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犠牲無くして退魔無し

「ウェイルズ卿、わざわざお呼び立てして申し訳ない」

「世辞はいい。本題に入ろう」


 ウェイルズはレンガ造りの家屋の庭に回った。そこで椅子に座りながら呆けるように虚空を見つめる子どもを観察する。目立つのは金髪。それ以外に際立った特徴はない。強いて言うならば、同年代の子どもと比べると物静かなところか。


「彼女が怪物だと?」

「思い違いであればいいのですが」


 ウェイルズは神妙な顔つきをする男に目をやる。一見すると薄情にも思える相談内容だが、彼は相談相手として最高の祓魔師を所望した。これは彼なりの親心なのだ。娘が怪物なのか、そうではないのか。実の娘か否なのか。彼は真実を知りたがっている。真相を知って、受け止め、その上でなお育てていくつもりなのだろう。

 だが、とウェイルズは逡巡する。既に気配を感じてはいる。だいぶ前から匂っていた。あれの存在が身近にある状態で、彼はまともな判断を下せるだろうか。ウェイルズは善人を祓ってきた。悪人も殺すが、善人の方が数は圧倒的に多い。いつもウェイルズの標的になるのは、善い人間ばかりだ。人間の二面性……負の面が、善なる心を打ち負かし、悪人とも違う凶悪な堕落者へと変質させてしまうのだ。

 そして、人はその事実から目を背ける。善人なら善の心しか持たないと、悪人なら悪の心しかないと思い込もうとする。それは明確な隙となるのだ。


「……今のところ、目立った痕跡はない」


 ウェイルズは事実を述べる。安心の表情を浮かべる少女の父親。だが、この世に安心などない。あるのは慢心だけだ。安全であるという勘違いから生まれるのが安心だ。もっとも、周囲を疑い過ぎて恐怖症や疑心暗鬼を誘発するのは愚かしいが。

 直接的な証拠は見られないが、間接的な痕跡はあちらこちらに散見できる。察するに少女は怪物であり、何者か――悪魔であることは変わりない――は、少女を付け狙っている。悪魔は著名な祓魔師ファウストのように、優れた敵を求めている。

 さらに、問題はそれだけではない。教会に敵の侵入を許した。それはつまり、ずっと疑問に感じていた父の死に光が当てられることにもなるだろう。それは崩壊の始まりを意味する。教会を瓦解させるには、間違いなく自分を勧誘するのが手っ取り早い。

 全ての鍵はこの少女だ。ウェイルズは直感する。

 犠牲無くして退魔無し。あらゆる犠牲は許容される。とは言え、それで心が晴れるかと言えばそうではない。


「何か異変があったら報告しろ」

「わかりました、ウェイルズ卿」


 父親の安心しきった顔に背を向けて、ウェイルズは家を後にした。

 数日後、想定通り錯乱した父親が、母親を撃ち殺した。娘まで毒牙に掛ける前に家へと侵入し、父親を撃ち殺す。万事順調だった。血を流し、床に倒れる父と母を見て、少女は恐ろしいまでに冷静だった。

 人は誰しも怪物を持っているが、深い眠りについている。だが、この少女に眠るソレは違う。最初から目覚めていた。祓魔の運命を担って生まれた少女だ。或いは……。ウェイルズはそこで思考を閉ざす。


「名前は」


 既に名を知っていながら、ウェイルズは問いかける。


「ローズ。ローズマリー」


 少女は曇りない無垢な眼差しで答えた。人を疑うことを知らない、綺麗な少女だった。

 少女を養子に取った後、ウェイルズはマリアに世話を任せ、計画を推し進めた。悪魔に魅入られた怪物は確保したので、彼女の成長を見守り、望めば訓練すればいい……そう、何の手回しも必要なかった。彼女はウェイルズが諭す必要もなく、祓魔師を志すことに決めていた。

 そちらについては問題はなかった。問題はもう一つの方だ。


「不思議だ。初めて会った気がしないな」

「……ふむ、お前は――」


 街角で出会った小説家見習いの男。その男には、ウェイルズも見覚えがあった。

 既に故人となっているが、特別驚きもしない。今更その程度で驚いていたら、祓魔師など務まらない。


「ナポレオンか。祖父の仇。仇討ちは父が果たしたと思ったが」

「そうとも。私は一度死んだ。そして、地獄の淵から蘇ったのだ」


 男は語る。尊大な態度だが、人を引き付ける不思議な魅力がある。その魅了は悪魔にも有効だった。


「私に教会を崩壊させる手伝いをさせようと言うのか」

「話が早いな。流石、ウェイルズだ。私が出会ったウェイルズは皆、聡明だった。そしてどちらも私に刃向かった。もはや宿命だな……。だが、君はどうか」

「私が教会を裏切ると?」

「いいや」


 ウェイルズの眼光の鋭さに負けないほどの狡猾さでナポレオンは笑った。悪魔祓いをしていると、誰も似たような笑みを浮かべるが、彼の笑みは強欲の塊だ。一度油断すれば喉元を食いちぎられる。彼は悪魔と契約しながらも、美しさすら感じさせてしまうほどの怪物を持っていた。丁度、ローズマリーと同じように。


「君は裏切らないだろう。だからこそ我々は協力関係を結ぶ。私が王となり、君が配下となるのだ」

「…………」


 ナポレオンは見抜いていた。ウェイルズの計画を。彼の望みは退魔教会の滅亡だと、瞬時に把握できた。ゆえに、協力関係となる。ナポレオンはそう踏んで、ウェイルズに提案を持ち掛けている。

 ある意味、ゲームのようなものだった。ウェイルズは祓魔師と教会を存続させるべく、ナポレオンは教会の息の根を止めるべく、互いに手を取り合おうとする。

 下手な悪魔よりも御しやすいのは確かだ。敵は奴一人ではない。安心と慢心は裏表。既に事態は取り返しのつかないところまで進行している。ここで足踏みし、ナポレオンを祓ったとしても、より大きな被害が教会を襲うだろう。

 ならば、自ら手綱を取り、敵の思惑通りに動く。そして、敵の隙を見てこちらの希望を叶えた方が良い。


「良かろう。……私の父の死について、お前は知っているか」

「察しがいい。全てはバルテン王が仕組んだことだ」


 とナポレオンは言うが、ウェイルズの心に彼の言葉は響かない。復讐に興味などない。全ては教会の存続、その一点に尽きる。だから全てを投げ打つのだ。自身を養父と慕う少女でさえも。

 だが……心にはやはり、悔恨が残らないと言えば嘘になる。

 計画通りナポレオンの配下となったウェイルズは、密かに思いを呟いた。


「すまない、ローズマリー……」



 ※※※



 魂が抜け落ちる感覚というのは、今のような状態を指すのだろうか。

 空虚な心でローズマリーは思った。自分が生きているのか死んでいるのかさえ錯覚しそうになるが、全身に響き渡る痛みがローズに生の実感を与えているので勘違いすることはなかった。


「養父さん」


 今一度、ウェイルズに向かって呼びかける。しかし死者は言葉を持たない。

 記憶を閲覧した限りでは、ウェイルズはやはりローズを利用していた。最初から。だが、彼を恨む気持ちは微塵も湧かない。悪魔とは非情なのだ。それに対抗する祓魔師も非情になる必要がある。ゆえに受け入れられる。例え非情だったとしても、彼の愛情は本物だったから。


「ウェイルズ卿……ぐ……」


 血がぽとぽとと流れている。自分からこぼれた血とウェイルズの血、リュンの血、マーセの血。たくさんの血が自身の黒衣に付着していた。

 これが祓魔師。悪魔を祓うための祓魔師が実際に対峙するのは人間がほとんどだ。悪魔を祓う機会に恵まれる祓魔師は多くない。ローズ自身悪魔と直接的に対決できるとは考えていない。

 敵は……マモンは逃げてしまった。悪魔少女はそういう戦闘を好まないタイプだ。彼女は英知……というよりも、屈しない心で追い払うしか術はない。

 だが、奴は。奴だけは逃さない。

 ゆえにローズは動き始める。身体はボロボロ、満身創痍の状態だった。これほどまでの連戦を繰り広げたことはない。マーセ、リュン、ドッペルゲンガー、ウェイルズ。堕落者と魔獣を四体もローズは屠った。十分すぎる戦果だと、同僚ならば称えるかもしれない。しかし、ローズにとっては不十分だった。

 まだ本命を祓えていない。奴を祓わなければ意味がない。


「船……」


 だが、その前にやることがあったので、ローズは大聖堂を後にする。慣れ親しんだ階段を下っていくと、見知った顔の死体がそこかしこに点在した。名前は知らないが、顔を知っている。廊下ですれ違ったことのある顔。多くの祓魔師や教会関係者が死んでいる。逃げ遅れた者や伝達が間に合わなかった者、生き残れなかった者たちだ。

 しかし誰もウェイルズを責められないだろう。彼は教会のことを一心に考えていた。教会を存続するためなら恨まれても、地獄に落ちても構わないという覚悟だ。そんな彼を糾弾したところでどうしようもない。

 真なる意味で責め苦を浴びせられるはずの男の元へ辿り着かなければならないが、それより先に向かわなければならないところがある。だから、立っているのが不思議なぐらいの身体を歩かせ続けた。どうにか大聖堂の出口を抜けるが、今度は下り坂がある。転げ落ちてしまいそうなほど不安定な足取りで降り始め、


「しま……っ」


 予想通り転んでしまう。身体を強打しながら、途中まで階段を転がり下る。ダメージが蓄積していた。熱を帯びながら祓魔した時よりも酷い。もはや気力で動いていた。


「そこまでして努力する必要があるのかしら」

「黙れ……」


 悪魔少女は優雅に佇む。ローズが立ち上がり、転んで、さらに立ち上がる姿を呆れて、彼女はため息を吐いた。その調子では、どうせ本命を倒すこともままならないでしょうに。彼女の言葉は一理ある。だが、ことわりなどどうでもいい。


「私にはやるべきことがある……」


 この身に渦巻いた運命。これが誰かの策略通りであることはもうわかり切っている。否、隣に立つ少女もその一端を担っているはずだ。もしやこの少女が、ローズの運命の仕掛け人のような気もしてくる。だから彼女は、こんなに自分のことを目にかけているのだ。

 だが、だとしても今は、彼女に構う時間はない。と、判断するローズに、悪魔は遊びをねだる子供のように口を開いた。


「ねぇ、ローズ。私とのゲームのこと、忘れていない?」

「どうでも、いい……!」

「どうでもよくないわ、ローズ。私にとっては大切なことよ」


 またふらついたローズの身体を、悪魔少女が支える。手を離せ! というローズの要求に少女は即座に応じた。支えを失ったローズは階段を再度転がり、一番下までたどり着いた。全身が打撲している。裂傷、銃創、打ち身。骨折しているかもしれない。現在のままでは、少女の言う通り勝機はない。

 何か、特別な力を借りなければ、奴に勝てない。理性はそう感じていた。


「これが最後の通告となるわね、ローズ」

「うぐ……ぁ」


 仰向けで苦悶の声を漏らすローズを一瞥し、少女は可愛らしい、と笑みを作った。サディスティックな笑みだ。ナポレオンとサドは間接的に知り合いだった。この少女もサドを知っているらしい。


「サドも怪物だったわ。欲望に忠実ながら……身を弁えていた。あなたはどう? 私と契約を結ぶ?」

「結ばない」


 もはや時間を掛けた逡巡や苦悩など無用だ。ローズの即答に、悪魔少女は少しだけ目を見開いた。

 そうして、いつもの笑みに戻る。妖艶な、同性すらも魅了する色香を感じさせる笑みへ。


「そう、残念ね。お茶会を開くこともできないなんて」

「そんなことしている、時間は……ない」


 周囲は薄明るくなり、もう少しで日の出だ。教会の現実が明るみになる時間帯が近づいている。その前に港に辿り着き、出港を指示する必要があった。どうせ戻って来られるかはわからないのだ。自分を待ち続ける理由はない。


「つれないわね、ローズマリー。……チャーチ」

「私は、チャーチ……。お前と契約を結ぶわけ、ないでしょう……?」

「名前もわかってくれない」

「お前は……リリン」


 寂しげに振る舞う少女の名を、ローズは呟く。生命を司るサキュバスの姫など限られていた。

 リリスの娘で淫魔の一種。しかし彼女は、教会の文書に記されるよりも強力だ。リリンについては、リリスの娘であることしかわからない。誰も知らないのだ。だからローズもわからなかった。


「名前を調べてくれたのね。嬉しいわ、ローズ。名前で呼んでくれて」


 まるで友達に語り掛けるようにリリンは言う。だが、ローズはちっとも嬉しくなかったので、その想いを包み隠さずに吐露する。


「私は嬉しくない」

「いいの、それで。その方が楽しい。ふふふ」


 リリンは上品に笑う。ローズは立ち上がろうとしたが、代わりに苦しげな息が放出させる。息は乱れ、肺が膨らみ、その動きに連動して胸元が上下している。滝のように身体から血が流れ、リリンは動けないローズの身体に触れて、血を淫靡な仕草で舐めとった。


「ああ、美味しいわね、ローズ」

「くそ……」


 銃を掴み撃つ力もない。全くの無防備だった。最悪なことに、意識も遠のき始めている。朦朧とする意識が捉える足音。リリンはそちらの方へ振り向き、既知の人物に挨拶を交わした。


「あら? 眠り姫を救いに来た、ハンターさん?」

「俺ができるのは手伝いのみだ。ヴィネの言伝通りにな」

「彼女は無事なの? 手酷くやられたみたいだけど」

「人間ならば死んでいたな。だが、彼女は……悪魔だ」


 リリンと会話する男は、フードに隠れる顔をローズに向けた。男に見覚えはない。いや、武器庫の前ですれ違ったことがある。その男は古い約定に従い参上したと口上を述べて、


「行くぞ、ローズマリー。お前には果たすべき役割がある」

「ああ、頑張ってね、バルバトス。いってらっしゃい……私の愛しい、ローズマリー」


 持ち上げられるような衝撃を感じて、ローズの意識は薄らいでいった。



 ※※※



「……さん……」


 身体全般に振動。揺さぶられるかのような。その揺れと共に言葉が紡がれている。


「……ーズ、ローズ」

「ローズさん!」


 呼び声で意識が覚醒した。目を開けたローズマリーは、傍らで安堵するケイの表情を捉える。彼の背後には、シュタインもいた。二人とも無事だった。即座にウェイルズの采配だと理解する。

 彼は理性で悪魔の力を制御し、ローズとの対決のみを行ったのだ。先に遭遇したケイとシュタインに指示を出し、そしてローズに殺された……引き継がせた。

 教会を。今の私は教会チャーチだ。

 その認識がローズの意識を現実に引き戻す。


「戻らなければ」

「ローズさん、今は」

「戻らなくちゃならない」


 ベッドから降り立って、不自然な揺れを感知する。いや、場所によっては自然とも言えるが、今ローズがいるべき場所ではない。早急にドアを開けて、白い着替えのまま外に出て階段を登る。眩しい日差しに目が眩んだが、太陽光はオレンジ色だった。

 そして、波の音と、黄昏色に染まった海面へと目を移す。


「海……でも」


 後方を確認し、一息を吐く。まだ港に船はある。出港していないのだ。理由は、追いついたケイが話してくれた。


「重傷であればハーブを取りに戻ろうかと。それに、まだ避難できてない人がいるかもしれないと考えまして」

「もういないわ。全員死んでる」


 たったひとりを除いて。それを今から祓いに行く。

 颯爽と自分が寝かせられていた船室に戻ろうとしたローズの腕を、ケイが掴んで止めた。何? と邪険にするローズに、ケイは真摯な眼差しを注ぐ。警句と共に。


「行く意味はないはずです」

「大いにある。奴を祓わなければならないの」

「復讐ですか」

「違う」

「では、正義? 義務?」

「どれでもない」

「それでは」


 疑問視するケイの前で、ローズは自身の胸に右手を当てた。左手は頭に置く。


「私のここと、ここ。……怪物が疼いているの。私が祓いたいから祓う。責務はあるけど……一番の理由はそれ」

「ですがあなたはチャーチですよ」

「かもね。じゃあ、私が死んだらあなたがチャーチ」

「ローズさん! いい加減に――」

「――してくれないかしら」


 ローズは突き放すように言い、ケイの手を振りほどいた。彼よりも鋭い眼力で見つめ返す。強い信念の宿った、燃えるような瞳。色こそ周囲に広がる海ほどに青いが、灯る炎はまさに今海原を照らす夕日のようだった。夕暮れは光と闇が合わさる時間。今ローズの内側で燃え上がるのも、そのような炎だった。


「あなたは、善人。良い人間」

「ローズさん……」

「でも、だからこそ、私といっしょにはなれないの」


 ケイに悪印象は抱いていない。確かに少々……疎ましくはあるが、それはどちらかというと自分自身に非がある。ケイが自分のことを好きだと知っている。その気持ちは嬉しく思う。自分にそのような感情表現をしてくれたのは彼が初めてだし、顔も悪くない。そして性格も優れているのだから、何一つ問題なかった。恋人同士になったとしても。

 だから、何か問題があるとすれば、それは自分自身の方だ。ローズはわかっていた。恐らくはケイも。


「私は、怪物。だから、あなたと恋愛ごっこにうつつを抜かしている暇はないの」


 私は違う。普通の人間ではない。ゆえにケイのパートナーにはふさわしくないし、本当は教会チャーチとしても不適任だとも思っている。しかし、ウェイルズの指名を無下にはできない。

 そがため、ローズはチャーチであり、ケイとは恋愛をしない。そして、ナポレオンを祓いに行く。言葉にするのは簡単だったが、ケイの表情は崩れかかっていた。


「ローズ……さん」

「生憎、時間はないわ。私が出たら出港して。それがチャーチとしての最初で最後の命令よ」


 ローズはケイの泣きそうな顔から逃れるように、船内へと入って行った。船室へと戻り、行儀よく待機していたシュタインと鉢合わせる。彼女はベッドメイクをしていた――毛布の上には、ローズの武器が並べられている。


「行くのでしょう、ローズ」

「自分で考えればわかることを、私に聞かないで」


 武器を改める前に、衣装へ着替える。服を乱雑に脱ぎ捨てて裸となったローズは、普段の調子で祓魔師の装束、牧師服を着始めた。女なのに男物の服を選ぶ理由は機能的であるということだけに留まらない。憧れもあったのだ。この衣服はウェイルズが着ていたものにとてもよく似ていた。

 黒衣は血で赤く染まっている。今のローズにこそ映える衣装だ。血塗れた黒衣を着込んだローズは、最後にハットを被った。そして、スリングの通してあるレバーアクションライフル、崩壊コラプスを背中に掛ける。次にウェイルズから譲り受けた水平二連散弾銃を左腰に回した。自動拳銃である継承サクセションとパーカッションリボルバーである臆病ファイグハイトもホルスターへ。悲劇トラジェディアを左ポケットに放り込み、レイピアも散弾銃の邪魔にならないよう左腰に取り付けた。ナイフを背面へ、そのついでに弾薬入れも後ろ腰に括り付ける。回収した移動用のロープピストルも備え付けた。最後に、純潔イノセントという名の銀色のシングルアクションリボルバーを手に取った。

 撃鉄を半起こし。ローディングゲートを開いて、給弾。慣れた手つきなので、瞬く間に終了する。


「流石ローズだ。鮮やかだな」

「きっとローズはこう呼ばれるわ。エクソシスト一の早撃ちって」

「マーセ、リュン」


 二人の幻影が笑いかけて、消える。独り言を見聞きしても、待機していたシュタインは何も言わなかった。リボルバーを右腰のホルスターに仕舞う――前に、その手を掴まれる。振り返ると、マリア先生がにこやかな表情を浮かべていた。


「とうとう立派なエクソシストになったのね、ローズ。でも、無理は禁物よ。辛くなったら、いつでも先生のところに来なさい」


 晴れ晴れとした表情のマリア女医が、消失。次に声を掛けてきたのはウェイルズだった。


「お前は私の目論見通り成長した。だが、油断するな。悪魔を祓え、チャーチ」


 ホルスターにリボルバーを仕舞い、外へ向かおうと扉へ向く。すると、扉の前に二つの幻が立っていた。双方とも申し訳なさそうな顔をしている。しかし、どこかに誇りのようなものが混ざっていた。


「赦せとは言わない。私の愚かな行為を。だが、これだけは確実に言える。私はお前を愛しているし、誇りに思っている」

「父さん……」


 自分を殺そうとした父の謝罪。次に口を開いたのは母親だった。母は昔のように近づいて、ローズの身体をぎゅっと抱きしめる。我が子を愛する母親の、懐かしい抱擁。


「私もよ、ローズ。私たちは、あなたが何であれ……怪物であったとしても、愛してる」

「私は……」


 一瞬、躊躇する。これは言うべきことか。言っていいべきことなのか。

 だが、両親の顔を見直して、決心が定まった。素直に告げられなかった言葉を告げる。


「私も……二人を、愛してる」


 ローズは母親の背中に手を回した。柔和な笑顔を浮かべて、母と父は消え去った。

 しばらく残像を抱いていたローズは体制を戻して、背後の自身が自我を植え付けて、分身とも呼べる人物に問いかけた。


「私が残れと命令したら、あなたは指示に従ってくれる?」

「自分で考えればわかることを、私に質問しないでください」


 その返答は実につれない。どこかの誰かさんみたいだ。ローズは小さく笑った。



 再び甲板上に上がったローズは、蒸気船から降りるべく降り口へ向かう。と、またもやケイが立ち塞がった……と思いきや、彼はあっさり道を開いた。ローズにとって想定外だったのは、後ろを彼がついてきたことだ。


「ケイ、あなたは!」

「僕も行きます、ローズさん。僕の愛を侮らないでください」

「いい加減に――」

「――してくださいよ、ローズさん。自分の気持ちばかりを述べて、僕の気持ちは一体どうなるんです?」

「知らないわ、そんなの」

「そんなの呼ばわりは、酷いことだと思います、ローズ」


 ケイを援護したのは予想外にもシュタインだった。ローズはばつが悪そうに眉根を顰めると、無視して馬車に乗り込もうとする。


「目的地はわかっているのですか」

「どうせ奴は私を待ってる。それに……」


 ケイの質問で、ローズは以前コルシカ……ナポレオンと交わした会話の内容を思い出す。退魔教会に陣を敷くように、悪魔がらみの事件は乱発していた。推察するに、あれは本当に魔方陣だったのだ。ナポレオンが悪魔の力を使うには魔導書だけでは足りない。魔導書は言わば準備をするための手引書のようなもの。実際に悪魔を呼び出す支度をしなければ、何の意味もない代物だ。

 そして、呼び出す悪魔は陣の中心に現れる。ならば、魔方陣の中央部分にナポレオンはいるはずだ。


「居場所なら知ってる。馬車で――」

「その考えには賛成できませんね、ローズさん」


 ケイは同行する腹積もりで意見を呈した。あなたの意見は聞いていない、とあしらおうとするローズだが、次にケイが放った正論に、反論を導き出せなかった。


「馬車では不適当です。……エヴァンジェルヒムを走る近代的な乗り物を、使用するべきだと僕は考えますよ」

「私は彼の意見に賛成です。ローズはどうしますか」

「……わかった」


 ローズは観念したように賛同する。あれを使うのは効率的だし、ケイの手助けも必要だ。

 方針が決まった一同は、今一度大聖堂へと戻った。そして、これもまたウェイルズの手配だと思われる乗り物へ乗り込む。

 産業革命の集大成ともいえる、蒸気機関車へ。


「では、出しますよ、ローズさん」


 運転手であるケイが口頭で伝える。機関砲のチェックをしていたローズは、手回し式のガトリングが正常に稼働することを確認して頷いた。


「出して、ケイ」


 汽車が汽笛を高らかに鳴らす。大量の煙を吐き出し独特のリズムを刻みながら、決戦の場へと走り出した。

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