5.学校へ行こう!①
翌日。
円景寺家の朝。
「ただいまー」
玄関が開いて、央世の声が響く。
ドスドスと音を立てて廊下を進む央世は、汗だくだ。
「あ、おにいちゃーん。おかえりー。ご飯出来てるよー」
台所から、菊理が声を掛けた。円景寺家の料理担当は、菊理だった。
菊理は、毎朝鍛錬を欠かさない央世に、栄養あるものを作りたいと、頑張っている。
「おー。くくり、いつもありがとな。シャワー浴びてくるわ」
そう言って央世は、風呂場に向かって行った。
央世の朝は、大体毎日このような感じだった。
——のだが。
ガララッと風呂場を開けると。
——ジャバッ! っと、水音が響いた。
「……えっ? アード?! なにしてんだ?!」
そこには、昨晩『風呂など必要ないのじゃ』と、宣っていたハズのアードが居たのだった。片膝をついたような姿勢だ。もちろん全裸である。
央世は、当然驚きの声を上げたわけだが。
「おお、旦那様。水垢離じゃよ。精神を落ち着けるでなぁ。修行というほどもない……日課みたいなものじゃな」
——ジャバッ!!
言いながら、アードは桶の水を被った。真っ白な背中に、水玉が走っていく。
「わ、わりい……! 出るわ!」
央世が、くるりと背を向けた。
「ああ、旦那様は湯を被るんじゃったか? ふむ、待つがよいのじゃ」
アードは、そんな央世に待ったをかける。そして、すっくと立ち上がった。
「えっ?」
央世が、ビクッと立ち止まった瞬間。
「░░░░░░……」
アードが、声を紡いだ。風呂場に音が、拡がっていく。
「お、おい、アード、何を——って、うわっ?!」
央世が戸惑いの声を上げた——その刹那。
——バシャアッ!!
央世に巨大水球がぶつかり、散った。
「あっつ! お湯っても、熱すぎんぞ!?」
ぶわりと蒸気が舞った。
「おっと? そうなのじゃな。間違ってしまったようなのじゃ」
アードが、てへっと舌を出した。
「お前! 魔法を無闇に使うんじゃねぇよ!」
央世が、ピンっとアードのおでこを指で弾いた。
「あたっ……?! 旦那様のお役に立とうとしただけじゃよー」
アードが、唇を尖らせながら、おでこを摩る。
「うっせーよ。終わったんなら出てけ!」
央世が、ビッと扉を指さす。
「わ、わかったのじゃー……」
ピタピタと足音を立てて、アードは出て行った。その気配を感じて、央世は盛大に溜息を吐いた。
「……はぁ。そうかぁ……。アードも風呂場、朝使うんだなぁ……。気を付けよ……」
そして、小さくこぼしながら、央世はシャワーを浴び出した。
▽
ガシガシとタオルで頭を拭きながら、央世が食卓に着く。
ドライヤー要らずの短髪仕様だ! とは、本人談。
実際は、短髪とまでは言えない長さだが、硬めの毛質で立ちやすい。
サイドがスッキリ刈り込まれているため、本人は短髪のつもりのようだ。実際は炎のように立ち上がった、少々ロックな風貌である。
「おっ。今日はベーコンエッグかー。いいな! いただきます!」
央世が目を閉じて、両手を合わせる。
「はい、おにいちゃん」
菊理が、味噌汁を渡す。
「おう、ありがと」
礼とともに受け取って、央世はズズっと一口飲む。
「ふぅ~……。やっぱ、くくりの味噌汁は落ち着くなぁ……」
ほっと一息つきながら、コトリと器を置いた。そして次に、央世は丼飯に手を伸ばした。
「そういえば、アードいないな?」
丼を抱えながら、央世が訊いた。
「え? 部屋じゃない?」
菊理は、席に着きながら答える。
「ふーん。まぁ、何か、昨日も飯いらねぇとか言ってたしなぁ……」
央世が漬物に箸を伸ばした。ヒョイっと口に放り込むと、白米をかき込み、バリバリと小気味よい音を立てた。
「あいつ……エルフって、本当なんだねー。あんまりご飯必要ないとか……」
菊理が、卵の黄身に箸をさしいれながら、ぼそりと呟いた。くるくると、卵黄を白身へ伸ばしていた。
「まぁ、食費が増えないのは、いいことではあるのかもなー」
央世は淡白な返事だった。目線は料理に釘付けだ。
「そうねー。お父さん、お金ないないって、いつも言ってるもんねー」
央世の目の前から、次々に料理が消えていく。驚きの吸引力だった。円景寺家の金欠は、まさかこれが原因なのだろうか。
「ごちそうさま! さぁってと。学校行く準備しないとなー」
手を合わせた央世が、立ち上がった。食器を台所に持って行くようだ。
「そうね。くくりも片付けしたら学校行くね」
菊理も、そう言って立ち上がった。
食器を置いた央世は、自室——ではなく、菊理の部屋に向かった。
「おい、アード。いるのか?」
襖を開けると、アードが座禅のような格好で目を閉じていた。
「……おお、旦那様。どうされたのじゃ」
「いや。オレたちは、学校行くからよ。大人しく待ってろよ?」
「うむ。わらわはおとなしいからの、心配ないのじゃ」
何処ともなく見ているような、見ていないような、薄い目を開けて、アードは答えた。
「ほぅ……。それ、修行か?」
央世の目が、少し輝いていた。
座禅のようなその行為が、興味深かったのだろう。
「……ふむ。まぁ、そのようなものじゃの」
それは、どこか——はぐらかすような答えだった。
「ふーん。魔法……かぁ。……まぁいいや。大人しくしてくれるんならな」
だが、央世はそれに気付いていないのか、気にしていないのか。あっさりとした様子で、洗面所へと向かっていった。




