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師であり養父であり……

 地獄は常にそこにある。人間が想像する頭の中に存在している。

 ゆえにその場所への邂逅は誰しも経験があるはずだ。その人物の記憶によって場所の形は様変わりする。

 ローズマリーの地獄は暗闇だった。何もないところに一人でいること。

 ローズは一人を好むが、それは孤独が好きという意味ではない。

 むしろ、ローズは寂しがり屋だった。人と、誰かと過ごすことが大好きだった。

 だから他人と距離を取るようにして、積極的な人付き合いは避けた。――私は、悪魔の子だから。


「パパ……ママ……」


 幼いローズは暗がりの中、父親と母親を探して迷っている。ローズの金髪は目立つ。

 なので、両親は自分をすぐに見つけられるはずだ。しかし、見つからず見つけられない。

 それはつまり、両親に自分を探す意図がないと示唆されている。しょうがない。私は悪魔の子だから。


「マリア先生……」


 クマのぬいぐるみを直してくれたマリア先生。優しい優しいお医者さん。

 彼女の名を呼ぶが、マリアも反応しなかった。それも、仕方ない。

 なのに心は喚いている。身体と心はまっすぐに、自分の欲望のままに動いている。

 理性ではダメだと、諦めがついているのに。


「マーセ……リュン……どこ……どこなの」


 十年来の親友たちも、言葉を返さない。みんなどこかに隠れてしまっている。

 かくれんぼをしているのか。それとも、無視されているのか。

 あらゆる場所に目を凝らしても、あるのは暗闇だけだった。いや、唐突に一人の少女が目に写る。

 その子は手を差し伸べて、微笑と共に語り掛けてきた。私と遊びましょう。私は友達が欲しいの。


「う……」


 思わず、手を取りそうになる。彼女は絶対にいなくならない。ずっと私の傍にいて、ずっとずっと、私の期待に応えてくれる。

 だが、手が触れる瞬間、何かが忌避した。自分に唯一手を差し伸べてくれるその子から後ずさるように距離を取る。

 嫌われると、嫌悪されると思った。だが、その子は異性だけでなく同性すらも虜にする淫靡な笑みを浮かべて――。


「ああ、流石よ。私の愛しい子。そろそろ、もう一つの真実を暴く時間。目覚めの、時間よ」


 もうひとり、別の男の背中を見つける。その男は不動として、ローズの前からはいなくならない。

 常に自分を導いてきたウェイルズの背姿だった。



 ※※※



「問題は解決したか、ローズマリー」


 その声にハッとする。いつの間にか大聖堂の展望台へ移動していた。

 ここからは街が一望できる。ローズはその美しい眺めが大好きだった。

 師であり養父でもあるウェイルズが、街を眺めている。ローズはゆっくりと立ち上がり、師の横に並ぼうとした。

 そして、違和感に気付く。彼と面会したはずのシュタインやケイはどうなった?

 それで疑念は終わらない。僅かに見える美しい街並みからは火の手が上がっている。煌々と燃え盛る街はある種幻想的な光景であったが、ローズの望んだ景色ではなかった。


「ウェイルズ……卿……」

「その様子では、まだ問題は未解決のようだな」


 ゆっくり彼が振り返る。顔の右半分が不自然な影に覆われていた。


「な……な、んで……ですか」


 彼だけは絶対に裏切らないと――自分の前から姿を消すことはないと確信していた。

 だが、だからこそ、その信頼が有利に働いたのだ。マモンの息のかかった特定の外国人を誘致し、コルシカというペンネームを名乗るナポレオンを大聖堂に招き、国王が死亡し、王女が堕落しても誰にも気づかれないように工作ができる人物など、限られていた。たったひとりを除いて。

 その犯人……配下の一人が、自分を導いてくれた師が、退魔教会を預かる騎士がローズの目の前に立ち、見据えている。


「愚問だ、ローズマリー。自分で考えればわかるだろう」


 そうとも、わかる。つじつまは合っている。だが動機がまるで見えてこなかった。

 ウェイルズは教会の存続に命を懸けていた。なのに彼はその信条や信念が真っ赤な嘘だったかのように、エヴァンジェルヒムを燃やしている。この国が崩壊すれば、教会は、祓魔師は全滅するも同然だ。

 それは世界が悪魔の箱庭になることを意味している。全くの矛盾だった。


「なぜ……ナポレオンを手引きしたのですか」


 もう一つの問いを口に出す。ナポレオンはウェイルズの祖父を殺した。ウェイルズ家とナポレオンの因縁は深い。家族ぐるみと言えば親しみを感じるが、実態は血生臭いものだ。ナポレオンが殺しウェイルズが復讐し……今度はナポレオンによる復讐が、教会を破壊しつくそうとしている。


「復讐だからだ」


 今度はローズの質問にウェイルズは答えた。しかし、その回答はにわかに信じがたいものだ。ウェイルズは復讐などで手を汚すような人物ではない。少なくとも、ローズの目からはそう見えていた。

 それに対象を見誤っているように思えるが、その推論を遮るようにウェイルズは続けた。


「私の父は教会に殺された。それが理由だ」

「名誉の死。殉職だと……そうおっしゃっていたのでは」


 ウェイルズの父の死亡理由は、任務中の戦死。そう彼から聞かされていた。だが、ウェイルズは否定する。私の父は教会と、国王に殺されたのだ、と。


「全ては陰謀だった。バルテン王は私の父が在任中に気が狂いかけていた」

「そんな、ことは」


 と言い返しかけて、否定できないと思い返す。まさに今、自らの師にすら裏切られているのだ。どうして自身の分析が正しいのだと胸を張って言えようか。

 身体の力が急速に抜けていくような感覚に囚われる。誰の死よりもローズの心を、精神を揺さぶってきている。自らの全てが否定された気分だった。これが真の絶望なのかもしれない。いつでも銃を撃ち、不意を衝ける位置にいるのに銃を引き抜く気にはさらさらなれなかった。戦う気力を失いかけている。

 ただ、それでも怪物は悦んでいるから、かろうじて立っていられるだけだ。


「王が私の父を謀殺し、奴が私に真相を教えてくれた。私は既に堕落していたのだ。そう……お前を救ったあの時からな」


 銃を撃ち、銃に撃たれる幼いローズを救ったウェイルズ。ローズは悲劇の中に希望を見出していた。だが、実際は異なっていた。悲劇の中にさらなる悲劇を見つけて、それを希望と呼んでいたに過ぎなかったのだ。


「私が偶然お前を救ったと思ったか? いや、違う。私はお前に目を付け、利用したのだ。元よりお前の異常性については、以前からお前の父に相談を受けていた」

「……では、あなたは、放置していたのですか」


 私の怪物を。父が狂気に呑まれていることを知りながらも、あえて対応していなかった?

 ウェイルズの言葉はそのように聞こえる。事実、彼は全てを知りながらも放置していたのだ。

 ずっと不思議ではあった。ウェイルズは優秀だ。ローズの知る彼ならば事態をここまで悪化させなくとも済んだはずだ。これはナポレオンの策略であると同時にウェイルズの陰謀でもあったのだ。彼は本心から……自らを保ち、理性をもって行動していた。

 力が入らなかった身に、熱量が戻る。失いかけていた瞳の光が輝きを増していく。


「みんなを救えたのに、救わなかったのですか」

「赦す必要はない。赦されるつもりもない」

「――ッ!」


 先程とは違い、簡単に銃把を握りしめた。撃鉄を起こし、頭部に寸分違わぬ狙いをつける。

 ウェイルズはようやく身体を完全に振り向かせ、その姿を晒した。

 影に覆われていた右面は、数多の血管が浮き出て、頭頂部からは角が生えている。なぜか与える印象は堕落というよりも、堪えているように感じられた。力が暴走しないよう制御しているかのように。その理由は不明だが、問いを投げても彼は絶対に応えないだろう。自分で考えればわかることを問うてはならない。それがローズとウェイルズが培った信頼だった。

 だが、もうその信頼は崩れ去った。崩壊してしまった。


「話しは終わりだ。来い、ローズマリー」

「ウェイルズ!!」


 ローズが発砲。ウェイルズは身を翻して銀弾を交わすと、右手に剣を抜き、左手にペッパーボックス式のパーカッションロックピストルを構えた。会話を交わすように、銃声が鳴り響く。その銃声は、ローズの記憶を刺激し、古い記憶を呼び起こさせた。



 ※※※



 ぱぁん、と擬音語にすればばかばかしくなるような音だが、人を殺してしまうほどに凶悪な音が響き渡る。

 穴は開いたが、それは人ではない。射撃用の的だった。ローズはリボルバーを構えて、的に向かって射撃練習をしていた。横で指導するウェイルズはどこか不満げな表情を浮かべている。結果に満足していないのだ。弾丸は的にこそ命中したが、中心を射抜いていない。完全に銃を制御できていないのだ。

 その厳しさを、しかしローズは嬉しく思う。それは彼が本気で自らを修行してくれるという証明だ。保護した自分を引き取ったウェイルズは形こそ養子にしてくれたが、専らの世話はマリア先生に任せきりで、何かを直接教えてくれることは滅多になかった。

 だが、武器の扱い方は――子どもが祓魔師を志望することに彼は難色を示していたが――ウェイルズ自らが手解きしてくれた。今回のように。


「まだ、至りませんか。ウェイルズ卿」

「お前は銃を完全に会得してはいない。的に当てるのは初歩だ」


 ウェイルズは突き放すように言うが、ローズとしては抱きしめられているように感じる。ローズ自身ダメだという自覚はあるのだ。問題はその対処法だった。重要なのは失敗ではない。その後の対処方法なのだ。


「風を読め、ローズマリー」

「風……」


 銃を撃てば子供でも人を殺せるというのは嘘っぱちだ。銃は撃てばいいだけのものではない。きちんと狙って当てなければならない。むしろそこが一番大事なプロセスなのに、人はなぜか銃を握っただけで無敵となった風に錯覚する。

 アメリカの西部……未知なるフロンティアでは、子どもの誕生日に銃を贈る習慣がある。だが、銃だけをプレゼントされてもダメだ。親が子に与えるべきは物質的な道具ではない。曖昧で目には見えないが、確実に身になる技術や信条、思想を受け継がせるべきなのだ。

 だから、多くの子どもが非情や厳格という評価を抱くであろうウェイルズは、間違いなくローズマリーにとって最良の養父だった。ローズは熱心にウェイルズの言葉に身を傾けて、周囲を満たす風量を観測する。

 銃弾は風に流れる、とは知っている。狙って当てるという銃を扱う上でもっとも大切な段階は、その風を読むということも含まれる。

 だから、風を読んで、引き金を引いた。今度は的の中心に当たる。ほんの少しだけ喜んだが、距離が離れているとはいえ、的相手にこれなのだ。暴風吹き荒れる中、動く的に対して精確に命中させるには、たくさんの練習が必要であることは明白だった。


「まだ足らんな、ローズマリー」

「はい」


 即答する。事実だからだ。しかしウェイルズはお前は本質を理解していない、とローズの手から銃を取り上げる。一瞬、祓魔師になる資格を喪ったのかと焦るローズだが、ウェイルズは的に向かって撃発しただけだった。ロクに狙いもつけずに。だが、弾丸はそういう因果が働いているのかと思うほど精確に的に吸い込まれていった。


「エクソシストに精確に狙いを付けられる機会などほとんどない。動く的ならいざ知らず、動かない的には狙わないで当てるぐらいの技量が必要となる。或いは、一瞬で狙いを付けろ。考えないで撃てるようになれ」

「はい」


 彼の言葉は正しい。人間相手の闘争ならばそれでいいかもしれないが、祓魔師が戦うのは人間を超越した存在だ。人間を倒すやり方を悠長にしていれば、人間らしく塵芥に帰すしかなくなる。


「そして、その段階でもまだ凡庸だ。それでは足りん」


 ウェイルズは射撃場に設置されたレバーを引く。的が現れたが、一つは障害物の陰に隠れるように出現した。これでは狙えない。そう思ったローズの心情を見透かしたようにウェイルズは告げる。


「あの的を撃て」

「ですが」

「いいから撃て」


 納得していないながらも撃つ。想像通り的には命中せず、障害物に当たって弾丸は潰れた。そしてまたウェイルズはローズのリボルバーを使い、射撃スペースの左壁に向かって構えた。驚くローズの前で躊躇いなく引き金を引く。そして銃弾が壁に潰されることなく跳弾した。通常ならこうも統制された風に銃弾は跳弾しないが、ウェイルズは確実に銃弾を操っていた。

 跳ねた弾がまたもや的に引き寄せられて穴をあける。――中心部分に、たがいなく。


「これがお前の身に着けるべき技だ」

「私の、技」

「従来のエクソシストでも、このような技を持ち合わせる者は多くない。だが、私はお前を普遍的なエクソシストに育てる気は微塵もない」

「ウェイルズ卿」

「銃を扱うということは、ただ引き金を引くだけで済まされない。対象がどんな存在かを分析し、急所を見抜き、最適な距離を選択し、周囲の状況を読んで、自然環境に合わせ、初めて銃を穿てるのだ。銃を撃つことは、観察し、自然と同化することなのだ」

「自然と、同化……」


 ウェイルズは銃をローズに返した。ローズは銃把を握って、じっと自分に与えられた武器を見つめる。

 この銃もまた、ウェイルズがローズの誕生日に与えたものだ。壺娘が選択した、自身にぴったりだという純潔イノセントの名を持つリボルバー。

 アメリカのカウボーイたちが、ただ形式的に銃を与えられるのとは違う。無骨で、悲劇の象徴でもあるが、ローズマリーにとっては最高の贈り物だった。

 無意識に、ローズは微笑を浮かべていた。その姿をウェイルズはじっと眺めていた。

 親が子を案じるように。何かを吟味するように。



 ※※※



「嘘、だったのですか……あれは!」


 弾丸が頬を掠める。ローズは躱しながら反撃。ウェイルズの古式銃は発射まで時間が掛かる。手回し式のリボルバーで、銃口が六つも備わっている。仕組みこそローズのシングルアクションリボルバーと似ているが、一度撃つ度に発射機構をセットしなければならない。具体的には、雷管パーカッションキャップをニップルにはめる必要がある。

 だが、ウェイルズの技巧は時間が掛かるはずのセッティングを恐るべき素早さで可能とした。そして、精度は凄まじく高い。ローズのリボルバーよりもはるかに劣った武器で悪魔や堕落者と戦ってきたので当然と言えば当然だ。

 その事実がなおのことローズの感情を昂らせる。彼ならできたのだ。彼なら、みんなを救うことが。怪物である自分とは違う。人を救う手立てを彼は持っていたはずだ。


「なぜですか! なぜッ!」

「今は戦闘中だ、ローズマリー。敵を祓うことに集中しろ」


 訓練の時のようにウェイルズは応じる。悪魔の力を身に宿して。ローズはファニングショットで驚異的な連射を見せたが、ウェイルズには通じない。彼はマーセやリュン以上にローズを知り尽くしている。ゆえに、ただのファニングではなく跳弾を意識した連続射撃も、全て避けられてしまった。


「その技は私が教えたものだ。優れているが、届かない」


 彼の言葉はかつてローズに披露した射撃のような鋭さで的を射ている。ドッペルゲンガーとは別の意味での強敵だ。あれは自分にはないものを披露するだけであっさりと瓦解できたが、こちらに関しての攻略法はより高度なものとなる。

 否、攻略法などというものが果たして存在するのだろうか。彼に勝つためには、彼を越えなくてはならないのだから。

 まるで試練のように感じられる。しかし、実情はただの殺し合いだ。


「お前の実力はそんなものではないはずだ」


 ウェイルズはローズよりも劣った武器で、ローズを圧倒していた。退魔の祝福が施されたカットラスを抜き、ペッパーボックスを放ちながら肉薄してくる。振りかざされる斬撃を、レイピアで受け止めた。浮かぶビジョンはウェイルズと行っていた剣の稽古だ。

 ウェイルズは剣の達人でもあった。優秀な祓魔師は、全ての武器を分け隔てなく扱える。マーセは射撃が苦手などといつも言っていたが、彼女も射撃が無理というわけではない。リュンもローズにこそ負けたが、近接戦闘の実力は申し分なかった。

 そのことを踏まえても、ローズはウェイルズに苦戦を強いられる。ローズも剣術は常人以上に身に着けているが、やはりウェイルズとは年季が違った。経験の差が圧倒的だ。加えて、ナポレオンとの契約により増加した腕力が、ローズのレイピアをただの防御道具へと変えている。ローズは反撃の機会を見つけられなかった。ただ受け流し続けて、あまりの力に腕が悲鳴を上げ始める。マーセの時のように、裂傷を覚悟の上での回避は得策とは言えない。理性を保っているウェイルズが相手では、ただ自身を始末するチャンスを与えるだけだ。

 だから、一端距離を取ろうとロープピストルを構える。それを予期していたようにウェイルズは射撃。


「逃がしはせん」

「くッ……」


 ピストルを銃弾で撃ち落され、対応が遅れたところに凄まじく素早い斬撃。今度はレイピアが弧を描いた。咄嗟に蹴りを放ったが、銃身で殴打される。顔面を強打されよろめいたところに一閃。鮮血が宙を舞う。


「ぐあッ!」

「躊躇うな。怪物を使え。最良の殺し方を編み出せ」


 ウェイルズはローズにレクチャーする。強者の余裕のようにも感じられるが、別の意図も読み取れる。奇妙な戦いだった。命懸けの戦いのはずなのに、全身全霊をもって愛情を注がれているようにも感じる。


「私はお前の友を殺す手引きをした。怒りを爆発させろ」

「ウェイルズ卿!」


 継承サクセションを引き撃ち。だが、ウェイルズは弾丸を切り裂いてみせた。マーセの時に披露された手品なのでそこまでの驚きは覚えないがやはり脅威的だ。もう一つのリボルバーであるリュンの臆病ファイグハイトを構え、二丁拳銃で乱射する。

 だが、手数が増えただけでは決定打になり得ない。ウェイルズは易々と対処して、こちらの脇腹を銀弾で撃ち抜いた。


「――!!」


 またあの痛み。普通の銃弾で撃たれるよりも数倍の痛さが身体を蝕む。

 なぜ銀弾がここまで痛いのか。やはり私は悪魔の子なのか。軽く吐血して、ウェイルズを睨む。ウェイルズはローズの準備が整うまで待っていた。ローズは歯を食いしばり、通常なら致命的な隙となりえる純潔イノセントのリロードを行う。装填を完了し、右手で背中の崩壊コラプスを持つ。ライフルとリボルバーの両手持ち。戦場でなら失笑されそうなそのセットも、祓場ならば許容される。

 しかし、ウェイルズには通じない。私にはその組み合わせは失策に思える。彼は告げる。


「他の手立てを考えるべきだ。ただ銃を撃つだけでは、堕落者も悪魔も祓えない」

「わかっています……あなたが、教えてくれました」


 わかっている。全てウェイルズが教えてくれた。だからこそ、ローズは異種銃の同時射撃を放つ。

 敵を祓う、師を越える機会を作り出すために。先程撃たれ痛みに呻いた時に、ローズマリーは切り札を発見していた。ついさっきまでは存在してなかったが、今は確実にそこにある。ウェイルズ卿から譲り受けた、水平二連式の散弾銃が。

 普通ならこんな幸運……偶然は有り得ない。つまりこれは必然なのだ。必要だから現れた。少々癪だが、使える物なら何でも使うのが祓魔術だ。

 手にするためにはウェイルズを引き付ける必要がある。ゆえに、愚策だと諭される射撃を行ったのだ。純潔イノセントは残り五発を残して、後は崩壊コラプスのスピンコックによる片手撃ちを連続する。


「私はお前を昔から知っていた。お前は私を育て親だと考えているようだが……違う。私はただ、有用な道具としてお前を利用したに過ぎんのだ」


 ウェイルズは剣で銃弾を切り弾きながら語る。ゆっくり歩み寄り、またもや斬撃を放つ範囲に入った瞬間、ローズは博打に出た。勢いよく突撃する。これにはウェイルズも意表を突かれたようだ。通常ならあっさり対応して切り裂くだろうが、自身が鍛えたローズが破れかぶれな特攻をするとは考えもしなかっただろう。時には大胆に、時には慎重に。ナポレオンの名言通りだ。

 タックルを喰らったウェイルズはわずかに怯みはしたものの、すぐに蹴りで応戦してくる。ローズはそれをライフルの銃身で受け止めて、空を描く崩壊コラプスを見送りながらステップを踏んでウェイルズの後ろへ回った。逆回転してカットラスを横に振るうウェイルズ。それを純潔イノセントで受け止め、左ポケットに仕舞われていた銀のナックルダスターを装備。ペッパーボックスの銃把で殴り掛かるウェイルズの打撃を相殺し、そのまま背後に跳躍する。そして、壁に寄り掛かっていた散弾銃を蹴り上げて、ナックルダスターを投げ捨てた左手でキャッチした。散弾銃は両手で持って撃つのが定石だが、ローズは無視した。水平二連の片手撃ち。さしものウェイルズと言えども、散弾の全てを剣で防ぎ切ることはできない。想定通りに込められていた銀弾はウェイルズの肉体を裂いた。とは言え完全にではない。


「そうとも……お前は道具。私が復讐を成すための傀儡だ。躊躇う必要がどこにある」


 ウェイルズは身体を穿たれながらも一方的な話を続ける。……彼はローズを傀儡だと言った。だが、ただの傀儡に父親から譲り受けた銃を渡すだろうか。ただの自演工作に、これほど大掛かりな仕掛けが必要なのだろうか。

 疑問が膨れ上がり、急速に敵意は失せていったが、ウェイルズはそれを焚き付けるように攻撃動作を続行する。

 銃が放たれて、ローズは避ける。いずれにせよウェイルズは祓う必要がある。堕落しているのだ。ナポレオンの配下でもある。だからローズも戦いは止めなかった。また散弾銃を構えて、それだけではダメだと瞬時に判断する。一度喰らった攻撃を二度も喰らうような男ではない。

 ゆえに、工夫をする。リボルバーの撃鉄を起こして、穿つ。壁に向かって放たれた弾丸をウェイルズは防ぐ。

 ウェイルズ卿は銃の撃ち方を教えてくれた。剣の使い方を享受してくれた。悪魔への対策を、人間への対応策を。生きるための全てを、自分に授けてくれた。

 彼は言葉数が少ない。それはローズの洞察力を高めるために有用だった。彼はローズに考えさせた。世界を、社会を、人間についてを。

 二発目を発砲。それもウェイルズは裂いて防ぐ。――ローズマリー、堕落者を祓う時は、なぜ堕落したのかを見極める必要がある。そのためには調査の技と分析するための知恵が入用だ。

 三発目。今度はウェイルズは回避し、銃で反撃した。それをあえてローズは肩に掠らせることで身体動作を極限まで抑える。――エクソシストは、対人戦闘も考慮しなければならない。私が教授してやろう。

 四発。剣が銃弾と音楽を奏でる。――忘れるな。エクソシズムの根幹は不屈だ。何があっても諦めてはならない。お前は最後の時まで闘志を絶やさず、悪魔の誘惑に屈してはならない。……それがエクソシストなのだ――。


「ここまでだ、ローズマリー」

「そうですね……ウェイルズ――」


 再度カットラスの間合いにローズを入れたウェイルズが叫び、その事実を見届けたローズが肯定する。


「――お養父さん!」


 直後、銃声が轟く。二発の発砲音。リボルバーと散弾銃。

 ウェイルズは散弾を防ぐことなく全身で受けて、そのままローズの首を刈り取ろうとした。だが、ローズはもう一方の純潔イノセントを壁に向けて放ち、散弾銃で怯んだ彼の頭部に命中させる。

 瞬間――ウェイルズ卿は笑みを浮かべて、持っていた装備を手放した。ほとんどの堕落者がそうであるように、ウェイルズの身体をローズが抱きかかえる形となる。彼は首をローズの耳元に動かし、苦し気な声音で囁いた。


「港に船を用意してある……既に、見繕った人間を避難済みだ。お前が指揮を執れ」

「ウェイルズ……卿……」


 もはやわかっていた言葉をローズは噛み締める。やはりそうだ。一度でも疑った自分がバカらしくなる。ウェイルズは退魔教会の崩壊を危惧していた。悪魔の侵入を赦してしまった以上、もはや手遅れの段階だったのだ。だから、ウェイルズはローズを呼んだ。引き継がせるために。


「どうして、です……」


 推察しながらも、やはり疑問の声が漏れてしまう。いつもなら素っ気ない返答を返す彼も、今日ばかりは饒舌だった。


「この事態は……私やお前が生まれる遥か以前から予期されていた。いずれ悪魔が教会を滅ぼすと……先代たちは考えていたのだ。ゆえに私は……敵の内側に入り込み、制御しようとした。結果的に……功を奏した。これで教会は滅びない」


 とウェイルズは言うが、退魔教会は業火に包まれている。復讐の炎に。ローズの不安を見咎めたウェイルズが、小さな笑みを作った。


「私は……最良の、最高のエクソシストを作り上げることに成功した。退魔の、花だ。決して穢れることのない祓魔の花。お前のおかげで……私は憂いなく計画を進めることができた」

「ウェイルズ……」


 ウェイルズの身体からたくさんの血が流れて、ローズマリーを汚している。否、これは継承なのだ。ローズはこれから、退魔教会を率いる存在となる。いや……言うなれば……。


「今日からお前が――教会チャーチだ、ローズマリー。後は、まかせ、た……」


 ウェイルズの身体から力が抜ける。瞳から大切な光がこぼれる。

 彼の記憶が、自分を導いた養父の残滓が、ローズの中に吸い込まれていった。

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