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もう一つの結末

 読み終わった本は、あまり楽しい内容とは言えなかった。端的に言えば嘘を吐かれた。これは暇つぶしには最適な娯楽小説ですよ。そう貸し手に言われたのだが、明らかにこれは娯楽用の本ではない。

 しかし、暇つぶしに最適だったのは事実だとして、咎めることはしなかった。

 少女は椅子に身体を預けたまま、右眼を瞑っている。左眼は開いたままだ。片眼で近くの作業台へと目を移す。


「まだ終わらないの」

「ええ、まだですよ」


 聞こえる作業音はあまり愉快なものとは言えない。しかし必要なことだった。あれがないと満足に戦えないのだ。だから、少女は耐え忍ぶことを選ぶ。暇を潰すために、本の登場人物に向けて思いを馳せた。

 一番印象に残るのは、やはりローズマリーという祓魔師だろう。

 祓魔師エクソシスト。失われてしまった悪魔祓いの専門家たち。

 それは現在の歴史に記される一般的な祓魔師ではない。黒衣に身を包み、銃器に銀弾を装填して、特殊な武具を使って悪魔とその眷属たちと戦う。自分とは異なる存在だった。

 しかし、目的は共通していた。最後の最後で交差して、上手くいった。彼女がいなければ、世界は変わらなかっただろう。

 前回は祓魔師が変わった。今回は世界が変わったのだ。


「親近感を抱いてますか?」

「どうかしらね。私と彼女は別人だし」


 とはいえ共通項は多い。性格も似通っているかもしれない。自身が辿った道のりも。

 しかし、彼女に比べればまだましな方だ、と少女は思っている。でも、たぶん彼女と直接会えば彼女は私の方がマシだというだろう。

 悲劇に優劣はつけられない。そして実力もまた。

 少女は自分の方が強いと思っているが、彼女と対面したらこう言われるだろう。私の方が強い、と。


「ローズは可愛らしいでしょう? あなたともよく似ている」

「まぁ、似たような経験をしたからね」


 人間なんてものは、意図せずして他人と似通うものだ。少女はあの子が自分に似ていると思っているが、彼女はこちらが自分に似ていると思うだろう。

 魔獣であるドッペルゲンガーのように。しかし、ドッペルゲンガーという魔獣は聞いたことがない。現在も利用させてもらっているデータベースにも記載していないので、もし倒すのが遅かったら、対峙したかもしれない。

 或いは、これから。あまり戦いたくはないと心から思う。

 しかし、実際に直面すれば怪物は興奮するのだろう。そして心の奥底も。

 とはいえ、自分は彼女ほど自分自身が嫌いではない。いや、最後のページを読むに、彼女も最終的に自分のことを毛嫌いするのはやめたのだろう。利用できるのは利用する。それが祓魔術らしいのだから。

 その考え方はつれないし、自分には合わない。利用するべきものと利用するべきでないものが存在すると少女は考えている。でも、どこかの誰かさんのように拳銃自殺をしようなどと考えないのはいいことだ。


「さてはて、ローズ以外の人物は? 特にウェイルズなど」

「あれはまさにモデルとなったような登場人物ね。全ての発端はあの男?」


 彼とそっくりな性格の男を少女は知っている。ローズマリーが今世に向けて残したのは、祓魔術の伝統だけではなく、他人に不快感を与える素っ気ない性格も含まれるらしい。

 赦す必要はなく、赦されるつもりもない。その言葉の便利さは素晴らしい。それを言えばハードボイルド映画の主人公のような匂いが漂ってくるのだから。

 しかし、少女としてはその言葉を自分にぶつけた男を赦すつもりなど毛頭ない。ローズの場合は養父であり、愛情があったが、少女とあの男の関係性は親子ではないし、何より親友の死のきっかけを作った。

 だがそれでも一定の理解を示せるのは、世界が悪魔の箱庭だからだ。ついでに言えば、自身が助けを求める人々をスーパーパワーで助けられるヒーロー……ヒロインでないこともその一因となっている。


「三番目の興味はマモン? リリン?」


 青髪の少女は作業を続けながら好奇心旺盛に訊ねる。黒髪の少女は少しだけ鬱陶しく感じた。その思考を読み取ったように青髪は笑う。


「これが友達付き合いというものですよ。話に付き合ってください」

「私とあなたは友達じゃないけどね」

「ではあなたはぼっちになってしまいますよ?」

「私はぼっちじゃない。……どちらも確かに、興味は惹かれる」


 とは言え死人だ。片方については怪しいが。

 リリンは銀弾を身体中に撃ち込まれても死ななかった。思うに、自分と最後に別れた時のあれは、ただの演出だったのではないか、と今なら思える。きっとまた付き纏ってくるつもりだろう。ならば望むところだ。

 マモンについては今更深く知ろうとも思えない。彼についてはローズよりもよく知っていた。


「ぞっこんでしたからね」

「それは向こう。……動機はわかっていたけど、方法の理由が謎だった。でも、ようやく解決したわ。リリンの方法を真似たのね」


 悪魔は怪物を求める。自身を殺すほどに強い好敵手を。

 そのための準備であり、結果だったのだ。あれは。リリンは自分の怪物の子種を人間に植え付けるという直接的な方法を取った。間接的な英知による対決を好む彼女らしくないやり方だ。

 彼女は焦っていたのだろう。もしくは、酷く退屈していた。自らが好む手法とは別のやり方を選択するぐらいには。

 その結果ローズマリーが生まれ、さらなる結果として退魔教会が崩壊し、最終的にはあの忌々しい会社が誕生した。自作自演をするには最高の場所。……何が社長なのか。悪魔のくせに。

 少女の罵倒を見抜いたように、青髪の少女が手作業を止めて笑みをみせた。


「彼はそういうことを好むんですよ」

「知ってる。……わかってたんでしょ? これも」

「何のことですか?」


 白々しく訊き返す少女に、黒髪の少女は苛立ちを隠せなかった。


「ローズに崩壊コラプスという名の銃を渡した時点で、あなたは結末を知っていた。違う?」

「続きが気になる部分は視ないと言ったでしょう? つまらないから」

「……ふん、まぁいいわ。まだ終わらないの?」

「最後の仕上げです。水平二連銃については?」


 どうせ訊いてくるであろう質問が最後に設定されていた。少女は素直に事実を述べる。


「あれがなければ借りは返せなかった。私は狩れなかったでしょう」


 もしローズマリーと出会えたのなら、感謝をする自信があった。彼女には借りがある。別の借りを返すために新しい借りを作ってしまった。とは言え、彼女の方もこちらに借りがあると言ってきそうだが。

 そこまで考えて、少女に疑問が芽生える。この本の結末は本当にあれなのか、と。

 終わりました、という声と共に義手を差し出す少女に、片腕の少女は訊いた。


「ねぇ、ヴィネ。あの本の終わりは本当に――」

「それは読み手次第ですよ、高宮朱里」


 少女朱里は顔をしかめて、新しいおもちゃを身に着ける。

 マモンがくれた対悪魔用の義手は自爆に使ってしまったので、今装着するのは性能がグレードダウンしたものだ。義手としては十分すぎる性能を持っているものの、朱里の期待に応えるほどではない。

 しかし、劣った武器を使ってでも戦わなければならない理由がある。自分は、狩人ハンターなのだから。


「休止状態である義眼も起動して大丈夫ですよ」

「わかった」


 右眼を開けて、戦術義眼タクティカルアイを起動させる。

 ――狩人ハンター支援システム、通常モードで起動します。プライベートハンティングカンパニーにようこそ、ハンター。当機は戦術支援を目的としたハンターサポートシステム、戦術義眼タクティカルアイです。


「これの設定も変えないといけないわね」


 もうPHCは存在しないのだから。


「それはまた今度に。ほら、仕事ですよ」


 義手と義眼のリンクを確立する朱里の耳に、名前を呼ぶ声が届く。

 その少女は廊下の扉を開けると、今一度自分の呼称を口に出した。


「朱里さん! 任務ですよ!」

「でしょうね」


 義眼が少女のプロフィールを表示する。名前は佳奈美かなみ。困ったことに、朱里を世界の救世主だと勘違いしている少女であり狩人だ。


「エクソシストチャーチからの命令です! 今すぐにでも……」

「現地に向かえ。わかってるわ。あのつれない男だもの」


 義手が正常に動作するか確かめる時間も与えてくれない。彼に不満をぶつけても、返ってくるのは自分に考えればわかることを私に訊くな。その必要性がないと知っているだろうと暗に告げられるだけだ。

 なので、即座に準備する。念のため、動作確認も並行して行う。


「銃、取って」

「どれですか?」


 ヴィネは全て見透かしているかのように意地の悪い笑みを浮かべている。


「散弾銃。ハンターの武器はそうでしょう?」

「水平二連?」


 これ見よがしにローズマリーの贈り物を見せてくるヴィネ。マモン戦の時は有用だったが、今はまだ必要ない古式銃だ。例え古い銃が悪魔とその眷属に有用だったとしても。朱里の使用弾薬は銀弾でなく魔弾で、得物は最新式のポンプアクション式ショットガンなのだから。


「寄越して。怪物モンストル

「はい、どうぞ」


 ヴィネが銃器を放り投げる。暴発の危険性はもちろんない。ヴィネの銃は悪魔の武器であり、生き物なのだ。ローズマリーが使っていた時よりも幾分賢くなり、人間相手にはセーフティが掛かるようになっている。無論、彼女がよく戦ってきた堕落者は人間にカウントされていない。

 ローズが従えていたネフィリム……シュタインもそうだ。彼女が失ったように、朱里も失った。友達もたくさん、恩人もだ。やはり共通項は多い。家族を大切に思っていた点も。

 それでも存在する明確な違いは――朱里が狩人で、ローズが祓魔師だということだ。

 散弾銃を銀の義手である右腕でキャッチした朱里は、怪物の名前をつく銃を持って扉へと歩き始める。

 強い足取りで、一切の迷いなく。怪物少女であるがゆえ。

 扉を出る前に、朱里はテーブルの上に無造作に置かれた書物に向けて声を放った。


「行ってきます、ローズマリー」


 過去の怪物に挨拶して、朱里は狩場へと向かっていく。

 祓魔師エクソシストがそうであるように、狩人ハンターの戦いもまた終わらない。

読んで下さった方、ありがとうございました

もしこちらの物語だけを読んだ方には意味不明かもしれません。そんな人のエピソードです。

朱里とローズは合わせ鏡を意識して作りましたので、共通項目はとても多いです。性格も結構似ています。

でもやはり明確な違いはその職業です。朱里は狩人でローズマリーは祓魔師。

しかし彼女たちの目的は同じです。なので、物語は終わりですが、彼女たちの戦いは続いています。

まぁ読んで頂けるとわかりますが、個人的に気に入っているシリーズなので、どうにか時間を作って続編を書けたらいいなとは考えています。いつになるかはわかりませんが。

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました

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