6話
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マーチルは先ほどの騒動の後、各テーブルを回り謝罪の言葉を繰り返していた
セレナが突如起こした行動にたいしての謝罪だ。セレナが時折問題ある行動をしていたのは知っていたが、まさかこのような場でまで起こすとは思っていなかった
「あなた、少し休んではいかがですか?」
マーチルの顔色が優れないのを察したカノンが労わるように声を掛けてくれる
「ああ、ありがとう。そうだな、一通りの方達には声を掛けたし少し休もう」
メイドからグラスを受け取り喉を潤す
「……い! そ……えろ!」
喉をワインで潤していると入口付近がざわつき始める。次第に大きくなっていくざわつきに周囲にいる貴族達も不安の表情が浮かぶ
「下がってください!」
大声を出しながら迫ってくる兵士に何事かと立ち尽くしていると、足元になにやら大きな塊が飛び出してきた
何事かと思う間もなく、その茶色い塊はマーチルのズボンを強引に引っ張った
「あなた!?」
引っ張られた反動に耐え視線を足元に向けると、そこにはノクトがマーチルの足を何度も引っ張っている姿があった
なぜ自分の娘のペットがここにいるのだろうか、わけもわからずその様子を見つめていると兵士たちがようやく追いつき犬を捕まえようとする
だが、ノクトはそれを搔い潜り、兵士たちの手は空を切った。ノクトは入口のドアへと駆けて行ったかと思えばその場で立ち止まりこちらをじっと見つめる
「何事かね?」
低く重厚感のある声がその場に響き渡る
声の主はクレドだった
「も、申し訳ありません! 犬が会場に侵入しまして捕獲しようとしていたところであります!」
兵士達は身を正し直立不動でクレドに伝える
「犬?」
「は! 先ほど門から侵入したと報告があり、お客様の安全の為に追いかけていたところ、マーチル様に噛みついたようで。申し訳ありません!」
「マーチル殿、お怪我は?」
クレドは立ち尽くし入口を呆然と見つめるマーチルの身を案じる
「マーチル殿?」
マーチルはノクトから目を離せずにいた。何か違和感があったのだ。だが、それが何かがわからない
「あなた…… ノクトの首に巻いてあるのはセレナのハンカチでは?」
カノンの言葉にマーチルは、はっとする。そうだ、首に娘のハンカチが巻いてある。たしか家から来る時はハンカチを巻いていなかった
それなのになぜ? そしてなぜあの犬はここにいるのだ?
「セレナになにかあったのでは?」
「ワン!!」
カノンの言葉に応じるかのようにノクトが吠える
まさかとマーチルとカノンはお互いの顔を見合わせた
「ノクト。なぜここにいるのだ?」
マーチルは言葉の通じない犬に質問しているという事に、疑問を持ちながらも聞かずにはいられなかった
「セレナになにかあったのか?」
「ワン!!」
有り得ないという気持ちと言いようのない不安に駆られたマーチルはノクトに駆け寄る
するとノクトは身を翻しまるでマーチルを誘導する様に駆けだそうとする
「待ちなさい!」
それを制止したのはクレドだった
「クレド伯爵。申し訳ありません。この無礼は後日必ず……!」
「貴殿のご息女に何かあったのかね? ……カーナル!」
「はっ!」
「数名の兵士と共にマーチル殿の護衛に当たれ」
「はっ!!」
「クレド伯爵! そのような事は……」
「よい、なにかあってからでは遅い。ただし、後日説明はしてもらうぞ」
「ありがとうございます!」
マーチルはノクトの方へ向き直る。ノクトはまだかという顔でマーチルの動きを見つめていた
「兵士長! 馬を持ってまいりました!」
「よし! ……マーチル殿!」
「すまない。助かる!」
人間の足で犬に追いつくのは厳しい、ましてや兵士たちは重い鎧を纏っているから猶更だ。三名の兵士とノクトを追いかけていると、後から追いついた兵士が馬を引き連れてきてくれた。マーチルはすぐさま馬にまたがりノクトの後を追いかける
「あの犬はマーチル様の飼い犬で?」
「そうだ。セレナの……娘の犬だ」
「なるほど。賢い犬ですね。人を誘導する犬なんて初めて見ました」
「私もだ。だが、本当かどうかはわからない」
「そうですね。ひとまず見失わないようにしましょう」
兵士長と会話を続けながらノクトの後を追う。すると森の中へと入っていった。ノクトは小さいとは言わないが大きくもない、森の茂みに入れば見失う可能性もある。兵士たちは目を凝らしながらノクトが導く先へと向かった
しばらく進むと明かりが見えてきた
このようなところに集落があるなどとは聞いたことがない
——ッガサ
音のする方を振り返ると、いつのまにか追い抜いていたのだろう、ノクトが身を低くして動きを止めている
兵士長のカーナルはその動きを察して兵士達に馬から降りる様に手で合図を出す
兵士たちは馬を降り身を屈める。その動きは洗練されており、一糸一つ乱れない
草陰から除くと小さな小屋と洞窟のような場所が見える。小屋は壁もなく屋根だけなので見張り用のものだろう。洞窟の中が盗賊達の住処である事は判断できる
「マーチル様、どうやら盗賊共のねぐらのようです」
「まさか、セレナは盗賊共に……!?」
「あの犬の事を信用するのであればその可能性が高いかと……」
マーチルはふと目線をノクトに向けると、ノクトはこちらの動きを探るようにじっと見つめている
「このまま踏み込むのは危険か?」
カーナルに聞きながらも自身は飛び込む気でいた
「相手の数にも寄りますが、居てもせいぜい数十人程度でしょう。我々の敵ではありません」
兵士長の言葉に兵士達は剣を抜き頷く、日々過酷な訓練をしている兵士たちにとってならず者など敵ではない
「とはいえ、囲まれてしまっては危険です。見張りも数人います」
盗賊達に同時に襲われても兵士達にとっては何という事はない。だが、マーチルの身の安全を守りつつ戦うのは厳しい
「では、どうする?」
「陽動を仕掛けます。こちらの手数を減らす事になりますが……」
「……すまない」
マーチルは自身のせいでそうなっている事はわかってはいた。兵士達はマーチルの事を懸念しているのだ。本来であれば兵士達にまかせて自分は下がっているべきだった。だが、最愛の娘がならず者共に捕まっているとなれば何もせずにはいられなかった
「よし、それでは……ん?」
カーナルは兵士達に目線を向けるとふと違和感に気づいた
あの犬がどこにも見当たらなかったのだ
「おい! なんだこの犬は!?」
「ちっ! 邪魔だ! あっち行け!」
見張り達が騒ぎ出す
カーナルは見張り達の方を向く。そこには先ほどまで横にいたノクトが見張り達に威嚇をしていたのだ
「全員続け!」
見張り達が気を取られている瞬間を見逃さず兵士達に命令する
兵士たちは一斉に飛び出し見張りの盗賊に飛び掛かった
「——っ!!?? なんだおま」
その洗練された動きに盗賊達は反撃する間もなく打倒される。その騒ぎに中の盗賊達が気づく様子もなかった
「よし、このまま踏み込むぞ」
カーネルがいうよりも早く、かの犬はすでに入口へと進み、こちらが動くのを待っている
この犬は我々の行動をわかっているのか?
カーネルは感嘆の思いを胸に洞窟へと歩き出した
ノクトが居なくなってから数時間ほど経っていた
セレナは一人残された部屋の中で寒さ、不安、後悔の念で未だに涙が止まらずにいた
誰かに傍に居て欲しくて取った行動は、結果として誰も傍に居てくれなくなった
原因はすべて自分にあるのはわかっていた。それでも誰かに縋りたかった
だが、縋る人は誰もいない、両親は元より、使用人たちも自分の事をきらっているだろう、最後までついてきてくれたノクトももういないのだ
「……! な……が……だ!」
「……ち……い! ……!」
男達が騒がしくなった事に気づいた
何事だろうか? セレナはこの後に起きる自分の不幸に身を縮める
お父様……お母様……助けて……
絶望を予感し光を失った目に一匹の犬の姿が映し出される。その姿はたいまつの光に照らされ、黄金に輝く美しい獣だった
——ノクトだ
そう思った瞬間、セレナは縋る様に両手を伸ばす
ノクトは来てくれた。一度ならず二度までも
セレナの瞳に暖かい涙が溢れだした
おっさんども早くしろ!
俺は洞窟に踏み込むと同時にセレナが閉じ込めらている部屋へとまっすぐに駆けた
「なんだお前ら! っぐあ!?」
というか、あの兵士達強くね?ほぼ一撃で全員倒してるぞ
「マーチル様は犬の後を!」
振り返りマーチルが俺の後を追ってくるのを確認しながら奥へと進む
あいつらの話っぷりだとセレナに手を出してるとは思えないが……
一抹の不安を抱えながら奥へ奥へと駆ける
ここだ!
少し下がった場所にあった牢屋の前の階段を駆け下りる
そこには泣き腫らした目でこちらを凝視するセレナがいた
「セレナ!!」
「お父様!!!」
追いついたマーチルが駆け寄り、柵ごしに手を取り合う
「お父様! ごめんなさい! 私、私!!」
「大丈夫だ。さぁ、こんなところから出て家に帰ろう。カノンも心配している」
「ご無事ですか!?」
追いついた兵士が心配そうに声をかける
「ああ! 大丈夫だ! 鍵を開けねば……」
「おい! 鍵を探せ!」
盗賊共は兵士達によってすべて捕らえられた。兵士無双過ぎてリーダー以外は全員瞬殺だったようだが……
俺はというと、各部屋を回って探し物をしている
そう、短剣だ。あのアニデ? とかいうクソ野郎に会える短剣があるって盗賊共が話をしていたのを思い出して、こうして探しに来たのだ
洞窟の中程にある一室に入ると中央の小さなテーブルの上でキラキラ輝くなにかが見えた
近づいて確かめるが、俺のせの低さでは上にあるものが何かがわからない
仕方ないので、近くにあった椅子へと飛び移り、テーブルの上に上半身を掛けた
そこには綺麗な宝石が埋め込まれた短剣が無造作に置いてあった
恐らくこれがそうなんだろう
なんとか取れないかと口を使い器用に咥え短剣を取った
「ノクト!!」
丁度、短剣を咥えたと同時にセレナが駆け寄ってくる
「ノクト! ノクト……!」
力いっぱい抱きしめられ潰されそうになる。やめて、死んじゃう……
「さあ、帰ろう」
後ろからマーチルが優しくセレナの肩を抱き支え、外へと促した。その瞳には涙が溢れていた
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