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異世界冒犬譚  作者: さくら
少女との約束
23/126

8話

よろしくお願いします

 セレナが事件に巻き込まれて数日後、俺は部屋の隅に置かれた寝床で慌ただしく動くメイドを呆れたような顔で見ている


セレナが誘拐された件だが、アニデはクレドの尋問によりすべてを打ち明けたそうだ。元々アニデの家も大した権力をもっていない貴族だった。そんな中、自分と同程度の貴族であるオーチュア家が力をつけていくのが気に入らなかったそうだ。力をつけていると聞いて一番驚いていたのはマーチルだった。それもそうだろう。実質力などつけていなかったのだ。むしろ力をつけたいが為に奮闘していただけなのだ。恐らくそういった影の努力を垣間見たアニデは有力貴族と仲がいいオーチュア家に嫉妬したのだ。隣の芝生は青いという事か……有力貴族と仲良くしたくて頑張ったものの中々うまくいかないオーチュア家。それを見て嫉妬とかどんだけだよと


まあ、結果として今回の事件の顛末をしった各貴族が同情して話しかけてきたのと、実の娘を自分の力で救い出したという行動力を買ってくれたので、アニデはオーチュア家の為に行動してしまったようなものである


自白もあったことで罪が確定したアニデはお家取り潰しで親族一同僻地へ島送りになったらしい


俺はといえば、家族や使用人と和解し優しくなった可愛い主人の元でぬくぬくと生活している


いや、マニーズのとこより待遇いいのは事実だが、ちゃんと帰る気ではいる


問題はいつ帰るかなのだが、優しくなったセレナはいつも俺の事を気にかけてくれるので、なんというか、申し訳なくて出て行けない。これならいっそ前のままでいてくれた方が逃げやすかったのだが……


で、今日は家族水入らずのお出かけだそうです。なんでも劇かなにかを見るとか・・主人のいない家でなぜメイドが慌ただしく動いているのかというと、この後、クレドとトリウムが屋敷を訪れると先ほど連絡があったのだ。なんの用かは知らないが先日のお詫びと会食を兼ねているそうで、伯爵の訪問ということもありオーチュア家では大慌てで準備をしているというわけだ


「旦那様がお戻りになられたぞ!」


一人の使用人がほかのメイド達に聞こえる様に大声で叫ぶ


お、帰ってきたかと俺も腰を上げ、可愛いご主人を出迎えに玄関にいく


こういうゴマすりは大切だよな。可愛がってもらえればベッドで一緒に寝てくれるかもしれないし……むふ


玄関に向かうと使用人たちが外で左右に立ち並んでいる。どこかでみた大金持ちのお迎えシーンをこの目でみるとは思わなかった


そんな中、俺は玄関の真ん中に座ってセレナ達を待つ


犬だからこそできる芸当だ。これが人だったら、お前何してんだ馬鹿野郎だ


「ノクト! ただいま! 良い子にしてた?」


馬車から降りたセレナが俺を見ると小走りで駆けてくる


「ノクトは大人しくしておりましたよ。お嬢様」


振り返るとエイムが出迎えていた


「エイム。ただいま」


「お帰りなさいませ。お嬢様」


深々と礼をし、セレナの上着を預かり部屋へと案内を始めたので俺も着いていく


「本日はクレド伯爵様がお見えになられますので、外出用のドレスをご用意してあります」


「ありがとう」


部屋に戻りエイムとメイド達がセレナを取り囲む。お化粧直しだ


薄い青のドレスに着替え、頭のセットが終わると丁度伯爵達も来たようでセレナはメイドとリビングへ行く。俺はここでもお留守番だ。そのうちエイムが夕飯持ってきてくれる


「ノクトー。ご飯だよー」


ほらきた。待ってました。これを楽しみに生きてるんです


「こらこら、飛びつかない! お座り!」


おk!


「お手」


はい!


エイムが右手を差し出すので、すかさず左手を乗せる


次はお代わりですね!


「お手!」


なん……だと……?


俺の出した右足は空を切る


「まったく……流れ作業でやってるのバレバレだよ?」


俺の純粋な犬心を弄びやがって!!


くすくすと笑うエイムの右手に左手を乗せなおす


「はい! いいよー」


食べていい合図が出ると同時に貪るように食べる俺


というか、この世界にもお手とかのしつけがあるのは驚いた。先日、いきなりエイムに言われた時は何のことかわからなくてキョドってしまった。どうでもいいけど、お手とかお代わりとかのしつけっていつから始まったんだろう?


「ノクトはいますか?」


よくわからない疑問を考えつつ食後にごろごろしていると、メイドが部屋を覗き込む


ん? 俺? え? なんかしたっけか?


粗相はしてないはずと恐る恐る近づく


「どうかしたんですか?」


エイムが変わりに聞いてくれた


「セレナ様が…… というかクレド様? えーと…… と、とりあえずノクトを呼んでくるようにって言われて」


「ふーん?」


よくわからない状況にエイムと一緒に首をかしげてしまった


俺を呼ぶってどういう状況よ?



*********************************************



 「失礼致します。ノクトをお連れ致しました」


エイムに付き添われ会食中のリビングへと入室する。ふとセレナを見てみると俯いている。どことなく空気が悪いような? え? 俺がマジでなにかしちゃった系? 怒られるの?


「ああ、ごくろうだったね。ありがとう」


マーチルがエイムを労うと中へと入るように勧められる


「し、失礼します……」


「さて、ノクトを預かりたいというお話でしたかな」


は!?


「うむ、先ほども話したように是非ともこちらのノクトをお貸し頂きたい」


クレドは柔和な目線で、しかしはっきりとした口調でセレナに告げると座ったままの体勢で深々と頭を下げる。それを見たトリウムも頭を下げる


「ク、クレド伯爵! 頭を上げてください」


マーチルが慌てて立ち上がる。伯爵様ってかなり偉いんだよな? それが大した権力もない貴族の娘に深々と頭を下げるのは異例中の異例なのだろう


「いや、ノクトを大事にされているのは見てわかる。まるで家族の様に。それを貸してくれなどと無茶をお願いしているのは重々承知している。だが、今のままでは皇都は、いや皇女様のお立場が危うくなるのだ。セレナさんが心を開いたノクトであれば。あるいは……どうか、この願いを聞き届けては頂けないだろうか?」


クレドはマーチルを制止すると続けてセレナへと話しかける


え? は? 皇女? 皇都? どういう事? 話についていけないんですが


「どうして……ノクトなのでしょうか?」


俯き目線を合わせないままセレナが問いかける


「あの事件の時、我々は驚愕したのです。突如現れた招かれざる客……ノクトが会場に入って来てマーチル様に助けを求めるその姿に。正直、他の者に言っても信じてはもらえないでしょうね。たかが犬が主人の危険を察知し、あろうことか伯爵家のパーティに紛れ込みマーチル様を連れ出してセレナさんを救出したなどとは……」


「飼い主に対する忠誠心。そして飼い主の危機を救わんとするその機転。もはや驚愕に値する」


トリウムがやや興奮気味にあの時の事を話し始め、クレドが頷く


「皇国の皇女アイリス様の噂は聞いているかね?」


「え? 皇女様はサフィア様では?」


クレドの問いにセレナは怪訝な目で聞き返す


「ここだけの話なのだが、実は皇女様は二人おられる。長女のサフィア様と妹のアイリス様だ。このことは皇国の中でも少数の者しか知らない」


「幼少時に事故にお会いになられ死んだと聞いておりますが?」


マーチルは知っていたようだが、死んでいる人らしい


「いや、アイリス様は生きておられる」


「なんと!?」


「幼少の頃に事故にあったのは事実だ。その時に目の前で人が殺されたのだよ。使用人達の痴情の縺れだそうだ。もちろんその使用人は厳罰に課せられた。だが、アイリス様はそのショックで言葉を失ってね。それ以来、身の回りを世話する限られた人としか会っていない。部屋から出ることもまずないのだ。そのことに心を痛めた王はアイリス様に治療を施したのだが上手くいってはおらん」


ふむ、それで死んだ的な噂話が広まって定着しちゃったのか


「君の話も聞かせてもらった。大変心を痛めていた事も……そしてそれを救ったのがこのノクトだという事も」


え?なんか俺がセレナの心の傷まで治した事になってない?


「この犬、ノクトならばアイリス様の心を開くことができるやもしれん」


「それはそうですが……ですがノクトでなくとも!」


クレドの話にセレナは泣きそうな目で否定する


「むしろノクトでなくてはならないのだ。アイリス様は人を避けておられる。どんなに素晴らしい人であろうとも頑なに拒むだろう。唯一受け入れたのが一羽の鳥だったそうだ。動物であれば傍に置いてもらえる。そしてノクトならば、この聡明な犬ならば……」


ちょ……まてよ! いつになったらマニーズのところに帰れるんだ?


「……っ!!」


突然、セレナは口を押え立ち上がり部屋を飛び出して行ってしまった


「セレナ! も、申し訳ありません。セレナには私共から説得しておきます」


「このような我儘を押し付けて申し訳なく思っている」


セレナの無礼にマーチルが慌ててクレドに謝罪をするが、クレドは気にしていなさそうだ、むしろ申し訳なく目を伏せている


ふむ。とはいえ、俺も行きたくないんだが……というかセレナは俺と離れ離れになるのが寂しいのかぁ……そうかぁ……むふふ。ちょっと嬉しいな



*********************************************



 セレナを追いかけて部屋に戻ると扉は閉まっていた


は、入れない


「お嬢様。エイムです。どうかお顔をお見せください」


エイムも着いてきていた。中にいるであろうセレナに呼び掛ける


しばらくすると扉が開き、セレナが顔を出す


「お嬢様……」


「伯爵様のご依頼である以上、お断りできないのはわかっています。でも……」


身分の差というものだろう。お願いという体で言ってきてはいるのだが、俺が引き取られるのは確定的だ


俺にそんなに期待されても困るんだが……


「ノクト……」


セレナを俺を抱えソファに座る


「せっかく仲良くなれたのに……まだお礼も出来ていない……」


掠れるような声が俺の背中から声がする


「条件などを提案されてはいかがでしょうか?」


エイムが顎に手を当て呟いた


「条件?」


「はい、ノクトをお譲りしたくない気持ちは私も同じです。ですが、伯爵様のご依頼とあっては拒否することはできません。なので、そうですね。例えば一年間だけとかの条件をつけていただくとかはどうでしょうか?」


「そんな我儘を聞き届けてもらえるかしら……」


「そこは、旦那様にお聞きしてみるしか……」


「うん。そうね。このままノクトとお別れするぐらいなら……お父様にお願いしてみるわ」


俺の意思は置き去りにされたまま、それぞれの思惑が交差していった



2章は以上で完結になります。次回投稿は19日を予定しています

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