7話
宜しくお願いします
「お湯の準備を早くしなさい!!」
オーチュア家では夜も更けたこの時間にも関わらずメイド達が慌ただしく動いていた
セレナお嬢様が誘拐された。パーティから一人だけ帰ったカノンの話を聞いて家中のメイド達は全員が顔を強張らせた。だが、それから数時間後マーチルがセレナを抱きかかえて戻ってきた時には全員が歓喜したのだ。その後はセレナの身を清め、傷ついた心を癒すためにメイド達が奔走しているという状況だった
一方、オーチュア家のリビングでは数人の男達が険しい顔で話し合いをしていた
「まずはセレナさんがご無事だった事を心からお喜び申し上げます」
トリウムが口を開いた
「まさか町中であのような者共に好き勝手させるとは……」
「伯爵様のせいではございません。私共が娘を一人帰らせたのが悪いのです」
クレドとマーチルがお互いを庇うように言い合う
「それで、捕らえた賊からはなにか聞きだせたのか?」
鋭い目つきでトリウムは入口に立つ兵士に聞いた
「申し訳ありません。まだ有用な情報は聞きだせておりません」
「なんとしてでも口を割らせろ!」
「はっ!!」
町中で貴族の娘が攫われたとあれば大問題である。なぜ賊が町中に入れたのか、なぜ常に巡回している兵士達が騒ぎに気付かなかったのか、なぜ町から近い場所に盗賊達の住処がバレずにあったのか。それらの疑問が解けないうちは公表できない
ノクトはそんなやり取りをリビングの隅からぼーっと眺めていた
元々はセレナの部屋で横になっていたのだが、メイド達が慌ただしく動くので落ち着いて寝れないのだ
正直、足も痛いし散々走って疲れたので動きたくないのだが、バタバタと埃をまき散らされながら寝るのは遠慮させてもらった
「旦那様。アニデ様がお見えになられております」
メイドの一人が入ってくるなりマーチルに告げる。その名前に俺は飛び起きる様に反応した
アニデ? アニデってあのアニデか? 真犯人じゃねーか!
「アニデ殿が? お通ししなさい」
メイドが出て行き暫くすると恰幅の良い男がリビングに入ってくる
「おお、マーチル殿。それにクレド伯爵とトリウム様まで……なにやらオーチュア家で騒ぎがあったと聞きましてな。心配になって来てみたのですが……なにかあったのですか?」
「ご心配おかけして申し訳ありません。娘が……セレナが帰宅しなかった為に騒がしくしてしまいました」
「おお、そうでしたか。それでご無事だったのですかな?」
「ええ、先ほど帰ってきました。クレド伯爵とトリウム様にもご迷惑をお掛けしてしまい、こうしてお詫びを申し上げていた次第です」
「それは何よりですな」
なるほど、こいつ盗賊の失敗を聞きつけて、本当かどうか確認しに来たってことか
マーチルとアニデが話すのを眺めながらも内心舌打ちをするが、所詮は犬。証明のしようもなければ証拠もない
証拠?
あっ
俺は思いついたように身を起こしセレナの自室へと向かった
セレナの部屋に入ると先ほどまでの慌ただしさはなくなり、エイムがセレナの世話をしていた
「エイム……私、あなた達に謝らないと……」
「え……?」
「今まで私の我儘で迷惑をかけてごめんなさい……」
「え!? え……お、お嬢様……?」
セレナが突然頭を下げたものだから、エイムを含めたメイド達は慌てふためいている
「言い訳にしかならないけど……お父様とお母様の気を引きたいだけの理由であんな行動をして……皆に迷惑をかけてばかり……本当にごめんなさい」
「お嬢様……顔を上げてください。我々の役目はお嬢様の身の回りのお世話をすることです。決して迷惑だなんて思っておりません」
「でも……」
「まぁ、たしかに少し控えて頂けると私は楽ができるので助かりますが」
悪戯っぽく笑うエイムにセレナは涙を流しながらも笑っていた
まぁ、俺も蹴られなければそれでいいんだが、それはそれとして、洞窟で拾った短剣を返してもらおう
俺はのそのそとセレナに近づく
「ノクト! どこに行っていたの? 怪我をしているのだから動き回ったらダメよ?」
セレナは近づいた俺を抱き上げて膝に乗せる
お? なんか大分優しくなったな。いい匂いもするし
いつもこうでいてくれると俺も嬉しいんだが……
いや、俺にはマニーズがいる
いや、そうでなくって、短剣だ短剣
「あ、ごめんなさい。痛かったかしら?」
俺が身を捩ると申し訳なさそうに下に降ろしてくれた
んー、どう伝えたらいいのだろうか。喋れないしな
ふと周囲を見ると化粧台の上にあの短剣が置いてあることに気づいた
俺は化粧台に前足を掛けるが台の上までは届かない
それでもと二足立ちの状態で何度か右手を伸ばす
「どうしたの……?」
セレナが化粧台に近づく
「あ、そういえばこれ……ノクトが私に渡してくれた物ね。返して欲しいの? でも、危ないから駄目よ?」
馬車に乗って洞窟から帰る途中、何時までも加えてるわけにもいかずにセレナに渡したのだ
そうそれ! 貸して!
「くぅ~ん」
「もう……はい、これでいいの?」
セレナが口元に差し出してくれるので、俺は短剣を咥えリビングへと戻る
「どこに行くの?」
「あ、お嬢様! お待ちください」
俺の行動に疑問を持ったセレナが俺の後を追って部屋を出ると、エイム達も慌ててセレナの後を追った
「ご無事であったなら何よりですな。それでは私はここで失礼させて頂きましょう」
「大したもてなしもできず申し訳ありません」
俺がリビングへと入ると丁度アニデが帰ろうとしているところだった
「セレナ! もう体は大丈夫なのかい?」
俺の後をついてきたセレナにマーチルが気づいて声を掛ける
「お父様…… それにクレド伯爵様とトリウム様…… アニデ様まで……」
「やあ、セレナさん。休んでいたほうがいいのではないかい?」
「そうだな。無理は良くない。今はゆっくりと休みたまえ」
トリウムとクレドが身を案じる
「この度はご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありません!」
腰を降り深々と礼をするセレナにその場にいたものは唖然としてしまった
「せっかくのパーティにも関わらずあのような態度。お許しいただけるとは思っていません。ですが、本当に申し訳ありませんでした」
クレドとトリウムは互いに顔を見合わせる
最初は何のことかがわからなかったのだが、すぐにパーティでの騒ぎを思い浮かべ苦笑する
正直、二人にとってはあのような年端も行かない少女の行動など些細な出来事でしかなかったのだ
あんなもの他の貴族達の確執に比べれば可愛いものだった
「顔をあげたまえ。そのような事は我々は気にはしておらん。それよりもまずは体を気遣いなさい」
「ですが……!」
セレナは顔を上げ自分のした過去を恥じながら目に涙を浮かべる
「また是非いらしてください。その時はもっとうまくエスコートさせて頂きますよ」
トリウムは愛嬌滴る笑い顔でセレナに言った
——ッカチャン
何かが落ちる音がして、ふと全員が俺を見るとそこには宝石で飾られた短剣が床に転がっていた
それを見た瞬間にアニデの顔が青褪めたのを俺は見逃さなかった
「それは……?」
トリウムが近づき短剣を取るとまじまじと眺める
「それはアニデ様の物では?」
マーチルは知っていたようだ
「そうなのですか?」
「ええ、以前にとても美しい装飾をした短剣を見せて頂きましたが、間違いなくその短剣ですね」
「これはアニデ様のものですか?」
マーチルの話を聞いたトリウムはアニデに短剣を見せる
「あ、ああ! その通りだ。いや、なくしたとばかり思っていたのだが……」
「それは洞窟でノクトが私に渡してくれたのです」
セレナが事情を説明すると、クレドの目つきが変わる
「どういうことでしょうかな? アニデ殿」
「な、なんのことだ! 私は盗賊など知らんぞ! そんな奴らにマーチルの娘を攫えなどとはいっておらん!」
あ、こいつ馬鹿だ
「カーナル!」
トリウムが叫ぶと洞窟まで一緒に来てくれた兵士達がアニデの横に立ち腕を抱える
「セレナさんが攫われた事も相手が盗賊という事もまだ誰も知らないはずなのですが……なぜそれを貴殿が知っておられるのでしょうか?」
馬鹿だなー。盗賊に取られたとか言っとけば何とでもごまかせたのに……まさか見せただけで墓穴掘るとか……
正直、肝を冷やせる程度とか、容疑者の一人として目をつけられればいいと思っていた程度だった
それなのにまさかここまでうまく話しが進むとは思っていなかった俺は、呆然とその光景を眺めていた
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