表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/30

置き土産

「何してるの、二人とも」


 呆れたように幼いリュンは声を掛ける。遊びたがらないローズマリーと遊びたがるマーセが喧嘩のようなものをしていたのだ。

 ようなもの、という感想を抱くのはローズは嫌がる反面喜んでもいるからである。ローズはひとりで、マーセもひとり、そしてリュンもまたひとりだった。

 リュンには家族がいる。幼い弟と妹たち。だが、両親はとっくの昔に死んでしまった。母親は病死し、父親は外交官として働いていたが、退魔教会に恨みを持つ者のリンチを受けて殺されてしまったらしい。

 だから、リュンは金を手っ取り早く稼げるという祓魔師になることを漠然とだが決意した。退魔教会には様々な支援事業がある。れっきとした理由がある孤児ならば孤児院で支援を受けることもできる。

 だが、リュンは姉として……家族の長女として、弟や妹に何不自由なく生活をさせてあげたかった。そのためには祓魔師になるのが一番いい。教会は祓魔師当人だけでなく、家族の世話もしてくれる。

 そうしてリュンはここにいて、かつて自分に嫌がらせをしていた少女と、そんな自分を助けてくれた少女といっしょに公園で呆れ顔を浮かべている。マーセは粗暴だったが、彼女の内面と過去を知って、そこまで悪い奴ではないことがわかった。暴力的な一面はあるが、それは根っからのものでもない。学習した上で暴力をしているわけじゃなく、何も知らないから噴出してしまう暴走のようなものだった。

 だから、リュンはマーセを赦した。いや、そんな大げさなものでもない。仲直りしたのだ。

 そして親友と言っても過言ではない関係となりこうして遊びのようなものをやっている。

 “ようなもの”。全て何かの真似事だった。ここにいる全員が本物を知らない。度重なる不幸が、自分たちを普通じゃない人間にしてしまった。人は誰しも怪物を飼っているという説がある。或いは、このような境遇に至ってしまった者たちが、怪物なのかもしれない。

 目の前で繰り広げられるのは人の皮を被った怪物の、見様見真似の遊戯なのかも――。そう思いながらも、リュンは微笑みをみせている。


「何笑ってるの、リュン。手を貸して」

「そうだぞ、リュン。このエクソシズムバカに遊びを教えてやれ」

「無理矢理意見を押し付けても、きっといい結果にはならないわよ」


 呆れがちに助言を放つ。幸福な時間だった。



 

 ※※※




 弾丸は側頭部を掠めて後方の木の幹を貫通していった。ローズは怖じることなくリュンを見据える。

 ローズの銃弾も外れた……外した。次々に浮かんでくるのは記憶だ。数少ない遊びの記憶。その思い出を銃撃が塗り潰す。数多の堕落者が、祓魔の記憶が上塗りしていく。


「理性を保っているの?」

「ええ……そうじゃないと不都合だから」


 リュンは寂しげな笑顔を浮かべている。笑ってはいるが、糾弾する気にはとてもならない。ローズはリュンの人柄をよく知っている。彼女の本当の気持ちを理解している。これもまた地獄だったはずだ。

 マーセと同じくらいリュンは苦しんでいたはずだ。家族と親友を天秤にかけて、どちらかを選べと強要される。自らの判断を全て記憶し、間違いだと知りながらも選択肢のない選択を迫られて、片方を斬り捨てる。

 もう少し早く気付いてあげられていれば。後悔するのはいつも手遅れになった後だ。


「でも……私も堕落してる。半分堕落してるから、遠慮はいらないわ。……殺して」


 リュンは矛盾した行動を執る。殺してくれと要請しながらも、自衛と殺害のために銃を構えている。そういう契約なのだ。時が来る前に全てを告白したり、わざと殺されたりすれば家族の命は奪われる。リュンは祓魔師だからこそ、マモンの恐るべき力をよく知っていた。騙せるような相手ではないことも。

 だからリュンは銃で狙って、私を殺してと嘆願してくる。


「ローズ、早く」

「……ッ」


 ローズはライフルを再度射撃したが、銃弾はリュンを掠りもしなかった。代わりに壊れたのは、リュンの背後で遊んでいる自分たちの残像だ。引き金を引く度に、思い出が、友情が壊れて穢れていく。まるで最初からなかったかのように。

 だが、実存していた。確かにそこに。心の中に。


「マーセを殺したのは……殺させたのは私。武器庫を襲撃したのも。手遅れになる前に早く!」

「リュン……リュンは、それでいいの」


 最後に問いかける。リュンは一切の迷いなく即答した。


「いいに決まってるでしょ。もう私は……血を流すのは、たくさんなのよ」

「そう――わかった」


 ローズの瞳に決意の炎が灯る。ローズは今度こそリュンの頭部に狙いを定めて撃ち放った。リュンは避けて、ライフルを応射。しばらくライフル同士の応酬が繰り広げられるが、戦いは互角だった。思考する敵というものはえらく厄介だ。知性を失った堕落者よりも、普通の人間の方が苦戦を強いられる。

 だが、願いを聞き届けている――弱音など吐いている暇はない。

 埒が明かないためライフルを背中に戻し、ローズは純潔イノセントを引き抜く。リュンもパーカッションリボルバーを取り出してこちらに向ける。

 ローズはシングルアクションリボルバー専用のファニングショットを実践し、瞬く間に六発の弾丸をリュンに撃ち送る。リュンはそれをあえて数発身に受けることによって致命傷を避けた。親友の身体に銃創が開き、その拍子で金貨が零れ落ちる。


「ッ!!」


 リュンは慌てて金貨を追いかけた。彼女が告知した通り、金貨にも惹かれるようだ。ローズが撃鉄を半起こしにし、ローディングゲートを開けてリロードしている間にリュンは転がる金貨を拾い上げ、憤怒の表情でローズを睨んでくる。……もはや、知性が残り少ないのだ。敵に正体が発覚した今、わざわざ知性を残す理由はない。


「お金を……盗るな……」

「私は盗んでない。欲しいなら、全部あげた」


 金などいらない。いらないから、ただ生きていて欲しかった。

 だが、その願いは叶わない。リュンからは刻々と理性が失われていく。


「金……カネ、おかね……」

「奪われたのね。養育費を」


 恐らくはマモンの差し金で。或いはナポレオンの策略か。

 敵は有言実行して見せた。ローズの親友を二人も堕落させた。怒りを感じ、喜びが心底で吹き荒れている。怒りながらも嬉しがり、笑いながら悲しんでいた。

 私も矛盾している。ローズはそう思いながらも、銃口だけは愚直なまでに真っ直ぐだ。


「金! 殺せ! 金! 殺してぇ!!」

「リュン……!」


 血走った眼のリュンはリボルバーで人間的な射撃を行いながら、動物的な俊敏性で肉薄してきた。ローズは速射するが、リュンは躱す。ナイフが煌き、ローズはリボルバーで防御する。きりきりとした銃身とナイフがぶつかり合う音がしたが、壺娘製の銃器が壊れることは有り得ない。左手で自身を射殺しようとするリボルバーの銃身を掴み、側面にあるウェッジに触れた。銃身が折れて、シリンダーが外れる。弾倉交換式だからこそできた武装解除だった。

 使い物にならなくなったリボルバーをリュンは投げ捨て、怪力で物を言わせようとする。右腕がローズの顔を捉えて小さな呻きが漏れる。しかしローズは踏みとどまり、ナイフの一閃を足さばきで避けた。レイピアを引き抜いて、ナイフと斬り合う。その隣では、優しい記憶の残像たちが無邪気に棒切れで遊んでいる。

 残像が弾き飛ばしたのはリュンの棒だった。しかし、現実で得物を離したのはローズだった。


「ッ!」


 リュンの力は人間離れしている。やがて思考も人間からかけ離れていく。リュンは吠えながら切迫し、驚異的な腕力でナイフをがむしゃらに振り回す。ローズはそれを紙一重で避け、接射。しかしリュンは銃撃を厭わず近接攻撃を続け、とうとうローズの身体を刃が捉える。


「ぐ……ッ!」

「寄越せ! 寄越して! ちょうだい、ちょうだい!!」


 真横では、勝利者であるローズがほんのりと勝ち誇っている。リュンは悔しそうに、再び棒切れを拾って勝負を挑んだ。

 しつこかったっけ、と思い返す。なんだかんだ言って、みんな負けず嫌いなのは変わらない。

 そう、みんな。ローズ自身も負けず嫌いだ。


「おおッ!」

「離せ!」


 観察でリュンの斬撃を見切ったローズは、彼女のナイフを持つ右手首を掴む。力で強引に振り払おうとしてくるが、これは単純な力比べでは解決できない。ローズはリュンの手首を捻ると武装解除。反撃を避けながらナックルダスターを左手にはめて、拳による殴り合いに移行した。

 一撃でも喰らえばひとたまりもないので、ローズは反射と思考を融合させ回避していく。長年の付き合いの成果だ。ローズはマーセだけでなくリュンとも訓練してきた。リュンは格闘戦が不得意だ。そのため、ローズはそれなりにやり合うことができる。無論、油断すれば重傷で済めばマシな方だが。

 拳を頬が掠るだけで、銃弾が迸ったような衝撃が奔る。リュンとこのような喧嘩はしたことがない。

 彼女はこういう争いや諍いを好まないのだ。口論がヒートアップした時は、自分から折れる。穏やかな性格だった。

 だから、彼女のこのような一面を見ることに酷く悲しさと……喜びを感じている。


「くそッ!」


 自分の中に眠る怪物と最悪な状況に毒を吐いて、ローズは殴り続ける。とは言え単なる打撃戦では切りがない。次なる一手を思案しようとしたその時、リュンがボルトアクションライフルを背中から取り出して、鈍器のように振り下ろしてきた。

 とっさにローズは悲劇トラジェディアを放り投げて、崩壊コラプスを盾にする。レバーアクションとボルトアクションの異なる機構を持つライフルによる競り合い。通常なら致命的な問題が発生してしまいそうな乱暴な扱いでも、壺娘の武器はしっかりと動作する。従来とは異なる法則が働いているのだ。

 だがその摩訶不思議な法則も、リュンを堕落から救ってくれない。ローズはしばらくライフルの両端を両腕で掴んで縦に振るわれたライフルの銃床を防いでいたが力負けし、強引なスイングによって公園の地面を二度もバウンドさせられた。

 土が舞い、視界がぼやける。うつ伏せで倒れるローズの前に、マーセに投げ飛ばされた自分へ手を差し伸べる幼いリュンが現れる。それを現在のリュンが踏み砕き、ライフルをローズの頭にぴたりと向けた。


「無理……殺し……ごめん……」


 外す方が難しい距離。この状況で武具による迎撃策をローズは持っていない。そして味方も連れていないので、援護は期待できなかった。否――ひとりだけ、手を差し伸べてくれる存在がいる。

 その異端存在は時間を止めて、リュンの背後で手をひらひらと振っていた。


「どうする? あなたは苦しみ悶える友を救わずに、死を選ぶの? それは非情な決断ね」

「……」


 ローズは悪魔少女へ視線を合わせた。マーセが堕落した時と似ている。マーセは地獄の業火に焼かれる子供を救うために堕落を選ぶほかなかった。マーセ自身が何と言おうとローズは責めるつもりはない。仕方なかったのだ。選択肢が存在しなかった。

 だが今は……違う。マーセの気持ちがよくわかった。他人事なら慰めの言葉を掛けただろうが、自身には責め苦を与えなければ気が済まない。

 ゆえに、ローズは決断する。悪魔少女の希望とは違う、いや、ある種希望通りの選択を。


「ああ、美しき怪物。あなたは何があっても絶対に――私の手を取らないで」

「ええ。絶対に――あなたの手なんか取らないわ」


 時間が役割を思い出したかのように動き出す。その瞬間、ローズは弾薬袋を弄り、目当ての品物を取り出した。前方に放り投げる。チャリン、という音にリュンはあからさまに反応する。魔法の金貨の落下音に。

 その隙を逃すローズではなかった。リボルバーを後方へ振り向くリュンに向かって撃発。リュンの身体が小さく跳ねた。ゆっくりと後ろへ倒れていく。


「ローズ……ありがとう。家族を……よろしく」


 リュンは感謝の笑みを最期に見せて、公園の真ん中で斃れた。

 彼女の記憶、残酷な思い出がローズの頭に吸い込まれていく。



 ※※※



 お金が、盗まれた。

 それだけで悲劇は終わらなかった。なぜか教会の支援も打ち切られた。

 金融担当に問い合わせても、似たような答えしか返ってこない。上司からの命令です、退魔騎士からの通達です。しかしそんなことは有り得ない。マーセに相談すると、彼女は調査に乗り出してくれた。

 私に任せておけ。頼りになる言葉と共に、彼女は余っていたお金まで融資してくれた。何とかなりそうだ、と安心した夜からだ。リュンの家に謎の金貨が置かれ始めたのは。

 最初に見つけたのは弟であるベンだった。次に長女のメイ。その次がエミリー。


「何、これ……」


 ――ああ、君。わかってるんだろう?


「悪魔……!」


 聞こえたのはマモンの声だった。マモンからの一方的な融資はしばらく続いた。

 そして、あの日。リュンとマーセとローズ、いつものチームで貴族と奴隷の事件を解決したその日。

 リュンは再びあの金貨を目撃した。それも一枚や二枚ではない。金貨へと変わり果てる執事も目の当たりにした。

 相談しようか苦悩した。だが、何より恐ろしかったのは、金貨を見つけたのが自分だけではなかったことだ。その恐怖は現実的なものとなってリュンを来襲する。家族が攫われたのだ。

 馬車に乗って追跡を開始したローズと入れ替わるようにマモンがリュンの前に現れた。


「家族……家族を返せ!」

「おやおや、君は物騒だな。来客に、いきなり銃を向けるとは」


 銃口に晒されながらもマモンは余裕の表情を浮かべている。彼は唐突にテーブルの上に金貨を召喚した。


「……交渉などしない」

「そうだろう。君たちは屈強な絆で結ばれている。そう簡単に堕落させられるとは僕も思えない。だけどね……家族がどうなってもいいのかい?」


 リュンの顔が引きつり、銃が震えた。マモンは椅子から立ち上がり、リュンの前へと詰め寄る。銃口がスーツに密着した。


「君も見ただろう? 僕は指をぱちんと弾くだけで、誰でも錬金することができる。君、金に困っていただろう。今から、追加融資でもしてあげようか? きっと君にとって大切な金になるはずだ」

「止め……止めて!」


 リュンは銃を捨てて、マモンに縋るように懇願した。家族はリュンの大部分を占める。弟たちが殺されることは、自死するも同義だった。

 その様子にすっかり気をよくしたマモンは、指を鳴らす。ああっ!! というリュンの恐怖の悲鳴が室内に響いたが、マモンは安心してよ、と身体をずらした。

 テーブルの上に山ほどの金貨が積み上げられている。これは君の大切な家族じゃない。僕からのプレゼントだ。マモンは笑いながらくだらないことをほざく。


「感謝の気持ちだ。受け取ってくれ。さて……僕はそろそろお暇しよう。後で指示は伝えるよ」


 マモンの姿が掻き消える。残されたリュンは呆然として、金貨の山に目を落とした。

 ぽとり、と滴が木の床に落ちる。それは少しずつ前進して、最終的には金貨に落着した。


「ごめん……ローズ……マーセ……ああ、ああああああっ!!」


 リュンは泣いた。昔の弱かった自分に戻ったように、泣き叫んだ。大量の金貨を両腕で抱きしめながら。



 ※※※



「辛かったわね、リュン」


 リュンの亡骸に囁く。しかしリュンの表情は安堵に包まれている。ローズを殺してしまわなくてよかった。そんな幸福に満ち溢れた顔だ。堕落者にとって、殺しこそが救いだった。退魔こそが希望。祓魔こそが、救済だった。

 ローズはリュンの遺体を整えて、分解したパーカッションリボルバーを回収した。公園を一瞥する。そこにあった優しい思い出は蹂躙され、粉々に砕け散っている。

 大きな借りが残った。簡単には返せない莫大な借りが。

 だが、奴は姿を晒すつもりはないという。怒りのあまり握りしめた右手から血が滲み出るが、今は奴に関心を寄せている場合ではない。

 まずはリュンの堕落の一端を担った原因を取り除く必要がある。堕落者を追跡し、祓魔し、原因や要因を排除すること。それが祓魔術エクソシズムだ。



 訪れたのはリュンが金を融資してもらっていたという銀行だ。扉を開けると、動物の鳴き声が聞こえた。

 豚の鳴き声。受付カウンターを覗くと、中には紙幣に埋もれて恍惚としている豚がいた。


「豚に真珠、ね」


 恐らくは堕落か変異かした銀行員。奴がリュンの口座に細工していたのだ。

 ローズは目線を凝らし、ランプを手に取ると、豚しかいないことを確認した後で銀行へ火をつけた。豚の絶叫が聞こえる。ローズは黙々と銀行から立ち去り、不自然に静寂な街を不審に思った。

 大聖堂のふもとは街の首都だ。もう深夜は越えているが、誰もいないのは有り得ない。

 そして、有り得ないは有り得ない。何かの力が街に働いている。


「……いるなら出てきなさい」


 ローズはリボルバーを抜いて構えながら、街の中を散策する。大聖堂へのストリートを歩き進める。

 何となく違和感を覚えて、洋服店のショーウィンドウへ目を凝らす。すると、にっこりと笑っている自分の顔が目に入った。慌てて顔に手を当てて確信する。――私は笑ってなどいない。


「あはははッ! 嘘ばっかり!」

「ドッペルゲンガーか!」


 窓からローズマリーがすり抜けた。顔も形もそっくりな、いや、同一人物である二人のローズマリーが一堂に会する。

 自分自身と対面するという奇妙な感覚を味わうローズは、その嫌悪を銃弾でぶつけた。ドッペルゲンガーは他者をコピーする魔獣で、明確な形を持っていない。何にでも変化でき、いつの間にか本物と入れ替わっているケースも存在した。


「カワイソウな私! 哀れで惨めで悲劇的な私! 最高でしょう、ローズマリー!」


 もうひとりのローズは銃弾を交わし、全く同じ動作で反撃してくる。ローズは横に走りながら銃撃を交わし、ローズもまた似たように射撃を避けていく。


「最高なわけ……!」

「でもあなたの心は悦んでる! 友達が、親友が死んで嬉しい嬉しいって、興奮し、欲情し、愛液を漏らしてる!」

「ふざけるなッ!」


 銃を穿つ。自分自身に向かって。

 身を激情が包むのは、それが事実と異なるからではない。ふざけるほどに、くそったれなほどに合っているから、憤怒が身体を震え上がらせている。


「何を言っても無駄! あなたは私の現身うつしみだから!」

「黙れ!」


 自身の複製は上機嫌に笑いながら、ローズと瓜二つの行動を執る。銃を撃てば撃たれ、近接戦に移行しようと近づけば敵も眼前に迫ってくる。鏡合わせの二人のローズは、拮抗した戦いを強いられる。

 怪物に、怪物の殺し方は編み出せない。ローズの心に潜む怪物は、肝心な場面で役に立たなかった。敵であれば殺せる。容赦なく祓える。だというのに、自分自身を殺す光景が浮かばない。


(くそッ! 思いつけ!)


 ローズは綿密に計画を練り、敵を祓うやり方を好まない。敵と対峙して、戦いながら攻略法を組み立てる方法を好む。怪物が昂る条件は整っている。だが、今までの祓魔が嘘のように怪物は役割を果たさない。

 リロードを終えた純潔イノセントを構えてコピーを狙うが、寸分違わぬ位置に銃口が合わせられ、放たれた弾丸が弾丸と激突し互いが互いを潰し合う。何をしても、何をやっても、無効化された。自分自身の怪物に。

 シュタインの……ネフィリムのなりそこないである怪物少女とは違う。認めたくはないが、生粋の怪物だった。純粋で純潔に、悪魔とその眷属を祓う力を兼ね備えた怪物。ある意味最大の難敵が自分自身であり、この忌々しい複製品ドッペルゲンガーだった。

 だが、同時にこれは願ってもやまないチャンスでもあるのだ。ローズはずっと自分を殺したかった。その好機が目の前にある。私が私を殺せる最初で最後の機会。それをふいにしてたまるものか。

 他者から見れば異様な決意も、ローズにとっては起爆剤となり得た。ローズはリュンから回収し、組み立てておいたパーカッションリボルバーを手に持って二丁拳銃の構えを取る。銃の名前はファイグハイト。ドイツ語で臆病を意味する単語だが、ローズにはリュンが臆病だとはとても思えない。

 そしてそれはローズもまた同じだ。自分を殺すのに怖じるつもりは全くない。もしこれで命が連動しており、自分の魂が死んだとしてもそれはそれで願ったり叶ったりだった。

 幸いなことに、教会の記録ではドッペルゲンガーが死んでも複製元オリジナルには影響がないと記されている。残念ね、と独りごちた後、二つのリボルバーによる連続射撃を敢行。そっくりさんも二丁拳銃となっていたが、彼女が左手に持つのは自動拳銃サクセションだ。性能的には前時代の方式であるパーカッションロックのリボルバーが劣っているが、むしろその劣勢がローズの強さを引き立たせた。

 銃声が唸り、周囲の壁や床に弾丸が跳弾。銀弾がまるで見えない力に操られるようにドッペルゲンガーへと襲っている。跳弾射撃をする時は、自動拳銃は好ましくない。微妙に加減が異なるのだ。

 やはり跳弾射撃を行うには、慣れ親しんだリボルバーが一番良い。ゆえにローズはウェイルズと修行を積んだ通りに弾丸をコントロールして、もう一人の自分を追い詰めていく。ドッペルゲンガーはローズの模造品。ローズができないこと、やらないことは彼女もできなかった。模写以外の能力も兼ね備えていれば不可能ではなかったろうが、ドッペルゲンガーにはそれしか能がない。弱点や欠点はオリジナルの持つものがそのまま当てはまる。


「残念……本当に残念ね、私」

「何を」


 窮地に追い込まれているのに、ドッペルゲンガーは笑っていた。自分も似たような笑顔を、堕落者や魔獣を祓う度に浮かべるのか少し気にかかる。跳弾が継承サクセションに命中。複製は自動拳銃を落とす。


「ここで死ねば、苦しまずに済んだのに。もうわかっているんでしょ?」


 回りくどい偽者は純潔イノセントによる反撃で跳弾を放ったが、銃の気持ちを理解しているローズにはその弾丸がどういう軌道を描くのかが理解できる。身体を逸らして避けて、跳弾の倍返しを行う。一発ならば回避されただろうが、二発の同時跳弾への対応は、ドッペルゲンガーには困難だった。態勢を立て直そうとロープピストルを取り出したので、早撃ちで移動用拳銃を打ち壊す。壺娘の武具は本来ならそう易々と壊れないが、所詮は模造品だ。本物は越えられない。


「あなたは、より酷い絶望を、味わうの……」


 純潔イノセント臆病ファイグハイトの弾丸が切れたので、継承サクセションを取り出す。パンパンパン、と乾いた銃声が連続して響く。偽者は崩壊コラプスを顔を覆うように掲げて致命傷を防いだが、その防御為は予想通りだったので、的確にそれ以外の部分へ着弾させられた。

 先程は倒せないと思い込んでいたが、いざ方法を思いつくと呆気ないものだ。一度ペースを乱してしまえば、後はあらゆる行動を予期できる。自分の側頭部に拳銃を突きつけても回避してしまうだろうが、鏡に映った偶像なら撃てば割れるのだ。だから自分は自分を殺せる。

 その事実にローズは狂喜した。銃弾が自分の身体を抉っている。肉体をかき混ぜている。


「あは……はは……話してる、途中なんだけど」

「ええ、知ってる」


 もはや殺し合いではなく、悪趣味なゲームへと成り果てていた。引き金を引けば風穴が開いて、痛みに悶える自分の顔が目に映る。仇……仇討ちだ。マリア先生の仇、祓った堕落者たちの仇、マーセの仇、リュンの仇……壮大な復讐劇に身を晒している気分になる。

 間違いなく異常だと声を大にして言えるが、ローズの心は正直だった。――私を撃つのが、これほどまでに楽しいなんて。

 とうとう私が私に屈し、無数に開いた穴からたくさんの血を流して膝をついた。ドッペルゲンガーの背後にあるショーウィンドウが目に入る。鮮血で汚れた窓からは、上機嫌に笑う自分の顔が窺える。


「痛いわね……ローズ」

「そうね、痛いわ。でも、とっても嬉しいの」


 継承サクセションは弾倉を交換する必要があったので、代わりに背中に掛ける崩壊コラプスへ手を伸ばす。力尽きる直前の偽者の前でゆっくりとレバーを動かし、発射可能状態へ。……本当は、もっとこの瞬間を味わって痛かった。私をいたぶる私に酔っていたいという気持ちもある。

 だが、事態は確実に、刻々と進行している。立ち止まっている時間は残されていない。今こうしている時間も惜しいのが現状だ。

 だから、淡白に始末をつけることにした。盛大でも、壮大でも、ドラマチックでもない。頭に狙いをつける。引き金を引く。銀弾が脳漿をぐちゃぐちゃにして、その後ろ、ガラスに映るローズの顔面が砕け散る。

 瞬間、猛烈で激しい頭痛がローズを襲った。ライフルを落として頭を押さえる。


「く、ぁ……」


 あまりの苦痛にまともな悲鳴すらも発せられない。いつの間にか傍に立っていた悪魔少女が呆れるように呟く。


「楽しい時間は長くは続かないわ、ローズ。だから言ったのに。ああなってしまうわよって」


 肩を竦める。ローズは石床に倒れてその嘆息を見上げる。ライフルに手を伸ばして、気を失った。

 ……否、扉が開いたのだ。地獄の門が大口を開けて、ローズマリーを呑み込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ