5.学校へ行こう!②
円景寺家のとある一室で、央世は目を瞑り、手を合わせていた。
古ぼけた写真が、いくつも壁に並んでいる。先祖だろうか。
だが、若そうな女性が写っているものは、他よりも新しいようだ。
小さな神棚と、小さな仏像もある。仏間というところだろう。
「……って、感じなんだ。さーてと。行ってきます」
パチッと目を開けた央世が——立ち上がる。
央世は毎日この部屋で挨拶をしてから出かけるのが、習慣だった。
玄関の扉を開け、央世はタタっと走り出す。
茉莉との待ち合わせ場所に向かうのだ。
朝の光を浴びて、円景寺家の屋根——紋付の屋根瓦が、央世を送り出すように輝いていた。
▽
晴天に、乾いた風を切って、央世は気分よく走っていた。
——だが。
「なぁなぁ、おねぇさーん。いいだろー?」
「あの、やめてください……」
何やら揉めているような声が、央世の耳に届いた。
もうすぐ茉莉との待ち合わせ場所——というところだったのだが……。
「……ん?」
央世は、ピタリと脚を止めて、耳を澄ました。
「あっちか……」
そして、迷わず走り出した。それはまさに、疾風の如く——だった。
「おいおい……。朝っぱらから、何してんだ?」
声のした場所で、央世が目にしたのは——
「あ、円景寺さんの……おうせくん?」
「あー、やっぱり北条さんか……。大丈夫ですか?」
儚げな雰囲気を纏う美女——近所に住む北条零が、チンピラ風の男に肩を掴まれているところだった。
零は、カタカタと震え——ただでさえ小さい身体を、さらに小さくしていた。セミロングの髪で、色白の顔が半分隠れている。
ライトブルーの薄手のニットワンピースが、妙に不似合いだった。
「えっと、あの……」
零が、震えながらも口を開きかけると。
「あぁん? なんだぁ? ガキが」
チンピラが、ドスの効いた声を出しながら、ぐりんと振り返った。眉間に皺を寄せ、眼光を鈍く光らせている。
「何って……通学中の高校生だけど。てか、見知った人が絡まれて、嫌がってるみたいだからな。こっちが聞いてんだよ。何してんだ? ってさ」
対する央世は、平静な声色だった。
だが、それを聞いたチンピラは、零の肩から手を離し——ゆらりと央世に歩み寄った。
央世は、チンピラをじっと見据えているだけだ。
「おい、コラ、ガキ。舐めた口利いてくれんじゃねぇか」
言いながら——チンピラは、央世の襟首をガっと掴んだ。
「お? 手、出したね? お兄さん」
ニヤリと央世が、笑みをこぼした。
「……あ?」
央世が、チンピラの手首をスッと触った——ように、見えた。
次の瞬間には、チンピラの身体がクルリと宙を回る。
そして、身体を入れ替えるように、央世はチンピラの背後へ。
零が瞬きをする、その一時で——終わっていた。
「……いっ?! いででで! 何しやがんだ?!」
地に伏したチンピラの背に、央世が圧し掛る。その右手は、掴んだ右腕を捻りあげているらしい。
チンピラの目には、涙が浮かんでいた。
零は、口許に手をやり、その様子に目を見開いた。パクパクと、声にならない声を出しているようだ。
「こ……このガキッ……! てめぇ、誰相手にしてっか分かってん……いでぇ?!」
「いやぁ、名乗ってもらってないからさ、知らないけど。……まぁ、朝っぱらから迷惑行為してる人ってのは、分かるぞ? ね? 北条さん」
央世が、零にアイコンタクトを送った。
「あ、うん……」
しかし、急に話を振られた零は、恐怖感も相まってか、戸惑っていた。
「まぁ、事情はよくわかんないけど、北条さんは早く行ってくださいよ。オレはそれを見届けてから学校行くんで」
央世が、零を見上げた。
「え? そんなの……」
零は、おずおずと——手を泳がせていた。
「いいから早く行ってください」
央世が、実に爽やかに笑った。
「……わ、わかったわ」
零は、胸の前でキュッと手を握ると、カクカクと何度か頷き、足早にその場を後にした。
その背中を見送った央世が、手を離す。
「……チッ。てめぇ、必ず後悔させてやるからよぉ……! 覚えとけや……」
そう言って、チンピラはヨロヨロと立ち去って行った。
央世は、それを見届けると、ふっと小さく息を吐いた。
「……やっべ。マツリ待ってんだろなぁ……。急ご……」
そして、少し目を開きながら、ボソッとこぼした。先程までは、汗ひとつなかったのに、額がキラリと光っている。
——しかし、あんな台詞……今時あるんだなぁ……。
などと考えながら、央世は再び風になるのだった。
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