20.狂刃
「うぉ……っ?! 誰か居やがんぞ?!」
白き光の中に、シルエットが——黒く、浮かんでいた。
「カ、カネのアニキがやられた!」
その大きな影の、足下に——ゴロリとカネが転がっている。
「チッ……例のガキかぁ?!」
中村組の面々は、動揺を隠し切れない。手に手に握る木刀、バット、鉄パイプ——各々の先端が、小刻みに激しく揺れていた。
——タタッ……
一瞬、シルエットがゆらりとブレた。直後。軽く、小さな足音——。
——コォン! タタッ…… コォン!
央世だ。
近場に居たひとりの顎に、掌打を入れた。ギュルンッと、男が白目を剥いた。間髪入れずスッと闇に半身を潜らせ、次のひとりの顎に、掌打を入れる。
——ドサッ……ドサッ……カラカラッ……
クラクラと頭を揺らしながら、ふたり順番に膝から崩れ落ちた。乾いた音を立て、木刀が転がっていく。
(ふたり……っと。何人いるんだ、コイツら……)
暗闇から姿を現した央世が、すうっと目線を巡らせた。
「んな!? か、囲め!」
チンピラがひとり、叫んだ。
動揺しきっていた下っ端どもは、その声に反応した。脊髄反射的に、だ。言われるがまま、倒れ伏した仲間の横に悠々と立っていた央世に向かって、ただ距離を詰めた。
「うぉお!」 「おらぁ!」
距離の近かったふたりが、それぞれの手に持つ長物を、力任せに振り回した。ブォン——と大きな風切り音が響く。
そこに、央世が居たはずだった。
だが手応えは、なかった。
「……」
代わりに暗闇から、スッと手が伸びた。
「……うぉっ?!」
直後。チンピラがひとり、勢いよく宙で回った。次いでゴシャリと鈍く鳴ると同時に、ギャッと小さな鳴き声。顔面から床に叩きつけられたようだ。
打ちどころがよかったのだろう、ピクピクと痙攣するのみで、起き上がる気配はない。
「ひっ……?!」
倒された男と一緒にバットをフルスイングしたチンピラは、その有様を見て、小さく悲鳴を漏らし——そのままの姿勢で、固まっていた。デッサンモデルのように。
——ガッ! コンコロッ…………ドサッ
当然だが、格好の的だった。
刹那の出来事。
央世が、無言で顎を打っていた。バットが転がっていく小気味よい音を子守唄に、男は膝を折るようにして崩れた。
残り、三人。足が止まる。
(あと三人か……。いや、拐われた誰かって、どこだ?)
央世は、少し動きを止め、辺りを見渡した。
「な、なんなんだ……てめぇよぉ?!」
ひとりが、叫んだ。声が、やたら高い。そして、ビブラートがよく効いていた。腰を引き、精一杯、得物を前に出している。
「……なぁ、あんたら。拐った人、返せよ……」
暗闇から響く央世の声は、低く硬かった。当然央世は、チンピラの質問には答えない。
「て、てめぇ……やっぱあのガキか……!」
一番遠い位置にいたのは、零に絡んでいたチンピラだった。暗闇に浮かぶ央世の顔を見て、鉄パイプを握り締める。ぶるぶると震える身体に、気付けてもいないようだ。
「ああ……あんたか。で、拐った人って誰だ? どこにいる? さっさと返せよ」
央世の瞳が、ギラリと光った。ライトの反射だろうか。だが、チンピラどもには——どう映ったのか。ずいぶんと蒼白い顔は、ライトのせいではないだろう。
「う、うるせぇ! お、おい……」
吃ったチンピラは、カタカタとしながら、隣の男に目配せをした。
「お、おう」
隣の男は、即座に出口へ向かって走り出した。
そして——
「い、いましたァ! 例のガキっす! カネのアニキがやられましたァ!」
外へ、叫んだ。
「ああ? 居たんかよ」
その声が耳に届いた中村が、小さく呟いた。
「おい」
そして、零を抱えた男たちに向かって、顎をしゃくった。
「うっす」
中村たちが、一斉に動き出した。倉庫内に伸びていく長い影が、重なる。
新たに十人。入り口を塞ぐように立った。
「ンンーー! ム……ウーー!」
猿轡をされたまま、零が何かを叫ぼうとした——が。くぐもった声が響くのみだ。
「あ、やっぱり……! 北条さん……!」
央世が目を凝らした先に、零の姿を見た。男二人に掴まれ、多少の抵抗を試みているが、無意味といえる状態だった。
その前に、恰幅のいい中年の男が立っていた。逆光で表情は判らない。徐に、懐に手を差し入れた。
懐から取り出されたのは、長細い何か。ゆっくりと、両手でなぞる様に、左右に分けた。
ヘッドライトの中、ギラリと——光った。短刀……ドスだ。
「おい、ガキ。動くなよ……」
中村は、零の首筋に、その光をスッと添えた。
「————?!」
零の、声にならない声。身じろぎすら、凍り付いたように止まった。逆光で顔色は分からないが、青くなっていることだろう。
「て、てめ……なにしてやがる!」
一歩、前に出ようとした央世は、ピタリと制止した。その場で叫ぶことしか、出来なかった。
——ツウッ…… パタタッ……
零の首筋から、雫が滴り、地面に赤い水玉を作っていく。
「こ……のやろ……!」
央世の言葉が、詰まった。
「動くなっつってんだろ。スッパリいくぞ? ……おーおー、ねぇちゃん、痛そうになぁ」
中村の声色が、水面の氷のような平坦さから、嘲る調子に変わっていく。ギイッと音が聴こえんばかりに、片方の口角が上がった。
「ン……ンーー!」
零が涙を浮かべながら、何かを叫んでいた。だが、僅かでも動けば、傷が深まるだけだ。生命にも関わるかも知れない。
「おう、てめぇら」
中村の言葉は、短かった。クイッと、顎で央世を指すのみだ。
「「うっす」」
だが、部下どもには、それで十分だった。
後続の八人が、ゼンを先頭に——ゆっくりと、央世へと近付いて行った。
ゼンが、グルグルと肩を回す。六人は武器、ひとりは、カメラを構えている。
「よーう。にぃちゃん、好き勝手してくれたみてぇだなー」
央世の前に立ったゼンが、にちゃりと嗤う。そして、右拳を、左手のひらに、バチンバチンと当てた。
その間に、倉庫内にいた三人が央世の背後に回り、六人が周りを固めるように囲んだ。
カメラの男は、少し離れた位置だった。
「おい、ガキ。極上の金髪女ってのはどこだ?」
中村の声が、倉庫に響く。
「……見てわかんねぇか? オレはひとりだよ」
央世は、溜息混じりだった。
だが——ギリリッと握った拳から、ポタリ——と鮮血が垂れていた。
「はっ……まぁいい。吐かせろ。落とし前もつけさせねぇとだしなぁ」
中村は嗤いながら、冷たく言い放った。部下たちは、その声に——餌を待っていた犬の如く、央世に躍りかかっていった。
ゼンは、素手だった。
グッと握った拳を大きく振りかぶり——央世の腹を、打ち抜いた。
——ドッ!
タイヤを叩いたような音がした。
「おー? やるなぁ? こりゃ相当なトレーニーかぁ?」
ゼンは、ニタリと笑いながら、央世と自身の拳を交互に見ていた。
「おい、ゼン。ちまちまやってんじゃねぇよ!」
チンピラが、鉄パイプを構えた。
「あぁ? んな武器なんざぁザコの持つモンだろ!」
ゼンはグンッと渾身の力を込めて、筋肉を隆起させた。太い血管がボコボコと、腕、首、顔にまで浮かび上がった。そして再度、央世の腹に拳をぶつけた。
——ドッ!
「かぁーッ! かってぇな! 鉄板でも仕込んでんのかよ!」
ゼンは、どこか嬉しそうだった。
——ブンッ…… ガッ!
チンピラの放った鉄パイプの一撃が、央世の肩辺りに振り下ろされた。鈍い音がした。
「おっしゃ! おら、いけいけ!」
チンピラが叫ぶ。
周りの男たちは、手に持つ長物を振り回し、一斉に央世目掛けて振り下ろす。
——ガッ! ドッ! ボグッ! ゴン! ガッ……
振り下ろされたそれらが当たる直前、央世が一瞬ブレて見えた。鈍い音が倉庫内に響く。
(チッ……どんくらい誤魔化せるか……)
「あ、てめぇら! 俺の楽しみをっ……!」
ゼンは、央世の左頬目掛けて、大振りのフックを打ち込んだ。
——パキュ……! ピチャッ……
央世の首が——上半身ごとぐりんと半回転した。口から、鮮血が飛び散り、床に模様を作った。
(クソ……。そこまで効いちゃいないが……どうすっか……)
仁王立ちしながら、央世はチンピラどもを見下ろしていた。
「ンンーー!」
零が、暴れた。
「おい、ねぇちゃん。諦めろ。天国にゃ連れてってやるがよ、コイツじゃねぇほうが……お互い、いいだろう?」
中村が、刃先でピタピタと零の頬を叩いた。
「くははっ!」
中村の乾いた嗤い声に、零を抱える二人も嗤う。
央世に見下ろされ、チンピラたちは、一瞬怯んだ。
「生意気なガキがよぉ……! いい加減くたばれや!」
チンピラが叫びながら、鉄パイプを振る。ガツンと鈍い音がした。確実に当たってはいるのだが。央世は、すぐさまチンピラを睨む。
「な、な、なんなんだコイツ……!」
チンピラが、わなわなと後ずさる。そして、ポケットに手を突っ込んだ。
「……クソがッ!」
ポケットから、手を取り出した。
握られていたのは、バタフライナイフだった。
——カシャカシャカシャ……!
チンピラは、器用にナイフアクションを披露した。刃が露わになる。腰だめに構えた。
一瞬、息を止めた。そして、目を血走らせた。
「うおぉ! 死ねやクソガキがァーー!」
チンピラは、走った。ドタドタと、汚いフォームだ。
——クソ、さすがにまずいな。
央世は、グイッと腕を抱き込むように巻き、ちからを込めた。
——グザッ!




