるんですから」
襲撃だろうか? 数名の護衛達が道から外れて森の中へと入っていった
おいおい、大丈夫か? 丁重に扱えって伯爵様に言われたろう?
とはいえ、こちらの護衛も人相だけで行ったらかなり凶悪な面子が揃っているので大丈夫だとは思うが……
——ッドス!
「何事です!?」
「賊が襲ってきました!」
「くっ!? 他の護衛達は何をしてるんです!!」
——ッドスドス!
森の中からどこからともなく矢の雨が降り注ぐ
ちょ……勘弁してくれ……
ガラガラと音を立てながら進む馬車のスピードが上がる
追ってくる賊を振り切ろうと必死なのだろう。ふと御者の商人へと目を向けるとそこには頭に矢が刺さり倒れ込んでいる商人が居た
うそでしょ……
御者を失った馬車はどんどん加速をしていく
え? これどうすんの?
「おい! 馬車を止めろ!」
「お頭! 御者に矢が当たったようで止まりません!」
「馬鹿野郎! 飛び移って止めやがれ!!」
馬車の後方では見た目からして不潔そうな男達がなにやら叫んでいた
それを嘲笑うかのように馬車はグングンとスピードを上げていく
「おい! その先は崖だぞ! 誰か止めろ!」
え? まじで?
次の瞬間、俺の世界は万華鏡のようにくるくると回りだし、そして真っ暗になった
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体の痛みで目が覚めると祐一は辺りを見回した
馬車の荷台は物で散乱し、檻も壊れ外に放り出されていたようだ。そんな中で無傷だったのは運が良かったのかもしれない
荷台からなんとか這い出し、無残な姿となった馬車を見ながらどうしたものかと考える
考えたところでどうしようもないわけなのだが
仕方なしにその辺を歩いてみる
できる事ならセレナかマニーズのところに帰りたいのだが、帰り道がわからない。幸い人間ではなく犬なので生きる事には不便はないのだが…… やはり心細いのは否めない
食事にしろ寝床にしろ今まで過保護に扱われていたという事がよくわかる。マニーズなんか一緒にベッドで寝た仲だ。セレナはまだベッドに入れてくれたことはないのだが…… あれも時間の問題だっただろう…… いや、使用人のエイムがそれを許さないか?
などと、考えながら歩いているとふと目の前を横切る人影が見えた
こんな森の中に人がいるのか? 盗賊がここまで来たのかもしれない
だが、俺の鼻に届いたのは、数日、いや数週間、風呂に入っていないむさ苦しい不快な臭いではなかった
むしろ花のような…… そう俺の鼻がこう告げている。あれは女性だと。だとすれば保護してもらおうと、下心丸出しで人影が消えた方へと向かうのだが、どうやら女性だけではないようだ。花のような香りが二つと、鼻を突くような不快な臭いが三つ。この臭いはあの盗賊共よりひどい
匂いのする方へと走っていると、前方から草をかき分ける音と息を切らす音が聞こえる
まるで何かから逃げるかのような音に足を速める。すると両脇から迫る木々が途端になくなり開けた場所に出る。するとそこにはローブを纏った二人とそれを囲むように三匹のゴブリンが飛び跳ねていた
「シャール様! ここは私が!」
「エルロッテ! 相手は三匹。一人では危険です。私も戦います!」
一人が剣を抜き、もう一人が腕を伸ばし、手のひらをゴブリンへと向ける
俺は迷うことなく二人に加勢することを決めた
ゴブリンは飛び跳ねながら奇声を発している
次の瞬間、一匹が腕を振り回しながら剣を持った女性に走り出した
それを合図にゴブリンが一斉に襲い掛かる。三対二では分が悪い。俺は二人から一番離れたゴブリンに狙いを定め走りだす
犬の脚力はさすがだと自分ながらに思う。俺は一瞬で間合いを詰めるとゴブリンの腕をめがけて飛び掛かり噛みつく。前の二人にしか意識がなかったゴブリンは突然の後ろからの攻撃に驚き転がりこむ。そこを見逃さずに首元をガブリ…… とする勇気はないので、こいつは放置する。なんか汚そうだし
転がったゴブリンは気が狂ったように叫び声をあげて森の中へと走っていった
それを見届け、顔を戻すと一匹のゴブリンは切り伏せられ、残る一匹がじりじりと間合いを測っていた。さすがに目の前で仲間が切られてビビったのだろうか
俺は後ろから気づかれないように近づくが、その時切り伏せられていたゴブリンが動くのを見逃さなかった
こいつ、やられたフリしてるのか?
ちょっとゴブリンを馬鹿にしていた
二人は目の前のゴブリンの動きに気を取られて気づいていない。俺が行くしかない
間合いを測っていたゴブリンが腕を振り回しながら突進をする。まるで幼い子供が泣きながら突っ込む様だ
剣を持った女性が突進してくるゴブリンを巧みに切り伏せる。だが、その時を見計らったかのように倒れていたゴブリンが飛び起きる
もう一方の女性が倒れ込んでいたゴブリンの異変に気が付き、咄嗟に腕を向け何かを呟いた
倒れ込んでいたゴブリンに走り出した俺はその一瞬の違和感に気が付くが急には止まれない
俺が飛び掛かると同時に俺はゴブリンもろとも炎に包まれた
——ッゴウ!
一陣の風と共に辺りを火柱が覆う
嘘だろ!!!!!!
ゴブリンは燃え盛る火の熱さと痛みにその場に転げまわる
「ギィィィィィィィィ!!」
燃え盛る炎で目の前が真っ赤になり、慌てて俺も転がり火を消そうとする
「ギャァアアアアアアア……」
ゴブリンの断末魔が耳を駆け抜ける
ヤバい死ぬ!
人は死を覚悟するとそれまでの思い出が走馬灯の様に蘇ると言う
俺も例外ではなかった。幼い頃の記憶、社会人一年目の地獄のようなプロジェクト、異世界に転生し出会ったマニーズ・セレナ。次々と浮かび上がる光景
少しでも痛みを和らげるように地面を転がり生に執着する
だが、伝わってくるのは心地よい土の感触だった
犬になってから結構経つのだが、やはり背中を掻くという事が出来ない。そんなときはこう地面に背中を押し付けながら身をくねらせるととても心地よいのだ
って、そうでなくて
あれ? 熱くない?
冷静になって動きを止めるがまったく熱くない
だが、目の前は相変わらず炎が燃え広がっている
腹を見せるような恰好で冷静に考えるがやはり熱くない
うーん、どういうことだろうか? これって魔法だよな?ファンタジーでよくあるファイア的な
ふと目線をゴブリンに向けると、そこには恐らくゴブリンであろう黒い固まりが転がっている
うん、やっぱりファイアだよなこれ。でも燃えないんですけどなんで?
一方のシャールは手足から血の気が引く心地だった
先ほどエルロッテが倒したゴブリンが突如襲いかかって来たのだ、咄嗟に向きを変えゴブリンにファイアーボールを放ったのだが、その場にいたのはゴブリンだけではなかった。茶色の毛並みをした一匹の犬を巻き込んでしまったのだ
無関係の犬。恐らく自分たちに加勢しようとしてくれた賢い犬までも殺してしまった
言いようのない悲しみと不安が襲い掛かり、シャールは膝から崩れ落ちた
「シャール様!」
エルロッテがゴブリンを切り伏せ駆けつける
「エルロッテ…… わ、私、無関係な犬まで…… 殺し……」
「お気を確かに! 致し方ないことです。シャール様が咄嗟に判断し魔法を撃っていただかなければ私が……? シャール様?」
先ほどまで目に涙を溜めていたシャールが目を見開き前方を凝視し始めたことに首を傾げる
「ど、どうなさいました?」
エルロッテはシャールが見つめる視線の先を確かめ振り返り、そしてシャールと全く同じ表情でそれを見つめた
そこには炎で焼かれたはずの犬が傷一つない姿で座り、あどけない顔でこちらを見つめていた




