23.痕
円景寺観世。
当年とって、四十五歳。195センチ、筋骨隆々の偉丈夫。短く刈り込んだ頭は、ソフトモヒカン風。
央世の実父であり、菊理の義父である。
大型トラックのライト——激しい光の渦の中を、のしのしと歩く姿は、現実とは思えない程の、凄まじい迫力だった。
「お、親父! な、なんでこんなとこに?! 帰るの、明日って……」
央世が、顔を若干引き攣らせながら訊いた。
「はっはっは! 早く帰れそーだったからな! サプライズだ! ……つーか、そのサプライズしようにも、家にだーれもいねーからよー。くくりのGPS辿って来てみたらよー……なんだぁこれ?」
観世は、表情をコロコロと変えながら、中村組の面々に視線を這わせていった。
「クソチンピラどもじゃねぇか。……んん? お前……もしかして、中村?」
そして、ある一点でピタリと止まると、インターネット検索のような一言を放った。どうやら菊理の養父ということは、揺るぎないようだ。
「ああん? なんだてめ……」
呼ばれて、反射的に声を向けた中村が、顔面蒼白となった。
「か、かかっ、かっ……観世……さん……?!」
そして、引け腰になり、一歩後ずさった。
「おー? やっぱりか! ひっさびさじゃねーかぁ、中村ァ。ずいぶん太ったじゃねぇの。つーかよ。お前、ウチの子になんか用か? そんなヤツら集めてよぉ……相変わらずみてぇだなぁ?」
軽薄そうだった観世の表情に、険が立つ。少し浮き出た血管から、ピシリと音がしそうだ。
「うっ……あっ……」
中村は、観世と面識——いや。因縁でもあったのだろう。ガクガクと膝を笑わせていた。
そんな中村の状態に、気付いているのかいないのか。観世は、視線を切ると、中村たちなどまるでいないかのように、央世たちに近付いていった。
「おとうさーん。サプライズってさ、もうちょっと違う感じだと思うんだけど……」
菊理が、薙刀の構えを解きながら、呆れた声を出した。
「はっはっは! くくりは今日も可愛いなぁー! うんうん。ほーらいい子だぁ、たかいたかいするかぁ?」
両手を広げた観世の、その表情が、一瞬で溶けた。
「いや、もうそんな歳じゃないんだってー!」
菊理は不満そうに、ダンッと足を踏み鳴らした。
「はっはっは! なんだよぉー。まだまだ可愛い盛りだろぉー? んで、央世は……なんだそれ?」
観世が、央世に視線を向けた。
「ん、ちょっとな」
央世の返事は、素っ気なかった。
「あ、あの……おうせくんは、わたしを助けてくれて……だから、その……」
代わりといわんばかりに、零がカタカタ震えながら、しどろもどろに説明しようとした。
「ほほう……」
観世は、その様子を顎を摩りながら見ていた。
そして、ニヤッと口角を上げた。
——ガシッ!
気付けば、観世が央世の頭に、その分厚い手のひらを乗せていた。素早い動きだった。
「はっはっは! おうせー! 立派に頑張ってるじゃねーかぁ!」
そして、ガシガシと力強く撫でつけていた。
「ちょ……やめろって」
央世は、身体を少し捩り、右手で払う。
「はっはっは! お前は相変わらず照れ屋だなぁー!」
観世の豪快な、満足そうな笑い声が、辺りを包む。
やがて。
「じゃ、まぁ、乗れよ。帰るぞ」
観世はそう言って、トラックを親指でさした。
「あ、ああ。そうだな……」
央世は、薄く目を閉じ、頷いた。
「つーか親父。後で頼みがあんだ」
そして、目を開けると、観世の目をじっと見た。
「ん? 珍しいな、お前が頼みとか。まぁ、オレは腹が減ったからよー。飯食いながら聞くわー。おっしゃ、乗れ乗れーい!」
観世は、息子の脇にいた、小さな金髪の美少女に気付いた。
「お? 嬢ちゃんは初めましてだな? 巻き込まれたのか? まぁいいや。送るから一緒に乗んな!」
それは央世のような、爽やかな笑顔だった。
「うむ。親父殿よ。わらわはアード。アード・フェンじゃ。ご子息の伴侶じゃ」
アードは、アードだった。いつも通り、ろくな説明をしない。
「こらぁ! ドロボー2号!」
——ガッ!
そんなアードに、菊理の拳骨が降り注いだ。
「あだっ……?! ククリはひどいのじゃー……」
アードは、頭をさすって唇を尖らせた。
「はっはっは! まぁいいから乗れ乗れー」
観世が、楽しそうに笑った。
そして、央世たちが全員トラックに乗り込んだ後。観世は、のしのしと中村に近付いていった。
「おい、中村よ。落とし前、つけてもらうからな? せいぜい、覚悟しとけよ。……ほれ、これ。今のオレの名刺だ。連絡してこい。……ま、逃げたいなら逃げてもいいぜ? 別に追い込むほどヒマじゃねーしな」
そう言って、観世はビッと名刺を差し出した。
「……あ……あ……あ」
中村は、池の鯉のように口をパクパクさせながら、差し出された名刺を右手でなんとか掴んだ。口には入れなかったので、鯉ではないらしい。
「じゃあな」
後ろ手に軽く手を振ると、観世は颯爽とトラックに乗り込んだのだった。
▽
観世は、一旦菊理とアードを自宅に降ろし、央世と零を連れ、病院へ向かった。……ド派手なデコトラで。
「おっし、ここだ!」
そこは——小さな、診療所といった外観だった。看板には、『愛宕診療所』と、書かれていた。
「あー……。めんどくさぁ……」
ボソッと央世が呟いた。のそっと身体を動かし、ドアを開け、降りた。
スッと右手を上げ、零に差し出す。
「どうぞ」
そして、微笑んだ。
「……え、あ、ありがとう……」
零は、ステップに足を掛けながら、央世の手を取り、なんとか降りる。よろりとしたところを央世に支えられると、顔から湯気が出んばかりだった。
——ピンポーン
そんな二人に先んじて、観世はインターホンを押していた。……診療所横の、普通の玄関だ。
『……誰かね、こんな時間に。勧誘ならお断りと書いてあるが?』
ほどなくして、冷たく硬い、初老の男性といった声が聞こえた。
「こんばんは! 円景寺ですがー!」
観世は、大声だった。隣近所にまで聞こえていそうだ。いや、すでにトラックの排気音で、気付かれているかもしれないが。
『はぁ……。やっぱりお前か……。で、どうしたんだ?』
インターホン越しに、溜息が聞こえる。
「急患っすよ、急患!」
『くっ……。お前はいつもいつも……! 診療所に回れ!』
「はっはっは! いつもすんませんねー!」
——プッ
観世の笑い声の途中で、インターホンが切れた。
「おっし! いくか!」
観世が笑顔のまま、二人を促した。
央世は、無言で零の背中を緩く押した。二人ゆっくりと歩き出す。
診療所玄関の鍵は、すでに開けられていた。
観世は勝手知ったるふうに、スタスタと奥へ進んでいった。央世も、零をエスコートしながら後に続く。
奥にある診療室の扉を、観世はノックもなく開けた。
「どーも!」
「ノックぐらいしろ、バカタレが」
白髪混じりの、初老の医師が椅子に腰掛けていた。
「まーまー、愛宕先生。そんな堅いこと言わんでもー。はっはっは!」
愛宕医師の一言にも、観世は全く動じなかった。こんな部分を、少し央世も受け継いでいるのかもしれない。
「はぁ……。少し声のボリュームを下げろ。お前はうるさいんだ。……で? 今日はどうした」
愛宕医師は、うんざりした口調だった。
そこへ、央世と零が到着した。
「あーっと、ウチの央世と、北条さんが怪我したみたいでね」
「……ん? 央世くんはまぁいつものことだが、北条さん?」
愛宕医師が首を捻る。
「ウチのご近所さんだぞ?」
「そういうことじゃない」
「あの……えっと……」
愛宕医師の視線を向けられた零が、あたふたと言葉に詰まった。当然だ。正直に話せば、事件なのだから。それに、なにからどう話せばいいのかも、分からなかった。
「はぁ……。まぁいい。北条さんから座りなさい」
「はい……」
「ふむ……。これは、刃物による裂傷か……。深い傷ではないが……。多少……痕が残るかも知れんぞ」
「そうですか……」
零は、小さく息を吐いた。まるで、安心したかのように。
「えっ? 傷痕……? 先生、なんとかならないんすか?」
だが、央世は気にしたようだ。硬い声だった。
「おうせくん……。いいの、全然……。本当に、気にしないで?」
零は、そんな央世にふわりと笑いかけた。
「処置をしておく」
愛宕医師は、そんな二人のやり取りを気にする素振りもなく、短くそう言うと、テキパキと零の処置を終えた。看護師もいない時間だから、当然全てひとり作業だ。
「ありがとうございます」
零は、そんな愛宕医師に深々と頭を下げた。
「いや。お大事に。じゃあ、央世くん、座りなさい」
だが、愛宕医師は、素っ気ない。時間外診療で、非合法でもある。当たり前なのかもしれない。
「うっす……」
そんな愛宕医師に、幼い頃から世話になっていた央世は、すっかり苦手意識が育っているのだ。目線すら合わせない。
「……ナイフが刺さっているな」
愛宕医師が、ジトっとした目線を央世の左腕に向けた。
「そうっすね」
央世の声に、温度がなかった。
「はぁ……。全く。円景寺家はどうなっているんだ……」
愛宕医師は、軽く頭を抱えた。
「オレの英才教育だぜ? 先生」
だが、観世は得意気だった。愛宕医師が一瞥した。
「黙れバカモノ。息子にこんな無茶ばかりさせるんじゃない。……抜くぞ」
そして、央世に手を伸ばした。
「うっす」
——ブッ……
抜かれたナイフは、出血を誘った。だが、思いのほか少量だった。央世は、ナイフが抜けると同時に、上腕二頭筋に相当の力を込めていたのだ。
「ふむ。軽く縫っておくか」
慣れた手付きで愛宕医師は、央世の治療を行っていったのだった。




